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北越コーポレーション 岸本社長の再任に“物言う株主”から「反対」の集中砲火

 6月に開催された定時株主総会は空前の株主提案ラッシュだった。大和総研の集計によると、6月の株主総会で90社、348件の株主提案があった。昨年6月の総会では76社、285件だったから、社数・件数とも2割増えた。東証の要請もあって企業の資本効率に焦点が当たるなか、アクティビスト(物言う株主)が積極的に提案している。

 製紙大手、北越コーポレーション(東証プライム上場)はアクティビストから集中砲火を浴びた。香港の投資ファンド、オアシス・マネジメントは北越コーポ株式の18.0%を保有する筆頭株主(3月時点)。オアシスは、6月29日に開催された北越コーポの定時株主総会で、岸本晢夫社長の再任に反対投票を行うよう他の株主に要請する文書を公表した。

〈岸本氏は「代表取締役社長に在任の15年間、経営に失敗した」〉と断罪した。

 オアシスは2019年以降、北越コーポと対話してきた。北越コーポに大王製紙株の売却を提案した。北越コーポはこの要請に従わず、〈大王製紙の株価は16カ月で48.1%下落し、北越コーポとステークホルダーに400億円の損失を与えた〉としている。

 23年2月には、〈北越コーポと大王製紙の統合〉を提案。〈要求が通らない場合は取締役全員に対して反対票を投じる〉と主張した。

 さらに、オアシスは〈価値向上の提案について話し合うよう5回以上、文書で要請したが、すべて拒否された。過去4年間の拒否だけでも重大なガバナンス違反であると考えている〉という。

 北越コーポは6月2日、オアシスへの反対意見を発表した。オアシスが主張する経営方針や企業統治、持ち分法適用会社の大王製紙の株式保有の意義について「大きな誤解を生じさせる」とした。

■資本政策や企業統合への懸念

 北越コーポはオアシスの一連の動きについて〈自身の短期的な利益追求を目的としたもので、中長期的な企業価値及び株主の利益向上とは相反する〉と指摘。大王製紙株の保有意義については〈持ち分法による投資利益の取り込みを通じ当社グループの利益に大いに貢献している〉と説明した。

 株主提案をつきつけたのはオアシスだけではない。英投資ファンド、ニッポン・アクティブ・バリュー・ファンドは、役員報酬の見直し、自己株式の取得、取締役の過半数を社外取締役とする定款変更の3つを株主提案した。同ファンドの3月末時点の北越コーポ株の保有比率は1%未満だという。

同ファンドは〈資本効率を上げ、株主還元を図り、持続的な成長と中長期的な企業価値向上に寄与するガバナンス体制を整えることができる〉としている。北越コーポは取締役の過半数を社外取締役にする提案については、かえって取締役候補者の選択範囲を制限し、最適な取締役会を構成する妨げとなる可能性があると反対した。

 岸本社長の再任案に反対したのはオアシスなどファンドだけではない。大王海運(愛媛県四国中央市)も反対票を投じると発表していた。大王海運は、グループ会社である美須賀海運と合わせて北越コーポ株の約10%を共同保有する(3月末時点)。13年以降、資本政策やコーポレートガバナンス(企業統治)などへの懸念を理由に株主総会で岸本社長の再任に反対票を投じてきた。

6月29日、新潟県長岡市の長岡工場で定時株主総会が開催された。岸本社長の再任に対する賛成比率は65.13%。前回の80.21%から大きく低下した。米議決権行使助言会社のインスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ(ISS)が岸本社長の再任案に賛成を推奨したので救われた。

 北越コーポはお家騒動に揺れた大王製紙株の24.61%を保有する筆頭株主だ。一時期、北越・大王を軸とする製紙業界の再編が取り沙汰された。

北越コーポレーションは大王製紙との関係をどうするのか? 岸本社長に控える“最後の大仕事”

 北越コーポレーション社長の岸本晢夫(78)は製紙業界の再編論者である。 そごう・西武の労働組合が検討で話題…「令和のストライキ」は増加するのか  東京大学卒業後、1969年三菱商事に入社。製紙原料部長を最後に退職。99年北越製紙(現・北越コーポレーション)の物資本部資材部長に転じた。北越は三菱商事が輸入するパルプの納入先だ。取締役、常務、専務と昇進を重ねるうちに、転機を迎える。  2006年7月、業界首位の王子製紙(現・王子ホールディングス)が北越製紙に対し、「株式を100%取得した上で経営統合する」と提案した。北越は買収防衛策の導入を取締役会で決議。対抗上、第三者割当増資による、三菱商事との資本・業務提携を決めた。三菱商事がホワイトナイト(白馬の騎士)として登場した。  8月に入り、事態は目まぐるしく動く。王子製紙は、三菱商事との資本・業務提携解消を条件に、50.1%の株式の取得を目指してTOB(株式公開買い付け)を実施すると発表した。100%株式を手に入れる提案を、修正した。最終的には三菱商事が24.44%の株式を取得し、北越を持ち分法適用会社に組み入れた。  だが、王子は諦めない。王子製紙とルーツが同じである日本製紙が北越株式の8.85%を取得した。しかし、TOBの期限前の8月29日、王子製紙は「敗北宣言」をした。王子製紙が北越に仕掛けた非友好的M&Aは失敗に終わった。  北越で反王子の先頭に立ったのが、三菱商事出身の岸本。古巣の三菱商事に強力な支援を仰いだとされる。乗っ取りを仕掛けられたさなかの06年7月、岸本は副社長に昇格。王子に完全に勝利した08年4月、社長兼CEOに就任し、今日に至るまで超長期政権を続けている。  その後、三菱商事は製紙業界への出資を見直した。北越と三菱製紙との統合により、王子製紙、日本製紙グループ本社に次ぐ第3の製紙会社をつくる構想を断念。19年、三菱製紙株式を王子ホールディングスに売却したのに続き、20年2月、19.35%保有する北越コーポ株を売却。北越とも手を切った。三菱商事が売り出した株式は北越コーポが自社株式として取得した。 ■「大王製紙に恩義を感じている」  岸本には最後の大仕事が控えている。「大王製紙との関係をどうするのか」ということだ。  大王は創業家の3代目・井川意高元会長が、バカラ賭博で総額106億円を使い込んだ。この大スキャンダルを収めるために、創業家と経営陣の仲介の労をとったのが岸本だった。岸本は「王子製紙のTOBの際に安定株主となってくれた大王製紙に恩義を感じている」と語っている。  当時、創業家が支配していた大王が救いの手を差し伸べてくれた。大王と北越が2~3%ずつ株式を持ち合う資本提携を行い、「反王子」の立場で支援してくれた。  その縁から、北越は創業家が保有する大王株を取得し、筆頭株主になった。創業家の持つ大王関連会社の株式を北越が買い取り、同値で大王製紙に売却した。大王製紙本体の株式は北越が保有し、持ち分法適用関連会社とした。  大王の創業家は、株式の売却代金(100億円)を原資にして、大王の子会社からの借金と、清算が済んでいないカジノへの弁済を行った。すべての株式を処分して、父親である井川高雄が、不肖の息子・意高がつくった莫大な借金の尻拭いをした。この結果、創業家は3代にわたり君臨してきた大王の支配権を失った。意高は「売り家と唐様で書く三代目」、そのままであった。  岸本が大王取りに動いた意図は、何だったのか。北越・大王、三菱製紙で第三極を形成する腹づもりで、第三極の頂点に自らが立つ狙いがあったと、製紙業界では見ている。だが、この狙いは、大王側の抵抗にあって、結局、頓挫する。物言う株主に大王製紙株の売却を迫られている。岸本はどう決着をつけるつもりなのだろうか。 =敬称略 (有森隆/経済ジャーナリスト)