【世界平和】人類はみんな家族!! Apex product④

SDGsの目標16『平和と公正を全ての人に』

平和都市宣言

平和な日々を過ごすことは、全人類の共通の願いです。我が国の経済発展とともに本市は成長し、今日、全国でも有数の大都市に発展しました。こうした繁栄は、平和がもたらしたものであるといっても過言ではありません。
1989年(平成元年)2月28日、千葉市は世界の恒久平和を願い、「平和都市」を宣言しました。

平和都市宣言

平和都市宣言

私たちの郷土千葉市は、「ゆとりと活力ある都市づくり」を基本目標に、心のふれあう豊かで美しい地域社会の創造と健康で快適なまちづくりに懸命な努力を続けているところである。

郷土千葉市の発展と市民の幸せは、日本の安全と世界の恒久平和なくしては望み得ないものである。

よって、私たちは、核兵器などによる戦争への脅威をなくし、市民共通の願いである世界の恒久平和を求め、ここに「平和都市」を宣言する。

1989年(平成元年)2月28日

千葉市

「ちばSDGsパートナー」登録企業 Apex product

目標16のポイント

  • みんなが安心して参加できる平和な社会をつくる
  • 公正なほうりつもとづいたらしをみんなができる
  • いき・国・世界といったあらゆるレベルで公正な司法せいを利用できる

平和な社会づくりのため、世界中から、虐待、搾取、人身売買など、子どもに対する暴力を含む、あらゆる暴力と暴力による死を大幅になくすこと、政府や国の制度を公正にし、すべての人が平等に司法を利用することを目指す目標です。

違法な資金の取引や武器の取引、汚職を大幅に減らすこと、子どもや若者を含む人々の意見を意思決定に反映し、人々に対して情報を公開して説明ができる政府や制度にすることもこの目標に含まれます。また、グローバルなレベルでの決定に際し、途上国の参加を拡大、強化していくことも目指します。

SDGsの17番目の目標は、これまでの16の目標を達成するために、「具体的な実施手段を強化し、持続可能な開発に向けて世界の国々が協力すること」に関連するとても重要な目標です。

すべての国が目標達成に向けて国の予算を確保し、また先進国は途上国に必要な資金や技術を支援し、国同士の格差を生まない貿易ルールを実施することが掲げられています。

さまざまなステークホルダー(関係者)が連携することや、目標達成に向けてどのくらい進捗しているかを確認するため、データや統計をきちんと集めることもこの目標に含まれています。

争いは、やめましょう。世界の平和を願います!!

何故、今だに世界の至る所で揉め事や争いごとが絶えないのでしょう。政治や宗教での自国間の争い、差別、派閥、どうして起こるのですか。アジアの仲間同士どうして普通に暮らせないのですか。誰が、考えても平和な社会が良いに決まっています。小さな子供でも理解出来る事を分別のある大人や政治家が、何故、争うのでしょう。人は何故争わなければいけないのでしょう。欲を捨て本来の裸で生まれた人間同士うまくやっていけないのでしょうか。それぞれ、己が正義と思い事を成すでしょうが、少しだけ立ち止まり、力を抜いて音楽を聴いてみてはいかがですか。きっと心に響く1曲があるはずです。そして貴方の幼い頃。そうです。純粋だったあの頃。思い出して下さい。人前に出るのもおどおどして、母親の影に隠れていた優しい子。正義の旗の元、どんな理由があっても人殺しです。無差別に殺しあう戦争が、どんなに愚かな事でしょう。本来のあなたに戻って下さい。きっと戻れます。先人がどれだけ血を流し我々に生きて伝えたかった事でしょう。だからだから、お願い致します。下記に、あげる資料・画像を見て一人でも多くの人に伝えて下さい。いかに、平和が大切で、人の命が尊いのか。本気で考えて下さい。弊社は、真剣に取り組みます。誰に非難されても、私達は訴え続けます。一生を掛けて取り組む問題だからです。是非ご賛同頂き、少しでも悲しい人を作らないようにしましょう。

 

平和ほど、尊いものはない。
平和ほど、幸福なものはない。
平和こそ、人類の進むべき、
根本の第一歩であらねばならない。

 

【あたりまえ】

あたりまえの幸せが
ほんとはあたりまえなんかじゃなく
生きてることさえ、あたりまえじゃない!

明日があることがどんなに幸せなことか

だいすきな仕事ができる身体と心も
環境があることがどんなに幸せなことか

ちょっと疲れたら横になれる
ふかふかなベッドがあることがどんなに幸せなことか

朝起きたら、心臓が動いてて
伸びをして、深呼吸して
朝日を浴びることが
どんなに幸せなことか

何をするにも、必ず誰かの助けや支えがあることが
どーんなに幸せなことなのか。

とっくに気づいてるはずなのに
いちばん大切なことはおろそかにしがちなんだよね。

ほんとは
世界は地球は
もっともっと、愛にあふれてるんじゃないのかな

 

-  青空と向日葵の会 Apex product 社員一同 -

初春の候、ますます御健勝のこととお慶び申し上げます。日頃は格別のお引き立てをいただき、ありがたく御礼申し上げます。 さて、このたび弊社は創立10周年を迎えるに至りました。 皆様方のご支援、ご厚情による賜物と深く感謝いたしております。
とうとう、10周年を迎えることができました。2013年の3月から数えて、10年が経ったわけです。どんなことでも、毎日10年やり続けられたら、一丁前になれるとある作家の方が言われていました。このことばを、一番信じていたのは、私達だったのかもしれません。大変なようで意外に短い期間のようでしたが、そして、とうとう待ち望んでいた10年に到達しました。これもひとえに皆様のおかげであると感謝をしております。の10年に向けて新しいスタートを切るにあたりどのようなことが必要になってきているかを日々考えてきました。私どもは伝えること、元気になること、頑張りたい人たちのきっかけとなり、力いっぱい背中を押す役割になることができますよう、幅広い視野を持ち常にチャレンジ精神を持って、皆様のご期待にお応えできるよう従業員一同最大限の努力をしてまいります。今後も格別のご理解とご支援を賜りますようお願い申し上げます。
2023年 3月吉日 Apex product 代表 柳伸雄

「幸せな子」を育てるのではなく、

どんな境遇におかれても「幸せになれる子」を育てたい。

(美智子皇后陛下)

子どもを

抱きしめてあげるときは、

子どもが腕を離すまで

ずっと離さないでいてあげて。

その子がどんなに

ハグを必要としているか

私たちには

分からないのだから。

When you are hugging a child, always be the last one to let go. You never know how long they need it.

今この瞬間、
ハグをとっても
必要としている人たちが
世界には
たくさんいるんだ。

「正と善の違い」

正しい事と善い事は似てるようで全く違う。
正しいとは【個人が主張する正しさ】で利権を主張する個人主義
善い事とは【道徳的に正しい事】で社会の利益を考える全体主義

個人を主張する欧米化により、この国は豊かになった。

その事により、日本人にも個人主義が増え自己主張する場面をよく目にする。
これがスポーツの世界では勝因をハッキリさせた。
また、ビジネスにおいても同じ事が言える。
つまり、スポーツもビジネスも戦いなのである。
つまり、個人主張する個人と、それを束ねる国家は強い国となる。
そして、強い国は【正しい】となるのだ。
従って戦争に勝ったところが一番【正しく】なる。
これをまとめると【合理的正義】と言う。

しかし、私達日本人の本質は違う。
私達日本人は【正しい事】より【善い事】を優先してきた。
個人のためではなく、全体の為に自分が取る行動は社会に有益であるか?
そこを大切にして来た。
そうやって世界で一番長く続く国になったのだ。
しかし、それだけが決して正しいとも言えない。
全体主義が国家の為になり、国家の元に結束させ、戦争に向かわせた過去があるからである。
また、個人主義は格差を生み争いの火種になる。
そうやって大陸のほとんどの国は200〜300年で崩壊している。

私達はこの事から学ぶ必要がある。
戦後70年は世界から日本が学ぶ時だった。
しかし、これからは日本が世界に影響を与える時が来ているような気がする。

【天国のあなたへ】

娘を背に日の丸の小旗をふって あなたを見送ってから
もう半世紀がすぎてしまいました

たくましいあなたの腕に抱かれたのは

ほんのつかの間でした
三二歳で英霊となって

天国に行ってしまったあなたは
今どうしていますか
私も宇宙船に乗って

あなたのおそばに行きたい
あなたは三二歳の青年
私は傘寿を迎える年です

おそばに行った時
おまえはどこの人だ
なんて言わないでね

よく来たと言って
あの頃のように寄り添って
座らせて下さいね

お逢いしたら娘夫婦のこと
孫のこと、また、すぎし日のあれこれを話し
思いっきり甘えてみたい

あなたは優しく
そうかそうかとうなづきながら
慰めよくがんばったねとほめて下さいね

そして、そちらの
「きみまち坂」に
つれて行ってもらいたい

春、あでやかな桜花

夏、なまめかしい新緑

秋、ようえんなもみじ

冬、清らかな雪模様

など四季のうつろいの中を
二人手をつないで歩いてみたい
私はお別れしてからずっと

あなたを思いつづけ
愛情を支えにして
生きて参りました

もう一度あなたの腕に抱かれ
ねむりたいものです
力いっぱい抱きしめて
絶対にはなさないで下さいね

恋文大賞受賞作品「天国のあなたへ」柳原タケさん

痛ましい事件を繰り返さないために今回の事件の外交、政府の対応については、国会で検証をしっかりと行うことを求めます。

昨年7月1日、安倍内閣は憲法9条を壊し、「海外で戦争する国」に道を開く、集団的自衛権の行使容認を閣議決定しました。

安倍首相は今回の事件にかかわって、「邦人救出」(人質をとる勢力を制圧する軍事作戦)などを口実に「戦争する国」づくりを推し進めようとしています。

沖縄では圧倒的多数の米軍基地反対の声をふみにじり、辺野古の巨大な新基地建設を強行しています。

こんなことをすれば、日本はテロの標的になってしまいます。私たちは認めることはできません。

日本は、アジア太平洋戦争の反省から、「戦争は人間を滅ぼす」と二度と戦争をしないことを憲法9条で誓っています。

中東で子ども支援をしている千曲市の西村陽子さんは、イラクの人たちにこう言われたそうです。「日本は、第2次世界大戦で、アメリカに負けて、原爆も落とされた。戦争に負けたけど、その後、どこの国とも戦争をしないで、平和で経済発展を遂げている。イラクも日本のようになりたい。日本のことが好きなんだ」。

中東での日本の評価は極めて高かったのです。こういう日本こそ、私たちは誇るべきだと思います。

ツイッターやフェイスブックでの拡散にご協力ください。

「徹子の部屋」になかにし礼さんが御出演され、昨年出版され大反響を呼んだ詩を徹子さんが朗読されました。旧満州の引き揚げ者として凄絶な戦争体験を経てきたなかにし礼さんが平和の大切さを訴えています。

番組では、ほんのごく一部分しか読まれなかったので… 全文をどうぞ。

『平和の申し子たちへ!』...
泣きながら抵抗を始めよう

2014年7月1日火曜日
集団的自衛権が閣議決定された
この日 日本の誇るべき
たったひとつの宝物
平和憲法は粉砕された
つまり君たち若者もまた
圧殺されたのである
こんな憲法違反にたいして
最高裁はなんの文句も言わない
かくして君たちの日本は
その長い歴史の中の
どんな時代よりも禍々しい
暗黒時代へともどっていく
そしてまたあの
醜悪と愚劣 残酷と恐怖の
戦争が始まるだろう
ああ、若き友たちよ!
巨大な歯車がひとたびぐらっと
回りはじめたら最後
君もその中に巻き込まれる
いやがおうでも巻き込まれる
国のため?大義のため?
そんなもののために
君は銃で人を狙えるのか
君は銃剣で人を刺せるのか
君は人々の上に爆弾を落とせるのか
若き友たちよ!
君は戦場に行ってはならない
なぜなら君は戦争に向いてないから
世界史上類例のない
69年間も平和がつづいた
理想の国に生まれたんだもの
平和しか知らないんだ
平和の申し子なんだ
平和こそが君の故郷であり
生活であり存在理由なんだ
平和ぼけ? なんとでも言わしておけ
戦争なんか真っ平ごめんだ
人殺しどころか喧嘩もしたくない
たとえ国家といえども
俺の人生にかまわないでくれ
俺は臆病なんだ
俺は弱虫なんだ
卑怯者? そうかもしれない
しかし俺は平和が好きなんだ
それのどこが悪い?
弱くあることも
勇気のいることなんだぜ
そう言って胸をはれば
なにか清々しい風が吹くじゃないか
怖れるものはなにもない
愛する平和の申し子たちよ
この世に生まれた時
君は命の歓喜の産声をあげた
君の命よりも大切なものはない
生き抜かなければならない
死んではならない
が 殺してもいけない
だから今こそ!
もっともか弱きものとして
産声をあげる赤児のように
泣きながら抵抗を始めよう
泣きながら抵抗をしつづけるのだ
泣くことを一生やめてはならない
平和のために!

なかにし礼

佳子さまICUにご入学「有意義に過ごしていきたい」

 秋篠宮ご夫妻の次女・佳子さまがICU(国際基督教大学)に入学され、「有意義に過ごしていきたい」と抱負を述べられました。

 佳子さま:「新しい学生生活を始められることに感謝しつつ、有意義に過ごしていきたいと思います」
 国際基督教大学の入学式は、2日午前10時から行われています。佳子さまは去年、学習院大学を中退していて、「充実した英語教育や専攻を決めずに幅広く学ぶことのできるICUで学びたいと考えるようになりました」と述べられていました。今後は学業を優先しつつ、公務に臨まれることになります。

最終更新:4月2日(木)14時46分

テレ朝 news

 

【米軍の沖縄本島上陸、きょう70年 住民巻き込む戦禍に】

アジア太平洋戦争末期の1945年4月1日、米軍が沖縄本島に上陸してから1日で70年を迎えた。
 70年前、米軍は午前8時半から読谷、北谷の海岸に一斉に上陸を開始。日米両軍による地上戦が本格的に始まった。以降、住民を巻き込んだ戦闘が各地で繰り広げられ、住民の犠牲は軍人を上回った。
 米軍は上陸部隊だけで18万3千人という太平洋戦線で最大規模の兵員を投入した。それに対し、日本軍の第32軍は上陸時の戦闘を避ける戦術を取ったため、米軍は同日中に北(読谷)、中(嘉手納)の両飛行場を占領した。読谷村では米軍への投降を拒む住民が刃物や毒物、手りゅう弾などを使って命を絶つ「集団自決」(強制集団死)が発生した。

琉球新報社

最終更新:4月1日(水)9時45分

琉球新報

米国の筋書きに沿った安保法制がつくられる衝撃
2015年03月30日  天木 直人

 きょう3月30日の朝日新聞が一面トップで「安保法制 米が筋書き」という見出しの記事を大きく掲げた。

その記事はあまりにも衝撃的だ。

 久々に見せた朝日新聞らしい良質なスクープ記事である。

 朝日新聞この記事は、きょうから連載される「安全保障法制 現場から考える」の特集記事の核心部分である。

 すなわち、安倍首相が進める安全保障法制によって日米同盟を強化、固定化する動きが急速に進んでいるが、それはすべて米国の知日派が筋書きを書いたもので、その源は最初の2000年に続き、2007年、2012年と発表されていった「アーミテージ・ナイ・リポート」と呼ばれる対日政策提言であった、というものだ。

 この記事を読んで、私は即座に田中耕太郎とマッカーサー駐日米国大使との密談を想起した。

 日本の学者やジャーナリストらが米国立公文書館などで見つけた3通の米国極秘公電が、砂川判決の欺瞞性を見事に白日の下に晒してくれた。

 すなわち、1960年の安保改定の直前に下された東京地裁の「安保条約、米軍基地は憲法9条違反」という判決(伊達判決)に慌てた米国は、日本の司法に介入してそれを覆そうとし、事もあろうにこの国の司法のトップである田中耕太郎最高裁長官が、進んでそのシナリオに従う判決を下していたのだ。

 この極秘公電の発見により、1959年に下された砂川判決差し戻し判決は、完全にその根拠を失う事になる。

 その再審請求を求めて、当時有罪判決を受けた生き残りの者たちが訴訟を起こしている事を知っている国民は少ないだろう。

 メディアがまったく報じようとしないからだ。

 私は、米国機密公電の翻訳者として、この訴訟の原告側に公式に関与しようとしている。

 日本の最高裁長官が米国の筋書き通りに判決を下す。

 これは司法権の完全な放棄であり、これほどの対米従属はない。

 そしていままた、この国の主権である安全保障政策の根幹が、安倍首相の手で、米国によって書かれたシナリオ通りに進められようとしているのだ。

 国民はこの事実を知らなければいけない。

 きょうから始まる朝日新聞の連載「安全保障政策 現場から考える」は、それを教えてくれるだろう。

フィリピン沖で発見 戦艦「武蔵」はだれのもの?

 3月2日にマイクロソフト共同創業者で資産家のポール・アレン氏がフィリピン・シブヤン海の海底約1000mで戦艦「武蔵」を発見したというニュースは大きく報じられました。史上最大の戦艦「大和」型2番艦の「武蔵」は米空母艦載機の攻撃を受けて撃沈され、潮流の速いシブヤン海では正確な沈没地点がこれまで分からず「『武蔵』は沈んだが浮力が釣り合って海中を今も漂い続けているのだ」という伝説が生まれていたほどでした。

【アーカイブ動画】第二次世界大戦で沈没した戦艦「武蔵」の様子

 これまで1番艦「大和」はアニメ「宇宙戦艦ヤマト」の影響で広く知られている一方で、2番艦「武蔵」の知名度は低いものでしたが、今はちょうど日本では軍艦を擬人化したブラウザゲーム「艦これ」が流行中で、戦艦「武蔵」のことを知っている人が大勢いたのです。そんな最中に「武蔵」発見の一報は熱烈な歓迎をもって迎えられました。

 しかし発見したとはいっても「武蔵」の船体は引き裂かれている上に、深さ1000mの海底では大規模な引き揚げは物理的に不可能です。引き揚げができるとしても一部の部品や、発見できれば乗組員の遺骨を回収するという作業になります。遺族の中には沈没船を墓標と捉えて一部であっても引き揚げに反対する声もあり、意向を尊重しつつ一部引き揚げが実施できたとしても、今度は「武蔵」の所有権という問題が出てきます。

 基本的には沈んだ軍艦は所属していた国の所有物になるのですが、日本は太平洋戦争の敗戦後に進出した現地から撤収する際に資産を全て放棄しているので、沈没船もこれに該当するという捉え方があります。また戦争で生じた多数の軍艦と輸送船の沈没船は航路を塞ぎ、講和条約で撤去する費用と人員を日本が提供することを求められました。戦後賠償として各国と協定が結ばれ、沈没船は日本の責任として引き揚げられ解体し、得た屑鉄を売った代金は賠償金として納められました。

 この引き揚げ作業は完了済みで戦後賠償も払い終えているので今この協定を持ち出しても効力はありませんが、しかしこういった経緯がある以上、戦艦「武蔵」は日本の所有物だとフィリピン政府に強く言うことはできないのです。フィリピンは太平洋戦争最大の激戦地で、最も多数の艦船が沈んだ場所なのです。

 また武蔵の沈没地点は公表されていないのですがフィリピン領海である可能性が高く、所有権はともかくとして管理権はフィリピン政府にあります。武蔵の備品を引き揚げた際の取り扱いは発見者のアレン氏とフィリピン政府、日本政府が協議することになるでしょう。揉めた場合は裁判になりますが、日本とフィリピンの関係は良好で資産家のアレン氏は強く所有権を主張しないと表明済みなので、三者が納得のいく結論が出ると期待します。

(JSF/軍事ブロガー)

最終更新:3月30日(月)18時6分

THE PAGE

【 八紘一宇は世界に光を灯す 】

「八紘一宇」を「大切な価値観」として取り上げた、自民党・三原じゅん子参院議員の発言が波紋を広げています。

「日本が建国以来、大切にしてきた価値観『八紘一宇』。八紘一宇の理念のもとに、世界が一つの家族のように、むつみ合い、助け合えるように、そんな経済及び、税の仕組みを運用していくことを確認する崇高な政治的合意文書のようなものを、安倍総理こそがイニシアチブを取って、世界中に提案していくべきだ」(自民党・三原じゅん子参院議員)

 三原氏は16日、多国籍企業の課税回避の問題に関する質問で、このように述べました。

 「八紘一宇」は戦時中、「日本の侵略を正当化するためのスローガン」として使われていましたが、菅官房長官は17日、三原氏の発言は「租税回避への対応策という文脈で使われた」、「従来の意味合いやニュアンスとは全く違う」と述べました。

 また谷垣幹事長は、「『八紘一宇』は必ずしも本来、否定的な意味合いばかりを持つ言葉ではない」と、三原氏の発言を擁護しています。

 三原氏は「八紘一宇」という 言葉を使った真意について、取材に対し「この言葉が、他国への侵略を正当化する原理として使われたという歴史は理解しています。侵略を正当化したいなどとも思っていません。『みんなで仲良く、ともに発展していこう』というこの言葉の本当の意味をお伝えしたいと考えました」と述べています。 (17日21:48)TBS系JNN
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相変わらず反日政党である民主・社民・共産党などは政府のスキャンダルネタばかりを論争とし、取るに足らないスキャンダルやお金の問題で足を引っ張る事に精力的で、政策を進めるという本来の議員職務とはかけ離れた事ばかりが最近の国会では繰り広げられています。

また、日本を貶め、中韓の代弁者でもあるかのように戦前の日本を一方的にワルモノにし、二言目には「過去の清算が済んでいない、反省が足りない」などと騒いでいます。

≪八紘一宇≫を今後世界平和のスローガンにしていくかは別にして、人類至上最も歴史の長いこの日本が、その建国からずっと大切に宿してきたこの精神。

この素晴らしい価値観をすぐに戦前の日本の代名詞のように取り上げ、日本バッシングを行う。
 三原議員が紹介しているように、昭和13年に書かれた『建国』という書物によれば、「「世界が一家族のように睦(むつ)み合うこと。一宇、即ち一家の秩序は一番強い家長が弱い家族を搾取するのではない。一番強いものが弱いもののために働いてやる制度が家である。これは国際秩序の根本原理をお示しになったものであろうか。現在までの国際秩序は弱肉強食である。強い国が弱い国を搾取する。力によって無理を通す。強い国はびこって弱い民族をしいたげている。世界中で一番強い国が、弱い国、弱い民族のために働いてやる制度が出来た時、初めて世界は平和になる」」
 
経済優先の現代社会では、強いモノが勝者で、その勝者がルールを作っている弱肉強食の世界です。

そんな中に、この八紘一宇の精神の何が問題なのでしょうか??

反日勢力や、その本質を知らない人達はこのようにこの言葉を批判します。

・第二次世界大戦前夜に、この精神が領土拡張主義の拠り所として担ぎ出され、それ以来、日本が侵略戦争を企てた「証拠」として幾度か外国から取り上げられた経緯がある

・第二次世界大戦中には日本軍のアジア侵略を正当化するためにこの言葉が使われていた

などなど。

しかしこんな批判↑↑は意味がありません。

なぜなら、このブログでは何度も取り上げていますが、はっきりと「あの戦争は侵略戦争ではなかった」からです。

欧米の残虐非道な植民地支配が世界を埋め尽くすような当時の状況でした。

これがこの国の最も異常な姿を現しています。


そもそも八紘一宇とは、八紘とは8つの方位から「全世界」、宇とは「家」をあらわし、界を一つの家とする」という意味です。


そして今回もこのような議論が騒がしくなっています。  
「白人以外は人に非ず」とし、富のためには有色人種の命は家畜のように扱われました。
そんな支配が日本を包囲する中、欧米の支配には同じ力で自衛するしかなかったのです。

それと同時に日本は、力が全てであり、弱いものが搾取されるという時代に「八紘一宇」の精神により世界の平等と平和を掲げ、戦ったのです。


その結果、世界から(表面的)には植民地支配が無くなりました。

しかしそれと同時に、日本は多くの大切なものと、歴史的価値観を大きく失いました。

「八紘一宇」もその一つです。

なぜなら、GHQ司令部は昭和20年12月、「八紘一宇」という語の公文書における使用を一切禁止したのです。

 国家神道・軍国主義といった過激な国家主義を連想させるとされたのですが、真実はその真逆で、その崇高な精神を日本が掲げていた事を否定し、正義は残虐な植民地を繰り返していた欧米諸国(連合国)を正当化するために、そしてその大罪を隠す為です。

あの一方的なリンチ裁判である東京裁判において、東京裁判の折、清瀬弁護人は、「八紘一宇は日本の固有の道徳であり、侵略思想ではない」と述べているのです。
こうした事実を隠す為に、いまだに連合国や中韓の息のかかった勢力が、日本を犯罪国家とし続ける為に騒いでいるのです。

いまだに世界は、勝ったものの正義が全てなのです。

こうした直接的な暴力支配は鳴りを潜めていますが、間接的な経済支配は続いています。

しかし、もうそれも限界を迎えています。

今こそ世界は、本当の社会のあり方を考えなくてはなりません。

そしてその搾取や支配による世界のシステムから、調和的で本当の意味での平等を考えていかなければなりません。

そのヒントが、日本が最も長い歴史を懸けて育んできた文化・伝統にあるのです。

「八紘一宇」とはそういうものです。

その為に、日本は真実を取り戻す事が大切です。

世界は潜在的に、それを待っているのです。

『幸食ナビゲーター 渡辺 徹 officialブログ』はこちら↓↓↓(食や医療など身近な問題を中心にお伝えさせて頂いています)

http://ameblo.jp/tooru0702/




「国のために戦う」人の割合、日本が最低? データが意味するもの

「自国のために戦う」人の割合、日本が世界最低?

先日の報道によれば、「自国のために戦う意志」を問う国際調査にて、日本では「はい」と答えた人の割合が11%と、64カ国中で最も低い割合だったそうです。

【ジュネーブ共同】各国の世論調査機関が加盟する「WIN―ギャラップ・インターナショナル」(本部スイス・チューリヒ)は18日、「自国のために戦う意思」があるかどうかについて、64カ国・地域で実施した世論調査の結果を発表、日本が11%で最も低かった。

出典:「国のため戦う」日本最低 パキスタンや越が高率

日本と同様に「はい」と答えた人の割合が低い国は、オランダで15%、ドイツで18%だそうです。日本もオランダもドイツも先進国という点で共通してますが、逆に情勢の不安定な国では「はい」の回答が高い割合を示したそうです。

この調査結果を受けて、ネット上では色々な意見が溢れています。「日本が右傾化してるって嘘じゃん」から「日本の平和教育の害」を唱える意見まで左右様々です。でも、それって正しいんでしょうか?

元データを見てみよう

この報道について、ネタ元であるWIN/Gallup Internationalの調査結果を調べてみたところ、なかなか面白い事が見えてきました。

元の調査は64カ国を対象にしていますが、ここでは分かりやすくするため、米英仏ロ中の5大国に加えて、日本とドイツ、韓国を加えた8カ国で比較してみましょう。まず、「国のために戦う意思があるか」という設問に、「はい」と答えた人の割合が8カ国の中で日本が一番低いのは既報の通りですね。8カ国では下の表の通りです。日本が最も低く、ドイツ、イギリスが続きます。

 

「国のために戦う意思があるか」国別回答ところがちょっと待って下さい。設問への回答は「いいえ」と「わからない」もあります。はっきりと、明示的に、「国のために戦う意思はありません」とする回答も集計されています。この割合で順位付けするとどうでしょうか。

 

「国のために戦う意思があるか」国別回答(「ない」降順)「国のために戦う意思が無い」と明示的に答えた人の割合が多いのは、トップがドイツの62%。次いでイギリスの51%、韓国の50%という順になっています。日本は43%で8カ国中5位となっており、中位ポジションです。そして、日本の特徴はもう一つ。「わからない」が47%で8カ国中最高と、態度を決めていない人が半分近くいるのです。

千差万別の「戦争」

「国のために戦う」と言っても、その内容は千差万別です。突然の武力侵攻から、聞いたことも無い遥か遠くの国で戦わされるものまで、全て同じ「戦争」です。理不尽な武力侵攻で親兄弟を殺されれば、温和な人も銃を手に取り戦うかもしれないし、逆に地球の裏側で戦わさせられるのは、ほとんどの人は嫌がるでしょう。

設問を調べると、英文では”If there were a war that involved (調査対象国), would you be willing to fight for your country?”となっていました。日本語に訳すと「国が戦争に巻き込まれたら、貴方は国のために戦いますか?」というところでしょうか。この各国語訳が設問になっていたようですが、設問が提示する「戦争」イメージが漠然としています。こんな戦争イメージでは、「わからない」と答える人が多いのは当然の事ではないでしょうか。態度を明らかにしなかった47%の日本人は、有事の際に「戦争」の「中身」を見てから判断することになるでしょう。

もっとも、日本の自衛隊は完全志願制の常備軍であり、仮に戦争を行うにしても、そのリソースの中で行う事を前提としています。「戦う国民」がいるとしても、それがどれだけ必要になるかは、実際に戦争になってみないと分かりません。

 

日本より深刻なのは?

 むしろ、今回の調査で深刻なのは「国のために戦う意思は無い」と表明した人が多く、かつ周辺情勢が不安定な国でしょう。敢えて言えば、北朝鮮と対峙している韓国です。国際法上、朝鮮戦争は休戦中で準戦時下と言える状況に韓国は置かれており、2015年現在も徴兵制が存在する数少ない先進国です。その国民の半数が「戦わない」と宣言するのは、日本以上に問題ではないでしょうか。

報道では「国のために戦う」という答えばかり注目されてましたが、「国のために戦わない」、「わからない」といった他の答えに目を向けるだけでも、だいぶ違った様相が見えてきましたね。この結果から、皆さんはどう考えますか?

※「国のために戦うか」という設問に「はい」と答えた日本人は11%と報じられていますが、出典元のWIN/Gallup Internationalの調査結果は10%となっています。出典元を尊重し、表中では10%とさせて頂きました。軍事ブロガー/見習い猟師

軍事ネタブログ"dragoner.ねっと”主宰。 新旧の防衛・軍事ネタについて、ブログでの文章・動画共有サイトの映像の両アプローチで、分かりやすい解説を心がけております。 最近は自然問題にも興味を持ち、見習い猟師中。

日時:3月17日 (火)18:30開会(18:00より通行証配布します
場所:参議院議員会館・講堂
主催:沖縄等米軍基地問題議員懇談会
協賛:フォーラム平和・人権・環境/戦争をさせない1000人委員会/沖縄一坪反戦地主会関東ブロック/ピースボート/解釈で憲法9条を壊すな!実行委員会/安保破棄中央実行委員会/うちなんちゅうの怒りとともに!三多摩市民の会/辺野古への基地建設を許さない実行委員会
連絡先:平和フォーラム(tel:03-5289-8222)
内容:沖縄選出国会議員からのアピール
辺野古現地の最新状況報告…安次富浩さん(ヘリ基地反対協議会・共同代表)

「辺野古新基地建設は反対!」
多くの沖縄県民が願い、県民大会で、選挙で、そのゆるぎない民意を示し続けています。しかし政府は、力づくで着々と工事を進めています。民主主義をないがしろにする安倍政権に対する抗議の声を首都圏において拡大していきましょう!
3/17院内集会では、沖縄選出国会議員からのアピール、そして2月22日の県民大会の主催実行委員会から辺野古現地の最新状況の報告を行います。
ぜひともご参加ください。

3月10日 『東京都平和の日』


東京都が1990年に、「東京都平和の日条例」で制定しました。

1945年3月10日深夜0時8分、東京でアメリカ軍B29爆撃機344機による焼夷弾爆撃があった日です。

死者約10万人、焼失家屋約27万戸という、第二次大戦で最大級の被害を出しました。

戦争の惨禍を再び繰り返さないことを誓い、平和の意義を確認、平和意識の高揚を図るため、様々な記念行事を実施しています。

まだまだ、世界では紛争が絶えません。
日本でも集団的自衛権の行使に向けて議論が進んでいます。

今一度世界の平和について考えてみましょう。

ゾッとする今日の長崎新聞一面の記事。62年のキューバ危機の時、沖縄米軍に対して核攻撃命令があり、現場の判断で「誤り」とし発射が回避されたそうです。
 今でも米ロは数百の核ミサイルを即発射可能状態に置いているとか。サーバー攻撃などで偶発的に発射されることはないのか…。核兵器がある限り、この不安はなくなりません。
 渡辺千恵子さんの「長崎に生きる」の冒頭には、凄惨な被爆体験が綴られています。核兵器は廃絶しかありません。

【東京大空襲から70年…法要に遺族ら参列】

東京大空襲から70年の10日、墨田区にある東京都慰霊堂では、遺族ら約600人が参加し法要が行われた。

 10日午前10時から始まった法要には、秋篠宮ご夫妻、安倍首相、舛添都知事などに加え、約500人の遺族らが参列した。1945年3月10日未明の東京大空襲では、無差別爆撃による大規模な火災で住宅など26万棟以上が焼失。一般市民約10万人が犠牲となり、100万人が被害を受けた。

 父親を亡くした遺族「焼け野原で死体の山があって衝撃的だった」「もう70年たったなという感じだけ。今、平和であることが一番幸せなこと」

 今年は戦後70年の節目ということもあり、例年より多くの遺族が参列した。一方で、高齢化も進んでいて「参列は今年が最後になるかもしれない」と話す人もいた。

最終更新:3月10日(火)12時28分

日テレNEWS24

太平洋戦争で犠牲の学生追悼施設、再整備完了 淡路島

 太平洋戦争で犠牲になった学生約20万人の追悼施設「若人の広場公園」(兵庫県南あわじ市阿万塩屋町)の再整備工事が終わり、完成式が15日にあった。未来を失った若者たちの無念に思いをはせながら、平和を願って「永遠の灯」に再び点火した。

 広島平和記念資料館(広島市)などで知られる建築家丹下健三氏(1913~2005年)が設計し、1967年に完成。利用低迷や阪神・淡路大震災の被害で約20年間、閉鎖状態が続いたが、鳴門海峡を眼下に収める眺望の良さを生かし、憩いの場として南あわじ市が再整備した。

 式典は県や島内3市、自衛隊などの関係者らが出席し、淡路三原高校の生徒による和太鼓演奏で開幕。井戸敏三知事が「ペンを銃に持ち替えて戦地へ向かった学徒たちを悼み、明日の平和への誓いとしたい」とあいさつした。

 続いて、淡路島最高峰の諭鶴羽山でおこした火を、0~70歳の市民が手渡しながら公園シンボルの記念塔まで運び、井戸知事らが「永遠の灯」にともした。

 園内管理棟には、新たな平和のシンボルとしてブロンズ像「わだつみのこえ」が設置され、除幕式でお披露目された。

(長尾亮太)

最終更新:3月16日(月)11時35分

神戸新聞NEXT

貧困層に「経済的徴兵制」?奨学金返還に防衛省で就業体験

貧困層に「経済的徴兵制」?

国民の知らないところでどんどん進んでます。生きる為に戦場に行くという国に日本もしようかという動きが出てきてます。なぜ日本は給付型奨学金制度導入を渋るのか、高利なローンで若者を苦しめるのか、どうして格差社会を広げる労働規制緩和を拡げるのか。そこに経済的徴兵制を視野に入れてることは否定できません。私も大学4年間、勤労奨学金で働きながら大学にいき学費を稼ぎました。もし大学学費のローンが500万あって、非正規雇用で返済もできずローンが膨れあがって生きづまり、アメリカのように軍隊に入れば全額免除すると言われたら、どうするか。貧しきものが生きる為に戦場にいく。そんな国にしてはならないと強く思います。

★【デモ・集会・学習会等の告知のお願い】★

みなさん、日頃はお世話になっております。

安倍政権は、ゴールデンウィーク明けに戦争立法の提出することを明言し、政局はいよいよ厳しくなってまいりました。

...

東京以外の地区も含めて、みなさんのお住まいの近くで行われますデモ・集会・学習会等の告知を、ぜひコメント欄にお願い申し上げます。

戦争への歯車が回り始めました。

去年の衆議院選挙を見ても、まだまだ女性や若者たちへの呼びかけの足りなさを痛感します。

自分自身だけのためにではなく、われわれの愛する子や孫の世代にも平和が維持されるよう、各自ができることで力を尽くしましょう!

デモや集会では、われわれの幟を立てて反戦平和の本気度を示しましょう!

日本は「戦争をできる国」にはなれない

 新たな安全保障法制をめぐり、与党協議が進んでいる。自衛隊の海外派遣や集団的自衛権の行使などが議題に上っている。

【詳細画像または表】

この議論は、2014年7月に閣議決定された「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」に従い、5月の大型連休明けにも関連法案を国会に提出することをにらんでのものという。また、文民統制に関連して、防衛官僚(背広組)と自衛官(制服組)が対等の立場で防衛大臣を補佐できるようにする防衛省設置法改正案を、3月6日に閣議決定し、今通常国会に提出することとしている。■ 平時GDP比約230%の債務を抱える主要国家はない

 こうした安全保障法制をめぐる動きに対し、「わが国を取り巻く安全保障環境が厳しくなる中で必要な対応」との肯定的な意見もあれば、「憲法解釈を変えて専守防衛や平和主義を放棄することにつながり『戦争のできる国』になる」と否定的な意見もある。

 ここでは、この議論にこれ以上深入りするつもりはない。ただ、財政面からみて、少なくともわが国は「戦争のできる国」にはなれないことは明らかである。

 わが国の政府債務は、いまや対GDP比で約230%に達している。これほどの債務残高に達した国は、ナポレオン戦争直後のイギリスと、第2次世界大戦直後の日本とイギリスである。

 いずれも、戦費調達のために負った政府債務で膨張した。平時にこれほどの債務を負った国はない。別の言い方をすれば、戦争を始める前からこれほどの債務を負っていた国はない。戦費を賄うためにこれ以上債務を負おうにも、わが国にその余力は残されていない。

 国債を日本銀行に引き受けてもらえば戦費は調達できる、といえども、それこそ悪しき戦前の二の舞である。

 「欲しがりません勝つまでは」とは言わないが、民需が抑えられているうちは、国債引受けがインフレの引き金にはならないものの、民需が平時に戻れば悪性インフレに火をつける。国債の日銀引受けを禁止する財政法第5条は、70年前の失敗を繰り返さないために設けられたものであることを忘れてはならない。

■ 自衛隊の階級・年齢構成にも及ぶ少子高齢化の波

 「戦争ができる国」になれない根本的な理由は、もう1つある。それは少子高齢化である。少子高齢化の影響は、社会保障のみならず、自衛隊の階級構成と年齢構成にも及んでいる。

 財務大臣の諮問機関である財政制度等審議会では、2012年からすでに「自衛隊の高齢化」について取り上げている。自衛隊員も、長年にわたり精勤すれば出世しないといけない。最下位の士(外国軍人呼称で言えば2等兵、1等兵、上等兵)から、曹(伍長、軍曹、曹長)、准尉、そして尉官(少尉、中尉、大尉)、佐官(少佐、中佐、大佐)、将官(少将、中将、大将)といった幹部と、階級の序列がある。

紛争の最前線中の最前線には、准・曹が士を従えて赴く。ところが、自衛隊の階級構成の人員分布をみると、冷戦終結直後の1991年度と比べて、最新の統計である2013年度は、士が約3.2万人減少したのに対し、准・曹が約1.4万人増え、幹部が約4000人増えている(財政制度等審議会財政制度等分科会2014年10月8日配付資料「(参考資料)防衛関係費」による)。幹部は増えても最前線に赴く士が減っては、どうやって「戦争」をするのだろうか。当然ながら、今の自衛隊は、「戦争」をするために組織されたものではない。 さらに、「高齢化」も進んでいる。前掲資料によると、自衛隊員の平均年齢は、1991年度において全体で32.2歳、准・曹では35.9歳だったのが、2013年度には全体で36.0歳、准・曹では38.3歳と4歳近く上がっている。

 自衛隊員にも定年があるから、社会全体での高齢化とは意味が違うが、この高齢化は20歳代の隊員が大幅に減ったことが主因である。さりとて、わが国は社会全体で少子化である。若年層は産業界にとっても労働力として貴重であり、自衛隊員だけ若年層を増やすわけにもいかない。他方、人間の宿命として、40歳を過ぎると老眼の症状が出てくることもあわせて考えれば、いくら安全保障法制を整備したからといって、こうした年齢構成で、直ちに「戦争ができる国」になるとは思えない。

 もちろん、防衛省もこれを承知しており、若返り(専門用語でこれを「精強性の確保」という)に取り組んでいるところである。

 ちなみに、わが国を取り巻く安全保障環境が厳しくなっていることと、この少子高齢化とを合わせてみれば、周辺国と比べてわが国は突出して不利な状況である。

国際連合の“World Population Prospects: The 2012 Revision” によると、2015年における中位年齢(全人口のうち半分がこの年齢以下)をみると、日本は46.5歳、中国は36.0歳、北朝鮮は33.9歳、ロシアは38.5歳、インド26.9歳、アメリカは37.7歳、韓国は40.5歳である。日本は、2位のドイツ46.3歳、3位のイタリア45.0歳をしのぎ、中位年齢が世界で最も高い国である。■ 戦争抑止の最大要因は巨額の政府債務と少子化

 防衛省の努力だけではいかんともしがたい人口構成である。ちなみに、日本の中位年齢は、1935年では20.9歳(男性のみでは20.8歳)、1940年では20.9歳(男性のみでは20.1歳)だった。

 とはいえ、今のご時世、いきなり総力戦になるような大規模な軍事衝突は想定しにくい。(潜在、顕在を問わず)小規模な国際紛争に対して、現実的にどう対処するかが問われているけれども、長期間にわたり国際紛争の緊張にさらされ続ければ、わが国は財政面と人口構成の制約は厳しいためにとても長くは持たない。こうした制約を十二分に踏まえれば、外国に好戦的な姿勢で臨もうとする為政者は、愚かであることは言を俟たない。

 もちろん、戦争は起きて欲しくない。しかし、戦争や軍事衝突は、(自国、外国を問わず)愚かな為政者によって引き起こされる。大規模な軍事衝突も、些細な小競り合いから始まり長期化するという歴史の教訓に学べば、突発的な小規模な軍事衝突でさえ看過できない。

 我が国は、仮に些細な小競り合いから、自衛権を行使したとしても、財政面と人口構成の制約から早晩持ちこたえられなくなる状態なのである(「戦争ができる国」になるべく早期に財政健全化を断行する、とでも言い出すなら話は別だが…)。

 巨額の政府債務と歯止めのかからない少子高齢化は、目下、わが国における戦争抑止の最大要因である。確かに、「戦争反対」と声高に叫ぶのもよいが、巨額の政府債務と歯止めのかからない少子高齢化がある限り、わが国は戦争や軍事衝突などまともにできない国と肝に銘じる必要がある。この実情を踏まえて、外国と向き合うべきである。

土居 丈朗

最終更新:3月9日(月)16時55分

東洋経済オンライン

両陛下、ウィリアム王子と懇談 3年ぶりの再会

 天皇、皇后両陛下は27日、英王室ウィリアム王子をお住まいの皇居・御所に招き、昼食をともにした。ウィリアム王子は御所の玄関で両陛下と握手を交わし、「またお目にかかれてうれしいです」「ご招待ありがとうございます」と英語であいさつした。

 宮内庁によると、両陛下とウィリアム王子は2012年5月、両陛下が英国を訪問した際に食事会で会っており、それ以来の再会となった。

 ウィリアム王子はその後、東京・元赤坂の東宮御所にも足を運び、皇太子ご夫妻と懇談した。皇太子さまが車寄せで出迎えると王子が右手を差し出して握手した。皇太子さまも笑顔で応じた。

 王子は昼食会のあと、東京・六本木で開かれた英国の先端技術を紹介する会議にも参加した。「みなさま、こんにちは」と日本語であいさつし、大きな拍手を浴びた。

【「憲法基礎に平和享受」 皇太子さま55歳会見】
東京新聞2015年2月23日朝刊⇒ http://goo.gl/d44Ipi
http://www.tokyo-np.co.jp/…/na…/news/CK2015022302000132.html

 皇太子さまは2015年2月23日、55歳の誕生日を迎えられた。これに...先立って、東京・元赤坂の東宮御所で記者会見し、今年が戦後70年になることについて「わが国は、戦争の惨禍を経て、戦後、日本国憲法を基礎として築き上げられ、平和と繁栄を享受しています。本年が日本の発展の礎を築いた人々の労苦に深く思いを致し、平和の尊さを心に刻み、平和への思いを新たにする機会になればと思います」と述べた。

◆「歴史正しく伝承を」 陛下即位の年齢「身引き締まる」

 2月23日に55歳の誕生日を迎えた皇太子さまは会見で、戦後70年に当たって、戦争体験を正しく継承することの大切さについて語られた。55歳は天皇陛下が即位した年齢で、「身の引き締まる思い」などとも述べた。
 皇太子さまは「戦争の記憶が薄れようとしている今日、謙虚に過去を振り返るとともに、戦争を体験した世代から戦争を知らない世代に、悲惨な体験や日本がたどった歴史が正しく伝えられていくことが大切」との考えを示した。
 戦争の記憶の継承については、長女愛子さまが天皇、皇后両陛下から直接、先の大戦について話を聞いているほか、皇太子さまも両陛下から聞いたことなどを愛子さまに伝えているという。
 陛下が即位した55歳という年齢になったことについては「身の引き締まる思いとともに、感慨もひとしお」とした。過去の天皇が歩んだ道と天皇を象徴と定めた憲法の規定に思いを致すことを常に心がけているとし、象徴天皇のあり方を模索し続ける両陛下に学びながら「これからも努力していきたい」と語った。
 療養中の雅子さまについては「体調を整えながら、引き続き焦らず、慎重に少しずつ活動の幅を広げていってほしいと思います」と気遣った。

◆記者会見要旨

 -この一年を振り返って。天皇陛下が即位した年齢となった感想も
皇太子さま:
阪神大震災から20年を迎え、東日本大震災より4年となります。震災を乗り越え、未来を創造する取り組みも生まれてきているように思います。昨年11月に訪れた兵庫県では、震災の経験を地域や世代を超えて伝えようとする取り組みがなされていました。東日本大震災からの復興の取り組みとして、昨年8月にパリで行われた『東北復幸祭』に参加した高校生と先日会い、自ら企画した催しが成功を収めたことをうれしく思いました。被災地の復興に心を寄せ、防災に私ができることをやっていきたいと考えています。中東などで武力紛争が続き、わが国国民を含め市民を巻き込むテロが発生したことに深く心を痛めています。
 天皇陛下が即位されたのと同じ年になったと思うと、身の引き締まる思いとともに、感慨もひとしおです。過去の天皇が歩んで来た道と、天皇は日本国、国民統合の象徴であるとの日本国憲法の規定に思いを致すよう心掛けております。象徴の在り方を求め続けてこられた天皇陛下と、そばで支えている皇后陛下に学びながら努力したいと思っています。

 -戦後70年に当たり、戦争と平和への考えは
皇太子さま:
戦争の惨禍を繰り返すことのないよう、平和を愛する心を育んでいくことが大切ではないかと思います。子どもの頃から沖縄慰霊の日、広島や長崎への原爆投下の日、終戦記念日には両陛下と一緒に黙とうしており、原爆や戦争の痛ましさを伺ってきました。沖縄での地上戦の激しさも伺ったことを記憶しています。私自身、戦争を体験しておりませんが、戦争の記憶が薄れようとしている今日(こんにち)、謙虚に過去を振り返り、戦争を体験した世代から、戦争を知らない世代に悲惨な体験や日本がたどった歴史が正しく伝えられていくことが大切だと考えています。両陛下からは愛子も直接お話を聞かせていただいていますし、私も両陛下から伺ったことや自分自身が知っていることを話しております。わが国は戦後、日本国憲法を基礎として築き上げられ、平和と繁栄を享受しています。本年が日本の発展の礎を築いた人々の労苦に深く思いを致し、平和の尊さを心に刻み、平和への思いを新たにする機会になればと思っています。

 -雅子さまの体調や愛子さまの様子について
皇太子さま:
雅子は快方に向かっておりますが、焦らず慎重に活動の幅を広げていってほしいと思っています。愛子には少しずつ経験を積み、皇族の務めについての理解を深めていってくれればと思っています。

 -昭和天皇実録の感想や、昭和天皇の思い出について
皇太子さま:
多くの人が昭和天皇のご事跡に関心を持ち、昭和という時代への理解を深めることになればと思います。激動の時代にあって、60年を超える長きにわたり国民を思われ、真摯(しんし)にご公務に当たられた昭和天皇のお姿がしのばれます。昭和天皇には幼い頃から、優しくお声を掛けていただき、天皇のお仕事の大切さや大変なこともお話の節々に感じたように思います。

 -4月に韓国で開かれる「世界水フォーラム」への思いは
皇太子さま:
良い大会となることを心より願っております。私の出席は政府で検討されることですのでコメントは控えたいと思います。

【地震の後には戦争がやってくる。 忌野清志郎の言葉、いま響く】
朝日新聞デジタル、川端俊一2014年8月16日⇒
http://digital.asahi.com/articles/ASG8G3QFMG8GULZU002.html

 地震の後には戦争が――。5年前に亡くなったロックシンガー、忌野清志郎(いまわのきよしろ...う)さんの文章が、インターネット上で読まれ続けている。作詞家の湯川れい子さんが2年近く前にツイッターなどで紹介したものが、少しずつ広がった。時代を見通すような内容に、湯川さんは「今こそ、多くの人に読んでほしい」という。

 文章はこう書かれる。

 〈地震の後には戦争がやってくる。軍隊を持ちたい政治家がTVででかい事を言い始めてる。国民をバカにして戦争にかり立てる〉

 忌野さんのエッセー集「瀕死(ひんし)の双六(すごろく)問屋」の一文だ。2000年ごろ、阪神大震災を思い起こして書かれ、「日本国憲法第9条に関して人々はもっと興味を持つべきだ」と題される。

 文庫化された07年に、忌野さんは湯川さんへ献本。その後の09年、東日本大震災の発生を見ぬまま、忌野さんは58歳で亡くなった。

 それから3年後。湯川さんが書棚の資料を探していた際、「双六問屋」が目にとまった。本にはさまったはがきに「あとがきはぜひ読んで下さい」とあった。

 湯川さんは、喉頭(こうとう)がんを患いながら手術を断った忌野さんに、代替医療のことを伝えたことがあった。後書きには、病からの復活が書かれている。改めて読み返し、さらに引き込まれたのが「第9条」の一文だ。

 〈復興資金は大手ゼネコンに流れ、神戸の土建屋は自己破産を申請する。これが日本だ。私の国だ〉

 東北の震災から2年近く。忌野さんのメッセージがたった今届いたように感じられた。

 〈政治家は……人を助けるとか世界を平和にするとか言って実は軍隊を動かして世界を征服したい。(中略)憲法第9条は……戦争を放棄して世界の平和のためにがんばるって言ってるんだぜ〉

 その後、反原発を訴えた衆院選候補者の応援演説で読み上げ、ツイッターで紹介すると、ネット上で賛同の声が広がった。忌野さんのバンド「RCサクセション」が原発を批判する歌を発表したのは80年代。震災で原発事故は現実となり、閣議決定による集団的自衛権の行使容認で、憲法の意義は揺らいでいる。

 震災後の世情の変容に湯川さんは「幸せに生きるために、人は生まれてくる。『存在の自由』が脅かされかねないことを、考えてほしい」と語る。(川端俊一)

「 全ての日本人に知って欲しい感動ストーリー」

1890年、明治23年のこと。

オスマン帝国‥、
現トルコ共和国の船、エルトゥールル号は
トルコの軍艦ですが

日本に戦争に来たわけではなく

友好的な外交に訪れ、
横浜港に数ヶ月停泊した後、
帰国しました。

しかしその最中、台風による強風にあおられ、
紀伊大島の樫野崎の岩礁に激突、
沈没するという大惨事が起こりました。

乗組員のほとんどが海に放り出され、
587名もの方が死亡または
行方不明になっています。

一命を取りとめた乗組員もいて、

小さな島ですので
50軒くらいしかなかった
大島村の人たちは
みんなで救助に向かったそうです。

わずかに息をしている人たちは
体が冷え切っていて
村民たちは急いで自分の服を脱ぎ、
その人達を抱きしめ、
自らの体温で暖めたりしてあげたそうです。

そして、まだ命があった69名の人達を
小学校やお寺に収容し看病しました。

食料はすぐに底をついてしまいましたが、
非常食として大切に育ててきた
村民にとって最後の砦とも言える鶏を

「人の命には代えられない」と

全部たべさせてあげたんです。

更に翌日には和歌山県知事を通じて、
当時の明治天皇に連絡が入ります。

すぐに日本政府をあげて救助に向かいました。

そして生き残った69人の方を数ヵ月後に
「金剛」と「比叡」という軍艦でトルコに送り、
そして義援金もお渡ししたそうです。

そしてこの話はまだまだ序章にすぎません。

時は過ぎて、それから1世紀も経った
95年後の1985年、
イラン・イラク戦争が起こりました。

この時、イラクのフセイン大統領が

 「今から48時間後にイラン上空を
  飛ぶ全ての飛行機を撃ち落す」

と宣告ました。

民間機ももちろんです。
この宣言が出て世界各国は驚き、
自国の国民をどんどん連れて帰りました。

日本人も215人イランに
残っていたそうですが、
日本政府は遅れました。

本当は自衛隊を派遣したいのですが
憲法により自衛隊は海外にいけなかったのです。

日本人は大パニックです。

しかし……。

そのタイムリミット1時間15分前に
テヘラン空港に2機の飛行機が降り立ちます。

そして日本人全員を
乗せてくれたのです。

その飛行機は、なんと‥

トルコの民間機でした。

なぜトルコ側が日本人を
助けてくれたのでしょうか?

元駐日大使の方はこういったそうです。

 「95年前のエルトゥールル号の
  事故に際し、大島の人達や日本人が
  してくださった献身的な救助活動は
  今もトルコの人達は忘れていません。

  トルコでは子供たちでさえエルトゥールル号
  のことを知っています。

  それを知らないのは日本人だけです。」

実は日本政府はどうにもならず
トルコ政府にお願いしたら、

すぐパイロットを集めて日本人を
助けに行ってくれると言ってくれたそうです。

その時、何人ものパイロットが

 「日本人の為なら」

と手を挙げてくれたそうです。

こんな話を歴史の授業で
教えてくれたらいいなと思います。

実は、この話はまだ続きがあって、
1999年にトルコ大地震があった時に、

トルコ航空で助けられた日本人が
すぐに義援金を集めて寄付したそうです。

そして今回の東日本大震災。

トルコはいち早く何百億円もの義援金を
寄付してくれたそうです。

比田井和孝・美恵著
『私が一番受けたいココロの授業』より

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日本とトルコの友好関係・・・

いつまでも続いて欲しいと思います。

建国の日「知っている」2割未満 米中では9割超 「自国誇り」は7割

日本が建国された日を知っている日本人は2割未満-。若手経営者らでつくる日本青年会議所(日本JC)が11日の建国記念の日を前に、建国に関する意識調査を行ったところ、そんな結果が出た。国内在住の外国人は中国で100%、米国やカナダで9割超が「自国の建国・独立の日」を正しく答えており、日本人の建国に対する意識の低さが鮮明に浮かび上がった。

 調査は1月、北海道から沖縄まで全国10都市の街頭で18歳以上の男女約1万人にヒアリングした。「日本が建国された日はいつか」との問いに「2月11日」と答えたのは19・3%で、年齢別の内訳は25~39歳が14・9%で最も低く、18~24歳が16・2%、40~59歳が19・4%。最も高い60歳以上でも44・3%だった。

 同様に日本国内の街頭ヒアリングと、委託した調査会社があらかじめ登録されている日本国内在住の外国人の中から無作為抽出した各国の18歳以上の男女計300人にメールで尋ねたところ、「自国の建国・独立の日」を正しく答えた割合は中国が100%でトップ。カナダ97・7%、米国91・3%などと続いた。母数が異なるため単純な比較はできないが、日本は極めて低かった。

 日本人対象のほかの調査項目では、約4割が「日本の建国に関する歴史を学んだことがない」と回答。約7割が「自国の成り立ちを学ぶ『国史教育』の充実」を必要と答えたほか、約6割が「日本でも建国を祝う行事を開催した方がいいと思う」と回答した。「日本という国を誇りに思うか」との問いには、73・0%が「思う」だった。

 日本JC国史会議議長の棟久裕文(むねひさ・ひろふみ)氏は「日本では自国を誇りに思いながら、建国は知らないという矛盾した状況になっている。グローバル社会に向け、義務教育段階から建国を含めた国史教育を充実させていく必要がある」と話している。

毎日新聞 2015年01月11日(朝刊)の、「今週の本棚:中島京子・評 『バカになったか、日本人』=橋本治・著(http://is.gd/AHRc1s)」を読んで、大いにうなづくものを感じた。

戦後、しばらくはアジアの模範とする「市民社会=市民国家」を目指していたはずの日本は、その思いが崩れ忘れ、いつしかかつてのファシズムの郷愁に魅了されているがごとく、「排他的民族国家」へと変貌している。

何故か? 『一つ覚えの「景気回復」、あとは「丸投げ」』の、小商人的な小市民が幅を利かせ、惰眠をむさぼっている現状がそうさせているのであろうか?

本当に笑えるくらいあきれる!

「日本人はバカばかりだから、我々テレビ人が指導監督してやっとるんです」~某TBS社長(http://is.gd/Nm8pPj)ってか!?

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[毎日新聞]= 一つ覚えの「景気回復」、あとは「丸投げ」

本書は、著者が二〇一一年〜一四年の間に書いたエッセイをまとめたもので、<東日本大震災>から<安倍政権が進める憲法改正>までを論じている。振り返ると残念なことに、進まないのは震災復興と原発事故の収束、進むのは増税と安全保障政策と改憲論議、そして後退するのは社会保障政策、という三年間だった。この政治状況を、昨年末の史上最低投票率衆議院選挙で承認して締めくくってしまったわけで、主権者たる日本国民は、「バカになったか」と疑問を呈されても仕方がない立場にあるように思う。

日本人にも、バカでなかったころがあるのか、明確には示されないが、本書が扱うのは、「戦後」である。震災がすべての始まりだったように語られがちの現代日本の「ヘン」さのもとを、著者はまずその直前、二十一世紀が始まって以来の状況を俯瞰(ふかん)して読み解き、さらにそれ以前に遡(さかのぼ)って、日本社会を色濃く性格づけた「戦後」を整理する。

「『戦後』は『戦後』のまま立ち消えになって行く」というエッセイで指摘されるのは、日本における市民の不在である。「『近代市民社会』と言われる時の『市民』がそれで、これは『右でもない、左でもない、リベラルな存在』であるはずのものである」「戦後というのは、旧来の考え方から離れて、日本人が『市民』になろうとして、『市民社会』なるものを形成しようとした時代だった」。主権者である意識を持ち、自分達の社会をよりよくしようと努力する市民。それを育成するべくメディアも教育も動いたのが「戦後」であったのに、そしてたとえば一九七〇代には、公害をターゲットとする市民運動も盛んだったが、公害が減少したら市民運動も衰退した。「衰退してもかまわなかった。日本はどんどん豊かになって行ったから。『生活が大丈夫だから、政治なんかどうでもいい』になってしまった」。景気の良さが市民の芽をつぶした。結果、日本に市民は育たず、それゆえ市民のための政党は生まれず、いつのまにか市民という言葉も古臭く響くようになった。だから本来市民となるべきだった人たちは膨大な数の無党派層と化して今日あり、政治なんかどうでもよくしてくれる「景気回復」を求めて(そう、好景気こそがこの二十年以上、この国の人々の悲願であり続けている)、「アベノミクス」を唱え続ける政権を支持してしまったというわけだ。「日本の『戦後』は、『戦後』という時代区分だけがあって、格別の成果も持たず、ただ立ち消えていく。日本で一番厄介な問題は、戦後社会の日本人のあり方にふさわしい政党が今になってもまだ存在しないということだろう」。それが民主党でも、いわゆる第三極と呼ばれる政党でもなかったことの理由も、明快に記されている。

しかし「景気の回復」といっても、それがかつてのものとは意味を変質させてしまったのが二十一世紀だ、と『二十世紀』の名著もある著者は指摘する。「物を作る」が無効となり「金融で金儲(もう)けをする」がスタンダードとなった二十一世紀の先進国では、「景気回復」の恩恵に与(あずか)れるのは金を持っている層だけ。しかし、そこは考えようとせずに、政治に望むことはひたすら「景気回復」、なすべき議論を「丸投げ」「先送り」「素っ飛ばす」「多分忘れる、絶対忘れる」という凄(すさ)まじい方法で避け続ける日本人。

有効な薬についての記述はないが、本書の中で三度に亘(わた)って著者が強く訴えていることは、傾聴に値すると思われる。「日本国民の頭はもう少しよくならなければならない」

世界に衝撃を与えた「ベトナムの少女」の現在の姿が話題に

1973年にピューリッツァー賞を受賞した、「戦争の恐怖」という有名な写真があります。

ベトナム戦争で爆撃を受けて裸で逃げる9歳の少女の写真で、1度見ると忘れられない印象深い写真ですが、彼女が大人になったときの写真が紹介され、話題を呼んでいました。

大人になり、わが子を抱くキム・フックさん。
ファン・ティー・キム・フック - Wikipedia

背中を中心に重度のやけどを負い、ケロイドとなった傷が生々しく残っています。

17回にもおよび皮膚の移植手術を受け、いまも激しい痛みが残っていると言い、戦争のすさまじさが伝わってきます。

子供に向ける穏やかな表情とのコントラストには、考えさせられるものがあると、海外掲示板には多くのコメントが寄せられていました。

●子供のときの写真が、1970年代にトップニュースになっていたことをよく覚えている。今でも戦争のもっとも恐ろしい部分を伝える写真となっている。

●大人の写真は1995年のものだよ。

●↑ということは、その赤ちゃんも今は20歳近くになっているんだね。

●ちなみにこれが2013年の彼女。

●彼女が回復してよかった。

●歴史の本で写真を何度も見ていたが、こんなやけどをしているとは思いもよらなかった。

●少年のつらそうな顔が怖いほどだ。

●美しい写真だと思う。どんな体験だったのかは想像もつかない。彼女のやけどの痕や、傷んだ肌や、その美しい赤ちゃんの組み合わせが将来に希望を持たせる。

●数年前に彼女が自分の通っている高校を訪れてスピーチをしてくれた。驚くほど感動的だった。自分は彼女と話が出来て、彼女の体験を共有できたことにとにかく感謝している。

●彼女が実際に走っているところが動画でも見られる。(閲覧注意)

●↑どうしてそんなに落ち着いていられるのだろう。

●↑おそらくショックやアドレナリンのせい。

写真があまりに痛烈なものの、いったい彼女がどうなったかを知らない人は多く、その後、数えきれないほどの手術を経て彼女が回復をしたことを知り、安心した人も多いようでした。

子供たちを巻き込んでしまう戦争の悲惨さがよくわかります。
(参照:世界を震撼させた20世紀の衝撃写真) 

【人種差別撤廃に全力を注いだ戦前の日本!!】

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