妻はこう言った。
「もし、本気で死ぬんなら、私も一緒に連れてって。 その代わり、1週間だけ時間をちょうだい。 私も身の回りを整理してから死にたいから」
1週間の間に、妻とは何度も話し合った。
結局、その間に、この難関は二人で 乗り越えていこうと決心するに至った。
あの時、妻が気づいてくれなかったら、 1週間待てと言われなかったら、 僕は今頃死んでいただろう。
何度も泣きじゃくりながら、妻と話し合ったのも、 今じゃいい思い出になった。
この年で、手に職もなく無職になったから、 これから大変だろうけど、僕には妻が残っているから。
一番大切なものが残っている以上、 どんなことでもがんばっていける、そう思った。
先月は、僕の誕生日だった。
毎年、誕生日には妻がごちそうを作り、ケーキを焼いてくれる。
特に今年は、幼稚園に入ったばかりの息子からは、 「パパ」というタイトルの似顔絵。
片言を喋れるようになったばかりの娘からは、 「パパチュキ」という言葉とチュウをもらって、 とても嬉しかった。
そのささやかなパーティの後、 寝ようとしてベッドに行くと、 サイドテーブルに小さな包みが置いてあった。
開けてみると、僕が前々から欲しかった フランクミュラーが入っていた。
こんな高価なものを・・・! 家計は大丈夫なのか。
妻に聞くと、ニコニコしながら、 家計からは一切出してないから安心して。 私のお金で買ったのよ、と言う。
妻は子供が出来てから、ずっと専業主婦だし、 家を買う時、妻名義の貯金もほとんど使ってしまっていた。
妻個人のお金でこんなに高いものを買えるはずがない。
その時、僕の脳裏に、数日前の妻の姿が浮かんだ。
独身の頃から大事にしてきた着物を、 なぜか突然取り出して、眺めていた妻。
愛おしそうに、一枚一枚触れながら、 思い出話をしていた妻。
着物用の箪笥を開けると、予想した通り、 それらが何枚も無くなっていた。
妻が祖母から受け継いだという、大切な着物まで・・・。
もう着ないから処分しただけよ、 あなたはいつも私にプレゼントをくれるけど、 私はいつもケーキくらいしか 作ってあげられなかったから。
あなたのお金を使わずに、 私自身のお金でプレゼントをしたかったの。
あなたへの感謝は、こんなものじゃ表せないくらいだけど・・・。
妻はそう言った。
僕はケーキだけで十分だったのに。 大事な思い出を売ってまで、 プレゼントなんてしてくれなくてもよかったのに。
でも、でもありがとう。 とても嬉しいよ。
あれから毎日、妻のプレゼントの時計をはめて、 会社に行っている。
妻の愛が詰まったこの時計を見ると、 俄然やる気がわいてくる。
二度と「死のう」などとは思わない。 あのとき死ななくて、本当によかった。 ・・・心底、そう思う。
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