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一つひとつの具材にも縁起が? 年越しそばに込められた意味とは

大晦日(みそか)の「食」といえば、年越しそばが欠かせない、という方も多いのではないでしょうか。

ウェザーニュースでは、2020年12月に年越しそばに関するアンケート調査を実施したところ、「食べない」と回答した人は8%だったのに対し、年越しそばを食べる人の割合が92%に上りました。

やはり、年末には年越しそば食べる人が圧倒的に多いようですね。さらに、その内訳を見ると、「店or出前」が4%、「即席麺」が18%、「自宅で茹でる」が70%と、家で作る方が多数派を占めました。

家で作る年越しそばには、地域や各家庭の伝統的な行いとして、海老(エビ)や油揚げなどの決まった具材を添える風習が定着している場合もあるようです。

そんな年越しそばの具材に込められた“意味”について、歳時記×食文化研究所代表の北野智子さんに伺いました。

そばが縁起物とされる理由は?

まず、大晦日に年越しそばを食べる風習は、どんな理由で始まったのでしょうか。

「年越しそばを食べる理由には、いくつもの説が伝えられています。

細く長いそばは寿命を延ばして家運を伸ばす、栽培中のソバは風雨に当たっても起き直るために捲土重来(けんどじゅうらい=物事に一度失敗した者が再起を果たす)の象徴とされたこと。

さらに、ほかの麺類に比べて切れやすいことから、苦労や借金を年内に切り捨てて翌年に持ち越さないようにとするために食するといわれています。

また、そばには五臓六腑の滓(かす)を取り去る効能があるとされ、健康効果を期待してともいわれます。年越しそばを食することで新陳代謝を高めて体内をきれいにしてから、新しい年を迎えたいとする考えです。

金銀細工に由来するという説もあります。細工師は練ったソバ粉を使って金粉を集めたため、そばは“金を集める”縁起物とされたから。金箔師が金を延ばす台をソバ粉で拭うとよく延びたなどの理由で、“金を延ばす(蓄財する)”ための縁起がいい食べ物とされたともいいます」(北野さん)

年越しそばの風習はいつ頃始まったのでしょうか。

「江戸時代の前~中期とみられています。元禄年間(1688~1703年)に大店(おおだな)だった江戸日本橋の越後屋呉服店(いまの三越日本橋本店)を詠んだ『百人のそば食う音や大晦日』の句があり、1750(寛延3)年の服部嵐雪の句にも『蕎麦うちて鬢髭(びんし)白し年の暮』とあります。

ほかに鎌倉時代、年の瀬をしのげない貧しい人々に博多(福岡市)の商人・謝国明(しゃこくめい)が、寺で『世直しそば』と称してソバ餅をふるまったところ、翌年からみんなに運が向いてきたことが始まりという説も伝わっています」(北野さん)

縁起が良いとされる具材一覧

年越しそばに決まった具材を添える風習があるようです。それぞれの具材にはどのような意味が込められているのでしょうか。

「一般的に添えられる具材としては、海老(天ぷら)や油揚げ、ネギや卵などがあります。

海老は『腰が曲がるまで』という長寿の象徴で、ゆでた後の赤は高貴な色でおめでたい食べ物ともされています。油揚げは五穀豊穣・商売繁盛にご利益があるとされる稲荷神の使い、狐(キツネ)の好物なので縁起がいいから。

ネギは『一年の労を「ねぎ」らう』の語呂合わせから。卵は黄身の色を黄金(こがね)に見立てて、金運上昇につながるとされています。

ニシンは『二親』の漢字が当てられ、二親からたくさんの子ども(数の子)が生まれることになぞらえて子孫繁栄の象徴とされ、春告魚(はるつげうお)という縁起のいい異名もあります。

大根おろしはダイコンの音が『大黒』と似ていることから、大黒様(大黒天)の象徴として、豊作の願いを込めて食されてきました。

昆布のとろろは『よろこ(ん)ぶ』に通じるため年越しそばに添えられますが、自然薯のとろろをすったものを具材とする地域や家庭もあるようですね。

とろろは、『松の内(1月1~7日、関西では1~15日)に食べると中風(脳卒中の後遺症)にならない、風邪をひかない』とされますので、年越しそばに添えるという風習につながったのかもしれませんね」(北野さん)

また、他にも東北地方や長野県などでは1月2日か3日に長芋(自然薯)をすってとろろ汁にする「三日とろろ」という風習があり、長く伸びることから縁起がいいとされているようで、古くは災厄除けに、とろろを家の柱などにもすり付けたそうです。

「ご当地そば」にも各地で込められた意味が!?

地域特有の具材やそばの食べ方はあるのでしょうか。

「具材としては、関西のかしわ(鶏肉)があります。大陸から輸入された黄鶏(読みは「かしわ」)の茶褐色の羽毛の色が柏(カシワ)の枯れ葉に似ていて、そこから柏の葉の縁起に例えられたのではないかと思われます。

柏の葉は秋に茶褐色に色づきますが、葉は落ちずに冬を越し、春先に新芽が吹くと前年の葉が落ちることから子孫繁栄の縁起物とされているからです。

京都・大阪などでは先に述べた縁起物のニシンを載せる『にしんそば』が多いようです。身欠きニシンを甘辛く柔らかく炊いた棒煮を載せた温かいそばです。大阪の私の実家でも、年越しはにしんそばで、おぼろ昆布を載せます。

北関東では、たっぷりの野菜を煮込んだけんちん汁が縁起食として昔から広く食べられていますので、そのまま年越しそばのつゆと具材としても使われています。

そのほか岩手県のわんこそば、新潟県のへぎそば、福井県の越前おろしそば、出雲(島根県東部)の割子そばなど、『ご当地そば』が年越しそばとして食べられていることが多いようです」(北野さん)

大晦日に当たり前のように口にする年越しそばですが、そばそのものにも具材にも、古くから人々の健康や幸福、商売繁盛などのさまざまな思いが込められた縁起食だったようです。

大晦日は今年を振り返り、新たに迎える年がよりよい日々になるよう祈りを込めて、年越しそばを食してはいかがでしょうか。

参考資料
『たべもの起源事典』(岡田哲編/東京堂出版)、『野﨑洋光の縁起食』(野﨑洋光/中日映画社)、『ニッポンの縁起食 なぜ「赤飯」を炊くのか』(柳原一成・柳原紀子/NHK出版)、『蕎麦辞典<新装版>』(植原路郎/東京堂出版)、『日本の味 探求事典』(岡田哲編/東京堂出版)、『日本の「行事」と「食」のしきたり』(新谷尚紀/青春出版社)、『常識として知っておきたい 日本のしきたり』(丹野顯/PHP文庫)、北海道農政事務所「お正月の行事と料理」(https://www.maff.go.jp/hokkaido/suishin/shokuiku/osyogatu_gyoji.html)