漫才師の緊張に思いを馳せる
M-1の決勝は、2006年で現場を離れてから去年までテレビで観ていた。特に2015年からはかなり気楽な感じで観ていたが、今年は久しぶりに真剣に観た。
それは、今年、2001年のM-1創設時のことを書いた『M-1はじめました。』を上梓したからである。それと、このレポートを決勝翌日の朝までに書けと言われていたからである。ここ何年かのように寛いで、興味本位で観るわけにいかない。しっかり見届ける義務がある。
そのせいもあって、決勝の朝は(何でも気合いを入れてやる西川きよしさん風に)少し気合いを入れて着替えをした。
そのとき、ふと、M-1ファイナリストや敗者復活戦に向かう漫才師たちはどんな気持ちで今日のこの朝を迎えているのだろうと思った。これまでそんなこと考えもしなかった。
おそらくぼくらの想像する緊張感など及びもつかないほど大きな緊張を感じているのだろうなと思いを馳せた。
15時から行われた最後の1枠・敗者復活戦を勝ち抜いたのはシシガシラだった。
今年から審査方法を変えて、会場の一般審査員から選ばれた3ブロックの勝ち抜きコンビの中から1組をプロの漫才師が選んだ。一般素人審査員はどうしても後でネタをやったコンビに投票しがちなので、その補正をしたという感じかな。勝ち残った3組からシシガシラを選んだのは、漫才師ならではという気がした。
妥当だと思ったが、例年のような緊張感と盛り上がりがなかったのは少し残念だ。去年までは舞台上に全出場者がそろって待っているところで勝ち残りが発表になったため、悔しがりながらも自分たちの代表を送り込むというムードになっていた。会場のお客さんもそうだった。
ところが今年は舞台にいるのが勝ち残った3組だけで、それも建物の中だったので、去年までの寒い屋外でやった連帯感みたいなものが出場者と観客になかったのかもしれない。敗者たちが勝ち上がった1組をみんなの代表として笑顔で送り出すというシーンを見てみたかった。
もしシシガシラの出番がもっと遅ければ
シシガシラはハゲなどのよくある素材を使ったオーソドックスなベタネタであるが、今年の決勝にはとんがった、冒険したネタが多かったので、こういう漫才はある意味ホッとした。ベタではあるが、堂々とやりきったところに笑いが起こった。
決勝では敗者復活戦からすぐの2組目という早い出番だったが、これがもう少し遅ければ結果は変わっていたかもしれない。ああいうベタネタは、今年のような変則ネタが続いた後に観ると点数を稼ぎやすいからだ。
シシガシラはツッコミ(?)の浜中英昌さんが非常にうまいと思った。相方のことばに対して反応するときの表情が抜群だった。あの広い会場でもそれがウケていたということは、あの広さでもわかるぐらいの演技をしていたということだ。あと、途中ではさむコメントや司会、審査員に対する受け答えもうまかった。タレント性もある。
ファーストステージは1組目に女の子が転校生とばったり出くわすネタを披露した令和ロマンが来て、高得点スタートになってしまった。
シシガシラをはさんで、さや香のホームステイネタはさすがのできだった。そのまま1位通過したのは妥当だろう。
そのあとで学校の怪奇現象のネタをやったカベポスターが意外に伸びなかった。笑う箇所が少ないネタなのと、あまりに高テンションのさや香の後だったのが響いたか。
マユリカの不倫ネタはぼくにはおもしろかったのだが、ここももうひとつ伸びなかった。審査員は全員90点以上を付けていたが、少しずつ足りなかったか。
6組目のヤーレンズの大家さんへの引っ越しあいさつのネタは高得点で、結果的に2位。12年目ということでテクニックの勝利だと思う。
変則ネタが多くて埋没した真空ジェシカ
次の真空ジェシカの「Z画館」もほんとにおもしろかったのだが、点数が伸びなかった。このへんは変則ネタが多かったので埋没してしまったか。ふたりのバランスが違うのかな? 声の調子、大きさ、雰囲気などすべてが違いすぎる。
ダンビラムーチョは歌ネタ。こういうコンクールで歌ネタは高得点を付けにくいという審査員の心理を読むべきだと思う。予想通り点数は低かった。
もっとそれを読むべきであったのは9番目のくらげ。ああいう記憶ものネタを、しかも、サーティワンアイスクリーム、サンリオ、口紅と同じパターンを3つ続けてやると高得点は付けにくい。2つ目3つ目に変化をつけないとオチの予想が付く。審査員も言っていたようにミルクボーイのアレンジになる。何かひねりがあるのかと思ったがなかった。結果最下位。でも力はあるので伸びるだろう。
モグライダーは2年ほど前にマセキ芸能社のネタライブを観て講評をしてくれと頼まれたことがあって、Zoomだけれど、彼らのネタも何回か観たことがあった。そのときからは格段に上達していた。しかし去年からすごく人気者になっているということは知らなかった。ただ、錦野旦は古すぎる。
以上の結果、1位さや香、2位ヤーレンズ、3位令和ロマンということになった。マユリカ、真空ジェシカが惜しかったがまあ妥当なところか。いよいよ決勝ファイナルだ。
ファイナルの順番決めが見たかった
抽選の結果、令和ロマン、ヤーレンズ、さや香の順になった。これがどういうふうに決まったのか視聴者にはわからなかった。おしていて時間がなかったのか? 例年より放送時間が長かったのだから、ここはすごく見せ場なので映してほしかった。
トップの令和ロマン。クッキー会社が自動車をつくろうというネタ。おもしろかった。吉本の社員というのも登場した。
ぼくには1本目の日体大ネタよりおもしろかった。ネタのできはいいし、5年目にしては技術的にもかなりのものだ。
2番手はヤーレンズ。
変なラーメン屋の親父。これもぼくは1本目の引っ越しのネタより好きだった。
ただ技術的にはすごいのだが、発想自体はそんなに新しいものではない。ぼくは、点数をつけたらヤーレンズのほうが高かったが、好き嫌いで言うと令和ロマンの漫才のほうが好きだ。
さて、最後はファーストステージトップ通過のさや香である。
前の2組ともすごくおもしろかったが決め手に欠けるような気がしていた。
それに対してさや香は、去年準優勝でもあり、昔からぼくの好きな漫才師なので、いやが上にも期待が高まった。
ネタが始まった。おう何をやり出すんだ? 見せ算というかなり斬新なネタをやり始めた。これはどのような展開になるのか予想も付かない。ものすごく期待した。その期待は残念ながら途中からどんどんしぼんでいった。あかん、そんなネタでは勝てない。会場のウケもそこそこだ。
横綱相撲を取ればすんなり決まったのにこれをやってしまうのが漫才師・さや香の業かもしれない。なんでこのネタをやるんだろうなあ。千鳥と一緒だ。
さあ、いよいよ投票。令和ロマンとヤーレンズが3対3になって、最後の投票はダウンタウン松本くん。最高の見せ場だ。
松本くんの投票は令和ロマン!
決まった、M-1グランプリ2023の優勝は令和ロマンだ!
これからが期待できるコンビだ。きっと人気者になるだろう。
あきらめていたように見えたさや香
M-1を観ていると、知らないコンビにもだんだん思い入れが湧いてくる。そのうえでファイナルになるとそれがもっと強くなる。
なので令和ロマンの喜びとヤーレンズの悔しさはすごく伝わってきた。さや香は反応がなく淡々としているように感じた。もしかしたらネタをやってる途中でお客さんの反応が悪いのであきらめていたのかもしれない。
ヤーレンズとさや香は来年またきっと出てくるだろう。どんなネタを持ってくるか楽しみだ。
マユリカや真空ジェシカもどんなネタをひっさげてやってくるのか。
今年の決勝前は知らないコンビが多くて、しかもM-1の予選でどんなネタをしたか見ようと思っても全部削除されていて、今年やった新しい漫才は見られなかった。事務局がそうしているのかもしれないが、もしそうだとしたら少しやりすぎの気もした。
まあ、結果としては、まったく新鮮な目で漫才を見られたので良かったのかもしれない。ファーストステージのさや香、真空ジェシカ、マユリカ、ファイナルの令和ロマンは印象に残った。
今年もM-1はおもしろかった。
やっぱり漫才おもろいで!
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