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「人望のある上司」と「ない上司」、顔を見れば一発でわかる決定的な「差」とは?【書籍オンライン編集部セレクション】

いま話題の「ディープ・スキル」とは何か? ビジネスパーソンは、人と組織を動かすことができなければ、仕事を成し遂げることができません。そのためには、「上司は保身をはかる」「部署間対立は避けられない」「権力がなければ変革はできない」といった、身も蓋もない現実(人間心理・組織力学)に対する深い洞察に基づいた、「ヒューマン・スキル」=「ディープ・スキル」が不可欠。本連載では、4000人超のリーダーをサポートしてきたコンサルタントである石川明さんが、現場で学んできた「ディープ・スキル」を解説します。
今回のテーマは「マネジメント」。「人望」や「求心力」のあるマネジャーになるためには、さまざまな能力が求められますが、その大前提として不可欠なのが「機嫌のよさ」。「機嫌が悪い」というだけで、どんなに”キレ者”であっても上司としては無能と言っても過言ではありません。とはいえ、管理職は”ストレスまみれ”ですから、常に「機嫌よく」いるのは難しいもの。では、どうすればよいか? 3つのコツをお伝えします。(本連載は『Deep Skill ディープ・スキル』(石川明・著)から抜粋・編集してお届けします)。(初出:2023年1月21日)

その人の「能力」が確実にわかる”残酷な方法”とは?

「人が寄ってくる」かどうか──。

 これは、その人の力量を測るうえで非常に重要なポイントです。

 そして、この「差」は、職場を少し観察するだけで、残酷なまでに「丸わかり」になります。ある人のもとには、次から次へと、さまざまな人が近寄ってきて、雑談を楽しんだり、相談事をしたり、アドバイスを求めたりする一方で、まるで「人を遠ざける」かのように、誰からも話しかけられず黙々と仕事をしている人もいます。これは、あらゆる職場で観察できる現象ではないでしょうか。

 もちろん、黙々と仕事に集中して、精度の高いアウトプットをする「職人カタギ」の人も、企業にとって貴重な存在であるのは言うまでもないことです。

 しかし、「人や組織を巧みに動かす能力」という観点から見ると、「人が寄ってくる」ことには大きな意味があります。なぜなら、自然と「人が寄ってくる」ということは、その人物に「求心力」があることを示すひとつの証拠だからです。

「求心力」とは、「円の中心に向かって物体に働く力」のこと。つまり、その人物は、そこに座っているだけで、何もしていないように見えますが、実は、「円の中心」として存在しており、周囲の人々を「動かしている」と言えるわけです。これは、実にすごいことです。そして、特に、チームをまとめるマネージャーにとって、この「求心力」というパワーは必要不可欠なもの。「求心力」=「人望」であると言っても過言ではないのです。

「求心力」はどうやって生まれるか?

 では、どうすれば「求心力」を身につけることができるか?

 これは、非常に奥の深いテーマで、論じることは簡単ではありません。

「求心力」を発揮するためには、相談するに値するだけの「実績・実力」を備えている必要もあるでしょうし、相手の話に親身になって耳を傾ける「傾聴力」や、相手の心情に深く共感する「優しさ」も欠かせないでしょう。

 一方で、いざというときには毅然とした決断をする「胆力」や、スジの通らない主張をする相手に対して堂々と反論する「強さ」も重要。「頼り甲斐」のある人物でなければ、人は寄ってはきません。こうしたさまざまな要素が渾然一体となって、「求心力」というものは醸成されていくのだと思います。

 しかし、ここで、そのすべてを網羅的に述べるのは困難ですし、そもそも私自身が「求心力」を備えている自信があるわけでもありません。ただ、「求心力」を身につけるために、最低限「これ」だけは意識すべきと心に決めていることがあります。

 いや、先ほど列挙した「実績・実力」「傾聴力」「優しさ」「胆力」「強さ」などを備えていたとしても、「これ」がなければ、「求心力」が育たないと言ったほうが正しいかもしれません。

「機嫌のよさ」というディープ・スキル

 それは何か? 拍子抜けするかもしれませんが、「機嫌のよさ」です。

 当たり前のことですが、どんなに「実績・実力」「胆力」「強さ」を兼ね備えていたとしても、「不機嫌な人」に積極的に話しかけようとする人はいません。

 あるいは、「心根の優しい人だ」とわかっていたとしても、「機嫌が悪い」ときには話しかけるのを躊躇するでしょう。「顔色を窺う」という言い方がありますが、誰だって「機嫌のよさそうな顔色」をしている人のほうが話しかけやすいのです。

 特に、相手が「上司」であれば、なおさら「機嫌の良し悪し」に敏感になるのは当然のことでしょう。だから、マネージャーとして「求心力」を発揮するためには、なにはさておき「機嫌よく」いることが大切。「常に機嫌よくいること」こそが、マネージャーのディープ・スキルだと言ってもよいと私は思っています。

真面目な管理職ほど、不機嫌になりがち?

「何をわかりきったことを言ってるのか……」

 そう思う人もいるかと思いますが、これが実は難しい。

 なぜなら、現場のマネージャー(中間管理職)には強度のストレスがかかるからです。チームの「目標」「成果」に責任をもたされ、常に、上層部からのプレッシャーを受けていますし、さまざまな個性や能力をもつメンバーと意思疎通を図りながら、仕事を進めていくのも骨が折れるものです。

 しかも、近年はプレイング・マネージャーが多いですから、自分の「個人成績」を達成するためにも汗をかかなければならないうえに、メンバーが引き起こす突発的なトラブルへの対応にも走り回らなければならない……。

そんななか、常に「機嫌よく」いるのは、決して簡単なことではありません。それどころか、マネージャーとしての責務を一生懸命に果たそうと努めるがゆえに、自分でも気がつかないうちに、ピリピリした「不機嫌」な雰囲気を醸し出してしまっているものです。「真面目なマネージャーほど、不機嫌になりがち」と言っても、あながち間違いではないと思うのです。

「自分を知る」ことがマネジメントの第一歩

 では、どうすれば「機嫌よく」いられるのか?

 ここでは、3つのコツをお伝えしたいと思います。

 まず第1に、「自分を知る」ことです。「いま、自分は機嫌がいいか? 悪いか?」を常にモニタリングするのです。起床時、出勤時、業務中、会議中など、時折、自分のメンタル状況を客観的にチェック。「不機嫌」なときや、「不機嫌になりそう」なときには、一呼吸置いて、気分を変えることを習慣づけるといいでしょう。

 また、「鏡で自分の顔をチェックする」のも有効です。不機嫌は顔に表れます。あるとき、トイレで手を洗ってふと鏡に映った自分の顔を見て、「こんな不機嫌な顔でいたら、誰も話しかけてこないな」と反省したこともあります。それ以後、会議の合間や、トイレに入ったときなどに、鏡で自分の顔をチェックするようにしていました。

 特に、ストレスフルな状況に陥ったときは注意が必要。強度のストレスがかかると、人間は簡単に視野狭窄に陥ってしまいます。「目の前の問題」に意識を集中するあまり、「不機嫌」になっている自分に気づけなくなるのです。

 このようなときこそ、「いま、自分は焦ってるな」「いま、自分は怒ってるな」などと、自分のメンタル状況を客観視することが不可欠。それさえできれば、ネガティブな感情にのみ込まれて、失態を演じるような事態は避けることができるでしょう。そして、一呼吸置いて、冷静に対処すべく心を整えることができるのです。

「部下」をマネジメントする前に、
自分の「機嫌」をマネジメントする

 また、「自分の習性」を知っておくことも大事です。

 あるベンチャー企業の経営者の話をご紹介しましょう。

 彼は、自己分析の結果、自分が「不機嫌」なときに、「経営判断のミス」や「部下とのコミュニケーション・ミス」を犯していることを認識したそうです。

 そこで、「どういうときに、自分は不機嫌になるのか?」を把握するために、日々の自分の「行動」と「メンタル状況」をエクセル上で数か月間にわたって記録。その記録をつぶさに検証することで、いくつもの「発見」があったといいます。

 例えば、睡眠時間が6時間を切ると「不機嫌」になる傾向があることや、ストレスフルな状況に陥ったときに、憂さを晴らすためにお酒を飲んだ翌日に「不機嫌」になることなどが、手に取るようにわかったそうです。

 そして、どんなに忙しいときでも、絶対に6時間以上の睡眠時間は確保するようにしたり、ストレスが溜まったときには、お酒を飲むのではなく、運動をして身体を疲れさせて、ぐっすり寝るようにするなど、少しずつ生活習慣を変えていきました。

 その結果、以前と比べて「不機嫌」になることが少なくなり、部下との関係性も改善され、会社経営にも安定感が備わってきたとおっしゃいます。このように、「自分の習性」を客観的に把握することで、「自分のメンタル」を適切に管理することも非常に重要なことだと思います。「部下や組織をマネジメントしようとする前に、まず、自分の”機嫌”をマネジメントできなければダメだと痛感しましたよ」という彼の言葉に、私も深く共感をしています。

業務時間中はすべて
「部下のための時間」と腹を決める

 第2のコツは、「できるだけ”仕事”を手放す」ことです。

 人間は誰しも、大量の仕事を抱え込んで時間に追われると、どうしても「不機嫌」になるものです。それを精神力で抑え込もうとしても無理があります。いえ、そんな努力をすれば、余計に「不機嫌」になるという悪循環に陥るだけでしょう。

 若い頃は「実績」を出すために、なりふり構わず頑張ることが必要ですから、時には、ストレスのあまり「不機嫌」になることがあっても構わないと、私は思っています。決して褒められたことではありませんが、それも頑張っている証拠ですから、周囲の人々が大目にみるべきことだと思うのです。

 しかし、マネージャーがそれではいけません。責任感の強い人ほど、仕事を抱え込みがちですが、その結果、「不機嫌」になっているようでは、”マネージャー失格”と言うほかありません。

 正直に告白すると、私自身、そうなっていた時期があります。

 オールアバウトを創業して一気に大勢の部下を抱えることになった頃、大量の仕事を抱え込んでいました。そんななか、何度も部下に相談を持ちかけられ、「自分の仕事」を中断されることにストレスを感じていたのです。努めて笑顔で対応していたつもりですが、おそらく「不機嫌さ」が滲み出てしまったときもあったはずです。

 そのことに危機感を覚えた私は、あるときこう心に決めました。「業務時間中はすべて”部下のための時間”である」と。そして、「自分の仕事」は業務時間が終わってから、集中して処理することにしたのです。

できる限り「現場業務」は手放す

 ただし、私の能力など知れています。あまり多くの仕事を抱え込んでしまうと、業務時間外という”限られた時間”で「自分の仕事」を処理しきれなくなります。

 だから、できる限り「自分の仕事」を手放すことにしました。もちろん、何でもかんでも部下に仕事を押し付けるという意味ではありません。それでは、部下の不満が鬱積する結果を招き、事態は悪化するばかりです。

 大事なのは、「マネージャーとメンバーの役割を明確化する」ことです。「現場の仕事」を担うのはメンバーの役割ですから、マネージャーは極力それに手を出さないほうがいい。マネージャーは、メンバーをサポートすることによって、チーム全体のパフォーマンスを最大化するという役割に徹するべきなのです。

 ですから、それまでは、部下の仕事ぶりを見ていると、「自分だったらもっとうまくやれる」とつい手を出してしまっていましたが、その思いをぐっと堪えるようにしました。

 そして、基本的な「現場業務」は部下に任せると腹をくくって、「自分の仕事」はマネージャーとして不可欠な領域に絞り込むようにしたのです。正直なところ、「現場業務」をすべて部下に任せることに不安もありましたが、それが杞憂であることを実感するのにたいして時間はかかりませんでした。

「業務時間中はすべて”部下のための時間”である」と腹を決めておけば、部下に声をかけられて「自分の仕事」を中断されても、「機嫌よく」対応することができます。その結果、部下も安心して私に「報連相」をしてくれるようになり、コミュニケーションの「量」が増えるとともに、その「質」も高まっていきました。

 しかも、メンバーの多くは、「重要な仕事を任せられた」ことを意気に感じ、それまで以上に熱意をもって仕事に取り組んでくれるようになります。それを、マネージャーである私が全面的にサポートすることによって、チーム全体がどんどん活性化していったのです。

マネージャーが「自分の成果」に
こだわるのは本末転倒

 このように、マネージャーは「メンバーとの役割分担を明確にする」ことが大切です。「現場の仕事」で成果を上げるのはメンバーであって、それをサポートするのがマネージャー本来の役割なのです。それさえ明確にできれば、自然と「自分の仕事」が絞り込まれていって、精神的な余裕が生まれてくるのです。

 もちろん、プレイング・マネージャーは、自分も「成果」を上げるために、「現場の仕事」にも汗をかく必要があるでしょう。しかし、その場合であっても、与えられた最大の使命は、プレイヤーとして「成果」を上げることではなく、マネージャーとして「チーム全体の成果」を上げることであるはずです。

 にもかかわらず、プレイング・マネージャーの多くは、自らがチームの先頭に立って成果を上げなければならない、と気負いがちです。しかし、「自分の成果」を上げるためにしゃかりきになって、メンバーのサポートが手薄になるようでは本末転倒。

 さらに、プレイング・マネージャーが「圧倒的な成果」を打ち立てて、「どうだ?」と言わんばかりの態度を見せたりすれば、メンバーは白けるばかり。むしろ、そんなマネージャーに「威圧感」を抱き、より一層、声をかけづらくなるだけでしょう。

 それよりも、マネージャー本来の役割を果たすために、「できるだけ”仕事”を手放す」ことによって、「機嫌よく」いることのほうがよほど大事。それが、チームとして「成果」を上げる最善の方法なのです。

「不機嫌な上司」が、
職場に危機をもたらす

 第3のコツは、「仕事をすれば、トラブルは必然的に起きる」と腹をくくることです。そう腹をくくっておけば、部下がトラブルを起こしたときにも、「不機嫌」になることなく、「平常心」で事態を受け止めることができるからです。

 これは、マネージャーとしての「資質」を左右する、非常に重要なポイントです。トラブルを報告しにきた部下を責め立てるのが論外なのは言うまでもありませんが、そのときにわずかに「不機嫌」なそぶりを見せるだけでも、マネジメントに重大な問題が生じる結果を招くからです。

 どういうことか? 誰でもトラブルを起こしてしまったときには、「責任問題になるのではないか?」「怒られるのではないか?」「見限られるのではないか?」などと不安や恐怖心をもちながら、勇気を出して上司に報告をするものです。

 それだけに、上司がほんの一瞬、「不機嫌」な表情を見せるだけでも、部下の心には強いインパクトをもたらします。その後、上司が冷静に対処してくれたとしても、部下は、「あの上司は口には出さないけれども、内心では自分に対する評価を大きく下げているはずだ」などと思ってしまう。その結果、上司に対する恐怖心が芽生え、それ以降、トラブルを報告するのを躊躇してしまう恐れが高まるのです。

 これは、非常に深刻な問題です。

 どんなに誠実に仕事に取り組んでいても、トラブルは避けがたく発生するものです。重要なのは、トラブルの芽が小さいうちに組織的な対応をとること。ところが、部下がトラブルを隠そうとすることによって、水面下でトラブルはどんどん大きくなり、部下ひとりでは抱えきれなくなったときに、問題は噴出。組織に大打撃を与えるとともに、マネージャーの責任問題へと発展するわけです。

 しかも、そのような経験をしたマネージャーは、何も言ってこない部下を見ながら、「何か、トラブルを隠してるのではないか?」などと疑心暗鬼になってくる。そんな「不機嫌」な上司に対して、部下はより一層、距離を置き始めるという悪循環に陥ってしまうのです。

トラブルは部下との
「関係強化」のチャンスである

 だから、マネージャーは部下からのトラブル報告を、むしろ歓迎すべきなのです。

 もっと言えば、「報告してくれて、ありがとう」と感謝するくらいでちょうどいい。とはいえ、それは、そう簡単なことではありません。マネージャーにとって、トラブル報告は常に突発的にもたらされるもの。誰だって、内心では「弱ったな……」「この忙しいときに……」などと思ってしまうのが普通なのです。

 だからこそ、私は、日頃から「仕事をすれば、トラブルは必然的に起きる」と腹をくくっておくことが大切だと考えています。

 そう腹の底から思っていれば、部下からトラブル報告を受けた瞬間に湧き起こるネガティブ感情をやりすごすことができるからです。むしろ、「トラブルが起きたということは、部下が仕事を頑張っている証拠だ」と思うことすらできる。そして、「不機嫌」になることなく、「平常心」でトラブル解決に向けて動き出すことができるわけです。

 これができると、非常に大きな恩恵がもたらされます。

 なぜなら、上司が自分のトラブルに「不機嫌」になることもなく、進んで解決してくれたことに、部下が自然と「感謝」の気持ちをもってくれるからです。

 その意味で、部下のトラブルは、マネージャーにとって「腕の見せどころ」であり、内心で「よし、自分の出番だ」くらいに考えるべきことだと言えます。「雨降って地固まる」という言葉もあるとおり、トラブルは部下との関係強化の絶好の機会であり、ワクワクすべき出来事ですらあるのです。

 しかも、それ以降、部下は「トラブルの芽」の段階から、安心して情報共有をしてくれるようになるに違いありません。その結果、マネージャーは、部下を信頼しながら日々の業務に向き合うことができるようになる。それは、マネージャーにとっても部下にとっても快適なことであるはず。こうして、みんなが「機嫌よく」仕事ができる環境が生み出されるわけです。

 ここまで説明してきたように、マネージャーとして「求心力」を発揮できるようになるためには、部下やチームをマネジメントしようとする前に、まず、自分の「機嫌」をマネジメントする技術を身につける必要があります。これも、「人と組織を巧みに動かす」ために不可欠な「ディープ・スキル」なのです。

(本記事は『Deep Skill ディープ・スキル』(石川明・著)から抜粋・編集したものです)

石川 明(いしかわ・あきら)
株式会社インキュベータ代表取締役
1988年上智大学文学部社会学科卒業後、リクルートに入社。リクルートの企業風土の象徴である、新規事業提案制度「New RING」の事務局長を務め、新規事業を生み続けられる組織・制度づくりと1000件以上の新規事業の起案に携わる。2000年にリクルートの社員として、総合情報サイト「オールアバウト」社の創業に携わり、事業部長、編集長等を務める。2010年、企業における社内起業をサポートすることに特化したコンサルタントとして独立。大手企業を中心に、新規事業の創出、新規事業を生み出す社内の仕組みづくりに携わる。これまで、100社、2000案件、4000人以上の企業人による新規事業を支援。自身のビジネス経験、そしてコンサルタントとして数多くのビジネスパーソンの仕事ぶりを観察することで、新規事業を成功させるためには、人や組織を巧みに動かす「ディープ・スキル」の必要性を痛感。そうした要素も含めた「創造型人材の育成」にも力を入れている。早稲田大学ビジネススクール修了。大学院大学至善館特任教授、明治大学専門職大学院グローバル・ビジネス研究科客員教授(2023年4月就任予定)。経済産業省 起業家育成プログラム「始動」講師などを歴任。著書に『はじめての社内起業』(ユーキャン学び出版)、『新規事業ワークブック』(総合法令出版)、『ディープ・スキル』(ダイヤモンド社)がある。

 はじめまして、石川明です。

 私は、リクルートで1000件以上の新規事業の起案に携わったほか、同社が出資した総合情報サイト「オールアバウト」の創業に参画。仲間と力を合わせて上場に導いたのち、企業における社内起業をサポートすることに特化したコンサルタントとして独立。これまで、100社、2000案件、4000人以上の現場リーダーのサポートをしてきました。

 その中で痛感させられてきたことがあります。
 それは、企業のなかで何らかの「仕事」を成し遂げようとするときには、「人間心理」と「組織力学」に対する深い洞察が欠かせないということです。

 私は、仕事とは「誰かの“不”を解消し、喜んでもらって、その対価をいただくこと」だと考えています。「不」とは不安、不満、不快などの「不」。この「不」を解消して、人々に喜んでもらうことこそが仕事の本質なのです。
 そして、会社員の強みは、会社が有するリソース(ヒト・モノ・カネ)を活用して、世の中の「不」を解消できるということ。会社のリソースを使えるからこそ、ひとりではとてもできない「大きな仕事」ができるのです。

 ただし、そのためには条件があります。
 社内の人々を味方につけ、組織を動かすことができなければならないのです。世の中の「不」を解消する素晴らしい事業企画があったとしても、それを組織の中で認めてもらえなければ仕事は始まりません。
 あるいは、事業企画が承認されたとしても、社内の人々や関係部署、経営陣の感情的な共感が得られていない場合、その後サポートを得られないばかりか、さまざまな抵抗に見舞われるなどして、その事業は頓挫してしまうでしょう。
 仕事を「実行」し、「結果」を出すためには、人と組織を動かすことから絶対に逃げることはできないのです。

 しかし、これが難しい。
 人や組織は、理屈だけでは割り切れない複雑な存在です。
 人はいつも合理的に判断や行動をするわけではありませんし、さまざまな要因で気持ちは揺れ動きます。経営陣、上司、部下など社内の人々を味方につけるためには、そうした「人間心理」への鋭い感性が求められます。

 そして、そんな「人」が集まってできている組織は、さらに複雑な力学のもとに動いています。同じ会社内であっても部署ごとに利害は異なり、ときには対立関係に陥ることもあります。あるいは、「社内政治」と呼ばれるような力関係の中で翻弄されることもあるでしょう。「組織力学」に対する深い洞察がなければ、組織を動かすどころか、組織に押し潰されてしまうのです。

 だから、私は次のように考えています。

「人間心理」と「組織力学」に対する深い洞察力と、それに基づいた的確な言動を行う能力を磨かなければならない、と。
 これはビジネススクールで学べるような「理論」を超えた、「ヒューマン・スキル」とでも言うべきもの。「深い洞察」に基づいた「ヒューマン・スキル」であることから、私はこれを「Deep Skill(ディープ・スキル)」と名づけました。そして、その「ディープ・スキル」を、私なりに言語化しようと試みたのが本書です。ぜひ、皆様の日頃の仕事に活かしていただきたいと願っています。