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むしろ円高にならない方が恐ろしい。「円安ユーロ高」は2024年に終焉するか。

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2022年の外為相場では歴史的な円安ドル高となったが、2023年の外為相場では円安ユーロ高も顕著に進んだ。2023年の取引開始日だった1月2日のユーロ円レートは終値で1ユーロ=139.38円だったが、11月16日には取引時間中の最高値で164.35円まで円安ユーロ高が進み、この間の年初来騰落率は約18%に達した。

ユーロ円レートが160円台を付けたのは、実に2008年以来15年ぶりのことだ。

当時は米投資銀行大手リーマン・ブラザーズの経営破たん(いわゆるリーマンショック)に伴う世界金融危機の直前であり、欧州中央銀行(ECB)がインフレ対応のために利上げを進める一方で、日銀がまだ緩和的な金融政策であった。この点で、環境が現在と共通している。

図表1 ユーロ円レートの推移(実績と購買力平価レート)。消費者物価ベース、企業物価ベース、 輸出物価べ-スそれぞれのの購買力平価レートをグラフ化している。© BUSINESS INSIDER JAPAN 提供

当時の外為市場では、いわゆる「円キャリートレード」(低金利通貨である円を市場で調達し、ユーロなど高金利通貨で運用すること)が活発であり、このことが円安ユーロ高を促していた。この流れがリーマンショックに端を発した世界金融危機によって一気に逆回転したため、外為市場で円高ユーロ安が一気に進んだのだ。

ユーロ円レートの実績値は、購買力平価レート(二国間の物価差から算出した長期的な均衡レート)で比べると、ユーロが常に過大評価となっている(図表1)。消費者物価と企業物価では80円台半ばであり、輸出物価でも110円程度であるから、この考え方に即せば、本来なら市場でもっとユーロは安く取引されてもいいはずだ。

もちろん、購買力平価説は為替レートを考えるうえでの理論の1つにすぎず、為替相場の現状を常に説明できるものではない。とはいえ、ユーロ円レートは常にユーロが過大評価される傾向にあることも間違いないだろう。最大の理由は、日銀が低金利を据え置き、金融引き締めに消極的であり続けていることにあると考えられる。

2024年は「円高ユーロ安が進む」との見方が有力か

投資家の間では、2024年は円高が進むという見方が有力なようだ。

2024年に入ると、高インフレの安定を受けて、米連銀(FRB)が利下げに着手する。これに合わせてECBも利下げに転じる。一方で、日銀の金融政策はわずかながら引き締めが進むことになる。そのため金利差が圧縮し、円高が進むというシナリオだ。

図表2 欧日の消費者物価。© BUSINESS INSIDER JAPAN 提供

直近11月のユーロ圏の消費者物価は前年比2.4%上昇と、ヨーロッパのインフレは着実に安定している(図表2)。一方で、日本の消費者物価は10月時点で同3.3%上昇と、ユーロ圏のインフレを上回っている。日銀が重視するコアCPI(生鮮食品除く総合)も10月は同2.9%上昇と9月の同2.8%上昇からほぼ横ばいと高止まりしている。

2023年4月に植田和男氏が日銀の総裁に就任して以降、日銀は慎重ながらも前執行部の下で採用されてきた「長短金利操作付き量的質的金融緩和策」の修正に取り組んでいる。日銀は10月に発表した最新の『展望レポート』の中で、2024年度のコアCPIが2.7-3.1%上昇のレンジとなり、2023年度(2.7-3.0%)とほぼ同水準の高インフレになると予想している。

日銀が定める2%の物価目標を上回るのであるから、いくらハト派の日銀でも金融緩和の修正を進めてくるという見方が市場では強まっている。具体的にはマイナス金利(▲0.1%)の解除であり、イールドカーブコントロールの撤廃であるが、慎重を期するとはいえ、少なくとも今のままの緩和策がそのまま継続するとは考えにくいわけだ。

他方で、ECBは、FRBに合わせて2024年後半にも利下げに着手すると市場では予想されている。日欧間の金利差が縮小してくるので、方向としては円高ユーロ安に進むというのが、基本的な見方となる。しかしその動きがどの程度まで進むかはよく分からない。変動分の半値戻しということで、まずは1ユーロ=140円程度を目指すのではないか。

とはいえ、ユーロ安が一気に進むシナリオも考えられる。それは次のようなものだ。

ユーロ安が進むシナリオとは

お金© BUSINESS INSIDER JAPAN 提供

ユーロ安が一気に進む契機があるとすれば、ヨーロッパで金融不安が発生したり、それが金融危機に転じたりした時だ。ECBによる金融緩和が急激に進むと考えられるため、日欧間の金利差が直ぐに圧縮する。また円キャリートレードの巻き戻しも急速に進むから、ユーロ円レートは購買力平価レートの水準に近付くと考えられる。

では金融不安、ないしは金融危機はどのような経路から生じ得るのだろうか。

ヨーロッパの場合、まずトリガーとして考えられるのはイタリアの財政不安だ。イタリア政府は多額の債務を抱えており、ECBによる支えを受けて何とか安定している状態にある。にもかかわらず、イタリアは財政拡張を目論み、EUやECBと対立している。

イタリアとEU/ECBとの対立を嫌気した投資家がイタリア国債を売却すれば、長期の金利が急騰し、イタリア経済が下押しされる。多額の国債を保有する銀行の経営も圧迫されるため、イタリアは金融不安に陥る。EUやECBが適切に対応できなければ、イタリア発の金融危機がヨーロッパを襲い、ユーロ安が一気に進むことになる。

不動産価格の急落が金融不安につながる展開も考えられる。ECBによる急速な利上げを受けて、ヨーロッパでは、商業用・住居用を問わず、不動産価格が下落している。そして、仮に不動産価格の下落にこのまま歯止めがかからなければ、投資家のリスクセンチメントが急速に悪化し、円高ユーロ安が一気に進むことになるだろう。

現にその萌芽も見られ、「不動産王」として知られる大物実業家のルネ・ベンコ氏が率いるオーストリアの不動産大手シグナ・ホールディングスが11月29日に経営破綻している。こうした破綻が続出すれば、銀行の不良債権問題に繋がり金融不安を惹起(じゃっき)する。この場合、ユーロは売りが先行し、ユーロ円レートは円高の度合いを強めるだろう。

怖いのはむしろ「円高にならない」シナリオだ

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それよりも怖いのは、円高が進まないシナリオだ。

ヨーロッパのインフレが止まずECBが高金利を維持するならば仕方がないだろう。しかし、ECBが利下げをしており、また日銀がわずかながらも金融引き締めを進めたにもかかわらず、円高がほとんど進まないとすれば、残念ながら、円の実力は相当程度、落ちていることになる。

ユーロは本質的には弱い通貨だ。最大の理由は、ユーロを導入しているヨーロッパ20カ国の財政が統合されていないことにある。言い換えれば、ある国が経済危機に陥ったとしても、それ以外の国が危機に陥った国を支える仕組みが不完全なまま発行されている通貨が、ユーロという通貨である。そのため、ユーロは信用力に乏しい。

他方で、円は別の構造的な問題を持っている。それは日本の政府の債務規模が世界的に見ても突出しているという問題だ。政府の債務を維持するために、日銀は低金利政策を余儀なくされる。金利が付かない通貨であるため、2022年以降の円安が示したように、欧米の利上げ局面では、主要通貨の中で円だけが売られることになる。

2024年後半には、欧米が利下げに転じると考えられる。それ以降、円高はどの程度、進むのだろうか。

ともに構造的な弱さを抱える円とユーロを比べたとき、円高ユーロ安があまり進まないとしたら、円の通貨としての実力は着実に落ちていると考えざるをえない。

2024年は今まで以上にユーロ円レートの動きに注目していきたい。