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【ブギウギ】東京編に移って視聴率も上昇気流に…鮮明になりつつある作品のメッセージとは

NHK公式YouTubeチャンネル(@NHK)より(他の写真を見る

「ブギの女王」と呼ばれた昭和の人気歌手・笠置シヅ子さんをモデルとするNHK連続テレビ小説「ブギウギ」が、放送開始から1カ月半が過ぎた。作品のテーマ、メッセージが鮮明になりつつある。それは「歌を始めとするエンターテイメントの力」である。

戦争とコロナ禍を重ね合わせた?

 歌で空腹は満たされない。そんなこともあって、戦時下は歌が片隅に追いやられた。笠置さんをモデルとする主人公・福来スズ子(趣里・25)も苦しい立場に置かれつつある。歌の不遇期だ。

 しかし、敗戦後の絶望的な空気を吹き飛ばしたのも歌。並木路子さんの「リンゴの唄」(1946年)や、羽鳥善一(草なぎ剛・49)のモデルになった服部良一さんがつくって笠置さんが歌った「東京ブギウギ」(1947年)などである。

 このドラマの制作は2021年に動き始めた。コロナによる緊急事態宣言が4回発令された年だ。大型フェスティバルを含む多くのライブが相次いで中止や延期となった。開催を望むアーティストやファンは白眼視された。戦時下と似ている。

 おそらく制作陣はコロナ禍を意識し、歌が消える時代の不幸、歌を始めとするエンターテインメントの力を表そうと考え、このドラマを企画したのだろう。「歌を侮るな」といった思いがあるのではないだろうか。

 放送時期を大晦日の「NHK紅白歌合戦」に重なる年度の下期にしたのも「ブギウギ」が歌の力をテーマにしていることをアピールするために違いない。趣里の母で元キャンディーズの伊藤蘭(68)のソロとしての初出場も決まり、お膳立ては整った。

 今年の「紅白」のテーマは「ボーダレス-超えてつながる大みそか-」。伊藤と趣里が共演すると、まず世代のボーダレスが実現する。そして2人が「東京ブギウギ」を歌えば、時代のボーダレスにもなる。

「紅白」は現場で約10年取材したが、その経験からすると、おそらく、この演出は実現する可能性が高い。そうでないと、わざわざ伊藤が出る意味が希薄になってしまう。

東京編で視聴率アップ

「ブギウギ」のほうは11月2日放送の26回から東京編になったが、以降は流れが格段に良くなり、面白みも増した。それは視聴率にも歴然と表れている。

 大阪編はやや苦戦し、その最終日だった11月3日の25回は個人全体8.2%(世帯14.2%)と先行きを心配させるほどの数字だった。しかし、東京編になってからの同17日放送の35回は個人全体9.6%(世帯17.0%)と番組最高を記録。歴代の連続テレビ小説と比べても高水準だ。東京編はこの日のみならず、全体的に視聴率が高い。上昇気流に乗った。

 

 大阪編は欲張りすぎた嫌いがある。スズ子の少女時代を2週で描いた後、3週にわたって、梅丸少女歌劇団(USK)劇団員によるストライキ、スズ子の出生の秘密の発覚、USKの先輩である大和礼子(蒼井優・38)の死が映し出されたが、積み荷オーバーという気がした。

 その点、スズ子が梅丸楽劇団(UGD)に移ってからの東京編はすっきりしている。スズ子の演出家・松永大星(新納慎也・48)への片思い、梅丸のライバルである日宝への引き抜き騒動などがスパイス的に織り交ぜられたものの、中心はスズ子が大歌手になるまでの歩みに絞られている。

悲しみを乗り越えるには歌うしかない

 それは服部さんがつくり、笠置さんが歌った楽曲の扱い方でも分かる。「ラッパと娘」(1939年)は第30回、「センチメンタル・ダイナ」は第35回で、それぞれスズ子がフルコーラスで熱唱した。フルコーラスはドラマでは珍しい。制作陣が歌の力を表そうとしている意気込みが反映されていた。

 物語上の現在は1939年。大戦が始まった年だ。36回、日宝に移った松永の後任の演出家・竹田(野田晋市・55)が、スズ子たちに向かって「今後はより時局に合わせた舞台にしていくことによって、梅丸楽劇団もお国のため、庶民のための劇団になれると私は思うんですね」と言明した。

 竹田が時局に合わせようとしているのは演出面だけではなかった。スズ子の化粧などにまで「もう少し地味に」と苦言を呈した。スズ子は反論したいように見えたが、結局は何も言えなかった。あの時代は「お国のために」を前提にされると、口を閉ざすしかなかったのだろう。

 昔も今も「国のために歌おう」と考えるアーティストは圧倒的に少数派に違いないから、スズ子にとっては辛い時代に突入した。そのうえ、母・花田ツヤ(水川あさみ・40)は危篤で、六郎(黒崎煌代・21)は出征する。スズ子と2人は血縁がないから、余計に心痛いはずだ。

 ツヤは無限とも思えるほどの愛情を注いでくれた。24回、上京を願い出たスズ子に対し、「行かんでええんちゃう」と厳しい口調で反対したのは離したくなかったからだ。六郎も「ねえやん、ねえやん」と無邪気に言い、慕ってくれた。

 どちらも無償の愛だから、スズ子は悲しみを募らせるはず。それを乗り越える術は歌うことしかない。

六郎の亀は家族の絆の証に

 六郎が不幸にも戦死した場合、亀は誰が育てるのだろう? 物語のポイントの1つになるに違いない。亀の寿命は長い。万年はさすがに迷信だが、約10年から約60年生きる。六郎の亀は家族の誰かによって育てられ続け、花田家の絆の証になるはずだ。脚本家も演出家も無意味なものは登場させない。

 脚本家や演出陣の個性や趣味は物語の本筋から外れたところに表れやすい。本筋で個性を前面に出したら、物語を壊してしまいかねないからだ。演出家が助演には好みの俳優を起用することが多いのと同じ理屈である。

 このドラマで脚本家、演出陣の個性を強く感じさせるのは、スズ子と淡谷のり子さんをモデルにした茨田りつ子(菊地凛子・42)が所属するレコード会社の名前。笠置さんと淡路さんが所属していたのは創業113年の名門・日本コロムビアだが、スズ子と茨田の場合はコロンコロン。単純だが、それだけにおかしく、吹いた。

コロンコロン社のロゴマークにカエルとオタマジャクシが描かれていることはご存じだろうか。これにも笑わせられた。日本コロムビアのロゴには音符が描かれているからだ。音符の別名はオタマジャクシである。

 メイン脚本家の足立紳氏は、脚本家兼監督として映画「14の夜」(2016年)などユーモラスな作品をつくってきた。コメディのセンスに満ちた人なのだろう。スズ子が松永からの移籍話をプロポーズと勘違いするなど、既にコミカルなシーンをいくつも用意してくれているが、今後も歌以外にもコメディの部分に注目である。

熱演・好演が光る出演者たち

 趣里は初回から一貫して熱演中。置きにいっているような演技が一切ない。どの演技も考え抜いて行っているように見える。また、大阪編ではどう見ても少女だったが、今はすっかり大人の女性。表情や仕草を変えているためだ。メイクだけでは無理である。

 六郎役の黒崎もいい。六郎は鈍いだけでなく、純粋なのはご存じの通り。この役を演じるのは難しい。単に鈍い男なら割と簡単かもしれないが、それではスズ子ら家族にも視聴者にも愛されない。

 36回。召集令状を受け取り、「おかあちゃん、赤紙来たでー!」と欣喜雀躍した六郎の姿が哀しかったのも黒崎が好演しているから。鈍いだけだったら、失笑されかねない。

 戦前編はまだ続くが、早くも戦後編で「東京ブギウギ」が歌われる日が楽しみだ。いまだCMソングなどに使われ、歌い継がれている名曲を当時の人々はどう受け止めたのか。

 なにより、この歌が流れた時、街の色と人々の表情はどう変わったのだろう。それを制作陣はどう再現するのか。このドラマのクライマックスになるのは間違いない。

 

 

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。大学時代は放送局の学生AD。1990年のスポーツニッポン新聞社入社後は放送記者クラブに所属し、文化社会部記者と同専門委員として放送界のニュース全般やドラマレビュー、各局関係者や出演者のインタビューを書く。2010年の退社後は毎日新聞出版社「サンデー毎日」の編集次長などを務め、2019年に独立。

デイリー新潮編集部