元韓国代表女性オリンピアンを巡る「希代の結婚詐欺事件」…多くの韓国人が「詐欺王国」の残念な実情を再確認することに

　最近、韓国を代表するトップスターたちの麻薬スキャンダルが発覚すると、野党の「共に民主党」からは、「政権に不利なニュースを覆い隠そうと検察が企画した事件」という陰謀論が飛び出した。 【写真】今、韓国芸能界で「麻薬スキャンダル」が急増している納得の理由 　だが、この野党側の主張はひとまず基本ファクトからして間違っている。今回の麻薬事件は検察ではなく警察が捜査している。文在寅政権の「検警捜査権調整」によって検察が捜査可能な麻薬事件は極めて限られているためだ。 　もう一つ、トップスターたちの麻薬事件は、意外なことに韓国社会で長く語られることはなかった。それよりもむしろ、元国家代表の女性アスリートを巡る「希代の結婚詐欺事件」がすでに2週間にわたり韓国人の目と耳を虜にしている。 　ナム・ヒョンヒ氏(42歳)は、2008年の北京オリンピック、2012年のロンドンオリンピックでそれぞれ銀メダルと銅メダルを受賞し、アジア大会をはじめとする多くの国際大会で金メダルを受賞した韓国女子フェンシング界を代表するスター選手だ。 　今年8月に夫との離婚事実を発表したばかりのナム・ヒョンヒ氏が23日、某女性誌のインタビューを通じて、「今年1月に出会った15才年下の財閥3世チョン・チョンジョ氏と再婚する予定」と明らかにしたことから、今回の騒動が始まった。 　インタビューの公開直後、ネット上には、ナム氏の婚約者の外見があまりにも女性的で履歴も嘘臭いという書き込みが飛び交い、ナム氏はこのような書き込みに対して名誉毀損で告発するという強硬対応を宣言した。しかし、「韓国の文春砲」といわれているネットメディア「ディスパッチ」がナム氏の婚約者チョン・チョンジョ氏の正体を暴いたことで、事態は大きく反転する。 　ディスパッチはチョン・チョンジョ氏の過去の詐欺犯罪判決文を入手し、チョン氏が少なくとも7件の結婚詐欺を行い、複数の被害者から約3億ウォンの金をだまし取った詐欺の前科犯だという事実を報じた。 　また、判決文に出ているチョン氏の性別は「女性」だったという事実も暴露。ナム氏に出会ってからチョン氏はナム氏の名声を利用して体育教育事業を模索していたと伝えながら、「ナム氏はチョン氏が女性であることを知っているのだろうか？」と疑問を提起した。

　ディスパッチ砲の直後、ナム氏の母親が警察などと共にナム氏とチョン氏が居住している江南の最高級タワーマンションを訪ねてナム氏を説得し、ナム氏は家に帰るに至った。そしてナム氏の実家を訪ねてきたチョン氏をストーキング容疑で警察に告発した。 　以後、ナム氏は複数の番組に出演し、自分がチョン氏にいかにして騙されてきたかを説明した。 　インタビューによると、チョン氏は1月、ナム氏が運営するフェンシングスクールに警護員を同行して訪れ、事業上フェンシングを学ばなければならないとし、レッスンを要請したという。その後、チョン氏と恋人関係に発展したナム氏は、自分がチョン氏の子供を妊娠したと信じさせられたと主張した。 　ナム氏は、チョン氏が性転換手術をした事実を知っていたが、チョン氏が買ってくれた妊娠テスターで妊娠したことを確認した。ナム氏はおかしいと思ったが、チョン氏が「睾丸移植手術」をしたと言ったため妊娠を信じてしまったという説明だった(韓国メディアによると、チョン氏は性転換手術を受けたことがなく、現在も立派な女性だそうだ)。 　また、チョン氏が、「自分はPホテルグループの婚外子であり、生まれてくる子にグループを譲りたい」と言うなど、ずっと自分をだましてきたと主張した。 　以後、ナム氏の家族と親戚、知人をはじめ、多くの人がチョン氏により数億ウォンの投資詐欺にあった情況が明らかになり、チョン氏に対する本格的な捜査が進められている。 　ナム氏自身も、チョン氏から3～4億ウォン相当のベントレーをはじめ数百万～数千万ウォンに上る豪華なプレゼントを受け取り、毎回インスタに公開し自慢してきたことについて、「共犯の疑い」で取り調べを受けることになるそうだ。 　チョン・チョンジョ氏側もインタビューを自ら要望し、「ナム氏は2月から自分が嘘をついていることを知っていた」とし、「(詐欺行為で受け取った)投資金などはナム氏の貸出金、プレゼント、娘の小遣いなどに使われた」と付け加えた。

　「韓国No.1」の座に上り詰めたかつての国民的英雄が一夜にして泥沼の中へ転がり落ちることになった今回の事件は、韓国メディアに「詐欺王国」という汚名を着せられている韓国社会を再認識させる契機となった。 　韓国警察庁によると、2022年の韓国内の詐欺犯罪発生件数は32万5316件、全犯罪のうち詐欺犯罪が占める割合は22.6％と最高だ。韓国警察は、慢性的で悪質な詐欺犯罪の様相を7つに分類し、集中的に取り締まっているが、最近は特に「伝貰詐欺」が最も深刻な社会的問題として浮上している。 　「伝貰(チョンセ)」とは、契約金を支払えば契約期間中は家賃を払わずに暮らせるようにする韓国固有の賃貸借方式だ。毎月の家賃がかからないという長所があるが、契約金が住宅価格の半分を越える場合が普通であり、少なくとも億単位の大金が必要だという短所がある。 　伝貰詐欺とは、家主に支払能力がないとして契約期間が終わった後、契約金を返さない犯罪をいう。そして最近、詐欺集団が介入して住宅価格より高い伝貰契約金を設定してお金を集めた後、故意に破産してしまう組織的な伝貰詐欺犯罪が猛威を振るっている。昨年1年間、韓国で起きた伝貰詐欺の被害額は1.5兆ウォンに達し、今年も1月から8月までソウル地域だけで5000億ウォンを超えたという統計があるほどだ。 　伝貰詐欺の主な被害者は、マイホーム購入のためにヴィラやオフィステルなどの安い共同住宅の伝貰を選択した青年層が大部分で、絶望のあまり自殺に追い込まれた青年が今年だけで4人に達する。尹大統領も「未来世代を略奪する悪質犯罪」として強力な取り締まりを宣言しているが、犯罪予防と取り締まりには頭を悩ませている。 　もちろん伝貰詐欺ばかりではなく、株式詐欺、仮想通貨詐欺などの金融詐欺犯罪による被害も莫大だ。文在寅政権時代の2019年、韓国社会を騒がせた「オプティマス・ファンド」「ライム・ファンド」「ディスカバリー・ファンド」の3大ファンド詐欺犯罪の被害額は延べ5兆ウォンを越える。

なぜここまで詐欺犯罪が多いのか

　このように、韓国社会で特に詐欺犯罪が多い理由について、「朝鮮日報」は次のように分析する。 　「2022年国際市場調査業者であるイプソスが遂行した『他人を信頼できますか？　』という質問に対し、韓国は23％だけが『はい』と答え、世界平均の30％に比べて低い水準を記録した。問題は、韓国は他人を信頼しない低信頼社会であるにもかかわらず、人々の行動様式と認識は高信頼社会と似ているという点だ。 　低信頼社会では相手を信じられないため、多様な補完手段を使うのが一般的だ。しかし、韓国の場合、「信頼」を理由に契約書作成をはじめとする各種手続きなどを無視する場合が多く、安全性確保のための専門家の介入と費用の支出を敬遠する傾向が強い。そして事件が発生すれば、司法体系に事件の究明と処罰を押し付けている」 (朝鮮日報10月30日付記事「大韓民国は詐欺王国？　どこまでが真実か」) 　一方、「中央日報」は、詐欺犯罪に対する軽い処罰が再犯率を高めていると分析した。 　「法曹界と警察などによると、詐欺は同じ犯罪を繰り返し犯す『同種再犯者』が多い犯罪に挙げられる。詐欺の同種再犯率は45％に達する。繰り返し詐欺を犯す理由として、軽い処罰のためだという指摘が出ている。 　最高裁量刑基準によると、一般詐欺の刑令基準は詐欺金額が1億ウォン未満の場合、基本は6ヵ月～1年6ヵ月だ。犯行手口が悪質だったり、再犯などの加重要素があったりしても、2年6ヵ月の懲役が最大。詐欺金額が1億～5億ウォン未満の場合は1～4年が基本だ。 　詐欺被害金額の回収率が高くないという点も問題に挙げられる。警察庁によれば2017年から2021年6月まで詐欺罪による累積被害額は121兆ウォン程度だが、このうち実際に回収された金額は約6兆5000億ウォン(5.3％)に止まっている」 (中央日報11月1日付記事「前科10犯のチョン・チョンジョもこうだったのか……“すこし我慢すれば”45％が再犯詐欺師」)

金 敬哲（ジャーナリスト）