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ほーら、すごい音が聞こえるでしょ?【青空と向日葵の会】

【ほーら、すごい音が聞こえるでしょ?】
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その日、私はいつもより夕食の支度をするのが遅くなってしまい、
慌ててお味噌汁を作っているところだった。
トゥルルルル……。
電話の音に「また遅くなる、って言うのかな?」
と思いながら受話器を取ると、それは夫ではなくて
実家の母からだった。
「こんばんはー」
陽気な母の声と同時に、ドーン!とすごい音。
続いて、ドン!ドン!と音が響く。
「今、ご飯だった?」
「ううん、まだ作ってるとこ」
「今日、花火やってるから……見れなくてかわいそうだけど、
 せめて音だけでもと思って」
喋ってる間にも花火の音は鳴り響いている。
そうか、今日は花火の日だったっけ……。
それにしても、母は何という可愛らしいことを思いついたのだろう。
花火なんて、見なくちゃ面白くもなんともないのに、
音だけ聞かせようなんて……。
私の実家は千葉県松戸市で、数十年前、
都内から引っ越してきた時はなんて田舎なんだろう
と思ったぐらい、のどかなところだった。
すぐ近くを江戸川が流れていて、まだ畑もあちこちにあり、
なんだか隠居するような気分だねと、家族そろって笑ったものだ。
それが引っ越して間もなく、この家に素晴らしい良さが
備わっていることに気づかされることになった

る夏の日、江戸川で花火大会が行われてみると、 なんと我が家のベランダの真正面から見えるではないか!

これには家中大騒ぎになり、一夜にして、 ”素晴らしい家だ”ということになった。

それ以来、毎年花火の日には、 狭いベランダにイスや簡易テーブルを持ち込んでミニ宴会、 というのが恒例になった。

母は必ず枝豆を茹でておいてくれ、 自分や姉にはウーロン茶を、 私にはビールを冷やして待っていてくれた。

いつもは閑散としている地元の駅も、 この日だけは浴衣姿の若者や、子供連れで賑わっていて、 その中を会社から飛ぶようにして帰るのだった。

「今ね、ちょうど大きいのが上がってるところ。  うわー、すごい音でしょう」

二階の、もと・私の部屋の電話から ベランダに乗り出してかけている母の姿を想像しながら、 しばらく”実況中継”を聞いて、電話は切れた。

「なんだ、お母さん、こっち(関西)でもテレビやってたよ」

ひとり言をつぶやいてしばらく見ているうち、 ポロポロと涙がこぼれてきた。

姉もお嫁に行き、夜警の仕事で父もいない今、 たったひとりでベランダから花火を見ている母のことを思うと、 あとからあとから、涙はいくらでも流れて落ちた。