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自ら命を絶つオレオレ詐欺被害者のもう一つの悲劇 「なぜだまされた」家族から責められ自責、孤独、苦悩 【青空と向日葵の会】Apex product

 「だました人間より、だまされた俺の方が悪いのか」。ある男性はこう言い残し、自ら命を絶った。昨年、全国で約559億4千万円の被害があった特殊詐欺。ニュースで報じられるのは被害金額の大きさがほとんどだが、その陰で、被害者が自殺するという悲劇が起きている。

千葉県成田市にある曹洞宗の寺院「長寿院」。住職でNPO法人「自殺防止ネットワーク風」理事長の篠原鋭一さん(70)の元には、特殊詐欺の一つのオレオレ詐欺の被害に遭い、親族が自殺した近畿や関東など全国の遺族から電話がかかってくる。遺族の話から浮かび上がるのは、オレオレ詐欺の被害者が置かれた厳しい状況。自殺する大きな理由は、金銭的な問題ではなく、親族に詰問されたことがきっかけだという。「家族なのに責めてしまった」「おばあちゃんは犯罪者じゃないのに…」。罪の意識にさいなまれる遺族もまた、苦しんでいる。

オレオレ詐欺に遭い自殺した人の遺族から多くの相談を受ける篠原鋭一さん=千葉県成田市

自殺相談、ここ数年で急増

 電話口の女性は「夫の後を追います」と何度も繰り返していた。

 4月の初め、長寿院に電話をかけてきたのは、近畿地方の30代の女性だった。篠原さんが電話を取ると、女性は「夫をかたるオレオレ詐欺で、250万円をだまし取られた」と語り始めた。

 「会社のお金を落とした。すぐに入金しなければ会社を辞めなければならない。何とか都合してくれ」

 〝夫〟の言葉を信じた女性は両親に頼み込み、現金を工面してもらった。だが、詐欺だった。両親は「気持ちに緩みがあるからこういう詐欺に引っかかるんだ」と女性をなじった。

「妻の両親にとっても大金だったのに」「申し訳ないことをしてしまった」。なりすまされた夫は鬱(うつ)病を発症し、自殺した。

 自分がオレオレ詐欺に引っかかってしまったせいで夫を死なせてしまった-。女性は自責の念にさいなまれ、「中学生の息子を両親に預け、夫の後を追います」と繰り返した。

 「こうした内容の相談電話はここ数年、増え続けている」と篠原さん。平成7年から自殺に関する電話相談を受け付けているが、近年はオレオレ詐欺にまつわるものが急激に増えているという。

「おばあちゃんを責めた」と涙

 篠原さんによると、昨年は1年間で約20件もの相談が寄せられた。ほとんどは自殺した被害者の遺族からなのだが、中でも多いのは「だまされた家族を責めてしまった」と後悔する気持ちを告白する内容だ。

 1月に電話してきた北陸地方の30代の男性のケースが、そうだった。

 「おばあちゃんの供養をしたいんですが、どうしたらいいですか」

 ためらいがちに切り出した男性に理由を尋ねると、男性は、祖母がオレオレ詐欺にだまされて大金をだまし取られ、自殺したことを明かした。

 犯人は男性になりすまして祖母に電話をかけたといい、「会社の金を使い込んだ」というウソに、祖母は150万円を振り込んでしまった。男性や家族はオレオレ詐欺に引っかかった祖母を責め、やがて祖母は命を絶った。

 男性との電話は2時間以上に及んだ。男性は、祖母の自殺の一因は自分が責めたことだと感じているようだったといい、電話の声はいつしか、泣き声に変わっていた。

 「おばあちゃんは犯罪者じゃないのに」

 このほか、70代の父親がオレオレ詐欺に引っかかり自殺したという関東地方の男性は、父親が生前、「だました人間より俺の方が悪いのか」と言っていたことを打ち明けた。

 父親は、「株で失敗して会社に損害を与えた」という男性をかたったウソを信じ、500万円をだまし取られた。同じく身内から激しく非難された末に自殺していた。

孤立し、狙われる高齢者

 オレオレ詐欺でだまされるのはいつも、高齢者。お金を出す相手が〝息子〟や〝孫〟といったかけがえのない相手だからこそ被害に遭うとみられる。

 篠原さんが過去に相談に乗った中で、200万円をだまし取られたという高齢男性は「俺にこんな金はいらないんだ。孫のためになるならと喜んで払ったのに」と嘆いた。

 被害者が苦しみ、時には自殺さえしてしまう背景には、高齢者が孤立しがちな社会情勢があると考えられている。

 警察庁によると、昨年の特殊詐欺被害の78・8%(1万540件)が65歳以上の高齢者だった。これを8つの類型別でみると、オレオレ詐欺で被害を受けた高齢者は全体の実に92・1%を占めていた。

 一方、平成26年の高齢社会白書によると、1人暮らしの高齢者は、昭和55年には高齢者全体の8・5%だったが、平成24年には16・1%にまで増加している。

 希薄になる家族とのつながり。だが、オレオレ詐欺はそのわずかに残された関係さえも断ち切ってしまう。

 「他人に悩みを打ち明ける環境さえあれば、失われる命も助けることができる」と篠原さん。家族からも見捨てられ、社会とのつながりがなくなったと絶望したとき、被害者は自殺へと走る。相談電話での遺族の〝懺悔(ざんげ)〟が、それを物語っている。

 「だまされてしまったのは家族を思う純粋な気持ちがあるからで、いいも悪いもない。だから、被害者を責めないでほしい」

 特殊詐欺被害は今年1~2月で約73億4200万円。過去最悪だった昨年を上回るペースで増えている。篠原さんの元にかかってくる相談電話は今年、すでに十数件を数えている。

篠原鋭一さんが自殺者の遺族から聞き取ったメモには、家族を責めたことを悔やむ言葉が並ぶ