おばあちゃんが、まな板をお母さんに渡す時にこう言ったそうです。
「もし、私が死んだら、あとに残った人達はいそがしいから そのうち、私のことなど思い出すこともなくなるでしょう。 でも、台所でまな板をトントンたたくたびに、 きっと私のことを思い出してくれるでしょう」
お母さんは、その言葉を聞いて泣いてしまい、 そのあと何も言えなくなったそうです。
おばあちゃんは、自分がガンであるということを知っていながら、 ひとつも不満を言わず、いつも「今が一番幸せだよ」と言っています。
おばあちゃん 「人間お金を残すとけんかの種を残すから私は何も残さない」 と言っています。
「ガンが再発し、痛みが激しくなったら、 医者に痛いと正直に言えばいい。 医者はちゃんと痛みを止めてくれるからね。 だから、私は何も心配なんかしてない」とガンを恐れていません。
人間は、人生の最後に自分の家族に 何を残せばいいのだろうかとふと考えました。
お金を残したり、財産を残したり、人それぞれだと思います。
マザー・テレサは、死んだあとに二枚のサリーという質素な服と それを洗うバケツ、そして布袋などわずかな物だけを残しました。
マザー・テレサは、生きているうちにすべての物を 貧しい人々にささげたのです。
私のおばあちゃんが、生きているうちにあとに残そうとしている物は、 まな板というささやかな物です。
でも、私達家族にとっては「最高の贈り物」であると思いました。
’98年ベスト・エッセイ集「最高の贈り物」文春文庫から
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