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寒風の下、運転手さんたちに温かいコーヒーを飲ませたい【青空と向日葵の会】

【寒風の下、運転手さんたちに温かいコーヒーを飲ませたい】
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あるジュースの会社の社長さんがいました。
1965年の冬のある日のこと。
全線開通したばかりの名神高速道路を移動していた彼は、
近くにあった養老サービスエリアに立ち寄ります。
そこで彼はレストランに立ち寄り、
コーヒーを頼みました。
冷えた体に沁みる一杯のホット・コーヒーでした。
リラックスしながら、そこで彼が目にしたのは、寒空の下、
冷たいジュースを飲んでいる長距離トラックのドライバーたちでした。
つい彼はいつものくせで、
ドライバーたちの飲んでるジュースの銘柄を気にしていました。
自分の会社の商品が売れてるかどうか、
それは商売人なら誰しも気になるところです。
しかし、この社長さん、はっと気づき胸に手を当てました。
自分が気にしなければいけないのは、
ジュースなのか?それとも人間なのか?
忙しいドライバーには、自分のようにゆっくりと、
喫茶店で温かいコーヒーを飲んでる時間などない。
彼は、日本経済を支える縁の下の力持ち、長距離トラックの運転手さんたちが、
温かいコーヒーも飲めない状況を、何とかしてあげたいと思いました。
そこでひらめいたのが、これでした

の社長さんの名前は谷田利景さん。 ポッカコーポレーションの創業者です。

谷田さんがひらめいたのは、 冷やすことも温めることもできる自動販売機でした。

その中にコーヒーを入れれば、夏はアイス、冬はホットと、 1年中おいしい缶コーヒーを提供できると考えたのです。

それはドライバーたちが喜ぶだけでなく、 彼自身が望んでいた新たな主力商品のアイデアでもありました。

今でこそ、私たちは、当たり前に 夏・冬兼用の自動販売機を利用していますが、 それは当時の飲料業界にとっても歴史的な出来事だったのでした。

紆余曲折を経て、1973年11月、 ついに冷温式自動販売機の第一号が設置されました。

その場所は、トラックドライバーたちが冷たいジュースを飲んでいた、 あの名神高速道路の養老サービスエリアでした。

温かいコーヒーは、温かい気持ちがきっかけでした。

そしてその温かさを忘れないよう、 原点の地に第一号機の設置がなされたわけです。