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「射精まで10分程度」障害者の性介助サービスを行う40代女性が語る、“やりがい”を感じる瞬間

 累計発行部数23万部(2023年7月末付)のベストセラーとなった第169回芥川賞の受賞作『ハンチバック』(文藝春秋)。自身も先天性ミオパチーを患う著者の手で主人公である重度障害者の女性の性的な欲求が赤裸々に描かれている。

 本書を読んで、障害者の性に対して、いかに無知であったかを深く考えさせられた人も多いのではないだろうか。手足が不自由なゆえに、自慰行為を行ったり、パートナーとセックスできない人たちは、普段どのように性と向き合い、性欲を満たしているのだろうか。  性の問題「社会の問題」として捉え、重度の身体障害を持つ男性に”射精介助”を提供しているのがホワイトハンズだ。同団体は、2008年に設立されてから15年にわたって射精介助サービスを提供している。前編の記事では、代表の坂爪真吾氏に射精介助サービス事業を始めた経緯や利用者のニーズなどを聞いた。後編では、実際に射精介助を行なっているケアスタッフの鈴木華子さん(仮名・40代)に現場の声を取材した。 【前回記事を読む】⇒芥川賞で話題の「射精介助」。東大卒代表が語る、障害者の“性欲を満たす”現場のリアル

介護の現場で障害者の性に直面

 

 

 

――どのようなきっかけで射精介助のケアスタッフになったのですか。 鈴木華子(以下、鈴木):12年ほど前に介護の仕事で、男性の重度障害者の家事援助を行っていた時のこと。蓄尿袋を付けている方で、「炎症が起きて痛いから蓄尿袋を差し替えたい」と言われたんです。手も不自由な方なので、差し替えをお手伝いするために、男性器に触れたら勃起されて……。 「女性に触られたら勃起するのは当たり前だよな」と思いつつも、それに対してどうしてあげることもできず戸惑いました。結局、勃起が収まるのを待ち、蓄尿袋を差し込むのをお手伝いして退室したのですが、「手足が不自由な方は普段、性的な欲求をどのように処理されているのだろう」と考えたんです。  その経験を機に、障害者の性に関心を持つようになり、射精介助の仕事をしてみたいと思うようになりました。当時、介護福祉士の資格を持っていたものの、障害者の性に関する知識を得てから仕事に就いたほうがよいと考え、ホワイトハンズが行なっている「障がい者の性」検定を受験。2020年2月に合格して、すぐに射精介助スタッフとして登録しました。でも、直後からコロナの感染拡大が始まって、なかなか依頼が入らず……。初めて依頼が入ったのは2022年10月のことです。

1回30分、未経験者も始めやすいケア

 

――介護と射精介助のお仕事をかけ持ちされているのですね。 鈴木:はい。重度訪問介護の仕事を本業とし、空き時間に2週間に1回のペースで射精介助の依頼を受けています。 ――初回訪問の際、不安や抵抗はなかったですか。 鈴木:これまでに介護の仕事で男性高齢者の排泄や入浴介助の経験がありますので、全く抵抗感なく始められました。射精介助は排泄等と異なる部分もありますが、事前にホワイトハンズから送られてくるテキストで、手順がわかりやすく書かれているので、未経験の人でもスムーズに始められると思います。

濡れたタオルで男性器をふいて…射精介助の流れ

 

 

――射精介助の流れを教えてください。 鈴木:利用者のご自宅に入室して手洗い・うがい後、その日の体調をうかがいます。体調に問題がければ、雑談をしながら、濡れたタオル・ローション・手袋・コンドームなど一式を用意。その後、利用者のズボンを下ろし、濡れたタオルで男性器をふいて、ローションを付けてマッサージし、ある程度勃起した段階でコンドームを装着します。もたついてしまうと、装着のタイミングを逃してしまうので、素早く装着できるように準備しておきます。  マッサージの強さや早さの加減など、人それぞれ意向が異なります。なかには、触ってすぐに射精された方も。具体的に意向を伝えていただけると、進めやすいですね。射精介助の時間はだいたい10〜15分。入室から退室まで30分で終わります。

不思議な関係性だからこそ成り立つ会話

 

 

――ケアスタッフを務めてやりがいを感じたことはありますか。 鈴木:現在、定期的に依頼をいただいているのは筋萎縮性側索硬化症(ALS)という病気を抱えている方です。病気の進行が早く、日を追うごとに自分でできないことが増えている状況のなか、「射精介助を受けることが唯一の楽しみ」と仰っています。そういった言葉を聞くと、自分が求められている、役に立っているような気がして嬉しいですね。介護の仕事の夜勤明けで「疲れたな」と思う時も、射精介助に行くと疲れがとれた気分になります。  利用者の方とは不思議な関係なんですよね。友だちでもないし、ヘルパーでもない。だからこそ、できる会話もある。それが面白い部分でもあります。 ――利用者と提供者はどのようにマッチングされているのでしょうか。 鈴木:初回のみホワイトハンズを仲介して利用者とやり取りし、基本的に2回目以降はLINE WORKS(ビジネス版LINE)で利用者と直接連絡を取り合うかたちになっています。管理者であるホワイトハンズがトークの履歴をモニタリングでき、問題があれば対処されるので、スタッフとしては安心です。

ケアの料金は30分5000円

――ケア料金は、提供者が自分で自由に設定するかたちで、ほとんどのケアスタッフの方が30分5000円で設定されているそうですね。2年目以降、提供者も登録年会費1万1000円がかかることやサービス内容を考えると、割安な印象ですが。 鈴木:私も含め登録されている方の多くは、やりがい重視でこの仕事をされているのではないでしょうか。ただ、完全にボランティアというかたちですと仕事への意識が下がる気がして、私も同額(30分5000円)をいただいています。 ――ご家族にお仕事のことを話していますか。 鈴木:私はシングルマザーで大学4年生と専門学校2年生の娘がいますが、2人ともに射精介助の仕事をやっていることを話しています。自分の仕事に誇りを持っていますし、世の中にこのような仕事があるということを知っておいてほしいので。もし娘の友だちなどに障害があって性に関する問題を抱えている方がいれば、お役に立てることがあるかもしれませんし。

娘2人にもオープンに話す

鈴木:以前、障害者の母親が息子の性的な欲求を満たすために性行為の相手になっているという話を聞いたことがあります。息子の欲求が溜まってくるとコントロールができないので、やむを得ず相手をしていると。それを聞いて凄くショックだったんです。もし自分に障害のある子どもがいて、同じような状況に立たされたら…と考えると、他人事とは思えなくて。介護の仕事に携わるなかで、障害者や高齢者の性に関わる問題がまだまだ顕在化されていないと感じており、もっと性の問題がオープンに語られるようになるといいなと考えています。 ――性の問題がよりオープンになるために必要なことは何でしょうか。 鈴木:まず学校での教育が大事だと思います。性は、「いやらしいこと」「恥ずかしいこと」ではなく、「当たり前のこと」として認識されるべきです。そして、射精介助など性的なケアが生活の質の向上や、身体の機能の維持のために必要な介護の一環として組み込まれるとよいのではないでしょうか。陰部洗浄やオムツ替えは普通に行われているのに、なぜ性的なケアは行われないのか……と思います。  性欲が「触れていけない問題」として隠されるのではなく、睡眠、食欲と同様に、満たされる社会になってほしいです。そうなると、当事者だけでなく周囲も、より穏やかに、幸せに生きられると思います。 <取材・文/秋山志緒>

 

秋山志緒

大阪府出身。外資系金融機関で広報業務に従事した後に、フリーのライター・編集者として独立。マネー分野を得意としながらも、ライフやエンタメなど幅広く執筆中。ファイナンシャルプランナー(AFP)。X(旧Twitter):@COstyle

芥川賞で注目「障害者の性」。東大卒代表が語る、“性欲を満たす射精介助”現場のリアル

第169回芥川賞の受賞作『ハンチバック』(文藝春秋)では、主人公である重度障害者の女性の性的な欲求が赤裸々に描かれている。本書を読んで、障害者の性に対して、いかに無知であったかを深く考えさせられた人も多いのではないだろうか。

ホワイトハンズ代表を務める坂爪真吾氏

 手足が不自由なゆえに、自慰行為を行ったり、パートナーとセックスできない人たちは、普段どのように性と向き合い、性的な欲求を満たしているのだろうか。性の問題を「個人の問題」ではなく「社会の問題」として捉え、男性重度身体障害者に対して射精介助サービスを提供しているのが「ホワイトハンズ」だ。  同団体は、2008年に設立されてから15年にわたって射精介助サービスを提供している。東京大学文学部卒で、ホワイトハンズ代表を務める坂爪真吾氏は、どういった経緯で射精介助サービス事業を始めたのか。ケアスタッフはどのような思いを持ってサービスを提供しているのか。射精介助の現場の声をお届けする。

性風俗業は社会課題の密集地

「大学時代に性風俗業を研究し、新宿や池袋の店舗型風俗店で働いている方々の動機や事情をヒアリングしました。その中で、性風俗業は社会課題が集まっている世界だと感じたのです。差別や病気、暴力、借金、依存など……。それにもかかわらず、世間では『風俗=エロ』と見られ、社会の光が当たっていないように思いました。  性風俗のサービスをエロや娯楽ではなく、社会課題に貢献するかたちで提供できれば、困っている人たちを支援できるのではないかと。そこで考えついたのが、身体に障害がある人に“ケア”として提供する射精介助サービスです」  これまでに北海道から九州までの国内各地で累計800回以上のケアを実施。以前は、ホワイトハンズがケアスタッフを採用し、研修を経て派遣していた。しかし、コロナ禍で対面での面接や研修が困難になり、現在は提供者と利用者をマッチングする形式で射精介助サービスを提供している。利用者はネットの検索やYouTube動画で同サービスを知って依頼する人が多いという。

意外にも利用者の大半は40代以上

 2008年にサービスを開始した際、坂爪氏は性的な欲求の高まる20代の若い男性からの依頼が多いのでは……と考えていた。しかし、利用者の大半は40代以上の男性だった。 「若年層の障害のある方は親と同居しているため、サービスを依頼しづらい。親の高齢化や死去に伴い、親元から離れて自立生活を開始するのが40代ぐらいなので、ようやく自分の意思で自宅にケアスタッフを呼べるようになったというケースが多いように思います。大半は独身の方ですが、一部には既婚の方もいますし、まれに、奥さんが承知の上で依頼される方もいます」

 

「ケア」を超えた要望には線引きを

 中途障害の人と、生まれつき障害のある人では、サービスを受けた反応やニーズに違いはあるのか。 「脳性麻痺など生まれつき障害のある方にとって、射精介助はケアとして受け入れられやすい印象があります。一方で、中途障害の方からは、射精介助だけでなくケア以上のサービスを求められることも。健常者だった頃の記憶や体験が残っていて独自のやり方や癖があるからだと思います。以前は身体が自由に動いて自慰行為ができたけれど、年齢を重ねるごとに障害が進んで手足が不自由になったから射精介助を依頼する方も多いです」  風俗とは異なり、あくまで「ケア」として提供されている射精介助。それでも、利用者がケアスタッフに恋愛感情を抱くことはないのだろうか。

 

サービス以上の要求をされることも

「時々ありますね。ケアスタッフが利用者の方にLINEを交換したいと言われたり、私たちが提供するサービス以上の要求をお願いされるケースも。そのような場合には、ケアの範囲でできること、できないことの線引きをきちんとお伝えして対処するようにしています」  現在、全国のさまざまな地域で20名ほどのケアスタッフが射精介助を行なっている。ケアスタッフがサービスの提供者として登録する動機やきっかけは? 「メディアで知って関心を持ってくださった方や、仕事関係で障害者や高齢者に接する機会があった方、家族や周囲に障害者がいる方などがケアスタッフとして登録されています

 

女性向けサービスの開発を試みるも声上がらず

 性欲は人間の三大欲求のひとつであり、性別に関係ない。女性からの要望はないのだろうか。 「以前、女性向けの性機能ケアサービスを開発するために、女性のケアモニターを募集したことがあります。しかし、女性の障害のある方からほとんどニーズがなかったのです。女性は、自身がどんな欲求を持っているか、どんなことをして欲しいかを言語化しづらい部分があるのではないでしょうか。女性向けのサービスを作るには、当事者からの声を吸い上げる必要があります。現状、社会的に女性の障害者が当事者として声をあげるのが難しいのかもしれません」  坂爪氏は著書『セックスと障害者』(イースト新書)の中で、「性に関する介助というと、若い世代に、性的欲求の強い人が頻繁に利用する、というイメージがありますが、現実はむしろ就労やスポーツ、学業や障害者運動、レジャーや旅行などの社会参加を活発にしている人のほうが頻繁に利用する傾向がある」と述べている。  性的な欲求が満たすことは、社会参加につながるのか。

障害者の性はタブーではないが…

 

「性の問題はコミュニケーションと関わりが深い。自分の性と向き合い、性的に自立した人は他人の性も尊重でき、対人コミュニケーションもうまくいきやすいと思います。そうするとコミュニティにも参加しやすくなり、出会いの機会も増え、自分を性的に肯定してくれる相手が見つかる……という好循環が生まれるのではないでしょうか。それは障害の有無にかかわらず言えることだと思います」

 ホワイトハンズが射精介助サービスを始めてから約15年が経つ。開始当初はサービスの実態を知らない人から誹謗中傷を受けることもあった。その頃から比べて変化した部分もあれば、そうでない部分もあるという。 「歴史的に見ると、障害のある人の性は数十年以上前から様々な議論が交わされてきました。もはや障害者の性がタブー視されているとは思いません。ただ、障害者に関わる制度や福祉の観点で見ると、まだ性の問題が含まれていない。そのため、障害のある方も社会の中でパートナーと出会い、恋愛やセックス、結婚、育児ができるように現行の制度が変わる必要があります。そういった制度に変化をもたらすことができるのは、私たち一人ひとりです。障害の有無にかかわらず、全ての人が自身の性に尊厳と自立を守ることができる社会を実現できるよう、今後も地道に活動を継続していきたいですね」 <取材・文/秋山志緒> 【坂爪真吾】 1981年新潟市生まれ。東京大学文学部卒。ホワイトハンズ代表。新しい「性の公共」を作る、という理念の下、重度身体障害者に対する射精介助サービス、風俗店で働く女性の無料生活・法律相談事業「風テラス」など、社会的な切り口で現代の性問題の解決に取り組んでいる。2014年に社会貢献者表彰。著書『パンツを脱いじゃう子どもたち-発達と放課後の性』(中央公論新社)『パパ活の社会学 援助交際、愛人契約と何が違う?』(光文社新書)他多数

秋山志緒

大阪府出身。外資系金融機関で広報業務に従事した後に、フリーのライター・編集者として独立。マネー分野を得意としながらも、ライフやエンタメなど幅広く執筆中。ファイナンシャルプランナー(AFP)。X(旧Twitter):@COstyle