ここは都内有数の繁華街のはずれ。週の半ばということもあり、酒量はほどほど、ほろ酔い気分で、悠人(仮名)は家に向かっていた。時刻は夜10時すぎである。
オフィスや居酒屋のあかりは、ほとんど消えてしまっているが、飲酒後の全能感と街灯が彼の行き先を照らしているようだった。
明日も良い日になるといいな――。そう思った矢先、後ろからやってきた複数の警察官に悠人は囲まれてしまった。そして、このうちの1人、リーダー格が言い放った。
「職務質問させてもらっていい?」
●「任意」でも断りきれない
地方出身の悠人にとって、生まれて初めての職務質問、都会の洗礼だった。せっかくの気分が台無しにされたようにも思えた。
「職務質問って、任意なんですよね?」
少し呂律の回っていない言葉でたずねると、先ほどの警察官は「任意です」と返した。そう聞いて、安心して歩きだそうとしたところ、さらに「任意です」と重ねてくる。
どうやら、その警察官が言う「任意」とは、「やましいことがなければ、ふつうは受け入れるべきものだ」という意味のようである。
元警察官で、ライターの鷹橋公宣氏によると、警察官は「任意」という文句に慣れているという。むしろ、かえって挑発してしまうそうだ。
(参考)「『任意でしょ?』という断り文句には慣れています」 元警察官が教える職務質問のウラ側
https://www.bengo4.com/c_1009/n_14937/
●悠人は大きめのバッグを背負っていた
とはいえ、悠人にやましいことはない。浮気グセすらない(かもしれない)。以前にネット記事で読んだことがあったので、立ち止まり、たずねてみた。
「警職法(警察官職務執行法)にあたりますか?」
「けいしょくほうって何のこと? それより、あなたは信号を使わずに道路を横断したでしょ。だからです」
警職法、つまり警察官職務執行法2条1項こそが「職務質問」の根拠法だ。次のように記されている。
<警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知つていると認められる者を停止させて質問することができる>
しかし、警察官たちは真顔である。一方の悠人にも心当たりはない。たしかに横断歩道のないところで道を横切ったが、赤信号を無視した記憶はない。
鷹橋氏によると、実務上、職務質問の要件は「警察官の目からみて『不自然だ』『怪しい』と感じられるかどうか」だという。
また、同氏によると、警察官の不文律があるそうだ。「旅行者のような様子もないのに大きな荷物を持っていたら家出人や逃亡犯を疑え」。
警察官たちの目には、悠人が「あやしい奴」と映ったのかもしれない。そして、悠人はノートパソコンを入れた大きめのバッグを背負っていた。
(参考)職務質問はやっぱり「見た目」で判断される? 元警察官は「直感と状況のハイブリッドで判断」
https://www.bengo4.com/c_18/n_15151/
●職務質問に応じることにしたが・・・
まったく埒が明かず、早く帰宅したい思いで、悠人は職務質問に応じることにした。だが、のっけから、彼のバッグの中身を見せろと言ってくる警察官。
さすがに腹が立った悠人が、その様子をスマホで撮影させてほしいと伝えると、別の警察官が「プライバシー侵害になる」と言った。
プライバシーを侵害されているのは一体どちらか――。そう思いながら、バッグの中身を一つずつ丁寧に見せていく悠人。
ものの1、2分のことだったが、不愉快な気分になった彼にとっては、数十分のことに思えた。翌日、大事な会議が控えていることも、ついでに思い出した。
ようやく帰れるとホッとしたところ、リーダー格の警察官がさらに「財布の中身も見せてもらえる?」と言うではないか。
理由は「他人のクレカを持ち歩いている可能性があるから」。
悠人はあきれてしまった。そして、考えることをやめた。運転免許証のほか、クレジットカードなど、自分の名前の入ったものを洗いざらい提示した。
「ご協力ありがとうございました」
立ち去る悠人の背中から、警察官たちの声が聞こえてくるが、アルコールのせいからか、怒りで頭に血がのぼっているからか、言葉は耳に入らなかった。
その場所から十数メートル先で、明らかに不審な車両が停車していた。悠人は窓越しに車内をのぞいたが、暗くてよくわからなかった。
「これだ!」と思って振り返ると、警察官たちは、いつまでも悠人のほうを見つめていた。
Googleなどの検索エンジンでは「職務質問」と入力するとどんなサジェストが表示されるのでしょうか? なんと、というよりも「やはり」という結果ですが、トップ表示となるのは「職務質問 拒否」です。
YouTubeなどの動画投稿サイトでは「職務質問を拒否して警察官を撃退した」といったタイトルの動画が数多くアップロードされていますが、果たして本当に職務質問を拒否できるのでしょうか? 元警察官のライターが、職務質問の正しい対処法を紹介します。(ライター・鷹橋公宣)
●まず知っておくべき、職務質問の基本
「職務質問」は、警察官に許されている「停止」と「質問」を主体とした活動です。警察官職務執行法第2条1項によると、警察官は、異常な挙動や周囲の事情から合理的に判断して、次のような相手を停止させ、質問することができます。
・何らかの罪を犯した、もしくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者
・すでにおこなわれている犯罪について、もしくは犯罪がおこなわれようとしていることについて知っていると認められる者
簡単にいえば、警察官が「怪しい」と感じた相手には足を止めさせて質問できるという権利です。ただし、認められているのは「停止させて質問できる」というところまでで、無理やりその場にとどめる、質問に答えるまでは帰さないといった処分までは許されていません。
いくら怪しい点があったとしても、相手の自由を強制的に制限するには裁判官が発付した令状が必要です。
相手の肩をつかんで呼び止めるといった質問を継続するための必要最小限の有形力は行使できますが、逃げられないように腕を強くつかんだり、大勢の警察官で取り囲んだりする行為は許されません。
もちろん、勝手にカバンやズボンのポケットに手を突っ込んで中身を調べたり、持ち物を取り上げたりするのも違法です。
●職務質問は「任意」というワードひとつで拒否できるのか?
職務質問は「強制」ではありません。あくまでも一般市民の方の協力によって成り立っている「任意」の警察活動なので、拒否は可能です。
ネット上には「職務質問を拒否する方法」といった情報があふれています。そのなかで必ずと言ってもいいほどよく見かけるのが「職務質問は任意でしょ?それなら応じません」という断り文句です。
YouTubeなどでは「任意」というパワーワードを前面に押し出して警察官と押し問答を繰り返す様子が紹介されています。そんな動画を視聴すると「よし、次に職務質問を受けたら返り討ちにしてやろう」と考えてしまいがちですが、実はこの対処法はあまりおすすめできません。
●警察官は「任意」という断り文句に慣れています
警察官は警察学校にいる頃から職務質問のロールプレイングを繰り返しており、「任意でしょ?」と言って拒否してくる相手を想定した訓練を積んでいるのです。もちろん、相手役は手練れの教官や職務質問の専門指導員なので、簡単には応じてくれません。
むしろ本気で拒否しようと抵抗してくるのだから、警察官役も本気で挑みます。こんな訓練を積んでいるのだから、一般市民が「任意」というワードを出したくらいでは怯むはずもありません。
警察官職務執行法の条文を暗唱して「なぜ任意なのか?」を説明し論破するといった対応も見かけますが、はっきり言ってムダです。
警察学校の講義で学ぶだけでなく、上の階級になるための昇任試験でも「職務質問の任意性」は頻出問題として学習を繰り返しているので、警察官は任意と強制のボーダーラインを熟知しています。
勉強不足の警察官が相手なら論破できるかもしれませんが、ほとんどの警察官は法律の知識で勝負を挑まれても右から左へと聞き流すだけなので「よく勉強していますね」と一蹴されるでしょう。
「任意」を主張する相手には、怯むどころか、なおさらスイッチがONに入ってしまうのが警察官の性です。
ネットの記事に書いていたから、ユーチューバーがやっていたからという理由で軽々しく「任意」というワードを使えば、かえって挑発してしまいます。
●職務質問への正しい対処法「応じるけど教えるのは最低限の情報だけ」
それでも何らかの事情で職務質問を断りたい場合の対処法について、考えてみましょう。
職務質問をスマートにかわして最速で解放されるには「職務質問そのものには応じる」のが最善です。
あくまでも任意の警察活動なので、法律の考え方では一切拒否という姿勢でも問題はありませんが、とくに事情もないのに拒否していると「何かやましいことでもあるの?」と疑いを深めてしまいます。
自分はどこに住んでいる誰なのか、今なにをしている最中なのか、前後の予定といった質問には、問題のない範囲で「教えてあげる」くらいの対応を取ったほうがスムーズです。
ただし、質問に応じるからといって、何もかも洗いざらい情報を教える必要はありません。 たとえば、ひとりで歩いていたところに職務質問を受けたとして「今からどこに行くのですか?」という質問を受けたのなら「買い物に向かう途中です」という程度で十分です。
「買い物に向かう途中」という状況に何ら不審点がなければ、どの店に、何を買いに行くのかといった情報まで教える必要はありません。
警察に100%の情報を渡すのではなく、疑念を払拭できる最低限の情報さえ与えれば、職務質問を継続する意味はなくなります。
それでも「まあまあ、もう少しお話を聞かせてください」と引き止められたら、そこではじめて「任意ですよね?もう十分協力したので行かせてもらいます」という戦法が効果を発揮するのです。
もし、どうしても職務質問には応じられないという理由や事情があるときも、最初から「任意でしょ?お断りします」と突っぱねるのは利口ではありません。
家族の急病で帰宅を急いでいる、友人の車が溝でスタックして助けを求められたなど、いま警察官を相手にしている時間がない事情を伝えて、不審点がなければすぐに解放されるはずです。
状況次第ですが、現場の警察官に事態を伝えれば警察・救急などの手配で助けを得られる可能性もあるので、意外と「良いきっかけ」になるかもしれません。
●職務質問から解放されないときに取るべき行動
交番で勤務している警察官のなかには、新人や若手の「練習台」として職務質問をしてくるパターンが少なからず存在しています。治安維持や防犯のための職務質問ならある程度は協力できても、練習台にされたのではたまったものではありません。
こういった状況だと、不審点の追及ではなく経験を積むために質問しているので、職務質問に応じられない理由を説明してもなかなか解放してくれません。
どうしても職務質問から解放してもらえない場合は、その場から弁護士に電話をかけて状況を説明し、その場に駆けつけてもらう、あるいは電話で警察官に事情を説明してもらうといった対処法も一案です。
これは、警察官へのけん制という意味があるのはもちろんですが、その後に任意同行や逮捕といった展開へと進んだときの弁護士のアクションがスムーズになるという効果もあります。
平穏に生活している多くの方にとって、弁護士・法律事務所への相談を勧められても「大げさだ」と感じるでしょう。
もちろん、職務質問を受けたとしてもかならず弁護士に相談しなければ解決できないわけではありませんが「なぜか何度も職務質問を受ける」という方は「お守り」だと考えて一度相談してみるといいかもしれません。
【プロフィール】
鷹橋公宣(ライター):元警察官。1978年、広島県生まれ。2006年、大分県警察官を拝命し、在職中は刑事として主に詐欺・横領・選挙・贈収賄などの知能犯事件の捜査に従事。退職後はWebライターとして法律事務所のコンテンツ執筆のほか、詐欺被害者を救済するサイトのアドバイザーなども務めている。
警察官が任意におこなう職務質問。弁護士ドットコムには「断る方法はないのか?」という質問が複数寄せられています。ある男性は「月に3~4回のペースで職務質問をされている」と相談を寄せました。
【相談】 繁華街で事業をしています。職業柄、仕事が深夜に及ぶこともあり、深夜に繁華街付近にいることがよくあります。この7年間くらいで、100回以上職務質問されています。
最初はいちいち答えていたのですが、さすがにこの回数になるとかなりしんどいです。何か断るいい方法はないでしょうか。最近はあまりに横柄な態度をとる警察官に対しては、交番で職質を受けると答え、交番で抗議していますが全く効果ありません。職質中に証拠として携帯で動画を撮るのは違法なのでしょうか。
●質問に素直に答えた方が早く終わる
今回の相談は、法律の教科書にかいてある「職務質問」の内容と、現実に世の中で行われている「職務質問」の違いが問題になるケースです。
法律的に言えば、「職務質問」はあくまでも任意捜査の一環としてなされるものにすぎません。したがって、対象者は法的に拒否できるのが筋です。そうでなければ、法律上の根拠なしに、事実上一般市民の身体を拘束することが認められることになるからです。
しかし、現実の職務質問を断り、そのままその場から離れることは事実上不可能です。警察官はしつこく「職務質問」を繰り返しますし、その場を離れようとしたなら、身体を張ってでもそれを防いできます。
そんな中、無理やり現場を離れようとして、警察官に触れたりしたら、今度は「公務執行妨害」ということで、逮捕までされかねません。そんなリスクを冒すくらいなら、身分証明書を出すとともに、警官の質問に素直に答えた方が、よほど早く終わります。
そういう意味では、警察官の職務質問を断るためのノウハウを考えるよりも、職務質問が来たときに、少しでも早く終わらせることができるように、あらかじめ回答方法や身分証明書を用意しておいた方が、よほど実戦的な解決方法であることは間違いありません。
●動画撮影が違法になることは考えられない
ただ、中にはかなり態度の悪い警官がいることも事実です。どう考えても不当と言えるような「職務質問」を平気で行うような人もいます。それに対抗するためには、録画や録音などで証拠化して、問題点を明確にすることは十分にあり得ます。
これらを隠れて撮ったとしても、証拠としての価値が問題になることはあっても、その行為自体が違法であるとして、処罰や損害賠償の対象になることは考えられません。その意味では、自分を守るために、必要に応じての録音録画の準備をしておくことは、考えられることです。
警視庁の警察官に違法な取り調べ・身体拘束をされたことで、精神的な苦痛を受けたとして、東京都内の工事業者、中野健太郎さんが国家賠償法に基づき、都に慰謝料などをもとめた訴訟で、東京地裁は3月10日、原告の請求を一部認めて、計22万円の支払いを命じた。
判決などによると、原告の中野さんは2019年2月4日午後9時25分ごろ、都内の路上で作業車を停めていたところ、警視庁・中野署の警察官に職務質問をされた。その際、車内から工具(ツールナイフやタクティカルペンなど)が見つかったことから、携帯の理由を聞かれたうえで中野署に任意同行した。
その後、中野さんは、正当な理由もなく工具を携帯していたとして、取り調べを受けて、鑑識資料の作成や、車内の写真撮影などの捜査をされた。中野署での捜査が終わって、自宅前に戻ったのは、翌午前5時ごろのことだった。同年4月、嫌疑不十分で不起訴処分となった。
中野さんは同月、東京都を相手取り、慰謝料など計330万円をもとめて提訴 した。
中野さん側は、工具は工事業者として所持していたのであり、(1)職務質問は違法で、実質強制力を伴う任意同行だった、(2)取り調べは、深夜に長時間にわたり、限度を超えていた、(3)承諾してないのにポケットに手を入れたり、服の上から肛門や男性器を執拗に触るなどの所持品検査をされた――などと主張していた。
加本牧子裁判長は、職務質問や任意同行について「違法」とは言えず、承諾のない所持品検査も「考えがたい」としたものの、深夜にわたって5時間の取り調べを実施したことについては、「合理的な理由は見出しがたく、社会通念上許容される限度を超えたものに至っていた」として、違法だと判断した。
この日の判決を受けて、中野さんは弁護士ドットコムニュースの取材に対して、「賠償額は(請求よりも)少ないものの、国賠訴訟で一部でも認められたことはうれしい」と話した。中野さんの代理人によると、控訴など、今後については未定で、判決内容を検討しているとしている。
沖縄県那覇市で、視覚障がい者の70代男性が職務質問を受ける際、警察官に携帯端末で顔写真を撮影された――。地元紙『琉球新報』(10月28日)が報じている。
琉球新報によると、男性は10月15日午後5時ごろ、那覇市の歩道を歩いていると、警察官2人から「酔っぱらいが近くで倒れている。事件があったようだ」「(容疑者と)あなたの服装が似ているから写真を撮らせてほしい」と声をかけられた。
男性は拒否したが、警察官がしつように写真を撮らせてほしいと要求してきた。男性は視覚障がい者で、夕暮れが迫っている中で、まったく見えなくなることをおそれて、やむなく応じたという。
警察官の1人が、携帯端末で、男性を1メートルくらいの距離で撮影したそうだ。県警は、琉球新報の取材に「適正におこなったものと考えている」とコメントしているようだが、はたして、このような写真撮影は法的に問題ないのだろうか。小笠原基也弁護士 に聞いた。
●令状がなくても写真撮影が認められるケースがある
「刑事訴訟法は『検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、裁判官の発する令状により、差押え、記録命令付差押え、捜索又は検証をすることができる。この場合において、身体の検査は、身体検査令状によらなければならない』と定めています(218条1項)。
また、『身体の拘束を受けている被疑者の指紋若しくは足型を採取し、身長若しくは体重を測定し、又は写真を撮影するには、被疑者を裸にしない限り、第一項の令状によることを要しない』としています(同3項)。
要するに、身体の拘束を受けている被疑者の写真撮影は令状が必要ない、ということです。
この条文を素直に反対解釈すると、身体の拘束を受けていない被疑者の写真を撮影するためには、撮影される本人の同意がない限り、令状が必要と読めます。
しかし、最高裁は、憲法13条を根拠に『みだりにその容ぼう等を撮影されない自由』を認めながらも、『現に犯罪が行なわれもしくは行なわれたのち間がないと認められる場合であつて、しかも証拠保全の必要性および緊急性があり、かつその撮影が一般的に許容される限度をこえない相当な方法をもつて行なわれるとき』には、無令状での写真撮影を認めています(京都府学連事件)」
●「捜査機関や裁判所には大きな疑問を感じる」
「今回のケースでは、警察側の言い分としては、警察官の『説得』により、本人が同意をしたのだから、写真撮影は任意捜査として問題ないとの認識であると思われます。
また、写真撮影に限らず、任意同行、所持品検査、尿検査のための尿の採取などにおいても、警察官がしつように『説得』をおこない、被疑者が根負けして応じたような場面は枚挙にいとまがありません。
裁判所も、そのような場合に違法収集証拠となるのではないかという問題に対して、相当長時間その場所に留め置くなど、自由の侵害が重大でなければ『違法ではない』として、このような捜査を追認しています。
しかし、一般市民の感覚からすると、数人の警察官に囲まれて、『説得』に応じなければ、その場から立ち去れない状況が作られているのだとすれば、たとえそれが10分程度であっても、大きな恐怖を感じます。ましてや視覚障がいを持っていて、早く帰らないと、暗くなって帰宅が困難になるという状況であれば、なおさらです。
そうだとすると、先述のような任意捜査を広く認めている警察や裁判所の態度には大きな疑問を感じます」
●「捜査に名を借りた情報収取がおこなわれている可能性も」
「また、現在は、捜査で得られた証拠は捜査機関が独占していて、被疑者本人がアクセスすることは極めて困難であるうえ、不起訴になってもその証拠がどのように扱われているかは明らかではありません。そのため、犯罪捜査に名を借りた情報収集活動がおこなわれている可能性は否定できません。
自己情報のコントロールの観点からすれば、被疑者自身の情報が含まれている証拠(写真や指紋、DNAなど)には、被疑者が自由にアクセスでき、かつ、犯罪捜査の必要がなくなった場合には、確実にその情報を削除されることが保証される制度を構築する必要があると考えます」
警視庁中野署の警察官から、違法な取り調べ・身体拘束をされて、精神的な苦痛を受けたとして、東京都の工事業者の男性が4月26日、国家賠償法に基づき、東京都(小池百合子知事)に慰謝料など計330万円の支払いをもとめて、東京地裁に提訴した。
●工具を所持していたことで連行された
原告は、給水管設備工事会社の代表をつとめる中野健太郎さん。
訴状によると、中野さんは今年2月4日夜、都内で発生した漏水事故の工事を終えたあと、立ち寄ったコンビニ前に作業車(ワゴン車)を停めて休憩していたところ、中野署の警察官が現れて、職務質問をもとめてきた。
中野さんが車の中を見せたところ、普段の工事で使用している工具(電工ナイフ、ガラスクラッシャー、マイナスドライバー)があったことから、「軽犯罪法違反で検挙する」として、中野署に連行されてしまった。
●「これであんたも犯罪者の仲間入りだ」
取調室で、警察官は、中野さんにジャンパー(作業着)を脱いで、ポケットの中身をすべて取り出すように指示した。さらに、中野さんの承諾がないのに、ポケットに手を入れたり、服の上から肛門や男性器を執拗に触るなど、所持品検査をおこなったという。
中野さんは「東京都や国から正式な許可をもらっている業者だ。なぜ検挙されないといけないのか」と主張したが、まったく聞く耳をもってもらえなかったという。それどころか、両手の指紋スキャンや顔写真の撮影もおこなわれた。
その際、警察官から次のような暴言があったという。
「あんた騙りだろう。社長を名乗っているが、所詮会社をクビにされたホームレスか何かに違いない。念のため空き巣や窃盗などの犯歴がないか調べるために、指紋をとるから」
「これであんたも犯罪者の仲間入りだ。あんたの写真や指紋のデータが全国犯罪者データに掲載されて、もう何かすればすぐに参考人として引っ張れるな」
●工事業者を狙い撃ちにした職務質問が相次いでいる
結局、中野さんは検挙されなかったが、身体拘束から解放されたのは、翌5日の朝6時ごろで、職務質問がはじまって8時間も経ってからのことだった。
中野さんの代理人によると、当時、警視庁管内では、職務質問キャンペーンがおこなわれており、中野さんのほかにも、工事業者を狙い撃ちにしたような職務質問があいついでいたという。
提訴後、記者会見を開いた中野さんは「でっちあげによる取り調べだった」「工事業者が工具をもっているだけで検挙されたら、建設工事ができなくなる」と怒りをにじませながら話していた。
(弁護士ドットコムニュース)
警視庁の警察官から、理由もなく所持品検査に応じるようもとめられるなど、違法な職務質問をうけて精神的苦痛を負ったとして、東京都内のIT企業につとめるエンジニア、江添亮さん(30)が8月21日、都を相手取り慰謝料など計165万円をもとめる国家賠償請求訴訟を起こした。提訴後に記者会見を開いた江添さんは「こわかった」と当時を振り返った。
●警察官10人に取り囲まれて、駐車場の奥に移動させられた
訴状などによると、江添さんは7月3日、東京都中央区にある会社に出勤途中、自動販売機で飲みものを買っていた。そこに制服姿の警察官3人があらわれて、「荷物の中を確認させていただきたい」と、江添さんが背負っていたリュックの中身を見せるようもとめてきた。
江添さんは所持品検査に応じる義務はないと考えて拒否したが、警察官は「危険なものが入っているのではないか」と所持品検査に応じるよう、執拗に食い下がった。江添さんは勤務先に向かうためにその場を離れようとしたが、警察官は回り込むなどして進行を妨げてきたという。
うち1人は、江添さんが抵抗してもいないのに「公妨だ」と言ったり、拳銃に触れていないのに「あ、拳銃に触った」などとして、あたかも犯罪者であるかのようにあつかったそうだ。その後、パトカーが現場に到着するなどして、江添さんは最大10人近くの警察官に取り囲まれてしまった。
「会社に行かなければならないから通してほしい」。江添さんがこう主張したにもかかわらず、警察官は「リュックの中身を見せなければ通さない」と一点張り。さらに、近くにあった人目につきにくい駐車場の奥に移動させられて、「君には受忍義務がある」「警察官職務執行法第2条にもとづいている」という説明を受けた。
●職務質問の理由は「あやしいと思ったから」
江添さんが職務質問の理由をたずねると、警察官から「あやしいと思ったから」「うつむいて下を向いて歩いていたから」「帽子を目深にかぶっていて顔が見えなかったから」などという返答があった。江添さんによると、帽子は日よけのためにかぶっていたという。
江添さんは「所持品検査に応じなければ、いつまでも解放してもらえない状態がつづく」と考え、リュックの上からなら触ってよいとした。警察官がリュックの上から触って、一つ一つ説明をもとめて、それについて答えたり、免許証を提示するなどのやりとりのあと、江添さんはようやく解放された。
声をかけられてから約1時間半以上が経っていた。リュックにはパソコン2台と付属品などが入っているだけだったという。
江添さんは「公務執行妨害をでっち上げられれば、口裏合わせで犯罪者にされてしまうのではないかと恐怖を感じた」と訴えている。江添さんの代理人をつとめる清水勉弁護士は会見で「今回の職務質問そのものが違法であり、職務質問に伴って許容される所持品検査も違法で許されない」と述べた。
(弁護士ドットコムニュース)
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