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全てがリセットされる街 鈴木涼美さんが語る歌舞伎町の魅力と危険

作家の鈴木涼美さん=東京都内で2023年7月26日、春増翔太撮影
作家の鈴木涼美さん=東京都内で2023年7月26日、春増翔太撮影

 東京・歌舞伎町を「居場所」にしてきた作家がいる。鈴木涼美さん(40)。かつてこの街のキャバクラに勤め、アダルトビデオ(AV)に出演していた経歴を持つ。元日経新聞記者でもある。

 性風俗店、ホストクラブ、そして路上売春。「商品化された性」があふれるこの街に、なぜ、どのように若い人たちは集うのか。そして、いつまで居続けるのか。

 素朴な疑問をぶつけると、鈴木さんは自身の体験を交えながら示唆に富む話をしてくれた。【春増翔太】

家柄も前科も

 鈴木さんは就職前と記者を辞めた後の計数年間、主な居場所が歌舞伎町だった。今も足を運び続けている。この街の魅力も怖さも、肌身で感じている。

 ◆社会にいると、いろんなものを見定められます。学歴や家柄、どんな会社に勤めているか。でも、歌舞伎町で求められるのは、働く側なら容姿や器量、客なら現金。シンプルです。

 だから、手持ちはないけど実はすごく資産家の子よりも、ボロボロの団地育ちだけど今日は現金20万円持っている子の方が「価値」がある。

 最初はゼロスタートで、みんな「せーの」で稼ぎ出す。実家が貧乏とか学歴が低い「持たざる者」にとってはフェアな場所です。「持つ者」でも、家柄など自分が持っているものが気に入らない場合、歌舞伎町は居心地の良い場所です。私もそっちに近い感じでした。

 プラスもマイナスもリセットされる街なんです。良い家柄も過去の傷も関係ない。学校で落ちこぼれたりAVに出演したりした過去、前科や国籍。それは歌舞伎町だと気にされないんです。

撮影

夜の歌舞伎町=東京都新宿区で2023年9月、春増翔太撮影
夜の歌舞伎町=東京都新宿区で2023年9月、春増翔太撮影

 「下には下がいる」と思える場所でもあります。容姿でも境遇でも、誰もがつい他人と自分を比べてしまいますよね。その時に「あ、自分はまだ大丈夫だ」と感じられる。あと、エロの世界は需要の幅が広い。太っていても痩せていても、毛が濃くても薄くても。どこかに自分に対するニーズを見つけられるんです。

掛けは「危険の一つ」

 ここから、話は「性を売る」ことに及ぶ。鈴木さんがかつて身を置いたのは、紛れもない「性の商品化」の現場だった。

 ◆売春をすること自体が弱みになり得るし、客に暴力を振るわれたり、力ずくでお金を奪われたりもします。そういう時、女性は無力です。大久保公園の周りにいる子たちに、守ってくれる存在はないでしょう。

 でも「危ない」というのは身体的な経験でしか学べない。何となく日常が回っていれば続いていくのです。規制でどうにかなるとは思えません。だからといって、働く女性側に危機管理の能力を求めるのは「詐欺はだまされる方が悪い」という理屈と同じですよね。

 ホストクラブの売り掛け(ツケ)システムも危険の一つです。キャバクラは「お金を持っている人が行く場所」ですが、ホストクラブは「お金を作っていく場所」。さらに、売り掛けシステムによって「行ってからお金を作る場所」にもなり得ます。

 お金を持っていない女の子にとって、その流れは大きなリスクをはらみます。悪いものが入り込む余地ができてしまう。20歳の女の子に数百万円の掛けを背負わせても、普通に払えるわけありません。

売春の「残酷な事実」

 ただ、「善か悪か」で捉えられがちな売春について、鈴木さんは単純な肯定も否定もしない。自身の体験に基づく感覚があるからだ。

 ◆売春をする女性については、社会の中に二つの見解があります。一つは「誰に強制されたわけでもなく、自らの意思で選んでやっている」と自由意思を強調する見方。もう一つは「本当は望んでいない選択を迫られた性搾取の被害者だ」という考え方です。私はどちらにもくみしません。

 どっちの考え方も現場にいた私たちについて語っていないと思ったんです。そもそも善悪の判断が先立つと、議論になりません。実際に働く女性がいる事実から話を始めないと。

撮影

鈴木涼美さんの著書「『AV女優』の社会学 増補新版」と「身体を売ったらサヨウナラ」
鈴木涼美さんの著書「『AV女優』の社会学 増補新版」と「身体を売ったらサヨウナラ」

 私自身は中学や高校の頃に全然モテなくて、女として評価されなかった。歌舞伎町に来たのは、それを求めたという理由があります。逸脱してみたいという願望もありました。

 でも一つ、体を売る女性にとって残酷な事実があります。

 正しいか正しくないかは別にして、女の「性的な商品価値」は年齢とともに減り続けます。これは精神的にきついことです。

 夜の仕事は資格や経歴がなくても若い時から高額を稼げるという面はありますが、「私、いま劣化品として扱われている?」と気付く瞬間が誰にでもあると思います。「これなら昼間の仕事の方がいい」と思う瞬間が。

 その時に外の世界を全く知らないと、閉鎖された空間で生きづらさが増していくだけになってしまいます。

 確かに、他の社会では受ける差別もリセットされ、フェアに扱われるのが歌舞伎町です。でも、それは閉じられた狭い世界でもある。ここでしか生きられなくなると、逃げられなくなる。ホストへの売り掛けに思い詰めたり、減っていく収入を気にしながらその日暮らしを続けたり。

外に逃げ場はある

 そうした状況は路上売春を続ける女性たちにも当てはまる。彼女たちに、鈴木さんはささやかなアドバイスを送る。

 ◆親が大学の学費を払っていてくれたので、私は歌舞伎町での生活に飽きたら大学という戻れる場所があった。恵まれていました。でも、夜の世界から抜けたいと思ったときに、他の選択肢がないとそのまま続けてしまいますよね。

 時間は誰でも同じスピードで流れてしまう。現状を変えようと思っていても1年なんてあっという間です。男性もそうですが、大久保公園の周りにいる子も、たぶん日々、その日に降っている雨を払いのけるように生きていると思います。生活や人間関係が一つの街の中で完結していると、日々が過ぎていくことに気付きにくいんです。

鈴木涼美さん=東京都内で2023年7月26日、春増翔太撮影
鈴木涼美さん=東京都内で2023年7月26日、春増翔太撮影

 歌舞伎町なんて狭い日本の、点みたいな地域です。そこから出れば、ホストクラブの掛けが残っていても、「そんなのホストが悪い」と言ってくれる人ばかりです。逃げ場はいくらでもあるし、歌舞伎町に一生行かなくても生きていけます。

 生活のために道に立つ子は、急にやめられないかもしれない。ホストクラブに行ってもいいと思う。でも、歌舞伎町が世界の全てにならないよう、一つでも歌舞伎町と関係のない人との接点や、外のコミュニティーに足場を持つことをお勧めします。

 家族、親族を頼れない環境の子もいるでしょう。学校でも趣味の教室でも何でもいい。外の世界に頼ったり戻ったりできる場所がない子のためには、最後のセーフティーネットになる居場所を社会が用意すべきだと思います。

すずき・すずみ

 作家、コラムニスト。著書に、修士論文をもとに学術書として書いた「『AV女優』の社会学」(青土社)、夜の街で働いていた自身の友人や恋人遍歴をざっくばらんに読ませる「身体を売ったらサヨウナラ」(幻冬舎)など。多くの著作に、体を売る女性、夜の世界を居場所にする女性の姿が描かれている。