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ケニアで見た「大量廃棄」の現実 鎌田安里紗がリポート

先進国から途上国へ輸出される大量の古着が問題視されている。ファッション産業の透明性を推進するファッションレボリューションジャパンのプロデューサーで、消費者への啓発活動に取り組む鎌田安里紗は8月、古着の行き着く先を見るためケニアを訪れた。「チェンジング・マーケット財団」の調査によれば、2021年はケニアに9億着以上の衣類が輸出されたという。現地の人々は、この現状をどう受け止めているのか。鎌田に8日間の滞在の様子をレポートしてもらった。

私は以前から、手放された服の先について関心がありました。チリやガーナ、ケニアなどで大量の古着が流れ付いて問題になっていることは、ニュースなどで知っていましたが、現地の様子を直接知りたいと思い、今回ケニアを訪れました。

ケニアの歴史を振り返ると、1960〜80年代にかけては政府が国内産業を守るため、古着の取引は禁止されていました。しかし、90年代に入り政府が貿易の自由化に重点を置いたため取引が解禁され、以降古着市場が拡大しました。現在は主に、ヨーロッパやアメリカ、中国の古着が売買されています。

満員電車のような活気に溢れる古着市場

現地ではまず、モンバサと呼ばれる港町に古着のベールが到着します。ベールとは、古着が圧縮された状態の塊のことです。大きなコンテナにベールがたくさん積まれ、ナイロビ市内へと運ばれます。そこで仲買人がベールを購入し、マーケットがあるギコンバいう場所で古着を販売します。

ギコンバのマーケットは、全貌が把握しきれないくらい広く活気に溢れていて、満員電車のような人の多さでした。ベールを広げ、そのまま販売できる古着は陳列され、それ以外のものはミシンが並ぶエリアでお直しされます。Tシャツやパンツをジャキジャキ切って、大人サイズを子供サイズに大胆にお直ししている様子も見かけました。子どもサイズの方がよく売れるのだそうです。現地の人から聞いた話によると、今まではベールの中の5、6割がそのまま売れる状態でしたが、今は2、3割になっているとのこと。

地面にはお直しの過程で出た端切れが1mほど積み重なっていて、歩くとふかふかして足元を見ていないと転びそうになるくらいでした。端切れの山の上でモップや雑巾を作って販売している人もいました。

マーケットに並んでいたのは、「ザラ(ZARA)」や「マンゴー(MANGO)」「フォーエバー21(FOREVER 21)」「ギャップ(GAP)」「バナナ・リパブリック(BANANA REPUBLIC)」「シーイン(SHEIN)」など。正規品かどうかは分かりませんが、「ナイキ(NIKE)」や「アディダス(ADIDAS)」などスポーツブランドも多く見かけました。いずれも最近の商品が多い印象でした。そのほかにも、穴が空いた靴下なども売られていてびっくりしました。日本では捨てられてしまうような衣類も、現地では想像以上に使い尽くされていました。

地平線まで広がるゴミ

ケニアでは、医療廃棄物などの一部のゴミを除いて焼却処理は行われません。ナイロビ市内のゴミは全てダンドラと呼ばれる場所に埋め立てられます。マーケットに積まれていた端切れも、定期的にトラックが回収してここに運ばれます。

ダンドラは、地平線までゴミが広がっていました。空気が乾燥しているため、いろんなところで何かが自然発火して異臭がしました。周りにはスラム街があります。ダンドラで働いている人たちは、金属など高く売れるものを見つけて売るなどして生計を立てているようです。古着は着られるものがあれば自分で着たり、マーケットに持っていたりもするようです。案内してくれた男性は、「コンバース」のスニーカーを履いたおしゃれな出立ちで、「服どこで買っているの?」と聞いたら、「ここで拾った。いいヤツあったんだよね」と話してくれました。

埋立地で見たゴミは、自分の普段の生活ゴミと変わりません。日本では、これらのゴミが効率よく処理されるすばらしい仕組みが構築されています。手放した先を考えなくて良いからこそ、新しいものを買ったり捨てたりすることがより気軽にできるんだろうなとも思いました。

国内産業がどのような影響を受けているのかも知りたかったので、国内の大手縫製工場や若手デザイナー、産業省のような行政機関などにも行きました。縫製工場の社長は、「以前は国内で販売するファッションアパレルをメインに作っていたが、今は新品の服が売れなくなった。自分たちはグローバル企業のユニホームの製作に切り替えて生き抜いている」と話し、ケニア軍の軍服に使用される迷彩柄の生地をたくさん見せてくれました。ビジネスとしては安定しているようですが、ケニア国内で独自のファッションブランドが育つことができない状況には、切ない気持ちになりました。

専門学校で出会った生徒たちは、ファッションが大好き。ケニアにも東京と同じようなファッションカルチャーは存在していますし、グローバルブランドに憧れている若者たちもたくさんいました。ただ国内でブランドを立ち上げても、安い古着が溢れているなか、ビジネスを成り立たせるのは難しいようです。ファッションや衣服が持つ力や喜びはケニアでも日本でも変わらずある一方で、今のままでは新しいクリエーションの芽吹きを潰してしまうかもしれません。

ケニアの光景は、自分たちのものづくりや生活と地続き

今回の訪問で強く思ったのは、服の最終地点に責任を持てない状況で生産を続けることの危険性です。古着が川に流れ込んでいる様子や、埋立地に積み上がっている様子は日本では、まず見ることがない光景でした。その多くはポリエステル繊維です。ポリエステル繊維そのものが悪だとは思いませんが、それらが川に流されマイクロプラスチックとなり、海を渡って日本に戻ってきうるということは、日本のようにオーガナイズされたゴミ処理システムがある場所に暮らしていると想像しにくい部分なのではないでしょうか。ケニアの光景は、自分たちのものづくりや生活と地続きです。

欧州でも日本でも「適量生産」についての議論が盛んですが、個人的には、売り切れた=適量生産、とも言い切れないと考えます。例えば、セールで大幅に値下げされた商品が“お得感”を動機に購入されたとして、長く愛される可能性は低いと言わざるを得ないでしょう。

事実として現地では、古着で雇用が生み出されています。しかし送った先に喜ばれるモノ以外は、ケニアよりもゴミ処理施設が整っている国内で収集・分別・再資源化した方が効率的です。いくら、現地でリユース・リペアにより少し寿命が伸ばされたとしても根本的な解決策にはなりません。本気で循環社会を目指すのであれば、アフリカで着古された服をどうするかまで考える、もしくは各国が国内で循環できる仕組みを作る必要があるのではないでしょうか。