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大成建設、「世田谷区役所」工事が2年遅延の波紋 株価も急落、建築工事で「負の連鎖」が発生か? 2023/08/29 5:00 梅咲 恵司 : 東洋経済 記者

今年2度目となる「大成建設ショック」。今年3月に公表された北海道札幌市の高層ビル建築工事のやり直しに続き、今度は世田谷区役所の建て替え・改修工事が2年近く遅延する見通しです。 スーパーゼネコンの大成建設にいったい何が起きているのでしょうか?

 

世田谷区役所の第一庁舎は1960年(昭和35年)竣工。近年は老朽化が目立っていた。奥に見えるのが建て替え中の区民会館(記者撮影)

「大成建設ショックがまた起きた」。中堅ゼネコンの幹部はこう語る。

スーパーゼネコンの大成建設は8月7日、今2024年3月期の第1四半期(2023年4~6月期)決算を発表した。売上高は3289億円(前年同期比0.2%減)、営業損失は80億円(前年同期実績60億円の黒字)と、赤字に転落した。これを受けて同社の株価は急落。8月7日の終値は4914円と、前営業日の8月4日の終値に対して469円も下落した。

「大成ショック」は今年に入って2度目だ。1度目は3月17日。株価の終値は前日比で360円下落、株価チャート上で「窓」を開けるほどの落ち込みとなった。大成建設はこの前日に、北海道札幌市で建築中の高層複合ビルにおいて、鉄骨の精度不良と発注者への虚偽申告を公表しており、これが株価下落の引き金になった。

ライバル業者が指摘する「あの案件」

「あの案件が原因だろうな」(スーパーゼネコンの幹部)。2度目となる今回の大成ショックの要因について、業界関係者の多くはすぐに感づいた。「あの案件」とは、世田谷区役所(東京都世田谷区)の建て替え工事のことだ。

老朽化が進行する世田谷区役所の第1庁舎、第2庁舎、第3庁舎、区民会館といった建物を3工期にわたって建て替え・改修する大規模工事で、2027年10月の完成を予定していた。ところが、施工を担っていた大成建設はすでに遅れが出ることを公表していた1期工事に加え、2期と3期工事も遅延することで、全体で2年近く遅れる可能性があることを7月に発表した。

 

工事遅延の理由は「検査工程の認識不足」「応札時の施工計画の見誤り」などとした。「想定の仕事量を実際にできる量よりも多く見積もっていた」と、大成建設の関係者はうなだれる。

大成建設の第1四半期末の工事損失は538億円と、前年同期末の478億円よりも膨らんでいる。大成建設の関係者は「世田谷区役所の工事遅延の影響はあるが、(赤字決算の要因は)それだけではない」と語っている。複数の建築工事で損失が発生したようだ。

大成建設は今通期業績について、売上高1兆7600億円(前期比7.1%増)、営業利益640億円(同16.9%増)の従来見通しを変更していない。だが、社内では第1四半期は少なくとも前年度と同水準の営業利益が出る想定だったと見られることから、通期計画が下振れる可能性は高い。

基本的な検査、作業工程での見誤りが原因

世田谷区役所の工事遅延の理由は、資材費高騰などの外部要因が直接的に影響したのではなく、基本的な工程での従業員の見誤りによるものだ。

大成建設は世田谷区役所の第1~3庁舎、区民会館などの建て替え・改修工事を行っている(記者撮影)

大成建設が7月14日に世田谷区に提出した工程遅延に関する報告書には、2・3期工事の遅延の理由が詳しく記述されている。

一部の解体工事を引っ越し作業と並行して行う計画だったが、安全性などを確かめるために、解体工事を引っ越し期間と重複させないようにしたこと(作業制限の認識不足)や、行政検査(消防検査・東京都の仮使用検査)の合格に想定よりも時間を要するようになったこと(検査工程の認識不足)などを要因として挙げている。

この報告書を受けて、世田谷区の保坂展人区長は「世田谷区本庁舎の機能が、約2年にわたって契約時より大幅に遅延することでの影響は計り知れません」とコメント。90万人以上もの住民が住む地域の区役所だけに、工事遅延の衝撃度は大きかった。

とはいえ、工事遅延の問題を起こしている大手ゼネコンは、大成建設に限った話ではない。例えば、スーパーゼネコンの清水建設は8月22日に、2023年6月末の竣工を予定していた超高層ビルの「田町タワー」(東京都港区)について、オフィスフロアの床の不具合で工事が遅延し、竣工が2023年9月末にずれ込むことを公表している。

世田谷区役所の工事遅延の背景として、気になるのは大成建設の社内体制が乱れているのではないかということだ。準大手ゼネコンの首脳は、「(特有の事情で)負の連鎖を招いているのではないか」と指摘する。

現在、大成建設は北海道札幌市の高層複合ビルの工事で不具合を起こしたことで、15階まで組み上げた鉄筋を解体して建て直す、前代未聞の「やり直し工事」に粛々と取り組んでいる。もちろん想定外の対応のため、当初計画以上に職人などの人手をとられることになる。

建設業界はもともと人手不足な深刻な状態だ。大成建設はそこに、札幌市での想定外の追加工事が発生した。「世田谷区役所の工事では工程を見誤った分を“人海戦術”で巻き返すつもりだったのが、職人などを十分に投入できないために大幅遅延に至ったのだろう」(準大手ゼネコンのベテラン社員)と見る関係者は少なくない。

ほかの工事に連鎖する危険性も高い

「建築工事は怖い。ひとつふたつ大きな問題を起こすと、それがほかの工事に波及する」。前出の準大手ゼネコンの首脳はこうささやく。

土木工事はダムやトンネルなど大がかりなものが多いが、工事にかかわる専門業者の領域は比較的少ない。対して、オフィスビルやマンションといった建築工事は、左官工事、電気工事、管工事、塗装工事など、多岐にわたる専門業者が連携している。「関わる専門業者の種類が、建築と土木では数十倍違う」(業界関係者)ともいわれる。

そのため、建築工事はひとつの案件で歯車が狂うと、設計図書や実施工程表、施工計画書などを書き換えるだけでなく、多岐にわたる職人も手配し直さなければならないため、ほかの工事に連鎖する危険性も高いというわけだ。

大成建設については、縦割り組織の弊害を指摘する声もある。

ゼネコン業界はもともと、昔ながらの古い体質で上下関係が厳しい会社が多い。その中でも、大成建設は特に上下関係に厳しく、その社風は「軍隊」と例えられることもある。「上がこける(上司が異動になる)と、下もこける(部下も異動させられる)」(準大手ゼネコンの幹部)。

組織の硬直性をさらに促したのが、現在、大成建設の名誉顧問を務める山内隆司氏との見方もある。

2007年から大成建設の社長、2015年から会長を務めた山内氏は、同社の経営が低迷していた時期に選別受注を徹底し、業績を立て直した立役者だ。業界団体の日本建設業連合会の会長や、日本経済団体連合会(経団連)の副会長も歴任した実力者である。

「デスノート」で社内が硬直状態に

山内氏は現場主義を徹底的に貫いた。その熾烈さに、音を上げる幹部も少なくなかったようだ。

「コスト管理にすごくシビア。社長や会長時代に全国の各支店をまわり(あるいはオンラインで面談)、幹部にヒアリングして、それを具体的な施策やエンゲージメント(約束)として、ノートにびっしりと書いていた。そのノートに書き込まれたことは、絶対に遂行しないとやばい。『デスノート』と恐れられていた」(大成建設の中堅社員)

大成建設で社長・会長を担った山内隆司氏。同社を再成長に導いた立役者だが、弊害も残したといわれる(撮影:今井康一)

この中堅社員は、「山内氏のこういった厳しい姿勢が、(社内硬直の)弊害を起こした側面もある」と認める。別の業界関係者も、「山内氏の社長・会長時代に、組織の硬直性が増して、社内の風通しが悪くなったのではないか」と話す。

組織が硬直し、社内の風通しが悪くなると、工事進捗などの情報の共有化が遅れ、ひいては問題が起きたときの対応が遅くなる。実際、世田谷区役所の工事については1期工事の遅れを今年5月に公表していながら、2期・3期工事の遅れはその2カ月後の発表だった。進捗遅れの背景に、縦割り組織の弊害が起きていないか検証が必要であろう。

大成建設は今後、適正な事業量の確保と生産体制の立て直しを急ぐ。

大成建設に限らず、ゼネコン業界は先行きを楽観視できる状況にない。建設経済研究所によると、2023年度の国内建設投資は71.7兆円(前年度比2.5%増)と、高い水準で推移している。

一方、2021年や2022年ごろの受注競争が激化した時期に獲得した採算の低い案件が、今期から来期にかけて、本格的に工事が進む。資材価格は受注時よりも跳ね上がっていることから、結果的に不採算の工事を抱えているゼネコンは決して少なくない。

準大手ゼネコンのベテラン社員は、「大成建設の赤字決算は、(業界全体が再下降する)始まりにすぎない」と見通す。大型工事の損失リスクが表面化してくるのは、これからかもしれない。