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『男はつらいよ』“寅さん”の「名言」に学ぶ「サラリーマンが100%自由に生きる方法」

立川志らく師と「寅さん」との“意外な出会い”

落語家・立川志らく師の新刊『決定版 寅さんの金言 現代に響く名言集』(ART NEX刊)のまえがきの記述を見て、驚きました。山田洋次監督も認める“寅さん博士”として知られる志らく師が、30代半ばごろまで「男はつらいよ」シリーズの熱心なファンではなかったというのです。

「私はよく『男はつらいよ』博士と言われるのだが、寅さんとの出会いはそんな昔ではない。映画を見始めた中・高・大学のころはもっぱらハリウッド映画中心。チャップリンからスタートして『ゴッドファーザー』に衝撃を受け、以降アル・パチーノ信者になり、やがて古いハリウッドの銀幕の虜になる。(中略)

談志が『男はつらいよ』をまったく観ていなかった影響があったのだろう。なかなか私のアンテナに引っかからなかったのだ。」(同書P.4)

寅さんに憧れ、寅さんになりたいと願うほど熱烈な寅さんファンを自認する志らく師でさえ、「男はつらいよ」を“発見”するまで、大きく回り道をしていたことになります。

かくいう私自身も、長きにわたり「男はつらいよ」の食わず嫌いでした。コッポラやスコセッシなど70年代アメリカン・ニューシネマで映画に目覚め、スピルバーグやルーカスの娯楽作品で育ち、ゴダールやトリュフォーのヌーヴェル・ヴァーグの時代をさかのぼり、欧米経由で黒澤明や小津安二郎といった日本人映画監督の作品に触れていた小生意気な映画カブレに言わせれば、盆と正月に決まって公開される大ヒット映画「男はつらいよ」シリーズへの関心は極めて薄いものでした。

日本の大衆的なヒット映画、しかも喜劇というだけで軽く見ていたのです。

令和にこそ響く「寅さんの金言」

それなりに人生経験を経て、人の心の痛みや哀しさも少しはわかるようになってからのほうが、喜劇映画シリーズ「男はつらいよ」は浸みます。

40〜50代なら自分の幸福より他人の幸福を願い奮闘努力する寅さんを心から応援したくなるはず。それより上の世代なら、少々年を取ってもひょうひょうと旅を続ける自由人=寅さんに、我が身を重ねてもみたくなるでしょう。つまり、「男はつらいよ」シリーズを見始めるなら、「思い立ったが吉日」。昭和カルチャーとして懐かしむほど、さび付いた作品ではないのです。

リアルタイム体験が希薄でも令和の現代こそ「男はつらいよ」を観る価値があるのではないか。
・むしろ、昭和・平成が遠くなった現代だからこそ、寅さんの名ゼリフが深く響くのではないか。
・もしも令和の現代に寅さんが存在するとしたら、いったいどのような言葉を発するのだろうか。

第1作から第48作までこうした仮説を検証したのが、本書『決定版 寅さんの金言 現代に響く名言集』です。言い得て妙、ユーモアとウィットにあふれる人生のエッセンスともいえる寅さんが発したセリフを作品ごとにピックアップ。昭和〜平成の名ゼリフが令和の現代にこそ響き「金言」としての価値を持つことを伝えています。

寅さんの「名ゼリフ」を一挙公開!

寅さんの名ゼリフといえば、「結構毛だらけ猫灰だらけ、お尻のまわりはクソだらけ」といった劇中で繰り返される啖呵売(巧みな話術で品物を売りさばく商売)の文句が有名です。いかにも寅さんらしい名調子ではあるのですが、本書で取り上げるのは寅さんの生き方がにじみ出た、じんわり心に響く、しみじみ味わいたくなる名ゼリフです。

たとえば、人生の真理をズバッと鮮やかに言い表したセリフがあります。そんな寅さんって、じつは哲学者なのかも!? と思わせます。いくつか紹介しましょう。

「ザマ見ろぃ。人間はね、理屈なんかじゃ動かねえんだよ。」
『男はつらいよ』1969(昭和44)年

人間はとかく理屈で考えたがる生き物なのですが、寅さんには理屈より大切なものがあります。「感情」で生きているのが寅さんだと志らく師は分析します。「人間は理屈じゃ動かない」というセリフには、寅さんの行動原則を一言で表現されているというわけです。

「人生についてよく考えろって。ぼけっとしている間に、あっという間に骸骨になっちゃうんだから人間は。」
『男はつらいよ 噂の寅次郎』1978(昭和53)年

恋多き男、寅さん。数多くの美女に一目惚れしては失恋を繰り返していますが、どんなに美女だって、死んだら骸骨。人間とは虚しいものだと語るセリフです。これは旅の途中で聞きかじった平安時代末期の説話集『今昔物語集』のエピソードからの寅さん流の引用。ちゃんと理解していないフリをしているけれど、寅さんは人間の真理をきちんとつかんでいると志らく師。真理に笑いをまぶすのは、江戸っ子特有の“照れ”なのだ、と。

「江戸っ子の了簡からすると、物事に一生懸命になること、必死になることはちょっと恥ずかしいことなのですね。格好悪いと感じる。それが江戸っ子の“照れ”なのですが、この照れが昇華して一つのスタイルになったのが“粋”です。寅さんがいつだって粋に見えるのは、もとをたどれば照れなのです。」(同書P.109より引用)

人を愛する、とは…?

「忘れるってのは、ほんとうにいいことだなぁ。」
『男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎』1981(昭和56)年

寅さんは忘れることの達人。何度失恋してもすぐに立ち直り、また新しい恋に夢中になれるのは、悲しい出来事をきれいに忘れることができるから。弟を失ったマドンナの悲しみを癒すために、こんなセリフをつぶやき、相手をそれとなく励ましてやるのでした。続けて、「泣きな、いくらでも気のすむまで泣いたらいいんだよ」と寅さん。このシーンを見たら、多くの女性は「寅さんって優しい人!」と感激するでしょう。寅さん、どおりでモテるわけです。

人を愛するとは? 恋とは、愛とは何なのか。恋愛の定義についても、寅さんはやすやすと答えてみせます。

「いいかい、恋なんてそんな生やさしいもんじゃないぞ。飯を食うときもウンコをするときも、もうその人のことで頭がいっぱいよ。」
『男はつらいよ 寅次郎夢枕』1972(昭和47)年

寅さんにとって恋愛とは、人生のほとんどすべて。寅さんから恋愛を取ってしまったら、何も残らないのかもしれません。そんな寅さんにしか言えない恋愛哲学が語られるシーンです。恋をしているときは、相手のことしか考えられない。飯を食っていても、ウンコをするときも片時も忘れない。恋とは、そんな生やさしいものではないのだと語ります。

寅さんは「犠牲愛」の人

「もうこの人のためだったら命なんかいらない、もう俺、死んじゃってもいい。そう思う。それが愛ってもんじゃないかい。」
『男はつらいよ 葛飾立志篇』1975(昭和50)年

これまで歴史に名を残す文豪、詩人、哲学者たちが愛の定義に取り組んできましたが、寅さんは思っていることをポーンと口に出しただけで、愛とは何か、見事に言葉にしてしまいました。劇中登場するインテリの大学教授も平伏するほど、見事な恋愛の定義です。このセリフを聞いた教授は、「君は僕の師だよ!」と感極まり、涙をこぼします。

こうした寅さんの恋愛観について志らく師は、

「寅さんのような恋愛感覚を持った人が、世の中にたくさんいたならば、現代のようにギスギスした世の中にはならないでしょう。寅さんは犠牲愛の人です。『この人を幸せにしてあげたい』という思いが根底にある。」(本書P.81)

と述べます。

つねに相手の幸せを思い行動するのが寅さんだというわけです。それとは逆に、自分のメリットしか考えられない現代人の多いこと。たとえば、ストーカー行為。自分の思いだけを暴走させ、相手の迷惑や恐怖を考えないから平気でそれができる。寅さんの爪の垢を煎じて飲んでおけ、と言いたいものです。

「なるようになるさ」と風のように

「男はつらいよ」シリーズ全作品を見直して改めて感じるのは、寅さんとは「風のような生き方」を貫いた人だったということです。自分の生き方を空に浮かぶ雲や風になぞらえた名セリフが、いくつも登場します。

「ほら見な、あんな雲になりてぇんだよ。」
『男はつらいよ 柴又慕情』1972(昭和47)年

「風の吹くまま気の向くまま、好きなところへ旅してんのよ。まあ、銭になんねえのは玉にきずだけどな。」
『男はつらいよ旅と女と寅次郎』1983(昭和58)年

「困ったことがあったらな、風に向かって俺の名前を呼べ。」
『男はつらいよ 寅次郎の休日』1990(平成2)年

「寂しさなんてのはなぁ、歩いてるうちに風が吹き飛ばしてくれらぁ。」
『男はつらいよ 寅次郎の告白』1991(平成3)年

「俺はね、風にはこう逆らわないようにしてるんだよ。風に当たると疲れちゃうから。」
『男はつらいよ 拝啓車寅次郎様』1994(平成6)年

風の吹くまま気の向くままのフーテン暮らし。年がら年中旅暮らしを続ける風来坊の寅さん。寅さんの生き方の根底にあるのは、「ケセラセラ(Que Sera, Sera)」、つまり「なるようになるさ」なのだと志らく師は語ります。

「きちんと社会生活を送って生きている人ほど、自由への憧れの気持ちが強いものです。思い切りハメを外してみたい欲求もあります。普段はそんな気持ちにフタをして暮らしていても、風のように自由な人物に出会うと、『私も本当はこんなふうに生きたい』『この人と恋をして、どこかに行ってしまいたい』という気持ちになるのです。だから寅さんは多くの女性の心をとらえて離さないのですね。」(同書P.216)

人生の「最高のガイドブック」

現代人が寅さんの名セリフに共感を覚えるのは、風のように生きる自由人=寅さんへの憧れからではないか。志らく師は、このように寅さんの魅力を分解してみせているのです。

「私の師匠・立川談志にも有名なフレーズ『人生、成り行き』というのがあって、談志の半生を描くドラマのタイトルにもなりました。世間では波瀾万丈ではちゃめちゃな生き方で知られた談志が遺した人生訓のような言葉です。風に逆らわず成り行きで生きていく。寅さんや談志の生き方に、私も影響を受けています。」(同書P.216)

 

“サラリーマン人生”という長い旅の途上にある読者の皆さんにとって、寅さんの「風のような生き方」は、どのように映るでしょうか。仕事盛りの40〜50代、組織を離れて生きるようになる60代。それぞれの年代で笑える場面、泣けるシーンが変わってくるのが「男はつらいよ」シリーズを長く見続ける楽しみでもあります。『決定版 寅さんの金言 現代に響く名言集』は、お気に入りの一本に出逢うための最高のガイドブックとなるでしょう。

立川志らく

1963年、東京生まれ。1985年、立川談志に入門。1995年、真打昇進。落語家、映画監督(日本映画監督協会所属)、映画評論家、エッセイスト、昭和歌謡曲博士、劇団主宰と幅広く活動している。山田洋次監督との親交も深く、監督も認めるほどの「寅さん博士」。 

㊗#寅さん サミット2023開催㊗
11/3(金・祝)、11/4(土)@葛飾柴又

まだまだ残暑が厳しい毎日ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか?☀️

今年も #寅さんサミット を開催!🎉
秋のサミットを楽しみに夏を乗り切りましょう🙌

年に一度の”寅さん祭り”
続報をお楽しみに!

https://www.cinemaclassics.jp/tora-san/news/2170/

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