
先輩の口走った言葉はこうでした。
「ぶん殴ったほうが忘れても、 殴られたほうは忘れてないぞ」
その言葉が、悩む野村選手にとっては、 どうしても頭の中で通過させるわけにいかず、 何か心に突き刺さるのでした。
ぐるぐる思いを巡らせるうちに、さすがは野村選手です。
はっと思い当たりました。
つまり、ヒットを打ったバッターはその打席について忘れても、 打たれたピッチャーは苦い記憶を忘れない。
「よし、次こそやり返す」と策を練っているということです。
それまで「なぜ打てなかったのか」 と自分ばかりを見ていました。
しかし、この言葉でストンと腹に落ちたのです。
そうか、相手(ピッチャー)の視点に立って考えてみようと。
スタッフに頼んで、相手投手が自分に投げた球種とコースの すべての記録を出してもらいました。
そして、それを12種類あるボールカウント別に分析してみました。
たとえば、 「1ボール2ストライクの場面では、 どんな球をどこへ投げてくる確率が高いのか?」 といった具合に。
すると、野村選手、投手のクセや傾向が見えてきたといいます。
「ノーストライク2ボールのカウントの時は、 インコースの球は100%来ない」 といったことまでわかるのだから、相当に驚いたそうです。
傾向が分かれば、攻め方も変わる。
これが後に名付けられた「野村ID野球」の始まりでした。
要するに、ただ「頑張れ、頑張れ」という精神論の努力から、 データを踏まえた努力へと、努力の方向を変えたということです。
「才能には限界があっても、 頭脳には限界がないということが分かり、 野球ががぜん楽しくなりました」 と野村さんは述懐しています。
僕ら普通の人間に対しても、野村さんはこうメッセージを送っています。
「皆さんもスランプや努力が実らない焦りを体験することがあるでしょう。 そんな時は、チャンスの種が芽吹いている時かもしれません。 まずは、視野や考え方を少し変えてみる、 そこから新しい景色が見えてくるかもしれません」

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