
「普通に学校に行って、勉強もして、アルバイトもして、友達ともつながって…普通に生活してほしかった」
しかし、その願いはかなわなかった。
大学に入学してわずか2か月、息子は交通事故で死亡した。
一緒に車に乗っていたのは『闇バイト』で集まった窃盗事件のメンバーだった。
おとなしかった息子はなぜ、犯罪に手を染めることになってしまったのか。
父親への取材を通して見えてきたのは、親でも知らない息子の姿だった。
(大津放送局 記者 丸茂寛太)
突然の電話
昼すぎ、突然、自宅の電話が鳴った。
「息子さんが事故にあって亡くなりました」
電話の相手は警察官だった。
「間違いであってほしい」
そう思いながら、指示された滋賀県内の警察署に妻とともに向かう。
身元確認のために遺体を見せられる。
「違う、息子じゃない」
安心したのもつかの間、もう1人確認するよう求められた。
そこにいたのは、息子だった。

軽自動車に乗っていた5人のうち、息子を含む2人が死亡し3人が重軽傷を負っ

なぜ事故に巻き込まれたのか、どこに行こうとしていたのか。
思い当たることは何もなく、頭の中は混乱していた。
息子の部屋にはSIMカード
そこで目にしたのは、大量のSIMカードや女性用の時計、それにサングラスなど。どれも息子と結び付かないものばかりだった。

「そのままにしておいてほしい、事件性があるかもしれない」

「軽自動車の車内から金庫が見つかった。名古屋市内の住宅で盗まれものだと分かった」
刑事からそう告げられた。
息子もこの窃盗事件に関わっていたという。

息子は交通事故の被害者であると同時に、窃盗事件の加害者でもあったのだ。
一方、渡していた生活費はほとんど手付かずのまま残されていた。
“普通の大学生活を送っている”と思っていた息子は、なぜ事件に加担し、そのあげくに死んだのか。
息子は“ニシダ”と呼ばれていた
真実を知りたいと、妻とともに通った。
事件は『闇バイト』によるものだったと明らかにされていった。

▼互いの素性は知らず、テレグラムのアカウントの名の「クイーン」や「キャット」などと呼び合っていた。
▼息子は「ニシダ」と呼ばれていた。偽名だった。
▼5人は大阪で集まってから名古屋で犯行に及び、その帰路に事故に遭った。
▼息子は盗みに入ろうとねらった家のインターホンを押して、住民の不在を確認する役割だった。
▼同乗者に携帯電話のSIMカードを取り上げられ「返してほしければ窓ガラスを割ってこい」と命じられていた。
▼金庫を盗んだ現場から逃走する際、置き去りにされそうになっていた。
「(息子は)名古屋に向かっている道中等でも、ずっともう本当に帰らせてくださいよ等と言って、時には涙を流していました」
「同乗者は、盗みをする時等に(息子に対し)はよ行けや等と言っていました。別の同乗者は(息子)から携帯電話機を取り上げて勝手にラインを送ったりして遊んだりしていました」
「(息子は)まだパニック状態なのか車に乗ろうとせず、家の前に立ち尽くしていました。すると、同乗者があいつもういいやん等と言い出し車を発進させたのです。私は、さすがに放っていくのはやばいやろう(息子が)捕まったら俺らも捕まってしまうやろうと思い、とても焦ったのを覚えています」

自分が知る息子の姿とまったく結び付かない『闇バイト』
裁判のあとも答えを探し続けた。
親子関係は良好だったが…

数学が得意で、高校卒業後は大学の理系の学部に進学。
思春期を迎えても私と2人で旅行に出かけていた。
大学進学で1人暮らしを始めたあとも「その日何を食べたのか」など、LINEでたあいもないやりとりをしていて、関係は良好だった。
大学入学から1か月、5月の大型連休で帰省した息子は金髪になっていた。

息子が金髪になった本当の理由
事故後、息子が住んでいた部屋には黒地に金色の文字が印刷された名刺が残されていた。
妻が書かれていた番号に電話すると、そこはホストクラブだった。

「荷物をもって今日から出てきたみたいな形で、第一印象おどおどした感じの子だったなと思います。髪色以外はホストっぽくはなかったです。当時、僕も新人だったので一緒に頑張っていこうみたいな話をしました」
息子はホストの寮から授業に参加していた。
それだけではない。
息子は高校時代から動画投稿を始めていて、ホストへの憧れなどを語っていた。

「人気になりたい。有名になりたい。とにかく登録者を稼ぎたい」

スマホの検索履歴には“闇バイト”
事故後に見つけた息子のスマートフォンの検索履歴には、“闇バイト”の文字があった。
さらに、息子が写真を保存していたクラウドには、「テレグラム」のやり取りを記録したスクリーンショットが残っていた。

相手には、念を押すように何度も“働く期間は5月末まで”と送っていた。

息子のスマートフォンは警察に提出したが、何のやり取りだったのかはいまも判然としていない。
翌日の早朝、軽自動車が大型トラックに追突されたとき、息子は座席ではなくトランクに乗せられていた。そして車外へ放り出され死んだ。
なぜ闇バイトに加担したのか、なぜそんな死に方をしなければならなかったのか。
理由は最後まで分からなかった。

「明日予定なければランチしますか?」
LINEのメッセージは、今も未読のままだ。
「何の感情もわいてきません」
NHKの取材に対して同乗者の1人から送られてきた手紙からは、闇バイトで集まったメンバーの関係の希薄さがうかがえる。

その手軽さと裏腹にある危険性を忘れないでほしいと、父親は訴える。

「SNSで知らない人から勧誘があったり、それでついていったりして、もう引き返せなくなってしまう。トカゲの尻尾切りみたいな形でどんどん切り捨てられる。甘い言葉にのることなく、一人ひとりがしっかりと善悪の判断をしなければならない」

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