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「普通の人」にまで広がりつつある空き缶拾い、月10万円を稼ぐ63歳の言い分 【令和版おじさんの副業】アルミ缶の回収と転売

「あれ、こんなところでおじさんが働いてる......」

 近年、非正規労働の現場で、しばしば「おじさん」を見かける。しかも、いわゆるホワイトカラーの会社員が、派遣やアルバイトをしているケースが目につくのだ。45歳定年制、ジョブ型雇用、そしてコロナ。人生100年時代、中高年男性を取り巻く雇用状況が厳しさを増す中、副業を始めるおじさんたちの、逞しくもどこか哀愁漂う姿をリポートする。

(若月 澪子:フリーライター)

 ウクライナ戦争などの影響で、アルミ製品の高騰が続いている。

 金属リサイクル業者のアルミの買取価格は、2020年まで1キロ当たり30〜50円程度だった。それがこの2年で180円前後まで高騰している。

 先日もアルミ製の門を一般住宅から強奪し、金属リサイクル業者に売却した埼玉の20代の若者数名が検挙されたというニュースがあった。

 アルミと言えば、資源ごみ回収の日にホームレスが集積所からアルミの空き缶を持ち去る姿を見かける。ホームレスのおじさんが空き缶でパンパンに膨らんだ大袋を自転車やリヤカーに積み込んで移動している姿を見ると、かなり切ない気持ちになる。ゴミ捨ての日に、ホームレスのおじさんに空き缶を渡したことも何度かある。

 ホームレスは、この空き缶回収で得るわずかな日銭で暮らす人が多い。しかしアルミ価格高騰の影響で、このホームレスの「シノギ」に、一般人が参入しているという。

 アルミ缶回収で2年前から収入を得ている大阪府在住のGさん(63)もその一人だ。

「アルミ缶集めは環境整備クリーン活動!アルミをリサイクルすることは、海外からの輸送で発生するCO2を抑制するから、地球規模での温暖化防止と環境保全に役立っているよ」

 終始、テンションの高いGさん。アウトドア系のウィンドブレーカーにカーゴパンツ、ナイキのキャップ帽をかぶる姿は、どこにでもいる普通のおじさんだ。

ホームレスを追い出すため「空き缶パトロール」

 Gさんの「環境クリーン活動」は、道端のゴミを拾い歩いているのではない。ゴミ集積所や自動販売機のゴミ箱から、勝手に空き缶を失敬している。やっていることはホームレスと変わらない。

「春は気まぐれなお天気がいやだね。雨が降ったり止んだりする日は困るよ」

 Gさんは工場などの日雇いバイトをしながら、この空き缶の回収を「本業」にしているという。

 そもそもGさんが空き缶回収を始めたきっかけは、「ホームレスを遠ざけるため」だった。

「自治体の空き缶回収日の早朝に、ホームレスのおいちゃんたちが空き缶集めに近所をウロつくのが目ざわりだった。そこで集積所の空き缶を一時的に自宅の車庫(車はない)に保管して、ゴミ収集車が来たらすぐに手渡していたの」

 集積所の空き缶を勝手に預かっていいのか……と思ったが、そこは一旦置いておこう。収集車の時間が不規則なため、次第にゴミの手渡しができなくなり、Gさんの車庫には空き缶が溜まっていった。

「仕方がないから、自分で金属リサイクル業者に転売することにしたの。そしたら結構いい値で売れることがわかって」

 Gさんが空き缶回収を始めた2021年初頭は、アルミの買取価格が1kg当たり100円を越えた頃だ。最高値をつけた2022年の春には1kg200円を更新している。

「アルミ缶は1円弱の現金が路上に放置されているようなもの。持ち込めば即日現金が手に入る。こんな仕事は他にないよ」

 Gさんは近所のゴミ集積所だけでなく、自宅から半径5〜7km以内を毎晩「パトロール」する。Gさんのこだわりは「ホームレスとの差別化」だ。

「ホームレスのおいちゃんは透明な袋で空き缶を集めているけれど、僕は白い袋だから、中身が見えないのでオシャレでしょ」

「ホームレスは日中に集めるからものすごくジャマ。空き缶を潰す音もうるさいし、みんなにメイワクをかけているけれど、僕は夜にやっているし、住宅のそばではやらないようにしている」

 違いを強調するGさん。端から見ると同じように見えても、当人からすれば大切な線引きなのだろう。

空き缶拾いの恐るべきライバル

 空き缶収集は簡単なようで、意外と難しい。

 筆者も空き缶を収集してみようと都内各所をウロついてみたが、今の日本に空き缶は驚くほど落ちていない。空き缶を集めるなら、ゴミ集積所や販売機のゴミ箱から強奪するほかないのだ。

「何曜日の何時頃にどの町内のどこに行けば空き缶があるか、野生のカンみたいなのが働くんだよ。鷹や鷲が高いところから獲物を狙うような感じかな」

 空き缶は早いもの勝ち。しかも、いつ誰が空き缶を捨てるかは予測が難しい。ライバルはホームレスのほかに、30〜80代までの男女だという。

 Gさんは夕食を終えた20時頃から回収を開始する。時には夜明け前まで自転車で回り、空き缶を集めまくる。

 350ml缶の重さは15g。1kgのアルミを集めるには70個の空き缶が必要だ。自転車の荷台に籠を載せ、さらに前の籠とハンドルにも袋をくくりつけて運ぶ。不安定だが、最大60kgまでは積み込めるそうだ。

 30kgの空き缶を収集するのにおよそ3〜4時間、長い時には7〜8時間くらいかかることもあるという。

 回収したら今度は夜の公園で、缶にねじ込まれた煙草の吸殻やティッシュを除去する。これは決して気持ちのいい仕事ではない。

「僕はこう見えて潔癖症。人が口をつけたものを触るから、1日に何度も手洗いをする。そのせいで手の油分が奪われて、あかぎれがひどくなり痛くてしょうがない。軍手は作業しづらいからはめていない」

 空き缶はハンマーで叩いてぺちゃんこにし、日中に金属リサイクル業者まで運ぶ。

 

アルミ缶回収は時給換算でいくらか?

 アルミは高騰しているとはいえ、1kg当たりの買取価格が180円なら高いほうだ。

 都内の金属リサイクル業者にいくつか問い合わせてみたところ、買取価格はかなりバラつきがある。平均すると1kg当たり80〜100円くらいが多く、中には30円というところもあった。

 

「買取価格は変動するし、リサイクル業者によってもまちまちだから、よく調べないとダメだよ」

 Gさんは今、1kg当たり150円以上の価格でなければ売らないという。

 1kg150円として、3時間で30kg集められるなら、缶を掃除したり潰したりする時間も入れると時給1000円前後といったところか。

 それなら東京都の最低賃金1072円、大阪府の1023円(2023年5月現在)とほとんど差はない。空き缶回収をする人が増えているのもうなずける。

「空き缶回収で、月に10万円弱は稼げるよ」

 ただ誰もがやりたくなる仕事ではないだろう。

空き缶回収業のプライド

 Gさんにもサラリーマン時代があった。大学を出てから新卒で勤めた会社は、輸出商社だったという。

「家電メーカーの輸出部門から独立した子会社だった。当時は日本製品が一人勝ちしていた頃だったから、会社も儲かっていた。でもパワハラ・セクハラは当たり前の封建的な社風で、それが合わなくて辞めちゃった」

 その後はベビーカーの製造をやっていた実家の工場を継いだが、少子化でその商売も畳んだ。結婚は一度もしていない。今は80代の母と二人暮らし。現在の収入は空き缶回収と工場などの日雇いバイト、さらに趣味の釣り道具を売却するなどして月15万円程度だという。

 年金は「どうせもらえないから払っていない」とのこと。持ち家なので住居費はかからないが、貯金はまるでないそうだ。

「空き缶回収を始めた頃は、格好悪さと恥ずかしさでいっぱいだった。これまで経験した仕事でこんな思いをしたことはなかった。だから人通りの多い日中にはやらない」

 Gさんにこの仕事のいいところを聞いた。

「自由なところだよ。地区ごとの空き缶回収日を狙う以外は、自分の勝手で動ける。拘束されないからいいよ」

 今後に不安はないのか。

「今心配なのはアルミ価格の暴落。1kg当たり90円以下になるとキツイね。あとは自転車のパンク。タイヤ交換が必要になるとちょっとした出費になるから。空き缶回収は死ぬまで続けていくつもりだよ」

 理想の老後を聞いたところ、宝くじか競馬で一発当てられたらとのことだった。

 自由さと「環境保全」という使命感、そしてアルミニウムの価格高騰がGさんの「仕事」を支えている。

「これから夏になるから、炭酸水やビール飲む人が増えて、空き缶の数も増えるよ。今夜は晴れ!回収には適しているね」

 しきりに天気を気にしながら、Gさんは元気よく去っていった。

 江戸時代の経済小説、井原西鶴の『日本永代蔵』に、貧しい母と息子がゴミを拾い集めて巨額の財を築く話が出てくる。資源の少ない日本では、リサイクルは古くから続く生活の知恵でもある。

 庶民がゴミをお金に変えるのは、日本が貧しくなったと嘆くべきか。それとも地球規模の環境保全に貢献していると喜ぶべきか……。