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【2016 夏祭りの的屋の爺さんの話 (金魚すくい編)】

ヤクザというのは一説によると893。花札のおいちょかぶでいうカス札からくると言われます。本来は世の中で役に立たないやつ。ろくでなしをさす言葉がヤクザ者です。現在暴力団に指定されている団体は、もともとは博徒や的屋、土方・船方などの人足場の親方たちが作り上げた組織です。親兄弟に捨てられ、ムラ社会から追い出されたヤクザ者を雇い、働かせることで一種の社会貢献をするのが本来の役割でした。
またそれぞれの組織には縄張りがあり、縄張り内には外部のヤクザは入れません。だから治安維持にも一役かっていたのです。江戸時代の十手持ちはヤクザの親分でしたし、暴れん坊将軍に出てきた町火消し「め組」も、とび職なのでヤクザ者集団と言えます。幕末の清水一家なんかは有名なヤクザですね。しかし戦後、縄張り争いや跡目争い等が勃発し、組同士がくっつき協力し合おうという動きがおきて、いくつかの勢力にまとまっていきました。またその過程で人命が失われたり、一般人が巻き込まれたりという事案が起こって、警察の取締りが厳しくなっていったのです。指定暴力団というのは、そういう流れから生まれた言葉です。一方、暴力団に指定されないやくざ者の組織もあります。博打が禁止されたので博徒はさすがにいなくなりましたが、的屋や人足場の親方達の中には会社や組合を組織して現在も職業として生活しています。建設業の会社で「〇〇組」などと名乗るのは人足場の名残と言えます。
的屋は、露天商組合を組織する場合が多いですが、やはり的屋の親分という人がいてその人が露天商を采配しています。と言っても、指定暴力団とのつながりが全く無いとは限りません。組合自体が暴力団の下部組織であったり、構成員の収入源として的屋や建設業に携わるということが多いのも事実です。一般人には分かりにくいグレーゾーンでした。警察では指定暴力団の構成員かどうかということを判断基準にしているようです。暴力団対策の法律が変わり、暴力団の露天商営業が禁止されました。暴力団構成員は的屋ができません。的屋の人たちは、本来の意味でのヤクザ者ではあるけれど暴力団の構成員ではないと言えます。簡単に言うと「ビミョー」な人たちですね。まっ。893・的屋の、うんちくは、これぐらいにして、本題に入ります。

 85歳になるかな?金魚すくいの爺さん。現役だけど、「ちゅうき」がひどく、金魚すくいのやり方を子供に教えてくれるのはありがたいのですが、手の震えが尋常じゃなく、持った網とボールで水面を、ばしゃばしゃするから見ているお客も「志村けんみたい」と、そこかしこから笑い声が聞こえます。しかし本人は笑いをとるつもりなど、みじんも無いので一生懸命やるから、逆に真剣な顔が面白いのでついつい周りは笑顔になります。そうこうしているうちに客が店の前にいっぱいになりました。楽しいパフォーマンスが見れました。ありがとう親父。いつまでも長生きしてよ。ご祝儀で少し包んで渡したら「何回ですか?」だって。まだまだ元気だね(笑)

夜もふけて店じまいの時間「金魚持ってきな!」と、爺さん。すくえない子供達にくばってました。震えるちゅうきの手でビニール袋に3匹つづ。中々入れられず大変です。「親父、手伝うよ」と言うと「ありがとよ。でも俺の仕事だから。遊びじゃねえからよ」と言って額に汗して、笑われながら、それでも笑顔でやっている親父を見たら、普通は、寂しくなる祭りの後に、今年は、もらった金魚を見て笑顔で帰りました。

「俺も、まだまだだな。負けないぞ!!」と思いやっぱり少し泣けました。

Apex product 代表 柳伸雄