【 酒井 商店 】

■ リサイクルのプロ集団!!

【ご挨拶】

平素は、弊社に格別のご高配を賜り、

深謝申し上げます。

この度は、当社の

ホームページへに足を運んで頂き、

誠にありがとうございます。

当社は、豊富な経験と実績に

裏打ちされたプロスタッフが

お客様のニーズに120%

お応え致します。

近年は地球温暖化防止、CO2削減対策

の点から金属スクラップの役割が一層重要

となって来ました。当社は地球の

環境保全とこれまで培ってきた

我が国の貴重な資源である

金属スクラップリサイクルのノウハウを通して

地球社会の発展と循環型社会の

推進に貢献して行きたいと

考えております。なにより

未来の子供たちの為に

今出来る事を、

全力で実行致します。


- 酒井商店 代表 酒井新 -

【営業案内】

産業廃棄物処理業

●再資源化事業 (古紙回収)

●一般土木工事

●金属屑 全般

鉄・非鉄(アルミ・ステン銅・真鍮・

雑品くず)

スクラップ買入・販売

千葉県公安委員会許可 第101号(居商)

第111号(行商)

●古物商

中古トラック・建設重機・農機具 等

販売・買取

千葉県公安委員会許可

第441100001773号

●NPO・ボランティァ活動

 ※【NPO】(エヌ・ピー・オー)とは、英語の

Non-Profit-Organizationの略で

民間の非営利団体という意味です。

総合解体工事業

解体工事施工技士  1名 (第94130209号)

 インターネット通信販売事業

 ●PB商品 企画・作成・販売

 ※PB プライベートブランド(private brand)とは、小売店・卸売業者が企画し 独自のブランド(商標)で販売する商品です。日本語では

[自主企画商品]と和訳されます。

 

未来のために、皆の為に、皆の力でより良い地域社会をつくりましょう!!

価値観が多様化する現代では、地域や社会が、抱えている課題について、行政や企業だけでは、対応が難しいことがあります。子育て支援や介護、環境保全、地域の安全など様々な地域の課題を解決するためには、県民、NPO、企業、行政など地域の様々な団体が、連携・協力して取り組みが、より大きな地域の力を産み、豊かな地域社会づくりにつながるのです。

あなたも恥ずかしがらず始めてみませんか?

あなたのまわりには、きっと色々な人がいます。陰口ばかりで、自分では何も出来ないくせに、ボランティア活動を否定する。多いでしょうね。でも、当社はそんな人でも仲間にして動き出します。何故なら、世界中の人たちを幸せにしたいから。

まず身近な事から助けてあげましょう

(助け合いの心)

■助け合って暮らせるまちにしたい!

■綺麗な川や沼、海を取り戻したい!

■地域の子供たちの安全を見守りたい!

■不登校の子供たちの為に居場所をつくりたい!

■ハンディのある人たちの働く場所をつくりたい!

■整備が行き届かない里山を間伐作業などで再生したい!

■地域のひとり暮らしのお年寄りにお弁当を届けたい!

■市民から寄付を集めてアジアの子供たちのために、学校施設の支援をしたい!

 一度は、誰しも考えた事がありますよね。現実は、仕事に追われ生活するのが精一杯。こっちが助けてほしい。分かります。だからこそ自分の為に動くのです。今、失われようとしているコミュニケーション能力が自然につきます。毎日が楽しくなり生きがいが生まれ仕事も順調になるでしょう。まずは一歩踏み出してやってみましょう。


- 酒井商店 代表 酒井新 -

【東北復興支援】 project

【 復興への決意分!! 】

2011 年3月11日。
東日本大地震により、 被害を受けられた皆様に心よりお見舞いを申し上げます。 犠牲になられた方々はもとより、御家族や御親族、関係者の皆様にお悔やみ申し上げます。 被災地にて、日夜を問わずに捜索活動やがれき撤去、片付け作業、炊き出し等に全力で 当たっている全ての関係者の方々には無限大の敬意を表しす。 震災当日、何事もなく平和で穏やかだった土地が未曾有の大災害に見舞われて、一瞬にして180度変わり果てたのを見て、 私は、絶望の淵に立たされました。 

大地震で混乱し、津波が迫り狂う中、アナウンスを続けた役場職員の方、鐘を鳴らし続けて避難を呼びかけた消防団の方々、懸命に巡回を続けたお巡りさん、生徒を避難させていた先生方々・・・・・・ 

会社や従業員の安否を確認しに戻ったオーナーの方々・・・・・・ 

我が子を迎えに行ったお母さん、仕事中のお父さん、海にいたおじいちゃん、避難途中のおばあちゃん・・・・・・・

思いは十人十色で、色々だったと思いますが、全ての人たちは大事な人や物を心配し、思いながら亡くなっていったと思います。また、震災後、全力で捜査し過労死された警察官や自衛隊員、報道されていない民間人の方々を含めて、そう思うと同じ人間として、職務を全うしょうとした姿勢を誇りに思い、複雑で、衝撃で、悲しみでいっぱいです。

日本の基礎とも言える、「衣・食・住」の多くも東北地方に支えられて来ました。四季折々が生み出す豊かな漁業や農業、酪農、世界に誇る工業製品の数々、安心して住める自宅の建築資材など、数え切れない程の工場があり、無数の商品が生産、製造されてました。我が社も回収した古紙や金属くずの多くも東北の海岸エリアの工場にて製紙、精錬され、教科書や梱包材、自動車部品や電機機器などに加工されてました。産業廃棄物の多くも首都圏では最終処分がひっ迫しており、適正に中間処理、分別をされ、東北の処分場に運ばれ、処理されていました。日本の縁の下の力持ちの東北地方が壊滅的被害を受けたと言う事は、これからの日本の未来に関わることであり、存続にも関わる事ではないでしょうか?    すでに日本中に影響が出始めていると私は思います。東北を元気に。東北が復興することが、日本が元気になる事では?ないでしょうか? 私は思います。東北は第二のふるさとでもあり、東北があったからこそ、私達も生きてこれたと考えます。我が社は全力を挙げて、小さな事をひとつずつ従業員が一丸となって復興に立ち向かいます。ただ、口に出して言う事は容易い事と思い、従業員全員で話し合いました。なぜなら、この先、復興までの道のりは長いものであり、私達が行き詰まっては意味がなく、一筋縄では行かないと判断したからです。「全力を挙げて、小さな事をひとつずつ・・・」と言っても、我が社の様な零細企業では、まとまった金銭の寄付や必要な物資の提供には無理があります。何が出来るのか?、はたしてこれでいいのか?と案は出ても、自問自答してしまいました。    しかし、「小さな事をひとつずつ」と言う通りに、我が社でお客様から排出されて回収し、売却している古紙や金属くずの売上金の一部を寄付する。それは我が社だけではなく、お客様からの善意でもあります。今現在、回収先のお客様の中には、他業者を断り、頼んで来て下さる方や他業者との取引をしているのにも関わらず除けて 置いて下さるお客様もいらっしゃいます。私達に対するお客様の心意気を、被災者の方々にも届けたいと思いました。我が社も確かに企業であり、私も経営者です。震災後、色々と値上がり、消費も低迷し、資源の発生も少なく、単価も下がりました。苦しいのは事実です。余裕がある訳ではありません。ただ、同じ日本人として、人として、心を持つ者として、どんなに苦しくても、今まで、お世話になった、東北の方々に思いを込めて、わずかな、小さな事でも、復興しうるその日まで、私が潰れない限り微力ながらも支援をさせて頂きます。日本人として、零細企業のオヤジとして、そして、これからの日本を担う一員として。決意します。  


 - 酒井商店 代表 酒井新 -

【俺たちは、トラック運転手!!】

幼い時からトラック野郎に憧れ、免許を取ると同時にわっぱを握って来た。あれから、かれこれ十数年。関東一円をはじめ、関西、東北、どこへでも、お客さんの要望によっては昼夜関係なく、頼まれた物を頼まれた場所へ、決まった時間に届けるのが、俺達の仕事だ。荷物は様々だ。他人はごみと見る物でも、俺達には商品であり、大事な預かり物だ。みんなに聞いて貰いたい事がある。毎日、トラック事故が報道されている。トラック事故はなくならない。 オートバイを跳ね飛ばし、乗用車に接触。トラックは炎上。ドライバーとオートバイの運転手は死亡。 大型トラックが数台接触する事故。

2台の大型トラックは大破。1人は意識不明の重体。 料金所に大型トラックが激突。トラックと料金所は大破し、2人重体。 毎日の様に、あってはいけないが、事故の報道ばかりが起きている。 加害者にも被害者にも大切な人がいる。悲しみに暮れる人がいる。 事故の多くは、深夜から早朝に起きている。普段の人は寝ている時間だ。新聞やテレビのメディアは「前方不注意」だの、「わき見」「前をよく見ていなかった」だと報道している。よく考えてほしい。俺達も人間だ。夜になれば、眠くなる。腹も減る。トイレにも行きたくなる。俺たちは声を荒げて伝えたい。時間が無いのだと。寝る暇も、飯を食う時間も、トイレに行く時間もないのだと。事故の多くは、睡眠不足ギリギリで走った結果の事故。「居眠りやぼんやり運転だと思う。」それが、てめえらの仕事だろと言われれば、それまでだ。

でも、俺達の御蔭で日本の物流はになっているのだと。深夜、高速に乗った人ならわかるかもしれない。深夜から早朝の高速には、左右へふらふらし、ブレーキランプをパチパチさせ、減速したり、加速したり、とろとろ運転のドライバーが多く見受けられる。 それでも、走らせなくてはならない。荷主の卸し先の時間指定。無理だとわかっていても、無理な配車の運行。荷先での積込、積み下ろしがずれ込み、休めない。俺達、ドライバーには色々と様々な事情がある。心のどこかにはあるはずだ。このまま乗ったら、どうなるかと。荷物を背負ったトラックがどこかに激突したら、自分の命が危ない。他人の命も奪ってしまうかも知れない。でも、走るしかない。うとうとしながら、たらふく食べたら眠くなってしまうから、パンとおにぎりを噛みしめ、トイレに行きたくなったら、片手でペットボトルに用をたす。俺達ドライバーは道具じゃない。 運転手の言い分はお構いなしに、時間を守り、商品を無事に届る。運転手が眠かろうが、具合が悪かろうが、そんなものは関係ない。そういった行為や運転手が普通だと思われている現実がある。現に週6000キロを走行し、1日1時間程度の仮眠のドライバーもいる。今の車には、リミッター「速度抑制装置」が付けられている。大型の場合、90キロ以上は出なくなっている。

これは国の義務化だ。大手の運送会社には社内規定があり、高速道路でもそれ以下の速度で走行し、超過すると衛星で会社で管理されてたり、車内カメラで記録されている所もある。どんなに踏んでも95キロ位しか出ない。まわりのトラックも同様だ。そこに来て、社内規定の

80キロ程度の車が加わると、追い越し車線以外の2車線はトラックになる。同じ運転手として、かわいそうだなと思う。左車線に社内規定車、真中にリミッター車、追い越し車線に普通車。そんな事も知らない一般車は車間距離の合間と合間を縫って走行する。 俺達のストレスはたまる。周りも同じスピードで走っていて、走行時刻は長くなる。その上、スピードが一定している為、心地よくなり、睡魔が襲う。でも、休めない。なぜなら、装置とは関係なく、時間指定は変わらないからだ。大型トラックの荷台に

何百ケースも手積みし、何時間も走り続ける。卸しも1人。また、次の場所へと向かう。その空になったトラックに積み込み、帰り道の場所へ卸す。時には自宅にも会社にも帰らず、素通りし、積み場へ向かう。サラリーマンの友達と話していて思った。「昨日ツーリングにバイクで行って疲れた」と言った。「スキーに行って、電車でも疲れるね・・」と言った子がいた。普通だよ。人間だもの。遊んだって、乗用車を運転しても疲れるのは当然だと思う。俺達ドライバーは、自分の手で積んで、場内を走り回り、自分で何百キロも運転し、自分の手で荷物を卸して、帰りの荷物の時間に合わせる為、休憩も取らずに次へ向かう。それの繰り返し。国の偉い人がいう。法律だの約款だの、規則だの。俺達にはない。通用しない。荷主さんに「法律で労働時間越しますから」と言ったら、「他の運送屋に頼むよ」で終わり。時間に遅れたら、信用を失い、会社は切られるどころが多額の運賃より高いペナルティを支払わなくてはならない。これだけ増えた運送業者の中で競争が競争し続ける。大手の運送会社と競っても勝てるはずがない。でも、ドライバーは生活の為、家族の為、大切な人や物を守る為に。会社はドライバーや会社を守る為に、今日もまた、走り、走らせなくてはならない。

 愚痴りてぇ日もある。でも、愚痴ったら、世間に笑われる気がするから、堪えてハンドルを握る。 我が子の顔を思い、愛する妻を思い、家族や好きな物を考えて、走り続ける。歪み掛けたこの業界で、明日も事故が起きて、犠牲になり、泣く人がいると思う。ずっと付いて来るものだと思います。でも、こんな仕事でも俺達ドライバーは誇りを持って仕事をしている。 誰がなんて言っても、運転手がいなくてはこの国の物流は成り立たないと言う事を。虫けらの様に思われても、俺達の思いや苦労や怒りを時折話して行こうと思います。


 - 酒井商店 代表 酒井新 -


雅-MIYAVI-(ミヤビ)「Ahead Of The Light(アヘッド・オブ・ザ・ライト)」PV

素晴らしいトラック野郎たち!! 東北の元気ありがとう!!

【 押田運送 】 アートトラックで復興支援

トラック仲間 ご紹介致します。

 

福島県いわき市にある押田運送さん

と言う運送屋さんのトラックです。

震災直後、会社も被災し、トラックも

流されたのにも関わらず業を続け、

力強い看板にはいつも自分達が

励まされています。ドライバーさんも

皆親切で、見ず知らずでも自分達の

様に大した飾りが付いていない

トラックでも乗っていると挨拶して

くれる会社です。いつか自分も

こんな風に力強く看板を背負った

トラックに乗って、仕事をしたい、

また、誰かに少しでも希望や夢、

なんでもいいから与えられる様な

人間になりたいと日々思っています。

 

2014 震災復興支援チャリティー撮影会 水戸友好団体

広島の前村産業運輸さんの活動に感銘!!

 

被爆者でもあった夫人の両親を

供養する思いで、20歳代の前半に初めて買ったトラックのボディーに「原爆ドーム」をペイントして以来、これまで保有トラックに描き続けて40年を迎える前村弘行社長。

アート・トラック専門誌やデコトラ愛好家の間で、「前村産業運輸」(広島市佐伯区)を知らなければモグリといわれるほど有名です。


【 がんばっぺ東北 】

私の様な小さな会社のホームページや私の独り言を見て頂き、そしてコメントを頂き、誠にありがとうございます。

皆さんは、震災から3年4カ月たった今、あの日の出来事はどの様に記憶しているのでしょうか?震災直後、町の至る所に「がんばろう日本」「がんばれ東北」「絆」と書かれたポスターや垂れ幕、タペストリーなどの応援の言葉やメッセージはめっきり見かけなくなり、テレビ番組でも取り上げられる機会が少なくなった様な気がします。自分達や仲間の同業者や協力会社も被災地に行く事も多く、ドライバーは、毎日の様に東北に走っています。色々な話を聞きます。観た光景や地元の方々と話した事、聞いた事。その中でわかる事は、やっと瓦礫が片付き、道が出来、更地になったところばかりです。最初の一歩、いやまだ半歩なのかも知れません。ようやく踏み出そうとしています。復興はしていません。復旧し、これから復興なのです。忘れてはいけない事があります。被災地には色々な思いかあり、声に出来ない事が溢れて、皆がそれを抱え込み、必死で生きていると言う事を。あの日、2011年3月11日 14時46分のまま止まってしまった、と前が見えない、進めない、時がとまってしまったと立ち尽くしている人もいます。それが現実です。どんなに優しく接して、言葉を掛けても、現地の人にしかわからない、色々な思いがあるという事です。自分達がしている事は何の役にも立たないのかも知れません。ただ、動かずにはいられないのです。必ずや、何かしなくてはいけないのではなく、心の隅に忘れずに自分の事に置き換えて考えてみて下さい。もし、自分の両親が仮設住宅に住んでいたら・・・友達が東北で頑張っているとしたら・・・姪や甥っ子が被災地の学校に通っているとしたら・・・知り合いの会社が必死に再建に向けて、奮闘しているとしたら・・・何かひとつ、自分に置き換えて考えてみたら、きっと答えはでるはずです。このホームページをみて頂いた方だけには忘れて欲しくないのです。また、現実を知って欲しいのです。自分達の行動の原点。困った人たちを助ける。今後も微力ながら続けます。仮設住宅が無くなり、今まで以上に美しい街並みが戻り、笑いが溢れる港町が戻り、今、一緒に活動している炊き出しボランティア仲間が辞めるまで、続けます。次回は仲間が観た東北の今や震災の日の出来事を文にして紹介したいと思います。

- 酒井商店 代表 酒井新 -

温かいご支援に感謝致します

東北被災地も

少しづつ前へと

歩みだして

いる様にみえます。

瓦礫の撤去も進み、

生活環境の向上に向けた

多くの方の温かいご支援

ボランティア活動

素晴らしい事です。

当社も微力ですが、

東北復興支援・被災地支援

を目的に、

1人1人の小さな力の輪が

大きな力となり何かを動かし

(私でも、何かできるかも)

合言葉に、社員一同

物資も支援ですが

まず1番は

心のケアーだと考えます。

まだまだ、これからです。

忘れないで下さい。

まだスタートした

ばかりです。

全力で被災地復興を

お手伝い致します。

最後に、日頃より皆様の温かいご支援

ありがとう御座います。

共感して頂ける人の輪が

一日一日増えています。

千葉県も被災地なのに

支援活動にご協力して頂き

只々 感謝致します。

当社ホームページを

見て頂きお声を掛けて頂き

ブログにメッセージを

書き込んで頂いた皆様

この場を借りてお礼を申し上げます。

日々、感謝の念で

胸いっぱいです。

これからも精進努力して

参りますので、

今後共宜しくお願い致します。

 - 酒井商店 代表 酒井新 -

魂の曲で復興支援!!

東日本大震災と福島第一原発事故を強く意識した第62回NHK紅白歌合戦において、とりわけて印象深く感じました曲は被災地(宮城県石巻市の門脇小学校)から中継され、長渕剛氏が歌った『ひとつ』でした。

報道されております通り、長渕氏は4月に被災地で救援活動をする自衛隊を慰問し、その後も精力的に現地に足を運び、被災した子供たちを励まし続けました。

ひとつ 作詞・作曲/長渕剛

ひとりぼっちに させてごめんね

もう二度と 離さない 離れない

離したくない。

君によりそい そばに生きるよ

もう二度と 忘れない

忘れさせない 忘れたくない

悲しみはどこから やってきて

悲しみはどこへ 行くんだろう

いくら考えてもわからないから

僕は悲しみを抱きしめようと

決めた。

ひとつになってずっと一緒に

共に生きる

ひとつになつて君と生きる

共に生きる。

月の雫が涙に揺れて海に光る

逢いたくて逢えなくて

それでも僕は探した。

星が降る夜 君を想い

ずうっと歩いたよ。明日きっと

明日きっと しあわせになれるね。

永遠のしあわせは

どこからやって来て

永遠のしあわせは

何処へ行くんだろう

いくら考えてもわからないから

僕は悲しみを抱きしめようと

決めた。

ひとつになってずっといっしょに

共に生きる。

ひとつになつて 君と生きる。

共に生きる。

 

 

【 復 興 】

憎い憎い私は、自然が憎い憎い憎い私は、海が憎い
たわむれ優しく大きく父のような海だったのに恐くて憎くてたまらない、許せない絶対に許さない。こんなにあなたを愛して生きてきたのになぜ海よあなたは私たちを壊す?なぜ何もかも奪い去る?なぜこんなにひどい事をする?私たちが何をした?私たちの営みは先人たちの教えを守り繁栄にあぐらなどかかず、せっせせっせと汗水唾らし大地と海に敬礼し漁に出た畑も耕した陽が沈む水平線にしあわせの涙を少しだけ流し、ささやかな営みに家族と笑い白き鳥のさえずりを追いかけ嘘をつかずに懸命に生きてきたなのに海よなぜにあなたは私から全てを奪った?私たちが狂ったのか全て悪いのは私たちなのか。いいや!ちがう!決してちがう!私は言おう。地球よ貴様が狂っているあなたが狂っている。あなたにわかるか?あなたに私の想いがわかるか?小高い丘の上からただそれを見つめることしかできなかった無力な私の想いを私たちの親が…友人が…そして愛する我が子が…犬の太郎も家も机も写真も何もかも貴様が犯した濁流に飲み込まれた。私は…私には…そんな私の想いに海よ。あなたは何と答えてくれるのですか海よ貴様はどう答えてくれる?どう答えるかと聞いているんだ!そうやってただ黙り何もなかったように今日もおだやかをよそおっている。はっきり言おういいか海よ私たちは貴様から決して逃げはしない。私たちは連帯という武器を今首にかけ静まりかえった貴様のふところへ壊れた船であろうともさらに両の手で漕いで生く。私たち人間の力をみくびるとただではおかない。そしてさらに私たちは強固な絆を結びまもなく立ち上がる。そして叫ぶ家族を返せ!友を返せ!家を返せ!ふるさとを返せ!犠牲になった命の破片を高らかな怒りの帆に吹き付け今狩りに出かける自然よ海よ大地よ空よ覚えておくがいい。俺たち漁師は貴様が思っているほど弱くはない。私たち農夫は貴様が思っているほど軟ではない。屈強な精神と肉体にまもなく「覚悟」を宿らせるそして怒る。わめく。叫びちらすのだ『生きる覚悟があるのだ!』と。一国心中などなるものか!今こそこのむごたらしい現実を直視したからには瞳をそらさずゆっくり立ちのぼってくる。生き物の息吹に手を打ちならそう。どんなにささやかでもいい勇気ある小さな者たちをどんどんグングンたたえるのだ共に拳が上がったら一目散に駆け上がれ生存せよ!の方向へ駆け上がり立ち向かうのだ。たとえ それが自然という憎き相手でも私たちは決してひるまない
憎くても怖くても許せなくてもそれでも私たちはあの場所をこの国を愛してやまないのだから
 音楽家 長渕剛


いつまでも、忘れない 忘れさせない 忘れたくない!!

ありがとう!自衛隊!ありがとう!日本人!忘れない!

震災直後と3年後、上空から見た被災地。忘れさせない!

今なお残る震災の爪痕 復興道半ばの被害地

共同通信が東日本大震災直後と2014年3月10日撮影の被災地の空撮映像を公開。青い海が戻りつつある宮城県石巻市。奇跡の一本松が立つ岩手県陸前高田市……映された多くの街や地域はいまだ、更地のままです。

国家存亡の危機! 地震津波の瞬間!忘れない!

あの時の気持ち。忘れたくない!

人間だけじゃない!!

被災 柴犬 1ヶ月ぶり感動の再開!!

よかったね!!


お気軽に、お問い合わせ下さい。

- 酒井商店 代表 酒井新 -


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