Apex product 【懐かしい昭和の時代⑥】

昭和の迷信『アイドルはウンコをしない』

夢、あふれていた俺たちの時代 1974-1976

雑誌『昭和40年男』に連載してきた特集「夢、あふれていた俺たちの時代」を6冊にわたってまとめるクロニクルシリーズの第2弾。昭和40年男たちが少年から青年を経て大人への道をまっしぐらに歩んでいた時期は、日本経済が沸点へと向かって急上昇していた時期とピッタリ重なる。そうした勢いを肌で感じながら成長できた俺たちには、今では決して感じることのできない高揚感を数多く体験してきたはず。そんな“夢、あふれていた時代”からある時期を切り取って、当時の希望に満ちていた日々を振り返る──。第2弾は昭和49(1974)年から昭和51(1976)年までをプレイバック!

 

【藤 圭子】★女優☆ 
🎵
とてもお美しいですね 私が一番印象に残っているのは1970年公開の🎥映画(東映)『ずべ公番長 夢は夜ひらく』で演じた歌手役が印象的でしたね。皆さんご存知の🎵『宇多田ヒカル』のママでしたね。
2013年8月22日没(享年62歳)合掌

- 青空と向日葵の会 Apex product 代表 柳 -

 

【老人と子供のポルカ】
1970年大ヒットしたこの曲!歌うのは,左卜全とひまわりキテイーズ。左卜全のオトボケな歌と(子供達の歌も)ノリのいいリズム,メロデイが素晴らしくいい曲です🎵 左卜全は俳優・オペラ歌手で,昭和の初期より活躍をし,映画でも名脇役とし黒澤映画に数多く出演した。しかし大ヒットした翌年1971年に亡くなってしまう。味のある俳優・歌手でしたね

汚い僕のトップサイダー。海に行くならこのデッキシューズ。

そろばん塾の帰り道よくお肉屋さんに寄って揚げたてのコロッケを買い喰いした
小学校5年生の頃コロッケが¥15で肉まんは¥30だった

熱い夏には。。!?

昔は...井戸水で西瓜や野菜を〜

冷やしてましたよねぇ‼(^-^)

夏は冷たく。。冬には暖かった⁉

タライで洗濯。。懐かしいです♪♪(笑)

- 青空と向日葵の会 Apex product 代表 柳 -

覚えていますか??

クシャおじさん!

顔が一瞬で小さくなりました(>.<)y-~

これを使っていた頃が懐かしい。100円札を持って、おばあちゃんが引くリヤカーの醤油団子を買いに行くのが楽しみだった。

1980年~サンキュー先生
石松純器(西田敏行)6年生の子供達との
交流が良かったですね( 〃▽〃)

女子プロレスを、キワモノ扱いからスポーツ・エンターテイメントに引き揚げた、昭和の主役たち。
マッハ文朱、ビューティ・ペア(ジャッキー佐藤・マキ上田)、ミミ萩原、ジャガー横田、ダンプ松本、クラッシュ・ギャルズ(長与千種・ライオネス飛鳥)、ブル中野、集合写真は前列左からソチ浜田、風間ルミ、後列左から伊藤勇気、キューティー鈴木、試合中の事故で亡くなったプラム麻里子

。。お待たせしました〜♪♪(o^^o)(笑)

今でも☆お綺麗で〜ご活躍されており

ますこと嬉しい限りです(^-^)

70年~80年代、ナウでミーハーなヤングマンを胸キュンさせた、海の向こうの女優たち。
ソフィー・マルソー、フィービー・ケイツ、ジョディ・フォスター、ジェニファー・コネリー、ナスターシャ・キンスキー、ブルック・シールズ。

あ〜な〜た〜に〜♪今夜は〜♪
ワ〜イ〜ンを〜ふりか〜け〜♪
心まで酔わせたい♪酔わせたい♪(^o^)

伊達男。粋。セクシー。色男。...
そんなフレーズが似合う男。
ケンジさんを集めてみました。(^^)v

昔、この時期、仲間と心霊スポットに、肝試しに行ったり、
これをよくやりましたぁ~!

【コント55号】

昭和40年代に、良くも悪くも爆発的人気を誇ったお笑いコンビ。メンバーは「萩本欽一」「坂上二郎」。

昭和41年、浅草松竹演芸場で「萩本欽一」の考案したコント「机」を、上席前座として披露したところ、好評だった事から支配人から「コント55号」と名付けられた。

...

「55号」の由来は、結成2年前に読売ジャイアンツの「王貞治」選手が記録した年間最多本塁打記録にちなみ、また当時流行っていた「GOGOダンス」からも来ているとされている。

コントの筋は、坂上扮する善良な普通の一市民が、萩本扮する異常な人物に振り回されるパターンが多く、所々オーバーな動きがコントに抑揚を付け動きが大きくなり特徴の一つとなった。とりわけ、萩本のツッコミは執拗でかつ想定外のものが多く、これだけでも十分笑いは取れていた。しかし、これに坂上が倍返しともいえるナンセンスなボケで対処し、笑いを増幅させた。

「ビートたけし」は55号の笑いについて、「萩本さんのセンスと坂上さんの芸に尽きる」と分析している。

代表的ギャグは、テレビ番組にもなった萩本の「なんでそうなるの⁉️」、坂上の「飛びます❗️飛びます❗️」。

また、日本テレビの「コント55号❗️裏番組をブッ飛ばせ‼️」(昭和44年4月〜昭和45年1月)は、本当に裏番組(NHK大河ドラマ「天と地と」)の視聴率を追い抜き、「ブッ飛ばした」。

この番組内のコーナー「野球拳」で女性の服を脱がせていく下りが、良くも悪くも一世を風靡し、時代の寵児となった彼らだったが、同時期のドリフターズの「8時だよ❗️全員集合❗️」(「加藤茶」の「チョットだけよ❗️」)と共に、子供に見せたくないハレンチな俗悪番組としてPTA、地婦連、そして主婦の投書などで槍玉に挙げられた事は、当時子供であった我々の世代の記憶には鮮明に残っている(笑)。

昭和50年以降は、メンバーとしての活動を大幅に自粛、本人たちはコンビではなく独立した単体コメディアン同士のユニットと位置付けていた。従って、解散はしていない。しかし平成22年12月、坂上が脳梗塞により首から下が麻痺してしまった事により、萩本が「コント55号は終わった」と発言した。

【萩本欽一】(昭和16年5月7日生〜 満74才)
【坂上二郎】(昭和9年4月16日生〜平成23年3月10日 脳梗塞で死去 享年76才)

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