Apex product 【世界の平和】人類はみんな家族!!

Apex product 【 世界の平和 project 】②

争いは、やめましょう。世界の平和を願います!!

何故、今だに世界の至る所で揉め事や争いごとが絶えないのでしょう。政治や宗教での自国間の争い、差別、派閥、どうして起こるのですか。アジアの仲間同士どうして普通に暮らせないのですか。誰が、考えても平和な社会が良いに決まっています。小さな子供でも理解出来る事を分別のある大人や政治家が、何故、争うのでしょう。人は何故争わなければいけないのでしょう。欲を捨て本来の裸で生まれた人間同士うまくやっていけないのでしょうか。それぞれ、己が正義と思い事を成すでしょうが、少しだけ立ち止まり、力を抜いて音楽を聴いてみてはいかがですか。きっと心に響く1曲があるはずです。そして貴方の幼い頃。そうです。純粋だったあの頃。思い出して下さい。人前に出るのもおどおどして、母親の影に隠れていた優しい子。正義の旗の元、どんな理由があっても人殺しです。無差別に殺しあう戦争が、どんなに愚かな事でしょう。本来のあなたに戻って下さい。きっと戻れます。先人がどれだけ血を流し我々に生きて伝えたかった事でしょう。だからだから、お願い致します。下記に、あげる資料・画像を見て一人でも多くの人に伝えて下さい。いかに、平和が大切で、人の命が尊いのか。本気で考えて下さい。弊社は、真剣に取り組みます。誰に非難されても、私達は訴え続けます。一生を掛けて取り組む問題だからです。是非ご賛同頂き、少しでも悲しい人を作らないようにしましょう。

 

平和ほど、尊いものはない。
平和ほど、幸福なものはない。
平和こそ、人類の進むべき、
根本の第一歩であらねばならない。

 

【あたりまえ】

あたりまえの幸せが
ほんとはあたりまえなんかじゃなく
生きてることさえ、あたりまえじゃない!

明日があることがどんなに幸せなことか

だいすきな仕事ができる身体と心も
環境があることがどんなに幸せなことか

ちょっと疲れたら横になれる
ふかふかなベッドがあることがどんなに幸せなことか

朝起きたら、心臓が動いてて
伸びをして、深呼吸して
朝日を浴びることが
どんなに幸せなことか

何をするにも、必ず誰かの助けや支えがあることが
どーんなに幸せなことなのか。

とっくに気づいてるはずなのに
いちばん大切なことはおろそかにしがちなんだよね。

ほんとは
世界は地球は
もっともっと、愛にあふれてるんじゃないのかな

 

-  青空と向日葵の会 Apex product 代表 柳 -

天皇陛下のお正月 朝食にお雑煮やお屠蘇は出ずお年玉もなし

天皇陛下のお正月は、早朝5時30分、「四方拝」という祭祀から始まり、八百万の神々を拝礼する「歳旦祭」(さいたんさい)に臨まれる。その後、9時30分から新年を迎えたお祝いと自然の恵みに対する感謝を表す「晴の御膳」という儀式があるが、この時は箸を立てる所作をされるだけ。

 朝食として召し上がるのは、おせち料理ではなく、「御祝先付の御膳」と呼ばれる料理だ。

「本膳は菱葩というお餅に、小串ブリ焼き、浅々大根(大根の塩漬け)。二の膳は割伊勢海老、栗を甘い汁で煮込んだ福目煮勝栗など。そのほかに、キジの胸肉を焼いて熱燗を注いだ雉子酒があります。三が日で少しずつ内容が異なりますが、毎年同じものです。朝食ではお雑煮やお屠蘇は出ません」(宮内庁関係者)

 昼は新年祝賀の儀の合間にサンドイッチなどの軽食を召し上がる程度。激務を終えられた夕食時に、「御祝御膳」とともにお雑煮を召し上がる。

「御所が京都にあった名残か、関西風の白味噌仕立ての丸餅のお雑煮です」(宮内庁関係者)

「かつて高円宮様がお元気だった頃、『お年玉をもらったことはありますか?』という質問に『ない』と答えられました。

『学校に行くと、みんなお年玉の話をするので羨ましいと思った』と。おそらく今もないのだと思います」(皇室ジャーナリスト・久能靖さん)


 ただ、「お年日の御祝い」という慣わしがあり、「正月三が日の日干支」と「生まれ年の干支」が同じ皇族は、両陛下から「お万那料」というご祝儀のようなものを贈られるという。

※女性セブン2015年1月8・15日号

<皇室>天皇陛下「歴史学ぶこと、極めて大切なこと」

    ◇15年年頭の感想、終戦70年に触れて

天皇陛下は2015年の年頭に当たり、宮内庁を通じて感想を公表された。今年が終戦から70年という節目の年であることに触れ、戦争で多くの人々が亡くなったとし、「この機会に、満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくことが、今、極めて大切なこと」と思いを述べている。

【写真特集】天皇陛下、81歳になられて

 今年4月初めに西太平洋のパラオ共和国を訪問し、戦没者への慰霊を行う。また、阪神・淡路大震災20年の追悼式出席のため1月に兵庫県を訪問。さらに3月11日には丸4年となる東日本大震災の追悼式に出席し、2日後に仙台市で開かれる国際会議で宮城県を訪れるなど、自然災害の被災地や被災者への思いを新たにする。また、5月に石川県で予定される全国植樹祭には、この春開通する北陸新幹線の利用も検討する。

 秋篠宮家の次女佳子さまは、国際基督教大学(東京都)に今春入学。皇族最長寿の三笠宮さまが12月に100歳を迎えられる。

 両陛下や皇族方は元日、祝賀行事に出席。2日は一般参賀で皇居の宮殿ベランダに立つ。同日は午前9時半から午後2時10分まで皇居・正門(二重橋)から入場できる。【大久保和夫】

『2014年を振り返って』

大きな時代転換の節目にあると言われている現在。

世相の裏に隠されてきた真実がどんどん表面化され、行き詰りを見せる現代社会システムの問題が浮き彫りになり、私達はこれから現実的な問題に多くぶつかり、対応に迫られていくようです。

今年は社会現象的には大きな動きが表立って現れたわけではありませんが、その片鱗が多く見受けられたように思います。

イスラム国という謎の勢力の台頭により中東は戦火があがり、ウクライナ危機は深刻化している。

台湾や香港の大規模デモを始め、中国国内は報道されないデモや暴動は押さえがきかない深刻な状況となっています。

その他世界中の国や地域が不安定さを強めています。

エボラ出血熱を始めとした不自然な疫病が猛威を振るい、日本でもデング熱や口蹄疫などの騒ぎも起きている。

また、どんどん真実が明るみになってきており、明確に反日勢力や思想家がわかり、マスコミは99%反日勢力に牛耳られている。

朝日新聞が32年間もの間捏造を繰り返し、日本の国益を損なわせ、日本人に罪の意識を植え続けて来た「従軍慰安婦問題」がウソだった事が発覚しました。

これに対し朝日新聞は問題の謝罪と責任を避けていますが、これは戦後の日本が根底から覆された大きな事件であるのは間違いありません。

その他日本を失墜させる為に行われてきた捏造情報がどんどん表面化している。

また自然災害は世界中で猛威を振るい、年々その深刻さを強めています。

日本でも広島の土砂災害、御嶽山の噴火などにより多くの犠牲者が出ています。

さらに熊本の阿蘇山を始めとした火山帯がどんどん活発化してきている。

富士山の活動もかなり警戒が必要です。

豪雨、豪雪なども例のない災害となっており、地球の変化は私達の想像を超えて来ています。

更にあまり騒がれないのは不思議ですが、小笠原沖の西ノ島が突如として浮き上がり、新大陸が生まれている。現在も活動を強め、植物も誕生しているとも言われている。

そして現状確認できる中で、「太陽系で」最も大きな火山帯が太平洋上に確認されました。

一夜にして沈んだと言われる伝説上のムー大陸が思い出される。

また生物の大量死が世界中で見つかっている。

今まで「あり得ない」とされてきた現象が、私達の周りで緩やかに、そして加速度的に起き始めているのです。

2014年は、何かが大きく動き出している事を教えてくれた年でもあると思います。

それが社会に大きな影響を与えていくのが2015年から始まるのかも知れません。

少なくとも戦後続いた70年間の世界秩序は終焉を迎え、大きな変化に対応せざるを得ません。

そんな中、私達は何をしていくのか。

何度もお伝えさせて頂いている事ですが、目の前の快楽に染まるように刷り込まれてきた戦後の日本人劣化作戦から目を覚まし、真実や「現実」をしっかり受け入れ、自分を正す必要があります。

日月神示ではそれを「身魂磨き(みたまみがき)」と言います。

食を正し、心を正し、何事にも動じず、目を背けず受け入れて行動できるように、日月神示ではハラを据える為にそうした身魂磨きをしなさいと言う。

そして身魂が磨けた人が増えれば増えるほど、大難は小難に祀り上げる事が出来ると言います。

このような時代の変わり目、大変動は眠っていた正神の神様が動き出していると言います。

今まで私達が霊性を高める為に、悪神がはびこる悪の仕組みで世の中が造られてきました。

それも大きな視点で見れば必要な進化発展の為だったと言う。

これからは正神の神様が身魂の磨けた人々とミロクの世を創り上げると言います。

そのミロクの世を創り上げるためには、必要に応じて大難を有するようです。

「時節ほど結構な恐いものないぞ。時節来たぞ。慌てずに急いで下されよ。世界中うなるぞ。陸が海となるところあるぞ。」

「人民の戦や天災ばかりで、今度の岩戸開くと思うていたら間違いざぞ。戦や天災でラチあくようなチョロコイことでないぞ。あいた口ふさがらんことになりて来るのざから、早う身魂磨いて恐いものないようになっておりてくれよ。」

「仏もキリストも何もかもスッカリ救わねばならんのざ。殺して救うのと、生かして御用に使うのとあるぞ。今度はハッキリ区別するのざぞ。昔からの因縁ぞ。」

「空に変わりたこと現れたなれば、地に変わりたことがあると心得よ。いよいよとなりて来ているのざぞ。神は元の大神様に延ばせるだけ延ばして頂き、一人でも臣民助けたいのでお願いしているのざが、もうおことわり申す術なくなりたぞ。」

「元の世に一度戻さなならんから、何もかも元の世に戻すのざから、その積もりで居れよ。欲張っていろいろ買い溜めしている人、気の毒が出来るぞ。神、よく気をつけておくぞ。」

「まだまだ敵出てくるなれど、神心になれば、敵、敵でなくなるぞ。敵憎んではならんぞ。敵も神の働きぞ。」

「神の国を、足の踏むところないまでに汚してしもうているが、それで神力は出ぬぞ。臣民なくなるぞ。残る臣民三分難しいぞ。三分と思えども、二分であるぞ。」

「これからいよいよ厳しくなるぞ、よく世の中の動き見れば判るであろが。汚れた臣民、上がれぬ神の国に上がっているではないか。いよいよとなりたら神が臣民にうつりて手柄さすなれど、今では軽石のような臣民ばかりで神かかれんぞ。早う神の申すことよく聞いて、生まれ赤子の心になりて神の容れものになりてくれよ。一人改心すれば千人助かるのぞ。今度は千人力与えるぞ。」

「いよいよ神が表に現れて、神の国に手柄立てさすぞ。神国光輝くぞ。日本にはまだまだ何事あるか判らんぞ。早く一人でも多く知らしてやれよ。魂磨けば磨いただけ先が見え透くぞ。先見える神徳与えるぞ。」

「神示で知らしただけで得心して改心出来れば、大難は小難となるのぢゃ。やらねばならん。戦は碁、将棋くらいの戦で済むのぢゃ。人民の心次第、行い次第で、空まで変わると申してあろがな。」

日月神示は、予言や未来予知などと言ったモノとは一線を画し、この地球の移り変わりを動かしている存在からのメッセージだと言われています。

それが本当かどうかは誰にもわかりません。

しかしそこに書かれている内容は、寸分違わず世相に表れています。

そんな日月神示では、私達の生き方次第でいかようにもなると言う。

それもこれからの激変の時代の大きな指針であると思います。

日本人の目覚めがこれからの社会に必要だと言います。

そして身魂を磨く事こそ、これからもっとも必要だと何度も伝えてくれており、それが私達が守るべき未来を守る事に繋がると言うのです。

2015年も皆様と共に身魂を磨いて行ければと思います。

天皇陛下81歳祝う一般参賀 皇居に2万8933人

天皇陛下の81歳の誕生日を祝う一般参賀が23日、皇居であった。記帳を含めて2万8933人が訪れ、平成に入って3番目に多かった。天皇、皇后両陛下は、皇太子ご夫妻、秋篠宮ご夫妻、眞子さまとともに宮殿のベランダに3回姿を見せ、参賀者に手を振って応えた。

天皇陛下は「様々な自然災害が日本を襲い、決して安泰であったとはいえない1年が過ぎようとしています」と振り返り、「みなさんにとって、来たる年が明るい年となるよう願ってやみません」と呼びかけた。

 23日午後には、宮殿で祝宴「宴会の儀」が開かれ、両陛下や皇族方、安倍晋三首相ら約440人が出席した。

「天皇皇后両陛下に
 お仕えした10年半の日々~
 両陛下の生き方から学ぶべきもの~」...
  【前侍従長・渡邉允さん】
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・

 本日は、国民の祝日である
 【天皇誕生日】です!! 

 そこで本日は、
 第125代となる明仁天皇陛下、
 美智子皇后陛下の侍従長として
 10年半にわたって仕えたきた
 渡邉允さんに、両陛下の生き方から
 学ぶべきことなどを語って
 いただいた貴重な記事の一部を紹介
 させていただきます!!

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・ 

 私が10年半お仕えしてきた中で、
 両陛下の生き方から数多くのことを
 学ばせていただきましたが、
 特にここでは二つのことを
 挙げたいと思います。
 
 一つは、決して物事を蔑ろにしたり、

 いい加減にしたりなさらない
 ということです。
 
 陛下のご公務の一つに、
 閣議で決まった法律や条約の
 批准書などを認証なさるという
 国事行為があります。

 閣議が終わると内閣の事務官が
 分厚い書類を入れた箱を
 持ってくるのですが、
 陛下はそれをすべてご覧になって、
 署名や捺印をされるのです。
 
 形式的な行為と思われる
 かもしれませんが、
 その膨大な書類一つひとつに
 きちんと目を通され、
 分からないことがあると
 質問なさることもあります。
 
 どんな小さなことであっても
 その一つひとつのことに
 時間とエネルギーを費やし、
 きちんと向き合って誠実に
 対応される。

 両陛下のその姿勢は多くの
 外国人にも強い印象を与えています。
 
 昭和62年、両陛下が
 皇太子皇太子妃の時に、
 アメリカをご訪問されました。
 そこで両陛下のお世話をした
 アメリカの儀典長が後に
 出版した自身の回想録の中で、
 次のように書いています。

「両殿下は、レセプションでは
 ゆっくりと人々の間を歩かれて、
 顔を合わせた人と表面的な
 挨拶ではなく本物の会話を
 なさっていました。

 質問をしては、その答えに
 実際に聴き入っておられ、
 人々が群れ寄ってくるのにも
 気がつかれないようでした」

「ワシントンのホスピスで、
 妃殿下が老人の一人ひとりに
 示された優しさに心を打たれました。

 実はこの時だけは仕事中に涙が出て、

 止めるのに苦労しました」

 常に本気で質問をなさり、
 本気で話を聞いておられる。
 私自身、両陛下のこの姿勢には
 感動を禁じ得ませんでした。
 
 もう一つは、非常に勤勉で
 いらっしゃるということです。
 
 那須の御用邸にご静養に行かれても、

 必ず近くの農家を見に行くと
 おっしゃって、農家の人々を
 激励されています。

 どこに行ってもぼんやり
 休むということは決してありません。

「日本国憲法で、天皇は日本国の
 象徴であり、日本国民統合の
 象徴であると規定されています。

 この規定と、国民の幸せを
 常に願っていた天皇の歴史に
 思いを致し、国と国民のために
 尽くすことが天皇の務めであると
 思っています」

 これは平成10年の天皇誕生日での
 記者会見の席で、天皇の務めは
 何かという質問に対して
 陛下がおっしゃったお言葉です。
 
 その上で、

「象徴として最もふさわしく
 あるためにはどうすればいいか
 ということを日々模索しながら
 今日までやってきた。
 私に言えることはそれだけだ」
 
 ということもおっしゃっています。
 
 こうして、常に国家国民の
 真の幸福を願われ、
 絶え間なく働かれている
 両陛下のご日常は、
 まさに道場だといえるのでは
 ないでしょうか。
 
 私はこのような両陛下
 がいらっしゃることは、
 日本国にとって非常に
 幸せなことだと思うのです。
 
 そして、私たちは両陛下の
 生き方に一歩でも近づくべく、
 人格を磨き高めていかなければ
 なりません。

 そのことを心に据えて、
 私自身これから残りの人生を
 全うしていきたいと思っています。

『もうひとつの天皇誕生日 ~A級戦犯殉国烈士の英霊達~』

12月23日は天長節、天皇誕生日と同時に、日本人にとってとても大切な意味を考えなくてはならない日でもあります。

そして語り継がねばならない日でもあります。

...

東京国際軍事裁判、いわゆる東京裁判において謂われ無き罪を着せられた7名のA級戦犯となる東條英機はじめ広田弘毅、松井石根、土肥原賢二、板垣征四郎、木村兵太郎、武藤章が処刑された日です。

A級戦犯がいまだに凶悪な戦争犯罪者だと思っている方はぜひこちらをお読み下さい。

『靖国参拝 A級戦犯合祀問題』↓↓↓
http://kousyoku.doorblog.jp/archives/40278220.html

この処刑を決めた、東京裁判という敗戦と共に始まった戦勝国の一方的な裁判は、著しく公正に欠け、真実とはかけ離れた審理が繰り返されました。

あの7名が処刑されるに至った東京裁判において、裁判長は「東京裁判は日本を裁く裁判であって、連合国を裁くのが目的ではない」とし、日本弁護側の主張や証拠書類は悉く却下された。

11人の判事はすべて連合国側の人間であり、国際法の専門家はインドのパール判事のみ。

パール判事だけが日本を擁護し全員無罪を主張した。

あの戦争においては、日本は国際法に照らしても、道徳的に考えても、何も違反はしていないのです。

むしろ真珠湾攻撃に至るまでに、様々な戦争行為を働いていたのはアメリカであり、それに付き従う連合国でした。

本当の戦犯とは、民間人に対する無差別殺人の原爆投下や東京大空襲を始めとした日本大空襲を実行した米国。そして条約を一方的に破棄して勝手に侵略し殺戮したソ連。また日本の統治願い出て日本に近代化を進めてもらったにも関わらず、敗戦するやいなや帰国する日本人を裏切り、強姦殺戮その他あらゆる残虐行為をした朝鮮人でしょう。

そしてこの12月23日にA級戦犯7名が処刑された裏には、アメリカのおぞましい謀略が秘められているのです。

鍵になるのは3つの日付。4月29日(昭和天皇の誕生日)、5月3日(憲法記念日)、12月23日(今上陛下の誕生日)。

東京裁判でA級戦犯28人が起訴されたのが昭和21年4月29日、裁判が開廷したのが5月3日(憲法施行はその翌年)、そして昭和23年12月23日、当時は皇太子だった今上陛下の15歳の誕生日に東條英機らA級戦犯7名が処刑されました。  

連合国は、わざと天皇陛下両名の祈念日に処刑を行ったのです。

さらに処刑された7人の遺体は横浜市西区の久保山斎場で火葬され、遺骨は米軍により東京湾に捨てられる事態に至る。

しかし7名の担当弁護士達が決死の覚悟で共同骨捨て場から、7名分が混ざった遺灰の一部を密かに回収。

それはアメリカの厳重な監視下における命を懸けた決死の攻防だったのです。

自分たちの虐殺や陰謀は棚に上げ、いわれ無き罪を着せた処刑を行い、世界最高権威で祭祀王を愚弄し、さらにその遺骨すら廃棄するというアメリカ。

これは同じ人間の行いとは信じがたい。

どうかこの複雑怪奇な12月23日に何が起きたのか、一人でも多くの方に知って頂きたい。

そして戦後、最大の犯罪国家アメリカこそ自由と平等の国であり、先進的な民主国家だと刷り込まれ、日本社会の隅々までアメリカナイズされたこの国のあり方を考えて行きたい。

私達の生きる今は、先人達が心から願った平和を、命を懸けて守ってくれた未来なのです。

70年前に処刑されたこの7名は、一方的な暴力から、日本を守ろうとしてくれた方々なのです。

心から哀悼の念を捧げたい。

*1960年(昭和35年)8月16日に愛知県幡豆郡幡豆町三ヶ根山の山頂付近に「殉国七士廟」が設けられ、その中の殉国七士の墓に遺骨が分骨されて安置され今も眠られています。

日本人の目覚めこそ、この方々が初めて安らかな眠りにつける時なのかも知れません。

<戦争体験談>20代の6割「聞いたことない」

 戦争体験のない人でも2人に1人が体験談を聞いていることが、毎日新聞社と埼玉大学社会調査研究センターが行った時事問題世論調査「日本の世論2014」で分かった。20代は6割が体験談を聞いたことがなかった。日本の人口の8割は戦後生まれになり、来年は戦後70年。戦争体験の継承の仕方を考える時期にきている。

 回答者のうち、戦争を体験した人は14%、していない人は85%。体験していない人に「太平洋戦争を実際に経験した人、もしくは、親や祖父母から体験談を直接聞いたことがありますか」と聞いたところ、53%が「聞いたことがある」と回答した。「聞いたことはない」は46%だった。

 年代別では、40代~80歳以上で「ある」は過半数、最多は60代の62%だった。大半の親が戦後生まれとみられる30代は「ない」57%に「ある」43%と逆転し、20代は「ない」60%、「ある」39%。「ある」人の27%が、「不安に思っていること」を聞く質問に「憲法改正」を挙げた。「ない」人より9ポイント高かった。

 「誰からどのような体験を聞いたか」を自由に書いてもらう質問には、445件の回答があった。「誰から」は祖父母や父母が多く、内容は戦地経験や空襲、食糧難、疎開体験、日本国外からの引き揚げ体験など多岐にわたった。

 調査は10月中旬から12月初旬にかけて全国の有権者1800人に郵送で行い、回収率は59%だった。【扇沢秀明】

尖閣近くに中国軍事拠点 菅長官「具体的コメント控える、動向に注意」

菅義偉官房長官は22日午前の記者会見で、中国軍が尖閣諸島(沖縄県石垣市)から約300キロ北西に軍事拠点を整備しているとの一部報道に関して「個々の具体的な内容は、わが国の情報収集能力が明らかになるのでコメントは控えたい」と述べるにとどめた。

 菅氏は「中国は東シナ海をはじめとする周辺海空域で活動を急速に拡大、活発化している。政府としてはその動向に注意していきたい」と語った。

 報道によると、中国軍は尖閣諸島に近い浙江省・ナンキ列島に最新鋭のレーダーを設置しヘリポートも整備中で、軍用機の滑走路建設計画も浮上しているとしている。

中・韓への国民感情冷え込む 「親しみ感じない」が過去最高

TBS系(JNN) 12月20日(土)18時31分配信

 中国と韓国に「親しみを感じない」という人の割合が、1978年の調査開始以来、最も高くなったことが、内閣府の世論調査で明らかになりました。

 内閣府による「外交に関する世論調査」では、中国に「親しみを感じる」と答えた人は「14.8%」、「親しみを感じない」と答えた人は「83.1%」でした。「親しみを感じない」と答えた人の割合は、3年連続で増え、調査開始以来、最も高くなりました。

 また、韓国に、「親しみを感じる」と答えた人は「31.5%」、「親しみを感じない」と答えた人は「66.4%」で、こちらも「親しみを感じない」と答えた人の割合が、過去最高となりました。

 一方、アメリカに「親しみを感じる」と答えた人は「82.6%」、「親しみを感じない」と答えた人は「15.3%」でした。(20日17:07)

最終更新:12月21日(日)9時22分


ソウル市のすべての中・高校に『親日人名辞典』配布

2009年に民族問題研究所が刊行した『親日人名辞典』(全3巻)の第2巻106~107ページに載った朴正煕の項目。辞典には親日派4398人の親日行跡が収録されている。

中国人は「中華思想」を持っているから、隣国との関係
がうまくいくはずがない。
 中国人には国境という概念もない。
 ここから見える向こうまで俺の先祖が住んでいたのだと
言い張る。...
 自分の立場が弱い間は、国境を決めないで子孫にまかせ
ればよいと考える。国が強くなれば自然に中国のものにな
ると。 

 尖閣諸島の帰属の問題で鄧小平はこの手を使って、これ
は子孫にまかせましょうといって、その場をうまく納めた。
それはどうせ日本の国力が弱まり中国が強くなれば、尖閣
ばかりでなく沖縄も中国領土になる日がくると見通してい
るのである。
 なんという巧妙、大きな中国式領土拡大思想であることか。

中国の歴史を調べてみると、中国文化の膨張主義は、流民、
難民によって生まれてきたことが分かって驚きである。

 中国では王朝末期に大混乱が起こり、その都度、膨大な数
の難民が発生した。
 この難民が天下を押し広げる一方、なかには天下を取るも
のも出てくる。
 難民が天下を取る恐ろしい国である。
つまり、よそからきた泥棒に天下をとられるのである。
 中国では正規軍もひどい蛮行を公然とやるが、敗残兵や難
民はもっとひどくて、怖い。
 敗残兵や食い詰めた人民は、バッタの大群となって、隣地
に押し寄せる。
 昔の中国の中原とは河南省、陝西省あたりを指していたが、
いつの間にかどんどん拡大していったのはこの流民の力であ
った。

これからの日本にとって最も怖いのは、中国の政情不安で
大革命が起こり、何百万の難民が日本に押し寄せることであ
る。
 その場合の難民は武器を持ってくる「武装難民」である。
 日本海の砂浜から容易に上陸してくるから、武器のない地...
方住民は防ぎようがなく、国内に大混乱が起こるであろう。
 すでに日本では、中国から不法難民が多数入って問題を起
こしている。
 また在日外国人の地方参政権要求も激しさを増している。
難民は中国膨張主義の尖兵なのであるから、難民問題を小さ
な問題などと軽視してはならない。
 難民によって、日本国が乗っ取られるかもしれないからで
ある。
 現在すでに中国では、内陸の農村の過剰人口の2、6億人
もが「盲流」と呼ばれる出稼ぎ労働者となって海岸部に押し
寄せ、都市の中を彷徨しているのだ。
 彼らは次の政治不安の革命でも起こると、当然、海外に押
し出される難民の予備軍になるのである。

【裏切りの世界史】「常軌を逸した無法国家、中国」
清水 馨八郎著 詳伝社黄金文庫より抜粋    

『中国海軍 日本列島包囲網』

日本が右傾化していると国内マスコミ、中国・韓国などの特定勢力が過剰に報道しています。

今回の選挙結果を見ればわかるように、民主党や共産党は議席数を伸ばしており、逆に自民党は議席を減らし、次世代の党に関しては19議席から2議席と激減しています。

これだけを見ても右傾化などと言うのは一切のまやかしであり、むしろ左傾化しているのが現状です。

特定秘密保護法の施工、集団的自衛権の閣議決定がされましたが、世界各国にある当たり前の法整備です。

これをもって右傾化と言うのであれば、世界中の国々が右傾化しており、日本だけに文句を言うのはお門違いなのです。

先の戦争は、アメリカが中国と結託して一方的に資源や経済を封鎖し、日本に対し武力行使を執拗に行い、やむ終えない開戦となりました。

そして現在非常に開戦当時と状況が酷似しており、危険な状況が存在しています。

アメリカではアンジェリーナジョリーが監督を務める映画、「アンブロークン」が公開されました。

これは日本が戦時中連合国の捕虜達を拷問し、食人したというあり得ない反日映画です。

こういった映画で日本をワルモノにするプロパガンダは非常に危険なのです。

映画というのは強烈な影響力があります。

日本人は、大空襲を行い、原爆を二発も落としたアメリカに戦後憧れすら抱いてきました。

それも映画が大きなプロパガンダとなっているのです。

アメリカ国民も同じです。

アメリカがイラクに大量破壊兵器があると侵略し、空爆しました。多くのイラク国民が犠牲となり、フセイン大統領を処刑までして、その肝心の大量破壊兵器は一切見つかりませんでした。

そして中国は日本に対し領海侵犯や圧力を日増しに強くし、移民を大量に送り込んでいます。

デフレの不況下であれば、外国人は減っていくものですが、在日中国人は年々増え、今や100万人を超えていると言われています。

さらに中国政府が南京事件を捏造し、国を上げて日本が南京で30万にも虐殺したなどとウソにもならないウソをまじめに騒いでいます。

沖縄は事実上中国共産党の傀儡政権に牛耳られてしまいました。

中から外から圧力を日増しに強め、裏では中国とアメリカは手を握っているのです。

これは戦前に日本が追い込まれた状況そのままです。

そして【朝鮮日報】によれば、

「中国海軍の北海艦隊に所属する艦船5隻は今月4日、鹿児島県の大隅海峡を通過し、西太平洋に進出した。その後、航路を北に取り、日本列島沿いをオホーツク海まで北上し、25日に北海道とロシアのサハリンの間にある宗谷海峡を通過し、ロシア沖に達した。

同様の時期に中国海軍の東海艦隊に所属する艦船6隻も沖縄県の宮古海峡を通り、
西太平洋に出た。同紙は「中国の主力である北海艦隊、東海艦隊がそれぞれ日本の北側、
南側を包囲する演習を実施したものだ」と伝えた。」

中国側は日本の右傾化を牽制しているとの見方もあるようですが、そもそも右傾化などしていない事を考えると、一方的な難癖をつけて侵略行為を日増しに強めているだけなのです。

2015年は、目に見えて社会の激変が浮き上がってくるとの見方をしている専門家がたくさんいます。

自然災害も年々強まる一方でしょうし、日本国内の情報戦も日増しに強くなり、様々な社会現象も行き詰りが強まるかも知れません。

そんな中、対日包囲網がすでにここまで忍び寄ってきている現実があります。

安倍政権が戦争に向かっているのではなく、一方的に戦時状態に追い込まれているのです。

安倍政権はこういった状況に対し、日本の防衛戦略を粛々と進めています。

逆に安倍政権でない場合は、合法的に日本侵略に加担する政権が誕生し、武力行使とはまた違った侵略が行われます。

どちらにせよ、前に出ても後ろに引いても、日本はこのままでは戦争を回避出来ません。

一方的に仕掛けられているからです。

その為にどうするべきか。

それを2015年は日本中で真剣に考えなくてはならない年となるかも知れません。

こうした時代の変動期には、多くの混乱が予想されます。

その為にも私達は、日本人としての生き方を学びなおし、真実の情報を元に行動していかなければなりません。

食の事や医療の事も大切な事ですが、今後はますます政治経済、国際情勢、歪められた真実や歴史など、私達が生きるあらゆる社会問題に深く目を向けなければなりません。

大難を小難に変えて行ける様に、私達の日々の生き方が問われると思います。

その小難にしていくには、私達の行動にかかっています。

治療代に「生魚10匹」? 六本木に国籍のないドクターがいた。

ほぼ日刊イトイ新聞「六本木に国籍のないドクターがいた。」 

東京・六本木の築100年を超える洋館で、第二次大戦中に満州から来たエフゲニー・アクショーノフ先生が50年以上にわたって日本の外国人を診察してきました。文化も宗教もいろいろな人たちに慕われ、頼られた先生のクリニックではしばしば、一般の病院ではありえないことが、起こったそうです。しかしながら先生は、残念ながら、この8月に90歳で永眠されました。20年以上にわたって一緒にはたらいてきた看護婦、山本ルミさんに思い出をたくさん、語っていただきました。

アクショーノフ先生が働いていた椅子


──この椅子が先生の席、だったんですね。

山本
60年ちかく、ここに座ってました。

──国籍がないんですよね。無国籍。

山本
うん、満州生まれのロシア人で、戦時中、日本の華族・津軽義孝さんと知り合い、
その方のお招きで、日本へ医学を学びに来たんです。
でも、日本の敗戦で満州が消滅するとドクターは「生まれた国」を失ってしまって。

──以来、国籍がないまま、と。そのことによってなんか、困ることってないんですか?

山本
日本から永住許可をもらっていたし、再入国許可証もあったので、
海外旅行や再入国も自由だったの。もちろん、医師の免許も取ってます。
だから、いつも「国籍なんて持ってなくても 困ることはないよ」って言ってた。

──そうなんですか。

山本
まあ、今から21年くらい前、ここではたらきはじめてから数カ月後に
「うちのドクターには国籍がない」と知ったときはさすがにビックリしましたけどね(笑)。 

20年以上にわたって一緒にはたらいてきた看護婦山本ルミさん


──生前、何度か「六本木の赤ひげ」としてメディアに取り上げられていますよね。
日本ではたらく外国人が頼ってくるけど、
お金のない患者さんからはお代、治療費をとらなかった‥‥とか。

山本
自分自身が、戦時中に苦しかったことを重ねていたのかもしれない。

──そうか、もともとは「そっちの立場」だったから。
レストランではたらいていた不法滞在の男性に
治療費を免除してあげただけでなく「おこづかいまで渡した」
みたいなエピソードも、本で読みました。

山本
この人にはもう行き場がないだろうって、わかってたんでしょうね。
週に1回、ここへ来たら診察してあげて、薬はもちろん、
すごいカロリーのある栄養ドリンクなんかもプレゼントしてました。
よっぽど困っている人には食事代と言ってお金も渡していましたし。

──そこまでいくと、医者以上の何かですね。
そういうところが赤ひげと呼ばれた所以なのでしょうけど。

山本
まあ、ドクターの持論としては「お金の取れなかった患者さんに関しては
 勉強できたと思えばいいじゃない」と。

──どういうことですか?

山本
たとえば、診断してみたら日本では超めずらしい種類の結核だったり、
習慣や常識が日本とは違っていて怪我した指にコーヒーの粉を塗りたくった
ブラジルの人が来たり‥‥。
なんというかまあ、ほんといろいろなのよ、ここに来る患者さんって。

──たしかに、そのようなことはふつうの病院では、学べなさそうですよね。

山本
ただね、私なんかとしては「ドクター甘い!
ちゃんと治療費もらってよ!」っていつも言ってたんだけど。

──以前、治療費を払えなかった人がずいぶん大きな荷物を抱えてきたなと思ったら
「ニシンが10匹入っていた」という仰天の逸話もありますよね。
つまり「支払い」を「生魚で」と(笑)。

山本
しかたがないから昼休みに3枚に下ろしたんだから、私が。
ある日突然、「めっちゃくちゃ巨大なタラバガニ」が届いたりとかもしたし。

──おもしろいです(笑)。

山本
そんなことがあっても、本人はずっと「国籍や人種は関係ないよ。ムスリムも、カトリックも、
 日本人も、中国人も、アメリカ人も、患者であることに変わりはない」
とか言って、自分には国籍がないから、どんな人が来てもわけへだてなく診るんだって。

──仮に「不法滞在の人」が来ても。

山本
治療を優先してましたね。

──あらためて、どんな先生でしたか?

山本
とにかく、患者さんのために自分の時間の100パーセントを使ってる人でした。

──100パーセント。

山本
週末や夜間はもちろんですけど
「祝日の朝方の5時」みたいな時間でも依頼があれば、往診に行くんです。
私がせっかく土曜の夜に食事に誘われて出かけていたとしても
「ルミちゃん往診」って呼び出されたり。

──うわあ、そりゃたいへん。

山本
目の前の本人じゃなくて、遠い祖国のお母さんの病気の相談に乗ったり、
「赤い手紙」を持ってきて「日本語が読めないんだけど、これ何?」
って言うから開けてみたら水道料金の請求書だったり。

──つまり、滞納してるから「赤い」‥‥と。

山本
学校に入るから保証人になってほしいとか。

──みんなの「よろず相談役」だったんですね。
あらためて盛大に「医者の仕事」をはみ出しています。

山本
とにかく、どんな用件であってもクリニックに来た人が元気を取り戻して
笑顔で帰っていく、そのことが「快感」だったんだと思います。
お金だけじゃなく、「ありがとう」って感謝されて、頼られて。
で、だんだんその性格が私にも、うつってきちゃったというか‥‥。


診療所には患者さんの写真がたくさん飾られています。


──たしかに、20年以上も先生と一緒にはたらいてきたってことは
「うつって」ないと無理ですね(笑)。
ちなみに「お金のない患者からは治療費を取らずおこづかいまで渡していた」
と聞くと、ものすごく「聖人君子」な姿が浮かびますが、実際には、どうだったんでしょう?

山本
うーん、「聖人君子」というより‥‥もっと「人間味のある人」だったと思います。
往診で、朝、ホテルに呼ばれてホテルのバイキングで朝ごはんを食べたりすると
リンゴやらゆで卵やらパンなんかをポケットに入れて持ち帰ろうとするんですよ。
上着のポケットをパンパンに膨らましながら、「大丈夫だからホラ」とか言って
私のバッグにもねじ込もうとしてくる(笑)。

──その姿を想像するとかわいらしいです(笑)。

山本
私が「ドクター、持って帰っちゃいけない」ってちょっと怒って言ってるのに
「いいからいいから。ルミちゃんコッソリ入れてって」とか。
戦争で満足に食べられない時期を経験してるからなのかも知れませんけど。

──なるほど。

山本
でも、私もこの前、海外から帰ってきたとき、
バッグの奥底から「白い粉」が出て来たんだけど、それ‥‥「ゆで卵」だったんですよ。
なんかもう、ボロボロに崩れ果てた‥‥。

──つまり「そっちの癖」も、いつの間にかルミさんに「うつって」いた(笑)。

山本
まあ、これは冗談半分だと思うんですけど街を歩いていて
ミニスカートの女の人が向こうから来たりすると
私に「見て見て、ホラ見て!」ってうるさいんです(笑)。
「わかったから、大人しくしてください」
「私に言ってどうするんですか!」とかって言うんだけど、
「見てみて、ルミちゃんホラあそこ」って。

──チャーミングですね(笑)。

山本
そんなことを90歳ちかくになってもやってたんですよ?
かわいらしいというか、いつまでも男の子みたいっていうか、そういうところのある人でした。 

【世界は日本をどう見ているのか】

『12/8 ~世界が変わった日~』


~【タイ】 ククリット・プラモード 元首相~
『日本のお陰でアジアの諸国はすべて独立した。
日本というお母さんは難産して母体をそこなったが生まれた子供はすくすくと育っている。
今日、東南アジア諸国民がアメリカやイギリスと対等に話ができるのは一体誰のお陰であるのか。
それは『身を殺して仁をなした』日本というお母さんがあった為である。
「12月8日」は我々に、この重大な思想を示してくれたお母さんが一身を賭して重大決意された日である。
更に8月15日は我々の大切なお母さんが病の床に伏した日である。
我々この2つの日を忘れてはならない。』

73年前の今日、世界の90%は白人国家の植民地となり、「白人以外は人にあらず」と言う、まさに暴力による奴隷支配が世界を席捲していました。

その脅威は500年前の大航海時代から始まり、白人達による奴隷支配がアジアの国々にも訪れ、その脅威に直面していた日本は江戸時代を開国し、明治維新と共にその支配に対抗せざるを得なかった。

日本を包囲するかのようにアジア諸国は欧米植民地となり、日本はアジアの解放なくして自分たちに迫る脅威に対抗できず、その為に日清・日露戦争を戦い抜き、その他アジア諸国の独立を懸命に支援して来ました。

それが後の敗戦後、いつの間にか日本の侵略行為と刷り返られ、戦後の教育や情報では、白人達の残虐な支配は隠され、日本は非道な侵略国家だったとディスインフォメーションされ続けてきたのです。

白人以外は奴隷と言う今では信じられない価値観が世界で占められる中、1919年(大正8年)、第一次世界大戦後のパリ講和会議の国際連盟委員会において、日本は人種差別の撤廃を明記するべきという提案を主張。

賛成多数で可決されるその時、イギリス帝国の自治領であったオーストラリアやアメリカ合衆国上院が強硬に反対し、ウッドロウ・ウィルソンアメリカ合衆国大統領の裁定で否決されたのです。

国際会議において人種差別撤廃を明確に主張した国は日本が世界で最初だったのです。

その後、白人支配の脅威となり、最後の牙城となる日本。

対日包囲網は日に日に強まり、資源や経済封鎖(これは戦時国際法違反であり、戦争行為です)をされながらも、何度も武力を伴う戦争に至らない話し合いの道を提案する中、最後通牒と言われる「ハルノート」が日本に突きつけられる。

血と汗の結晶であったアジア諸国の権益を放棄し、または軍備を放棄し、江戸時代に戻れとするものだった。

それはイコール暴力支配を受け入れろというものなのです。

明治開国から積年の努力を積み重ね、世界の平和、アジアの解放の為に苦心した全てのものが挫折したと知り、「事態ここに至る、座して死を待つより、戦って死すべし」という武士道最後の決断に迫られたのです。

あの大東亜戦争とは日本の侵略戦争でも何でもなく、世界の存亡をかけた最後の戦いだったのです。

詳しくはこちらを参照下さい↓↓↓
『ペリー来航(開国 1853-53)から大東亜戦争(1941-45)までの日本の歩み 』
http://kousyoku.doorblog.jp/archives/40260783.html

先の戦争は、日米大戦とか太平洋戦争などと時に呼ばれますが、正式には「大東亜戦争」です。

1941年12月8日、「開戦の詔勅」によってそれは始まりましたが、その日日本はアメリカ合衆国とイギリス帝国二ヶ国同時に宣戦布告し、マレー作戦と真珠湾攻撃を同時に実施。

さらにその連合国に付き従う国々を相手に、勝てる見込みの無い戦いに身を投じる事になったのです。

そして真珠湾攻撃という非道な奇襲作戦を印象付ける為に、太平洋戦争と呼ぶように戦後刷り返られたのです。

一般人を含めた300万人以上の犠牲を払い、日本全土が焼け野原と化しました。

核爆弾は二発も落とされ、日本全土が圧倒的な暴力に包まれました。

しかしあの戦争によって、日本の戦後の奇跡の復興が行われ、世界中の植民地支配がなくなりました。

多大な犠牲と損害に対し、軍部の批判や日本のあり方が戦後全否定される中、当時の全てを擁護するわけではありませんが、その犠牲によって世界が救われたのもまた事実なのです。

日本の存亡をかけたあの戦いがなければ、そしてあれだけの勇気ある偉大な犠牲が無ければ、世界は完全に暴力によって白人支配が行われ、その非道な虐殺や支配を見れば、この犠牲などでは到底済まなかったのは明白です。

いえ、世界には白人だけが人間の権利を持つ社会が永久に行われたのです。

私達の生きる社会は、あの偉大な犠牲の上に創られたものなのです。

今ある自由も、権利も、全てがあの戦いによって残されたものなのです。

それを知ろうともせず、また面倒なものに蓋をして生きるというのは、あまりにも我善し(今だけ・金だけ・自分だけ)となってしまってはいないだろうか。

そんな私達に安心や本当の幸せなど起きるはずがありません。

この12月8日とは、私達のおじいさんやおばあさんが、世界の全てを背負って立ち上がった日です。

せめてどのように受け止めようとも、この日が日本の先人達によって世界を変えた日である以上、真実を知る責任が私達にはあると思うのです。

終戦の日である8月15日に流された「耐え難きに耐え、偲び難きに偲ぶ~」と言うラジオから発せられた玉音放送(終戦の詔勅)は多くの方が知っている事だとは思います。

しかし世界を変えた「開戦の詔勅」は、戦後自分たちの非道を隠す為に封じられて来ました。

そこに当時の真相が隠されているからです。

長くなりますが、ぜひその世界の真実をお読み下さい。

<開戦の詔勅 現代語訳文>

【神々のご加護を保有し、万世一系の皇位を継ぐ大日本帝国天皇は、忠実で勇敢な汝ら臣民にはっきりと示す。私はここに、米国及び英国に対して宣戦を布告する。私の陸海軍将兵は、全力を奮って交戦に従事し、私のすべての政府関係者はつとめに励んで職務に身をささげ、私の国民はおのおのその本分をつくし、一億の心をひとつにして国家の総力を挙げこの戦争の目的を達成するために手ちがいのないようにせよ。そもそも、東アジアの安定を確保して、世界の平和に寄与する事は、大いなる明治天皇と、その偉大さを受け継がれた大正天皇が構想されたことで、遠大なはかりごととして、私が常に心がけている事である。そして、各国との交流を篤くし、万国の共栄の喜びをともにすることは、帝国の外交の要としているところである。今や、不幸にして、米英両国と争いを開始するにいたった。まことにやむをえない事態となった。このような事態は、私の本意ではない。 中華民国政府は、以前より我が帝国の真意を理解せず、みだりに闘争を起こし、東アジアの平和を乱し、ついに帝国に武器をとらせる事態にいたらしめ、もう四年以上経過している。さいわいに国民政府は南京政府に新たに変わった。帝国はこの政府と、善隣の誼(よしみ)を結び、ともに提携するようになったが、重慶に残存する蒋介石の政権は、米英の庇護を当てにし、兄弟である南京政府と、いまだに相互のせめぎあう姿勢を改めない。米英両国は、残存する蒋介石政権を支援し、東アジアの混乱を助長し、平和の美名にかくれて、東洋を征服する非道な野望をたくましくしている。あまつさえ、くみする国々を誘い、帝国の周辺において、軍備を増強し、わが国に挑戦し、更に帝国の平和的通商にあらゆる妨害を与へ、ついには意図的に経済断行をして、帝国の生存に重大なる脅威を加えている。私は政府に事態を平和の裡(うち)に解決させようとさせようとし、長い間、忍耐してきたが、米英は、少しも互いに譲り合う精神がなく、むやみに事態の解決を遅らせようとし、その間にもますます、経済上・軍事上の脅威を増大し続け、それによって我が国を屈服させようとしている。このような事態がこのまま続けば、東アジアの安定に関して我が帝国がはらってきた積年の努力は、ことごとく水の泡となり、帝国の存立も、まさに危機に瀕することになる。ことここに至っては、我が帝国は今や、自存と自衛の為に、決然と立ち上がり、一切の障害を破砕する以外にない。皇祖皇宗の神霊をいただき、私は、汝ら国民の忠誠と武勇を信頼し、祖先の遺業を押し広め、すみやかに禍根をとり除き、東アジアに永遠の平和を確立し、それによって帝国の光栄の保全を期すものである。】


MAN
Animation created in Flash and After Effects looking at mans relationship with the natural world. Music: In the Hall of the Mountain King by Edvard Grieg. fa...

『バタフライ・エフェクト(効果) ~世界を変える力~』

私達の今日の行動が、未来の人達が生きる世界が大きく変わります。バタフライ・エフェクト(効果)とは、初期のわずかな変化が思いがけない方向へ発展してゆくこと。

ある場所での蝶の羽ばたきがそこから離れた場所の将来の天候に大きな影響を及ぼすという計算結果から、そう呼ばれています。

「北京で蝶が羽ばたくと、ニューヨークで嵐が起こる」や、「アマゾンを舞う1匹の蝶の羽ばたきが、遠く離れたシカゴに大雨を降らせる」という表現が使われることもありますが、それを目にする事は出来ませんが、高度な数式では理論上それが嘘とはならないのです。またはタイムスリップ映画などで、過去をほんの少し変えてしまった事が、後の世界を大きく変えてしまうというような、ほんの少しのアクションが、遠い場所で、または未来に影響を及ぼす力を言います。私達は、意識的にも無意識的にも何気ない日常を過ごしています。その何気ない日常は、この世界中の人々が行っている事で、何十億人という人々の小さな行動が複雑に絡み合い、この世界の秩序と社会が営まれています。誰かが欠けても、誰かが増えても、大きな差異が生じなくとも、同じ社会や未来は存在しないのです。私達は自分一人位と安易に考えてしまうものですが、実は世界にとってとても大切な存在であり、行動なのです。

何度もお伝えしているように、現代社会は、失うものと引き換えに多くのモノを手にしています。しかしそれは目先の利益、経済的・物質的繁栄に余りにも目がくらみすぎて、私達の失いかけている犠牲は余りにも大きくなりすぎました。

今、世界中で自然界の大変動が大きくなってきています。

長い長い歴史の中、社会が大きく変わったその時、必ずその前兆として天変地異が起こっているのです。

私達が気づきあげたこの社会を見ても、地球の存在から見ても、今時代は大きく変わろうとしています。

いえ、変わらなければならないのです。

私達のたった小さな行動は、この世界に大きく影響を及ぼす力がある以上、その小さな行動を積み重ねて新しい社会を、地球を創り上げなければなりません。

ゴミのポイ捨てをやめるだけで大きく地球環境が変わる可能性があります。ふとした親切がいつの間にか連鎖して大きな優しさを社会に投げかける事に繋がるかも知れません。

政治にしっかり目を向け、その一票が後の日本に大きな影響を及ぼすのです。先人達のほんの少しの愛と勇気が、これだけの社会を残してくれました。そう言ったほんの小さな行動が直接自分に返ってくるものかはわかりません。

しかし私達は、神様からこれだけの力と役割を与えて頂き、生まれて来ているのです。私達には世界を変える大きな力が秘められているのです。そうした力を放棄せず、一歩一歩積み重ねた行動は、大きな社会貢献となるのです。人は誰かの、何かの役に立って始めて本当の喜びを感じるもので、究極の「幸せ」とは世の役に自分が立っている事を自覚した時だと言われています。

それは大きな事をせずとも、小さな小さな「善の行い」を積み重ねる事が、究極の幸せに繋がるのです。

私達は戦後、「今だけ・金だけ・自分だけ」と言う事が正しいと思い込まされてきました。しかし社会の為に考え生きることは、自分の本当の喜びとなるのです。

【天国のあなたへ】とある80歳の方の恋文

自分の好きな人がこれ位、自分の事を想ってくれてたら、

ずっとずっと想い続けてくれるなら、もはや他には何もいらない。

党首討論の途中で、「菅原文太さん死去」のニュース速報が流れて、そこからは、党首たちが何を話しているのか、耳に入らなくなりました。
平和と環境、日本の政治、本気で何とかしようとされていた方だと思います。

10月23日、熊坂義裕さんの決起集会でスピーチしてくださった菅原文太さん。プロフィールを、「俳優の…」と紹介されると...、「有機農家の!」とご自分で訂正されてた…。
http://blogyai.blog48.fc2.com/blog-entry-1841.html

福島県知事選のあとは、沖縄県知事選の応援に向かい、こちらでも感動のスピーチをされています。動画をぜひ。http://youtu.be/8PFTMiaHXAc

スピーチ抜粋
↓↓

政治の役割はふたつあります。
ひとつは、国民を飢えさせないこと、安全な食べ物を食べさせること。

もう一つは、これが最も大事です。

絶対に戦争をしないこと!

私が小学校の頃、戦国少年でした。
なんでゲートルを巻いて、戦闘帽を被って、竹槍を持たされたのか。
今振り返ると、本当に笑止千万です。
もう二度と、ああいう経験は子どもたちに、子どもたちだけじゃない、あの雨のなか、将来大事な大学生も戦地へ運ばれて、数が帰ってこなかった。

今の政府と、本土の政府ですよ、仲井真知事は、まさに戦争が起きること、戦争をすることを前提に、沖縄を考えていた。
前知事は、今、最も危険な政権と手を結んだ。
沖縄の人々を裏切り、公約をほごにして、辺野古を売り渡した。

古い映画だけど、「仁義なき闘い」に、裏切り者の山守(やまもり)、覚えてらっしゃらない方もいるかな?
(覚えてるよー!)

映画の最後で、『山守さん、弾はまだ残っとるがよ。一発残っとるがよ』
というセリフをぶつけた。

『仲井真さん、弾はまだ一発残っとるがよ』
と、ぶつけてやりたい。

沖縄の風土も、本土の風土も、海も山も風も、すべて国家のものではありません。
そこにすんでいる人たちのものです。
辺野古もしかり!
勝手に他国へ売り飛ばさないでくれ。

まあそうは言っても、アメリカにも、良心厚い人々はいます。
中国にもいる。
韓国にもいる。
その良心ある人々は、国が違えど、同じ人間だ。
みな、手を結び合おうよ。

翁長さんは、きっと、そのことを、実行してくれると信じてる。
今日来てるみなさんも、そのことを、肝に銘じて実行してください。
それができない人は、沖縄から、日本から、去ってもらおう。

高倉健インタビュー秘録/野地秩嘉
<第15回>政治家よりも経済人よりも日中友好に寄与した
2014年12月16日  日刊ゲンダイ

【単騎、千里を走る。 (2006年・東宝)】

北京オリンピックの開会式を演出したチャン・イーモウ監督の作品。チャン監督作品は「紅いコーリャン」「あの子を探して」「初恋のきた道」なども知られている。

 この映画は高倉健が出演したなかではあまり評価されていない。公開時は反日デモがあったため、日本国内で中国映画を敬遠する雰囲気があった。そのため、この映画はヒットしたとはいえない。

 しかし、わたしはこの作品は高倉健がやりたくてたまらなかったものであり、それだけに彼の気が入った作品だと思っている。

 チャン監督は高倉健の出演を熱望した。それは事実だ。だが、高倉健もまたチャン監督のファンであり、「一度は一緒に仕事をしたい」と願っていたのである。チャン監督の一方的な熱情に動かされて出演したわけではない。

 ふたりの間では脚本のやりとりが2000年から続いていた。撮影が始まったのは05年。時間をかけて脚本を練り直し、そして、完成した映画である。

 ロケの舞台、中国雲南省にある麗江。標高は2400メートル。高原で空気は乾燥しており、紫外線も強い場所だ。高倉健はそこへひとりで出かけて行った。マネジャーも付き人も連れて行っていない。中国スタッフのなかに単身、乗り込んでいった。

 本人はこう語る。

「『単騎、千里を走る。』は三国志に由来するもので、中国の仮面劇の演目です。チャン・イーモウ監督から、その題名を聞いた時、僕は『ひとりでどこかへ旅する映画なんだな』とふと想像しました。

 途中からスタイリストとヘアメークには来てもらいましたが、(麗江へは)ひとりで出かけて行きました。題名通り、僕も単騎で撮影に臨んだ方がいいと考えたのです。

 最初のうちは目が乾いて困りました。映画俳優という仕事は照明を目に当てられても、まばたきをしてはいけない仕事です。強い紫外線と乾燥した空気に適応するまでに10日間はかかりました。でも、そんなこと言っちゃいけない。体に悪いことを承知でやるのが俳優の仕事なんだから」

 本作で、高倉健は漁師の役をやっている。息子は民俗学者(中井貴一、声だけの出演)。息子が病気になり、代わりに父親役である高倉健が中国に出かけて、息子が果たせなかった夢を実現しようとする。

 チャン監督の映画の特徴は出演者が素人であること。

「地方に暮らす人々を描くためには、そこに実際に住む人の心情が映し出されていなくてはいけない」

 それがチャン監督の考え方で、同映画に出てくる観光ガイド役のチュー・リンは実際にその仕事をやっている。ロケを見学に行った時、出演が終わっていたチュー・リンは実際にわたしのために観光ガイドをしてくれた。もちろん、わたしもガイド料を支払った。

 チュー・リンは高倉健について、こう言っていた。

「高倉さんは中国人にとってはあこがれの俳優です。誰でも、あの人のことは知っています。ロケの間、どんな時でもあの人が腰かけて休んでいるのを見たことはありませんでした。私たち出演者、スタッフはみんな、あの人の立派な態度に心を打たれて映画に協力しました」

 政治家よりも経済人よりも、日中友好に寄与したのは高倉健だ。この映画を見ると、その事実がわかる。

『選挙に目を向けよう!選挙に行こう』

【故・菅原文太さんに続き、声をあげる俳優・宝田明(80)さん、タレント・大橋巨泉(80)さんの覚悟と決意 】
TABIBITO
※ moritakeue/12321558.html
故菅原文太さん、宝田明さん、大橋巨泉さんというベテランの俳優やタレントが、本業だった映画俳優業やタレント業以外で、80歳にもなって、こ...こまでの自分の身を捨てるような覚悟と決意をしなければならない今の日本の国とは、いったいどういう国なのだろうか。

戦争について、そして、今度の選挙について、宝田さんや大橋さんが、なぜそこまで声をあげ、強くアピールしているのか──そのことの意味を、戦後生まれの人や若い世代の方たちも考えてみてはどうだろう。

今まで選挙に言ったことのない人も含めて、今後の自分たちの未来と日本の未来について、そしてその選択について、真剣に考えるべき10日間ではないだろうか。

宝田明氏
「無辜の民が犠牲となる無残な戦争を、一握りの人間にもてあそばれてやることはあってはならない。
間違った戦争を繰り返してはならないと思います。
最近、ややもすると、キナ臭い動きが国内にも、周辺国にもあります。
戦争を助長することも、加担するような動きもしてはいけないと思います。」

「日本が間違った道を選択しないように、選挙で、戦争をしようとする人ではなく、そうではない人を選ぶことが大事です」

「声を大にして言いたい。
戦争をおこしてはいけないというメッセージを発信し続けていきたい。」
大橋巨泉さん

「多少減らしても、過半数以上が固い。それなら、今選挙をすれば、あと4年間は多数派でいられる。その間に、本当の目的である憲法改正や集団的自衛権が確立できる、と踏んでいるのだ。
つまり日本が攻められたケースでなくても、遠く離れた外国においても戦争に参加できる国にしたいのだ。
それを隠して、やれ『税制』だの、『アベノミクスの評価』だのと、争点をスリカエている。実に狡猾で汚いやり方である。」

「4年間の絶対安定多数を得た上で、衣の下の鎧を見せて目的を果すというやり方は、断じて許せない。」

「要するに、日本の選挙民の質はこの程度のトリックで十分だと、ナメ切っているのである。
こんな風に見くびられて良いのですか?皆さん。
理由も政策もいらない。
こんな選挙を許さない唯一方法は、『野党に投票する』ことです。」

「こんな書き方をするのも、この選挙が、ボクにとって最後の選挙になるかも知れないからだ。」

「(腫瘍を)今のうちに叩けば治療の可能性はあるらしいが、とに角相手はがんである。ある程度の覚悟は出来ている」
「少なくとも3度目のがんとは戦う。しかし何と言っても3度目だし、年齢ももうすぐ81歳である。それほど長い人生が待っているとも思えない。
 
何回も書いたことだが、それ程才能にも恵まれた訳でもないのに、こうして安穏な後半生を送れたのは、ボクの番組を見てくれた諸兄姉のお蔭である。
まことに幸運に恵まれたと思う。
ただそうした皆さんが、そしてその子孫が、不幸になるのは看過できない。
どんなに優しく見えても、巧いことを言っても、安倍晋三の野望は恐ろしいものである。
日本を戦争のできる国にしたいのだ。
しかし彼は銃を取らない。
銃をもって戦場におもむくのは、貴方の子孫です。
これだけは何としても喰いとめたい。
今回の選挙で勝ったら、4年の間やりたい事が出来る。
それだけはストップをかけたいのだ。」

今年も残すところ最後のひと月となりました。

忙しなく動く12月と同時に、衆議院選の公示が始まりました。

投票日は12月14日、突然の解散と師走の時期もあってか、投票率はかなり低いと予想されています。

当会も最近は政治関係の話も多く、名前と主旨とずれているのでは?とのご指摘の声も頂いております。

もちろん私もこの会を立ち上げたのは、あまりにも社会の問題や方向がおかしな状況に傾いている、政治や行政の腐敗は醜く、市民の目覚めが最も大切だと思ったからです。

そしてあらゆる問題がある中、最も身近な「食」のあり方が歪みに歪み、病気は増える一方で、人を救う医療はお金儲けの利権でがんじがらめになっている現状を一人でも多くの人と共有できればと思っています。

しかし当会の趣旨は、最も身近な「食」から、社会全体の「幸せ」を考え、出来る事をそれぞれ実践していく活動です。

現在、様々な情報が発信され、食の安全・安心が叫ばれ、国民意識はひと時より遥かに食に対する意識は高まっていると思います。

しかし食の意識が高まるだけでは社会全体の向上は難しい。

そこから先、戦後の歪んだ社会構造をしっかりととらえ、様々な真実を広く共有する事で始めて社会が変わって行く一歩となるのです。戦後日本人は、欧米の偏った「個人主義」なるものが植えつけられ、『今だけ・金だけ・自分(身近な人)だけ』となってしまいました。社会全体の事を考えることはナンセンス。

今が楽しくて、何の生産性も無い趣味や思考に浸れていれば良いではないかという価値観が染み渡ってしまっています。

しかし良く考えてみれば簡単にわかる事ですが、国の安定、地域の活性、町の治安が守られてこそ私達の自由があるのです。

そういった事を日本国民全員で考え、責任を果たす事で食の安心を選ぶ自由があるのです。

それにはやはりどうしても『政治』に繋がります。

私達も一人でも多くの方と真実を共有する事が出来ればと僅か小さな活動を行っています。

そうしていくと、こんな小さな活動でもどうしても政治にぶつかります。政治家などはこの世でもっとも醜く、恥ずべき存在だと思ってきました。そんな奴等にこの国は任せておけない、その為に市民が意識覚醒とともに立ち上がる事が大切だと思い、市民団体「幸食研究所」を立ち上げたのです。

しかし政治にぶつかっていく中、きちんと政治に目を向けてみると、一括してダメな烙印を押してきた政治家にも、詳細に目を向けてみれば本当にこの国や地域の為に立ち上がっている数少ない方々が存在していました。

そしてこの国をダメにしている政治家だと思っていた存在が、実は本当に命懸けでこの国を守ろうとしているという「事実」も浮き上がって来ました。

ではなぜそんな政治離れをして、政治=悪、政治家=金となってしまっていたのか。それがマスコミのメディアコントロールであり、日本人劣化作戦だったのです。

この国では国の為にがんばればがんばるほど叩かれ、様々なレッテルを社会的に貼られ、失脚します。

私達に対しても、政治の腐敗、権力=悪、そしてくだらない趣味に興じるように政治と国民を切り離そうとする情報操作が毎日毎日行われています。社会の事は私たちの事なのだからもうちょっと真剣に目を向けようと言えば変わり者となってしまう。

そんな風潮を作っているのは大手マスコミなのです。

自分たちの行く末に直結している政治というものから、私達は様々な理由をつけ、引き離されているのです。

それは誰にとって得なのか。組織票を持っている政治家や政党です。宗教票や組合票、経済団体票や医師会票などという、特定の利権体質が票数獲得しやすくなるのです。

しかし私達多くの市民にとって、特定利害などほとんど関係ありません。その利害関係なく存在する私達が政治離れする事により、特定利害団体が自分たちの都合の良い方に政治を歪めてしまっているのです。その歪みこそが政治腐敗となり、それを見ることにより更に私達は政治離れしてしまっている負の連鎖となってしまっています。突き詰めれば、自分の事ばかり考え、難しい事に蓋をして、人任せに生きてしまっている私達一市民こそが、この国を歪めてしまっているのです。景気が低迷しているのも、財政が切迫しているのも、犯罪が増えているのも、外国の侵略を許しているのも、食が荒れているのも、医療が腐敗しているのも、全て私達が政治に「無関心」になってしまっているからなのです。

だから私達は、投げやりにならないで、無駄だとあきらめないで、難しいと毛嫌いせずに、政治に、そして政治家にしっかり目を向けなくてはならないと思うのです。当会は、無駄な争いや競争のない、エコで精神性豊かな社会を夢見て地道に活動します。

しかし同時に間接的な侵略戦争は現実に行われています。

そういった現実がある以上、農業回帰や自然回帰を推進しているだけであれば、外国にとっては武力の弱い日本など侵略の格好のターゲットとなってしまいます。現実的には残念ですが、お隣に侵略を企てる国々がある以上、「強く優しい日本」である必要があります。近代文明とエコ社会の融合は、現在の技術力を以ってすれば難しい事ではありません。それが出来ないであるのは、依然としてアメリカの属国であり、中国・韓国の侵略の脅威に日本はさらされているのが第一。そして選挙に無関心・投げやりな私達のせいで、利権が日に日に強固となり、それを侵害する価値観や技術などを力で潰されてしまうのです。それが支配勢力(アメリカやグローバル企業)、反日勢力(中・韓・国内共産主義者)を増長させてしまっているのです。しかし名も無き私達には大きな武器があります。

それは圧倒的な数です。私達名も無き市民が立ち上がれば、それはとてつもない力となります。その力の行使が選挙で一票を投じる事です。冷静にマスコミの歪んだ情報に惑わされず、本当の私達の代表にふさわしい政治家を、そして政党を選ぶ事が、結果私達の社会を取り戻せるのです。ですから、たった一票などと考えずに、しっかり政治に目を向け、一票と言う右ストレートを社会に叩き込みましょう。そしてそう言った意識をもっと多くの人達が目覚めてくれるように、身近な人たちと何度もそういう話をしながら、国を考えていきましょう。その国の繁栄が、私達の繁栄となるのですから。

*当会としては今の選挙システム自体が間違っていると思います。
政治家は票の為に仕事をせざるを得ない状況があるからです。
しかし投票者が増えれば増えるほど、政治家は政策に没頭する事が出来ます。その意味でも、まずは私達の武器を手にとって立ち上がらなければなりません。

「約束 - イ・サン主題曲」


韓国の大河ドラマ「イ・サン」の挿入歌。世孫サンを慕う、茶母ソンヨンの心情を歌う。ソンヨンは、可愛くて、瞳が綺麗過ぎる!!
歌::チャン・ユンジョン ・・雰囲気にピッタリです。

【チャン・ユンジョン】(張允瀞、장윤정、本名同じ)


作詞/作曲:イム・セヒョン
編曲:パク・チヌァン
歌手:チャン・ユンジョン

覚えていますか
切ないあの出来事を

あなたが いらっしゃる日を
今日か明日かと待ち続け

やっと分かったのです
あなたの心は 私のそばに ないことが

φもう会えませんか
愛しては いただけませんか
あの深い想いは 幻だったのですか

忘れないでください
この切ない愛が 恋しい日には
私が そばにいることを

φRepeat

このままではいけませんか 
どうか帰らないでください
あの深い想いは 幻だったのですか

忘れないでください
この切ない愛が 恋しい日には
私が そばにいることを

 

【最後の川】【チャン・ユンジョン】(張允瀞、장윤정、本名同じ)

作詞:キム・スンゴン・日本語詩:田久保真見
作曲:イム・ガンヒョン

森山愛子「約束」(ドラマ「イ・サン」挿入歌の日本語カバー)、レコチョク演歌/歌謡曲フル・週間ランキング 初登場1位獲得!

■音楽交流で異文化との共生を推進致します。Apex product 代表 柳

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青空と向日葵の会 代表 柳

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