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「どうして息子が」闇バイトの果てに…【世直し桃太郎】


「普通に学校に行って、勉強もして、アルバイトもして、友達ともつながって…普通に生活してほしかった」

しかし、その願いはかなわなかった。
大学に入学してわずか2か月、息子は交通事故で死亡した。

一緒に車に乗っていたのは『闇バイト』で集まった窃盗事件のメンバーだった。

おとなしかった息子はなぜ、犯罪に手を染めることになってしまったのか。
父親への取材を通して見えてきたのは、親でも知らない息子の姿だった。

(大津放送局 記者 丸茂寛太)

突然の電話

おととし、2021年5月30日。
昼すぎ、突然、自宅の電話が鳴った。

「息子さんが事故にあって亡くなりました」

電話の相手は警察官だった。

「間違いであってほしい」

そう思いながら、指示された滋賀県内の警察署に妻とともに向かう。
身元確認のために遺体を見せられる。

「違う、息子じゃない」

安心したのもつかの間、もう1人確認するよう求められた。
そこにいたのは、息子だった。
「息子で間違いないと。もうがく然として崩れ落ちたという感じでした」
この日の早朝、当時大学1年生だった息子を含む5人が乗った軽自動車が、滋賀県の新名神高速道路のトンネル内で燃料切れのため停車していた。
現場のトンネル
そこに大型トラックが追突。
軽自動車に乗っていた5人のうち、息子を含む2人が死亡し3人が重軽傷を負っ
息子は、この年の4月に大学に入学して滋賀県で1人暮らしを始めたばかり。

なぜ事故に巻き込まれたのか、どこに行こうとしていたのか。
思い当たることは何もなく、頭の中は混乱していた。

息子の部屋にはSIMカード

その日のうちに、息子が住んでいた部屋に向かった。

そこで目にしたのは、大量のSIMカードや女性用の時計、それにサングラスなど。どれも息子と結び付かないものばかりだった。

息子の部屋にあったSIMカード
不審に思って警察に連絡すると、思いもよらない言葉が返ってきた。

「そのままにしておいてほしい、事件性があるかもしれない」
父親
「いろいろと出てきたものを見ると、何か嫌な感じがしました。(実家を)出て2か月ほどしかたっていないのに、どうしたんだろうな。なんか知らない世界をかいま見ちゃったという気もしました」
事故から2か月後、警察から何度目かの電話があった。

「軽自動車の車内から金庫が見つかった。名古屋市内の住宅で盗まれものだと分かった」

刑事からそう告げられた。
息子もこの窃盗事件に関わっていたという。
車内に残されていた金庫
一緒に車に乗っていた男女3人は窃盗などの罪で逮捕・起訴された。

息子は交通事故の被害者であると同時に、窃盗事件の加害者でもあったのだ。

一方、渡していた生活費はほとんど手付かずのまま残されていた。

“普通の大学生活を送っている”と思っていた息子は、なぜ事件に加担し、そのあげくに死んだのか。

息子は“ニシダ”と呼ばれていた

事故から5か月余りたって裁判が始まった。
真実を知りたいと、妻とともに通った。

事件は『闇バイト』によるものだったと明らかにされていった。
▼息子たち窃盗に関わった5人はSNSなどを通じて知り合い、時間がたつとメッセージが消える通信アプリ「テレグラム」で連絡を取っていた。

▼互いの素性は知らず、テレグラムのアカウントの名の「クイーン」や「キャット」などと呼び合っていた。

▼息子は「ニシダ」と呼ばれていた。偽名だった。

▼5人は大阪で集まってから名古屋で犯行に及び、その帰路に事故に遭った。

▼息子は盗みに入ろうとねらった家のインターホンを押して、住民の不在を確認する役割だった。

▼同乗者に携帯電話のSIMカードを取り上げられ「返してほしければ窓ガラスを割ってこい」と命じられていた。

▼金庫を盗んだ現場から逃走する際、置き去りにされそうになっていた。
さらに、3人の供述などから、息子が名古屋に向かう途中に犯行を嫌がって泣いていたことや、金庫を盗んだ現場で立ちすくんでいたことなどを知った。
同乗者の供述より
「(息子は)名古屋に向かっている道中等でも、ずっともう本当に帰らせてくださいよ等と言って、時には涙を流していました」

「同乗者は、盗みをする時等に(息子に対し)はよ行けや等と言っていました。別の同乗者は(息子)から携帯電話機を取り上げて勝手にラインを送ったりして遊んだりしていました」

「(息子は)まだパニック状態なのか車に乗ろうとせず、家の前に立ち尽くしていました。すると、同乗者があいつもういいやん等と言い出し車を発進させたのです。私は、さすがに放っていくのはやばいやろう(息子が)捕まったら俺らも捕まってしまうやろうと思い、とても焦ったのを覚えています」
父親
「だんだんといろいろ話を聞いて、何とも言えない気持ちでした。利用されてたんだなっていうのはいろいろ後から分かってくるんですけども、やりきれない気持ちでした」
一方で裁判では、肝心の「なぜ息子が加担したのか」は分からなかった。
自分が知る息子の姿とまったく結び付かない『闇バイト』

裁判のあとも答えを探し続けた。

親子関係は良好だったが…

息子は元々、おとなしい性格で幼いころから電車が好きだった。
小学2年生の時の息子
中高一貫の私立に通い、中学時代は生徒会長も務めた。
数学が得意で、高校卒業後は大学の理系の学部に進学。
思春期を迎えても私と2人で旅行に出かけていた。

大学進学で1人暮らしを始めたあとも「その日何を食べたのか」など、LINEでたあいもないやりとりをしていて、関係は良好だった。

大学入学から1か月、5月の大型連休で帰省した息子は金髪になっていた。
大学生になった息子
そのときはあまり気に留めなかった。
「最近の大学生だとそんな人も多いので、人並みの変化かなという気はしましたけど。変わった様子はありませんでした」

息子が金髪になった本当の理由

しかし、その背後で、息子の生活には私の想像を超える変化が起きていた。

事故後、息子が住んでいた部屋には黒地に金色の文字が印刷された名刺が残されていた。

妻が書かれていた番号に電話すると、そこはホストクラブだった。
息子は、大学入学直後から大阪のミナミにあるホストクラブで働き始めていた。髪を染めたのもそのためだった。
当時を知る現役ホスト
「荷物をもって今日から出てきたみたいな形で、第一印象おどおどした感じの子だったなと思います。髪色以外はホストっぽくはなかったです。当時、僕も新人だったので一緒に頑張っていこうみたいな話をしました」
当時、コロナ禍で大学はオンライン授業。
息子はホストの寮から授業に参加していた。

それだけではない。
息子は高校時代から動画投稿を始めていて、ホストへの憧れなどを語っていた。

YouTubeで語る息子
「学校行って思ったことは、自分の会話力があんまり上がっていないなってことです。そういうのをつけるために、ホストになりたいって思いはある」

「人気になりたい。有名になりたい。とにかく登録者を稼ぎたい」

父親
画面の向こう側には、知らなかった息子の姿があった。
「そんな発信しているなんて思ってなかったし、びっくりしました。世の中にはそういうお金が稼げる方法があるんだみたいなことを言っていたので、なんかいろいろ探していたのかなっていう気がしましたけど」
しかし憧れていたはずのホストの世界も、息子は1か月もたたずに辞めていた。

スマホの検索履歴には“闇バイト”

ホストを辞めた直後、息子は“闇バイト”との関わりを持ってしまったとみられる。

事故後に見つけた息子のスマートフォンの検索履歴には、“闇バイト”の文字があった。

さらに、息子が写真を保存していたクラウドには、「テレグラム」のやり取りを記録したスクリーンショットが残っていた。
テレグラムのやり取り
そこからは、自分の名前や口座などの個人情報を送ったり、詐欺の電話をかける「かけ子」の台本のようなものが送られてきたりしていたことがうかがえた。

相手には、念を押すように何度も“働く期間は5月末まで”と送っていた。

相手に送っていたメッセージ
息子は、金庫の盗難以外にも犯罪に加担していたのだろうか。

息子のスマートフォンは警察に提出したが、何のやり取りだったのかはいまも判然としていない。
「信じたくはありませんが、詐欺のかけ子もしていたかもしれません…。割とそういったところ(犯罪)から遠いというか、避けて生きてきたんだろうに、自分の知らない面があったのかなと。なんとも言えないです」
事故前日の2021年5月29日、息子は大阪市内の本屋に向かい、そこで5~6時間待ったあと、ほかの4人と合流して車で犯行現場へと向かった。

翌日の早朝、軽自動車が大型トラックに追突されたとき、息子は座席ではなくトランクに乗せられていた。そして車外へ放り出され死んだ。

なぜ闇バイトに加担したのか、なぜそんな死に方をしなければならなかったのか。

理由は最後まで分からなかった。
息子が死ぬ前日、私は彼を食事に誘っていた。

「明日予定なければランチしますか?」

LINEのメッセージは、今も未読のままだ。

「何の感情もわいてきません」

一緒に車に乗っていたメンバーは息子の死をどう思っているのか。

NHKの取材に対して同乗者の1人から送られてきた手紙からは、闇バイトで集まったメンバーの関係の希薄さがうかがえる。

同乗者からの手紙
「身内でもなければ友達でもありません。本名も年齢も知りませんでしたし、ぼうしを被ってマスクもしていたので、顔も大して分からず、夜に2回しか会ったことのない関係です。そんな赤の他人がトラックに突っ込まれて亡くなったところで、何の感情もわいてきません」
SNSを通じて誰でも簡単に手を染めることができる“闇バイト”。

その手軽さと裏腹にある危険性を忘れないでほしいと、父親は訴える。
「本来であれば、息子と一緒に被害者に頭を下げて、本当に申し訳なかったと謝罪したいと思っていますが、息子が死んでしまいそれもできなくなってしまいました」

「SNSで知らない人から勧誘があったり、それでついていったりして、もう引き返せなくなってしまう。トカゲの尻尾切りみたいな形でどんどん切り捨てられる。甘い言葉にのることなく、一人ひとりがしっかりと善悪の判断をしなければならない」