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事件の涙 【事件の陰に隠れた「涙」とは・・・当事者たちの人間ドラマ】

最近放送したエピソード

  • そして家族だけが残された パリ女子学生殺人事件から42年

    初回放送日: 2023年5月4日

    殺害した遺体を口にしたとされ、世界が戦慄したパリ女子学生殺人事件。人生が暗転した加害者の家族が残した映像には、幸福そうにふるまう姿が。加害者の弟が語る真実とは。 殺害した遺体を口にしたとされ、世界を戦慄させたパリ女子学生殺人事件。加害者の男性は心神喪失とされて罪に問われず、一部始終をつづった小説を発表した特異な事件だ。去年、加害者は死去、その弟が取材に応じた。事件をきっかけに社会から厳しい非難を浴びた家族は心身を病み、友人や親戚も離れていった。しかし、家族は最後まで加害者をかばい、幸せそうな笑顔をビデオに収め続けた。なぜなのか。弟が告白する加害者家族の姿。

兄は女子大生を殺して食べて川に捨てた…「パリ人肉殺人」犯人の弟の“その後の人生”――青木るえか「テレビ健康診断」 青木 るえか

 連休中に見るものではない。『事件の涙 そして家族だけが残された パリ女子学生殺人事件から42年』。

 内容はタイトル通り、パリ人肉殺人の佐川一政(というよりは“佐川くん”。今の人にどれぐらい周知されたキャラなんだ?)の弟に迫ったドキュメンタリー。……重かった。

佐川一政 ©文藝春秋
佐川一政 ©文藝春秋© 文春オンライン

 兄はパリで女子大生を殺して食べてバラバラにして川に捨てた。一家は父が会社をやめ母が心を病み、弟は恋愛が破綻する。

 もっとも悲惨なのは殺された本人で、犯人はその罪を償わねばならないのは当然としても、犯人家族だって相当悲惨である。犯人家族が被害者だ、なんていうと今のご時世炎上必至だが、想像してみてくださいよ、ひたすら頭を下げ続けてわたくしどもの教育が悪かったからこのようなことをしでかしましてと一生謝り続けなんなら自殺でもすれば満足してもらえるのかというような目に遭うから(宮崎勤の父は自殺したが「生きてても地獄だろうし」的に肯定されてるような気がする)。

 で、この番組が、佐川くんの弟や家族がどんな悲惨な生活を強いられたか、ということを描いているわけではない。

 佐川家は金も文化もある裕福な家で、佐川くん兄弟が子供の頃から仲良く楽しく暮らしていた、その姿が8ミリで残っている。当時8ミリ持ってるとか、相当な金持ちだ。その家族が、鼻メガネをかけてふざけてる光景(とくにお母さん)の、その笑顔。そんな家族が事件によりまったく笑顔のない暮らしに……となったらそれは人々が満足する「絵」なのかもしれないが、事件のあと、佐川くんが帰国し、手記を書いたりサブカル方面で活躍していた(アダルトビデオにまで出ていた)時代に、家族が集まって正月のお屠蘇を飲みながら、楽しそうにお父さんが佐川くんの肩を揉んでいる。家族全員の笑顔。

 その笑顔は、「あんなに楽しかった、もう帰ってこないあの頃」を、静かに演じているのだ。その静かさが胸に迫る。この佐川くん家族団らんのホームビデオもまた、炎上のネタになるのかもしれないが。しかし犯罪者の家族の奇妙な(しかし切実な)振る舞いとして、この映像はちょっと忘れられない。また佐川くんがいい顔してるんだ。

 そして去年11月に佐川くんも死に、ただ一人残った弟さんが、佐川くんの思い出に囲まれながら生活保護と年金で暮らすアパートの部屋。描いている自画像はどんどん佐川くんに似ていくのだ。

 佐川くんの家族じゃなくてよかったと思いながら、家族の佐川くんへの思いを想像する。

 あ、途中にちらっと出てきた根本敬がムダに異形で目立っていた。斎場で佐川くんの棺桶の写メ撮ってたの根本さんですよね……。

INFORMATION

『事件の涙』

NHK総合 スペシャル番組

https://www.nhk.jp/p/ts/GP9LGJJN9N/

(青木 るえか/週刊文春 2023年5月25日号)