『おすすめの本・まとめ②』Apex product

垣谷美雨「夫の墓には入りません」
やはり、垣谷さんの作品は、社会の不安や介護問題などを題材としていますが、やはりリアリティーを感じ、すいすい読めてしまいます。
結婚して、夫の実家・長崎に移り住み、タウン情報誌の編集のパートとして働く、夏葉子ですが、夫が50歳を前に脳溢血で急死します。
それから姑たちは、留守中でも家に入り込んだり、勝手に夫の墓に夏葉子の墓碑銘を彫ったり、引きこもりの義妹の存在、夫の愛人への毎月の送金、押し売り業者などには悩まされる始末。
そんな中、実父が知らせてきた「姻族関係終了届」が危機を救い…。
普通は、早く死に別れた嫁に対し、再婚を勧めるものですが、亡き夫の両親に、自分たちを介護してもらいたい思惑に縛られ、悩み多き夏葉子でしたが、やはり持つべきものは父。
それでも、長年経済的な援助をしてくれた舅夫婦も、ねっから悪気があったのではないでしょうね。
_人生にはいくつもの岐路がある_
かつて日本に存在した、山中をさまよいながら竹細工や川魚漁で生活していたサンカと呼ばれる人々について、文献や聞き取りによる丹念な調査により、実態や起源を論じている。
これまで、サンカに関する学術的な研究は少なく、民俗学の分野でも注目されなかったというだけに本書は注目に値する。
本書では、丹念な調査により、サンカとして生きることになった人々は、天明や天保の大飢饉で崩壊した村から逃げ、山中で生計を立てざるを得なかったことが原因であると論じている。
これまで、権力体制の外に生きる謎の民とか、大和政権以前の原始日本民族の末裔とか、ロマンチックな説も唱えられたそうだが、現実的というか、ある意味「夢のない」結論に至ったようだ。
また、三角寛(みすみ・かん)という異様な作家について大きく取り上げている。サンカを題材に昭和戦前期に多数の作品を発表した作家で、作品はベストセラーになったそうだが、誇張と歪曲に満ちたサンカ像を描いたため誤解と偏見を生んだと、筆者は厳しく批判している。こんな作家がいたなんて知らなかった。
誰もが知る戦国武将や幕末の英雄など歴史の光の当たる部分だけでなく、サンカのような歴史の底辺、周縁部に生きた人々についても研究が進むことを期待したい。
凍てつく太陽    葉真中顕著    幻冬舎文庫    2020年8月発行
戦争末期の北海道を舞台に軍事機密を題材にした壮大なミステリーです。これでもかというぐらい理不尽なことが起こります。
室蘭の街が物語の舞台。そこには、第2の太陽と言われる溶鉱炉が、昼夜を問わず紅蓮の炎を燃やして輝き続ける。
そして、朝鮮人・アイヌ人と人種差別が横行する時代。アイヌの血を引きながら特高警察で働く日崎八尋(やひろ)が主人公。
八尋は密命を帯びて、朝鮮人だけの石炭採掘の現場に潜り込む。そこで脱走事件が起きたものの、その手段がつかめないのだ。
八尋は大日本帝国に心酔し、皇国臣民を自認していた。そして、見回りにきた特高警察の横暴から、わざと朝鮮人の少女を守り、飯場の朝鮮人の信頼を得ていく。そして…。
同じ特高警察なのに、アイヌの血が混じった八尋を毛嫌いする先輩警官の三影。三影は八尋をことあるごとに問い詰め、対立を深めていく。
また、室蘭の街には軍部だけしか入らせない秘密の「愛国第308工場」があった。そこでは、いったい何を製造しているのか?
そして、その工場関係者に関わる連続殺人事件。その犯人は自らを「スルク」と名乗り、殺人現場にいつも血でメッセージを残していく…。
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アイヌ民族に係るお話では、やはり「ゴールデンカムイ」が有名ですね。最近では馳星周さんの「神の涙」を読みましたが、印象に残っているのは、船戸与一の「蝦夷地別件」ですね。でも、本作も凄まじいですね。
全体のトリックは少し無理があるなあと思いましたが、大和民族の中だけでなく、朝鮮人とアイヌ民族のアイディンティティの問題が入り混じり、さらに戦争の悲惨さ、脱獄など様々なシーンが織り込まれます。
何と言っても時代は、昭和19年12月〜昭和20年8月までですから。これは反戦小説でもありますね。
やはり魅力的なのは、アイヌ文化です。特に、作中で語られるイオマンテのアイヌの祭りシーンには興味を惹かれました。これでは熊を神と呼ぶわけですね。
それにしても真犯人は見事でしたね。全く予想が外れ、まんまと騙されました。
これはオススメです。
「思わず考えちゃう」ヨシタケシンスケ
人気絵本作家のヨシタケシンスケさんの初エッセイ集!
図書館でも人気でなかなか借りられなくて、ようやく借りて読んだのですが
「これは毎日でも読みたい本だ!買おう!」
と思いました!!!
この本は、ヨシタケさんが日々生活していて何かを見て「思わず考えちゃったこと」を描き留めていたメモのようなイラストに、解説をつけた本なのですが、その感性が自由で独創的で、自分が日々感じている息苦しさや生きづらさを軽くしてくれる言葉ばかりでした。
日常のあるあるを書いているのですが、読んでいて「うんうん」とうなずく事もあれば、「えー?!」とビックリする事もあり、結果クスクス笑えて、日頃の疲れが吹っ飛びました。
ヨシタケさんはメモを書く時に「あわよくば生きるヒントに」と思っていて、日常生活をしていく上で常に「考える」事をしていて、その新しい発想には目からウロコ!
新しい自分に出会うためにも、これからヨシタケさんのエッセイをたくさん読みたいと思っています!!!
仏教入門 三枝充悳
ブッダを育てた社会的背景、ブッダの出現およびそれ以降の布教活動と思想の変遷、さらにブッダ入滅後の各地への波及が描かれている。
四諦八正道。仏・法・僧の三宝。四苦八苦。律・経・論の三蔵。無記の十難。十二因縁。六波羅蜜。数を含んだ教えの多い事。流石ゼロを生んだ国(インド)ではあります。ゼロは空かな。
まだまだわからない事だらけで、読み進めるのも一苦労でしたが大変勉強になりました。いつかもっともっと学んで仏教中興の祖である龍樹さんの本(中論など )、倶舎論、お経などにもチャレンジしてみたいです。
「犬も食わない」by 尾崎世界観×千早茜 
千早さんは今年度直木賞受賞の作家、尾崎さんはお初でしたが、いわゆる共作(デュエット)モノです。
恋人同士を男目線と女目線で交互に同じ場面の出来事を描いた作品です。
主人公はダメな男と面倒くさい女で、いわゆるどうしようもないカップルなんです。
喧嘩ばっかりしてるんですがどこにでもいるんだろうなぁと思わされます。男女ともにずるくて弱い。羨望と嫉妬の感情が常に行き来する。
こういうカップルが案外 結婚して長く続くんだよなあとも思わされました。
それにしても千早さんの文章はリアルでトゲトゲがえぐってきますね(笑)テンポよく さくっと一時間少しで読めたお話でした🤗興味ある方はどうぞ。
鈴木宣弘先生の『世界で最初に飢えるのは日本 食の安全保障をどう守るか』(2022年、講談社+α新書)。
帯裏書きはこんな感じ。
三七パーセントという自給率に種と肥料の海外依存度を考慮したら日本の自給率は今でも一〇パーセントに届かないくらいなのである。だから、核被爆でなく、物流停止が日本を直撃し、餓死者が世界の三割にも及ぶという推定は大袈裟ではない。(略)
「お金を出せば輸入できる」ことを前提にした食料安全保障は通用しないことが明白になった今、このまま日本の農家が疲弊していき、本当に食料輸入が途絶したら国民は食べるものがなくなる。不測の事態に国民の命を守ることが「国防」とすれば、国内の食料・農業を守ることこそが防衛の要、それこそが安全保障だ。(略)
国民も農家とともに生産に参加し、食べて、未来につなげよう。
あまりにも衝撃的な内容で、統一地方選の前に一人でも多くの方に読んでいただきたいと思う一冊です。
有権者の皆様、どうかあなたの人生の数時間と、あなたのお財布の中の千円を、この一冊に費やしていただきたいです。
「わたしは『ひとり新聞社』 岩手県大槌町で生き、考え、伝える」菊池由貴子著 亜紀書房 2022 ¥1800+税
東日本大震災で壊滅的な被害を受けた岩手県大槌町で、震災後、たった独りで地域の新聞社を立ち上げた著者の自伝的記録です。全国紙は全国の視点で、県紙である岩手日報もどうしても盛岡市中心の視点で書かれるため、地元で一番必要な情報が入手できない。彼女はそれまで取材の経験もほとんどない中でそれならばと「大槌新聞」を創刊します。たった独りの新聞社なので、取材、紙面作り、営業すべて独りでこなすことになりました。
私は2017年12月から1年間町任期付き職員として、大槌町に赴任していたのですが、地域の情報を得るために、岩手日報とともに、大槌新聞も定期購読していました。大槌新聞は地域紙の域を超えた硬派の論調で感心しておりました。町内でイベントがあるときなどはカメラをかついだ菊池さんのお姿をよく見かけました。
この本では彼女が取材した大槌町の復興の動きについても書かれていますが、その中で震災遺構であった大槌町旧役場庁舎の問題について多くの紙面を割いています。震災時に町長はじめ約40名の職員が殉職した旧庁舎をどうするか町を二分する議論があったのですが、結局私の帰任直後の時期に解体されました。この問題については批判的な論調で書かれています。
大槌新聞は2021年3月で廃刊、彼女はいまは別なかたちで大槌の情報発信に努めています。廃刊は残念ですが、独り新聞社だから仕方がないのでしょう。
「木曜日の子ども」 重松 清 著
読み出しは虐め、虐待、復讐について書かれたよくある内容だと思いましたが、全然違いました。
これはカルトに惹かれながらも、「これは違う!」と最後まで己を諦めなかった父親の話でした。
中盤からカルトの教祖(大量殺人犯)に取り込まれた人々が自らロシアンルーレットに興じ次々と死んでいきます。大体カルトの教祖はほとんどサイコパスなので、その断定的な口調でとにかく俺の言うことは正しい(根拠は全くないのですが)その言葉に自らの生きる意味を外から与えられてしまいます。政治家にもいますよね。そういう人。
とにかくサイコパスに最後まで抗った主人公は本当に立派でした。
ところでこの作品にも妻や子供に酷い虐待をつづけるどうしようもない男が出てくるのですが、なぜ結構聡明な女性でさえ他にいくらでもマシな男性がいるのにそんなのを選んでしまうのか?以前はずっと疑問でしたが西尾維新さんの小説で、狩猟時代から女性が自分を守ってくれる強い男(強いだけで他は全滅だけれど)に惹かれるのは睡眠欲や食欲のように本能なんだそうです。だからどうしようもないんです。残念な生き物です、人間は。
追憶の夜想曲(ノクターン)
by
中山七里
御子柴弁護士シリーズ第二弾。相変わらず引き込まれてしまいました。最後は、えーっというどんでん返しで。
さて、前作で刺されて入院していた、御子柴弁護士。退院してきて、すぐに夫殺しの妻の弁護人を別の弁護士から代わってやる事に。被告人は何かを隠している。相手の検事は以前に叩きのめした東京地検の次席検事。公判では全く歯が立たず、御子柴は神戸、福岡と被告人の過去を遡ってとここまでで。
いやあ、真犯人はなんとなくわかったような気がしていましたが、この結末は予想外。本当に楽しめました。第三弾も楽しみです♪おすすめです♪
「江戸前の男 春風亭柳朝一代記」
吉川潮
芸人を描かせたら天下一の著者が
綴る、柳朝伝。
読むのは5度目くらいですが、
いやー、楽しい。
志ん朝、談志、円楽と並ぶ四天王と
うたわれた柳朝師。
粋でいなせで威勢の良い口調は
まさしく江戸っ子そのもの。
映画にテレビに大活躍で
ハリウッドでフランク・シナトラと共演も
果たし、シナトラにオイチョカブを教えた
のが自慢。
落語好きが高じて、いつのまにか
僕は寄席のプロデューサーや
落語のDVDや本を作るようになった。
たくさんの噺家さんたちも
会ってきたが、芸人さんの洒落で生きる
姿勢、自分の不幸を笑い飛ばす強さ、
時折見せる情けなさ、弱さに惚れ、
人生の手本としてきた。
もちろん落語は生きるバイブルだ。
この小説には、そんな噺家の持つおかしみと
哀しみがいっぱい詰まってる。
とくに好きなのは、こんな場面。
柳朝の師匠、彦六師が談志、円楽とともに
「素晴らしき世界」に出たとき。
談志がいきなり彦六に、
「師匠近ごろだいぶ耄碌したそうで」とかました。
柳朝が、「耄碌じゃなくて彦六だよ」とやり返す。
談志と円楽が「うまいね」と言って喜ぶ。
若い頃、鈴本の楽屋で柳朝、談志、円楽ら前座が
浴衣姿でゴロゴロしていた。
そこへ彦六が入ってきて、
「てめえたち、鈴本に湯治に来てるんじゃねえぞ!」
談志が黒のトックリのセーターに黒の背広の
上下で楽屋入りしたら、彦六すかさず
「マドロスの喪服だね」
収録中、柳朝が彦六に酌をして着物の上に
酒をこぼした。
あわてて自分の手拭いで着物を拭いた。
談志がそれを見て、
「おい、馬鹿に優しいじゃねぇか」
そこで柳朝、
「うん、死んだらこの着物もらうことに
なってるんでね」
すかさず彦六、
「馬鹿野郎、誰がてめえなんぞにやるもんか」
いいねー、この間合い、このやりとり。
「難しいものを簡単に見せるのがプロ」
柳朝師匠の口癖、肝に銘じて
いつも湯上りでのほほんと生きていきたいねー。
『生きることの意味 ─ある少年のおいたち』
   高 史明著  ちくま文庫   解説 鶴見俊輔
この作品は、1932年に在日朝鮮人として山口県下関市に生まれた著者の少年時代の回想を戦時下の極貧生活の中で描写し、在日であることによってみまわれた人間の不幸と悲哀の裡に、それでも「生きることの意味」を問う少年の成長の記録をきざんだドキュメンタリーな物語です。
母親は著者が生まれてまもなく亡くなり、石炭置場や土方で働く寡黙な父と真面目な兄との男だけの長屋生活が主人公の日常のすべてでした。幼いうちは家庭や町内でそれは貧しいながらも保護され、守られた世界が構築されていました。
しかし、小学校に上がり、だんだんと世界が広がってゆくなかで、母がいないこと、貧しさの辛さを痛感する経験を持ったり、”朝鮮人”という生い立ちがその経緯や意味するところの正確な認識を得ることで、つまり、『世界=世間』にふれることで、知ることで成長の中でぶち当たる困難に、これらが色濃く投影される現実の中、少年の心に複雑な形ではびこるさびしさや、哀しさ、虚しさ、被差別感情は、読むものに緊張を迫ります。
朝鮮人であること、しかしながら日本という国で生まれ育ち、しかも時代は太平洋戦争と大東亜戦争の只中。自身のアイデンティティーの崩壊と二つの祖国との乖離が少年の成長とともに膨張してくる。
やがて終戦を迎え、著者も成長し家庭をもち新しい命が誕生する。しかしこのあとさらにおおきな悲劇がまちうけていた。
《1975年、『生きることの意味』で日本児童文学者協会賞、産経児童出版文化賞を受賞するが、同年、一人息子の岡真史くんが12歳で自殺した。その遺稿詩集『ぼくは12歳』を妻の岡百合子との編纂で刊行、1979年にNHKでテレビドラマ化された。その後、親鸞と『歎異抄』の教えに帰依し、著作のほか、各地で講話活動を行う。》以上、Wikipediaより引用
この作品は、15歳の読者からの手紙に応えて、哲学者の鶴見俊輔さんが選んだ本のなかの一冊です。
吉野源三郎『君たちはどう生きるか』
夏目漱石『私の個人主義』
鷲田清一『「聴く」ことの力』
内山節『山里の釣りから』
高史明『生きることの意味』
カミュ『シジフォスの神話』
ゲーテ『ファウスト』(池内紀訳)
生きるということは、ひとり一人のそのかけがえのない命を育み、成長し、それを国が、社会が応援し、全力を尽くしてまっとうすることではないでしょうか?
今に始まったことではない少子高齢化問題への対策として政府は、『異次元の』○○を掲げていますが、本気で、本腰を入れて取り組んでいるとはとうてい思えない。お隣の国、韓国は早くからこの問題に取り組んで10何年間に10何兆円もの予算を投入したが、出生率は、0.7人です。日本において過去70年間で出生率が2.0人を上回ったのは第一次ベビーブーム(昭和22~24年)、いわゆる団塊の世代の4人と第二次ブーム(昭和46~49年)の2人の併せてもわずか7年間だけです。あとは、全て1.5人前後の数値です。つまり、この数値の推移が正常で、出生率2.0人以上のほうが異常なのです。
先日、ある団塊の世代の昭和22年生まれの人に
会う機会がありました。その方は農家の子として生まれたそうです。そしてこうおっしゃっていました。「我々の頃からサラリーマンの家庭では一人か二人が普通で、四人も五人も生む家庭は殆どが農家か自営業の人たちばかりだと」つまり、本音を言えば二人ぐらいで良いのだが、働き手を増やすために仕方なく六人も七人も生まざる得なかったと。学校にあがる年齢になると農家の仕事を手伝わされていたと。
こうやってみてくると、いくら政府が予算を付けて行政に働きかけ「生めよ、増やせよ」と囃し立ててもどうなるものでもないような気がします。それよりも適切な人口数を導きだし、それを一極集中させるのではなく分散させ、今ある命を大切にする施策を講じたほうがよいのではないかと思います。2003年の34,427人をピークに自殺者の数は減少してますが令和の時代に入ってもその数は二万人を下りません。
そんなことを考えながら数十年振りにこの本を再読しました。後世に残したい名著だと思います。お薦めします。
辻村深月
「噛みあわない会話と、ある過去について」
本作は思春期の頃、周りにうまく馴染めず、孤立したり逆に過剰に忖度したことで、クラスメートに、担任の教師に蔑まれ、無意識のイジメに傷ついていた被害者が、社会人として成功し報復をしてみせる四篇の物語です。その報復は、読み手に思わず自分にも無意識に傷つけていた経験がないか振り返るほど、余りに見事、余りに痛烈で、読後感の衝撃たるや過去未経験のものでした。この作品は感動作の対極にあるにも関わらず、他者に対する無意識の目には見えない、結果として深い傷を負わせる行為がいかに残酷かを見事に描き切って見せています
花房観音さんの『京都に女王と呼ばれた作家がいた』 “山村美紗とふたりの男”
 
私自身は山村美紗さんの本を読んだことがなく、映像化したテレビドラマも観たことがないのですが、本の題名と山村美紗さんの名で興味が湧き、本を購入していたものです。
 
今回この本を読んで、山村美紗さんが幼い頃から病弱だったため、“好きなように生きたい”との意思から、結婚後でも当時女性は専業主婦となるのが当然の世の中でしたが作家を目指した。
また、山村美紗さんは社交的で向上心ある性格、負けず嫌いで努力家であったが、江戸川乱歩賞等の賞を獲っていない劣等感から、自身の作品が売れるためには凄まじい努力を行った女性でした。
夫・巍さんとの仲、作家・西村京太郎さんとの関係がこの本を読んで、山村美紗さんはこのふたりの男性を手放すことが出来なかった欲張りな女性(女王だから仕方ないか.....)だと思ったが、劣等感と性格がそのようにさせたのかもしれません。
 
この本、非常に面白いです。
また、この作品の著者も、なかなか面白そうな女性作家だと思います。
是非、一読を
LISTEN 知性豊かで想像力がある人になれる
ケイト・マーフィ 著
■自分の話なんて他人には迷惑だと思う人は多い
ほとんどの人は、自分の話にを聞かせるのは、相手に負担をかけると思っている。重大な局面に達したとき、お金を払って話を聞いてもらう。(セラピスト、美容師、など。)
■「よい聞き手」とは、話し手と同じ感情になって聞ける人
探偵のように、「なぜこの人はこの話を私に聞かせているのだろう」と自問しながら聞く。話し手は自分で答えを分かっていないことがあるので聞き手が質問すれば、「分かってくれた‼」と気分が良くなる。
■聞く時間が長いと疲れる
聞くことはかなりの労力を使う。
新米管制官は実際、1時間~2時間で休憩に入るシフトとなっている。パイロットからの重要な指示が聞き取れなくなる可能性があるからだ。
聞き上手とはよく言うけれど、他人の話は面倒で退屈なもの。でも、話し手の本質を知れば、聞くことが楽しくなるし、仕事でも私生活でも他人からの評価は高くなる。無理のない範囲で、相手の事を良く知ろう、という意識を改めてみたい。
『今夜、すべてのバーで』中島らも
題名からして、お酒の話とは思ったが、こんな「体験的アル中小説」だとは思わなかった。最初のページからあまりにリアルで、しかも面白くて、身につまされっぱなし。いっきに読んで、ああこんな小説を読むことができて有難いことだと思いました。52才で死んでしまった中島らもに拝礼して、美味しいお酒を飲みたいと思います、と書くと、この小説を読んだ方々の中には「何て不謹慎なやつだ」とお叱りの言葉が飛んでくるかもしれません。いずれにせよ、男女問わず、お酒が好きな方、やめられない方々に絶対読んで欲しい小説だなってつくづく思いました。
追記、作中、印象に残った一節。
ー「教養」のない人間には酒を飲むくらいしか残されていない。「教養」とは学歴のことではなく、「一人で時間をつぶせる技術」のことである。
「荒野へ」 ジョン・クラカワー
田舎で暮らしてますので、行こうと思えば、結構な名峰に登れるような環境で暮らしてるのですが、
普段、地域の山作業に、チロっと従事したり、風水害時に、消防団なんかで、イヤイヤ外に出て作業してたり。ロープだ、シートだの使った活動は、心底ウンザリしてるのですが、
そのくせ、山岳遭難ドキュメンタリーが大好きで。
しょうがない、生命に危機を回避するためだったり、財産を保持したり、権益を主張するためのナニかだったり以外で、
あえて、シゼンなんかに近づきたくは無いわりに、
アラスカで、暮らしてる人たちのドキュメンタリー観るのが大好きだったり。
ドロップアウトを気取ってるかに見える若者のその時々に、
浮かないあの日のジブンが、もう一歩踏み出したら、もしかして、と、重ね観たり。
調子コいた若いのがいたら、
取り敢えず、気付かれないようにビール代は、払ってあげようと思いました。
栗田哲男さんの「踊る虎」
栗田哲男さんには辺境写真家という肩書きがあって、私はたまたま写真を見て素敵な写真に感動して写真集を買った後、この本が出版されました。
作者は大学生で初めて中国を訪れます。
そして中国に魅了され、中国で働ける可能性が高い会社に就職、中国南部の広東省へ赴任と中国での長い生活が始まります。
作者の人柄の良さがどこに行っても受け入れられるのもありますが、現地の人達と体当たりでぶつかっていく姿勢、こうと決めつけず柔軟に目的を変更する、気になることがあったら探究心のままに追いかけていくなど、気がついたら自分が実際に旅をしているようなイメージで読んでいました。
通りすがりの人に目的地までの距離を尋ねると「あと6キロ」と返ってきます。
かなり歩いてから再度同じ質問をするとなぜか又「あと6キロ」。
再び歩いてもう一度尋ねても「あと6キロ」
誰に何度聞いてもあと6キロ…
日本ではこんないい加減なことはないと思いますが、そこは広大な国、中国。
泊まるところが決まっているのか聞いてくれて、決まっていないという作者に泊めてもらえそうな人を紹介してくれたり、自分達が食べる物もあまりないのに、貴重な食材でもてなしてくれたりします。
地図にも載っていない村や電気も通っていない村、洞窟の中で生活している人達、体に刺青を入れる種族などいろんな場所、いろんな人達との触れ合いが作者の文章と写真で紹介されています。
ぜひ、自分では行けない所に行って、自分では出来ない体験をこの本を読むことによって疑似体験してもらえたらと思います。
文章もですが、この本に載ってる人物(特に現地の人の表情)、景色、食べ物などの写真も楽しく見せてもらいました。
この本にも、「虫草」(写真集)にも載っていない、栗田さんにしか撮れなかったかもしれない素敵な神々しいといえるかのような写真もぜひ見てもらえたらと思います。
興味を持って頂けた方は辺境写真家栗田哲男で検索して他の写真も見て頂けたらと思います。
「朝と夕の犯罪」 降田 天
 この作者の前作 "偽りの春" に出てくる神倉駅前交番 狩野雷太が,どことなく東野圭吾の名作 "新参者" と加賀恭一郎を連想させるところがあった(おそらく私だけかもしれないが)ので、続編である本作を読んでみた。
 アサヒとユウヒという血縁のない兄弟が、ある犯罪を決行し成功させる。最終的に、仲間割れ?が起こってしまう。というところまでが第一部。
 第二部では、一部の仲間と思われる女性が幼児虐待で逮捕され、関連して過去の8年前の犯罪が捜査されていくというストーリー。
 烏丸靖子という刑事が捜査するのであるが、最後に狩野巡査が鋭い推理で解決する。
 重たい話題が全編を覆うのであるが、最後の解決はスッキリしており、それまでの伏線が全てカバーされる。私としてはイヤミスではなく、読後感スッキリであった。2021年9月 角川書店刊で、もう文庫になっているのではないかな、知らんけど。
《異邦人 いりびと》        原田マハ
 PHP文芸文庫
京都に夜、到着したのはこれが初めてだった。春の宵の匂いがした。ーーー
  こんな、印象的な言葉で始まる…作者の新境地を開いた衝撃作です。主人公の1人 菜穂は、気分転換に出かけた老舗画廊で一枚の絵に心を奪われる…強烈な光を放つその絵の作者は、まだ無名の若き女性画家だった…。彼女の才能と[美]に翻弄される人々を描いた作品ですが、著者がこの本をイメージするにあたって参考にしたのが、かの川端康成の「古都」だったらしいですね。
 遠くて近きもの、極楽 舟の道 人の中〜〈枕草子 一節〉
津村記久子「つまらない住宅地のすべての家」
双葉社
実はこの本を読むのは二度目です。
2021年3月21日第1刷発行の本だから
(図書館で順番待ちして読んだから
出てすぐ読んだわけじゃないけど)
最初に読んでから2年近くたっています。
この2年の間にあったこと。
NHKの夜ドラ(月〜木で15分4週ぐらい?)に
なって、
それを録画してちゃんと見たことでした。
夜ドラって朝ドラとは違って、
歴史もないし始まってはみたものの、
未来永劫継続するか怪しい感じなんだけど
(朝ドラや大河ドラマにはそれがある)、
これはなかなか面白かった記憶があります。
まあ私がちゃんと見た唯一の夜ドラなんだけど。
で、ドラマを見終えて私が感じたのが、
「あの本、こんな話だった?」ってことでした。
読んでそれほど時間が経過したわけでもないのに、
思った以上に読書体験が風化していたような印象を受けたわけです。
で今回思いつきでもう一度借りて
もう一度読んでみたんだけど、
最初から物語の登場人物がやたら具体的に思い描けてやたら分かりやすくなっていました。
勿論100%原作通りにドラマが作られていたわけじゃないんだけど、
キモの部分に変化があるわけじゃないし、
日常生活を描いた作品だからスケール感の違いを感じることもありませんでした。
(篠田節子さんの「百年の恋」はドラマを見てから本を読んだんだけど、
そして勿論どちらも良かったんだけど、
ヒロインのビジネスエリート感がドラマじゃ強烈に描かれていて原作の一歩も二歩も前にいる感じがした)。
「つまらない住宅地のすべての家」、
生活に絶望して勤め先で横領することにしか
ときめきを覚えられなくなり収監された
女性模範囚が甥からの
「(父親の)余命が幾ばくもないようだ」
という知らせに反応して脱獄したことにより
澱んだ空気が渋滞つまらない住宅地のそれぞれの悩みや不満やストレスを抱えた老若男女の住人たちが少しずつ変わっていく様を描いた物語なんだけど、
あらためて読み返しておすすめ出来る作品だと思いました。
辻村深月さん「青空と逃げる」
ミステリ好きで、辻村さんの作品は色々と読ませていただきましたが、最近、ちょっとミステリ色が薄れてきたのかなって、遠ざかってましたが久しぶりに手にしてみました。
読後の感想から書きますと、辻村さんの視点が少し変わったのかな?という感じです。
デビュー作以来、どちらかといえば子供(少女・女の子・娘と色んな意味での)目線で家庭や家族、社会を描いた作品が多かったように思いますが、御本人も結婚されて、お子さんも生まれてということで、何か目線が「母親」になってきているように感じました。
もちろん、この作品の主人公は中学生の男の子である力であり、その母である早苗の両方の視点で描かれているのですが、そう思うからかもしれませんが、これは母親の物語であるように感じました。
単なる思い込みかもしれませんが、そういう意味ではやっぱり作風が少し変わったような気がします。
ということで、作品を紹介させて、いただきますと…
早苗は、舞台俳優である夫の本条拳が交通事故にあったとの連絡を受ける。
息子の力を連れて病院に駆けつけた早苗は、夫が女優の遥山真輝(はるやままさき)の運転する車に同乗していて事故にあったことを知る。
幸いにも二人とも一命は取り留めたものの、真輝は顔に女優生命に関わるような大怪我を追い、自宅で自ら命を断ってしまう。
「ダブル不倫」とマスコミに追われ、夫の拳は病院から姿を消す。
そしてマスコミや所属プロダクションの執拗な追求が早苗たちに向かうが、事情がわからないままの早苗は、力を連れて東京を離れる。
高知県の四万十川、兵庫県の家島、そして大分の別府と二人の逃避行は続くが、各地で暖かく接してくれる人たちに感謝しながらも、追求に恐れながらひっそりと暮らす早苗と力。
心休まる日々を手に入れたと思ったところで、追手が目の前に現れ、再び旅立つ。
そして、ある人物から、夫が仙台にいるとの情報を得た早苗は、震災から復興を果たしつつある仙台にたどり着くが、早苗が風邪をこじらせホテルで寝込むことに。
母を助けるべく、力は年末の仙台の街を駆け巡る…
というようなお話です(もちろんラストの展開は書けませんが…😅)
この作品、ミステリ色はあまりないのですが、夫が早苗に何も告げずに失踪した謎と、もうひとつ自宅の押入れで見つけた、力のタオルケットに包まれた血にまみれた包丁の謎がミステリっぽいといえばそうなんですが、むしろ「早苗と力の成長譚」という表現が正しいのではないかと思います。
印象的なシーンとしては、別府の砂風呂で仕事を得た早苗が、客にせがまれて歌う「四季の歌」で「冬を愛する人は…大地のようなぼくの母親」という歌詞に今まで持ったことのない感情を抱くシーンや、どちらかと言えば人生を斜に構えて、何かというと「別に…」としか応えなかった力が、それまで一人称を「オレ」と言い続けていたのにあるシーンで自分のことを「僕」と呼ぶシーンがあります。
この逃避行が、母子にとって辛い旅であるとともに、お互いを見つめあい、また思いあうという時間であったことは間違いなく、だからこそラストの感動的なシーンが、より際立っているのだと思います。
辻村さんのミステリを期待して読まれると、ちよっと拍子抜けするかもしれませんが、何かと殺伐とした!?世の中で、たまにはこういう「暖かい」お話もいいと思います。
そういう意味でおすすめさせていただきます😃
山崎豊子「華麗なる一族」上・中・下巻
※この作品の新潮文庫裏表紙はネタバレしすぎて、私は2007年のキムタク主演(原作の主人公の長男と置き換えられています)のドラマは観ていたので、私はまあいいですが(良くないですねw)、できれば、原作もドラマも未見の方は、裏表紙を読まない方が無難です。 
昭和40年代、業界10位の阪神銀行頭取・万俵大介は、二男三女に恵まれながら、嵯峨子爵の娘で気弱い正妻・寧子と、元・子供たちの家庭教師でもあり、家内を取り仕切る愛人・相子と、妻妾同衾の「華麗なる一族」生活を送っていました…それだけでも不快。
そうした生活と並行し、政財界の人脈を得て、銀行合併による自社拡大化に乗り出していきます。
既婚の長男・鉄平以外の、相子が取り仕切る弟・銀平、妹たちの、どこか歪な結婚や、恋愛も挟みつつ…。
長男・鉄平は、系列の阪神特殊鋼を専務として任され、粉骨砕身しますが、大介は、鉄平の祖父に当たる亡き父・敬介を彼に重ね合わせ、彼に対し冷淡な態度を示し続けています。
やがて、鉄平は、大介の反対を押し切って、阪神特殊鋼の高炉建設に乗り出すも、アメリカとの貿易取引に失敗、私生活でも、うっかり雉撃ちで大介をかすめ打ってしまったりと関係が悪化し、彼が迎えた悲劇的な末路とは…。
大介は鉄平を寧子と父との不義の子と思い込み、彼を心から慈しむことができなかった、本来なら慈しむべき存在であったことに気づいた時には、遅すぎたことには、ただただ痛切の一語に尽きます…最後は始まりの「華麗」さはなく、「陰鬱」とした一族…しかし、始めからこの一族は、本質的には、「華麗」などではなかったのだと思います。
_人間性を置き忘れた企業は、いつか、何処かで必ず、躓く時が来るというのが、私の信条です_
「残虐記」 桐野夏生
自分の住む新潟県で実際に起きた少女監禁事件のノンフィクション・ルポを以前読んだ時に、その本の中かアマゾンレビューか忘れましたが、この残虐記が紹介されていたので読んでみた次第です。
実際の事件が起きた当時自分は中学生だったけど、とてつもなく衝撃だったのですが、被害者が保護されるまで9年2ヶ月を要したという事実は、想像をはるかに超えていていたたまれない思いです。
残虐記はこの事件を題材にはしたもののモデルにはしていません。実際の事件と小説の内容を比較することはできないし、比較すること自体がナンセンスだとも思うのですが、幼少期に誘拐されて長期に監禁されるということは、本来の養育者である家族とりわけ両親から引き離されることであり、生存本能として監禁者との連帯意識や共感のようなものを代替的に育まざるをえなくなるのでしょう。
桐野作品は初めて読むのですが、この残虐記は複数回読まないとちゃんとしたレビューは書けそうにもない気がします。とりわけ加害者のケンジがいかにして少女を誘拐するに至ったのかとか、ケンジとヤタベさんとの関係性とか、検事の宮坂さんとか。でもすごく内容に引き込まれたのは確かでした。
【美貌のひと 歴史に名を刻んだ顔】
著者:中野京子 2018年PHP研究所より刊行
古今東西関係なく、絵画に描かれている23人の「美貌のひと」を著者が選んで解説した書です。
絵画に描かれている「美貌のひと」と言われて連想すると、ヴィンターハルター作の「エリーザベト」、ルブラン夫人作の「マリー・アントワネット」、ルーベンス作の「シュザンヌ」、コロー作の「真珠の女」、etc.エトセトラ、世界中に知られている巨匠の名画が思い浮かびました。
しかし自分が連想した作品は、表紙のクラムスコイの「忘れえぬ人」を除いて、一人もいませんでした。
著名な画家の作品ではあるけれど、「えっ、これが美貌のひとなの?」と思う人物画像がほとんどでした。
また男性が幾人かピックアップされていたのが意外でしたが、「美貌」「美人」という言葉の形容は女性にだけ該当するのではなかった、と改めて実感しました。
「美貌のひと」のエピソードは、1人物に対し、5~6頁の短文で書かれており、大変面白く興味ひかれる内容でした。
 
「美」は持って生まれた才覚の一つです。
その才能を活かし他者を圧倒させて生き抜いた者、逆に利用されて人生を滅茶苦茶にされてしまった者、と様々ですが、通して言えるのは皆波乱万丈な、それでいてドラマティックな人生を送ったということです。
不幸になっても「美しくありたい」という思いは男女問わず、古来からの人間の願望なのですね。
本書を読んで、映画「ある公爵夫人の生涯」を再見、そしてトルストイの「アンナ・カレーニナ」を再読したくなりました。
★「ある公爵夫人の生涯」は本書に掲載されているデヴォンシャー夫人の伝記の映画化作品です。
「忘れえぬ人」は「アンナ・カレーニナ」のモデルと言われています。
『きらきら眼鏡』森沢明夫 著  
*背表紙から*
愛猫を亡くしてうちひしがれた
立花明海は古本屋で1冊の本を買った。
中には「大滝あかね」と書かれた
名刺が挟まっていて、自分が心を
打たれたフレーズに傍線が
引かれていた。
気になった明海は思い切って
あかねにメールをすると、
会うことになった。
あかねは年上の明るい女性で、
日常の物事を幸福に換える
「幸せの天才」だった。
たが、あかねには病に伏し、
余命宣告を受けている恋人がいて。
*この物語のモデルになった場所は
千葉県の西船橋。
実際にある居酒屋や場所、
関東に住んでいればより面白い
作品であることには間違いない。
小松菜サワー、
ふなばし三番瀬海浜公園。
また、この物語の中には、
『癒しやキリコ』の喫茶店が
出てくる。
森沢氏の仕掛けが楽しい。
放浪探偵と七つの殺人  歌野晶午著    講談社文庫    2002年8月発行
年中タンクトップとビーチサンダルで過ごしている正体不明の男、信濃譲二が探偵役となり、様々な謎を解明していくお話。
一編一編の設定とトリックがとても凝っています。
最初は大学生として登場した信濃も終盤には、立派な(?)若者となっています。
【ドア↔️ドア】
安アパートに住む山科は、同じアパートの男を思わずナイフで刺してしまう。血で汚れたドアを部屋ごと交換しようとするが…
【幽霊病棟】
大学2年の桂木は、コンパの飲み会で茜にいいところを見せようとして、幽霊が出ると噂の廃病院に行く羽目になってしまう。
【烏勧請】
町内でゴミ屋敷と言われる下田家。その家の妻はゴミ置き場から、人のゴミを大量に持ち帰ってしまうのだ。おかげで近所は臭くてたまらない。その奥さんが死体で発見される。
【有罪としての不在】
大学寮で発生した殺人事件。犯人は誰か、自治会でアリバイ調査が始まる。これは途中で読者挑戦も仕掛けられた作品。私はお手上げでした…
【水難の夜】
悪徳商法で儲けていた女社長が殺害される。発見者はピザの配達員。ところが…。これはうまいなあ。
【W=mgh】
墓地に逆さになって発見された若い女性の死体。しかし、信濃の同僚の高瀬はその女性を深夜見かけたという。これはゾンビか??
【阿闍梨天空死譚】
新興宗教団体の塔の上で、全裸の男が発見される。しかし、信濃はその種明かしをしないという。
****************************
本作の特徴は、探偵役の信濃譲二のキャラクターでしょうね。いろんなところに出没し、首を突っ込み、周囲の人たちを引っ掻き回します。まるで、奥田英朗のシリーズに登場する伊良部みたいです。まあ、そこまで酷くありませんが…
いろんな趣向が凝らしてあります。最初から犯人が分かっているお話もあります。読者も犯人の心理で事件を隠蔽しようと考えることになります。でも、信濃に見抜かれていきます。
この探偵信濃譲二は、歌野晶午さんの家シリーズ3作品に登場するんですね。まだ、読んでいませんでした。

佐藤友則・島田潤一郎著『本屋で待つ』

いや、すごい本だったな。僕の仕事とも直結していて(本屋じゃないけど)感銘を受けた。どうしてこの人はカウンセリングマインドを持っているんだろう?やさしい人。こんな殺伐とした今だからこそ、多くの人に読んでもらいたい。夏葉社はいい本作るなぁ。

罪の轍            
著者 奥田英朗    
新潮文庫         
あらすじ            
昭和38年十月、東京浅草で男児誘拐事件が発生。日本は震撼した。警視庁捜査一課の若手刑事、落合昌夫は、近隣に現れた北国訛リの青年が気になって仕方なかった。一刻も早い解決を目指す警察はやがて致命的な失態を演じる。憔悴する父母。公開された肉声。鉄道に残された(鍵)。凍りつくような孤独と逮捕にかける熱情が青い火花を散らす。ミステリー史にその名を刻む、犯罪、捜査小説。
やっと読み終えました。が人は生まれ育った背景や環境が違いますが、犯人も警察署の人も、人の子であり、又子供の親、そして何より一人の人間ですね。ミスや、失敗、過ちは誰にでも人生生きていればおこします。が罪人に対する警察官や捜査官の職務に対する厳しい責任感や、失態へのそれぞれの心情が伝わりました。警察同士の人間関係も複雑で難しいのだと思いました。
レベッカ・ブラウン 柴田元幸訳
「体の贈り物」
本作は不治の病だった頃のエイズ患者を介護するホーム・ケアワーカーの女性とその患者たちの交流と別れを、極めてシンプルな筆致で描いたものですが、繰り返される、死を迎えるばかりの患者さんとの出会いとその死を、なんともさりげなく、だからこそ息苦しいほど切ない表現で語っており、死を覚悟した患者とその死を見送り続ける女性のなんでもないが極限のやりとりに、読中たびたび絶句せざるを得ませんでした。メンタルダウン時に手に取ることはオススメしませんが、出会ったことに必ず感謝することになる一冊です。
『あずかりやさん桐島くんの青春 大山 淳子』
地方の小さな書店から話題が上がり、累計30万部を越えるヒットとなった“あずかりやさん”シリーズ。
本作はその二作目になります。
出版社は児童書を主に手掛けていたポプラ社。
僕もお世話になった“怪盗ルパン”シリーズは現在は全20巻で出版されています。
このシリーズは中学生・高校生・一般というカテゴリーで展開。
断捨離では語れない人とモノの関係。
捨てられないから預ける。
僅か1日百円を、期日を決めて払うのです。
店主が目が見えないことも、預けやすい一因ですが、そこに流れるお店の雰囲気が安らぎを与えるのでしょう。
今回は、その場に欠かせない二つのアイテム。
文机とオルゴールが今回の語り部。
この二人?がいかにして“あずかりやさん さとう”にやってきたのか?が語られています。
特に遙々海を越えてきたオルゴールの話は児童書としてもかなりの良作だと思えます。
それに、店主桐島くんの高校時代(この時すでに全盲でした。)のお話しも、瑞々しいタッチで描かれています。
全盲の人の生活が少し理解できた気がしました。
「藪医ふらここ堂」 朝井まかて
あらすじ
江戸は神田三河町の小児医、天野三哲は「面倒臭え」が口癖。
患者は待たせる、面倒になると逃げ出す。ついたあだ名は「藪のふらここ堂」。(ふらここ=ブランコ)
 そんな三哲だけど実は名医?!凄腕を発揮することも。
三哲に振り回されながらも診療を手伝う娘のおゆん、弟子の次郎助、凄腕産婆のお亀婆さん…
周囲の面々を巻き込んで大騒ぎ。
登場人物のキャラクターが面白かったです。
笑わせたかと思えば、命を考えさせられる場面もあったりして読み応えがありました。
〚近いはずの人〛  小野寺史宜著
なんか、もやもやしながら読んだ感じです。
着地点もいまいち…
小野寺さんの作品は初めてです。
〚ひと〛〚まち〛を読もうと思ってたんですが、ちょっといいかな?って気持ちになってます。
うーん。やっぱりもやもやする。
大岡昇平「俘虜記」
有名ですが初めて読みました。
「何故、目前の米兵を撃たなかったのか?」という心理分析は有名ですが、思考を深めていく迫力が凄いです。
俘虜となった後のマラリア療養のための病院生活、一般収容所に移されてからの日本社会の縮図のような退屈な生活、日本への帰還と、リアルで明晰な記録が克明に続いていき、圧巻です。
個人的には、収容所に日本の降伏情報が伝わった時の「八月十日」の章に感銘を受けました。例えば、軍部が原爆を落されても中々降伏しないのは「自己保存という生物学的本能のほかはなく」、従って「私は彼らを生物学的に憎む権利がある」といったクダリ、「戦争の悲惨は人間が不本意ながら死なねばならぬという一事に尽き、その死に方は問題ではない」といったクダリなど、鋭い言葉が飛び出してきます。
社会人生活を経て中年で招集された大岡さんの筆は、ロウエルフルスンのブルースのような「苦み」があります。
悪魔のトリック    青柳碧人著    講談社文庫    2019年5月発行
この世の中には悪魔がいます。その悪魔は、「どうしても誰かを殺したい」と強く願う人の前に現れます。
そして、一つの能力を与えます。悪魔は直接、人を殺すことはできません。また、与えられた能力で直接人を殺すことは、できません。
その能力とは、例えば…
【ネズミに言うことを聞かせる力】
【強力な磁力を発する力】
【草木を腐らせる力】
【壁をすり抜ける力】
【金属や石を噛み砕く力】
などなど、それだけではどうも人を殺すのは難しそうです。
そして、この【悪魔の力】を使って引き起こされた犯罪を探るのが、特別任務を与えられた九条と有馬。この捜査をめぐる5編の連作短篇集です。
もう、ただでさえ【悪魔の力】を使って起こされた不可能犯罪なのに、どんどんトリックが複雑になります。
事件を追う九条は中年の無愛想な刑事。なぜか、【悪魔の力】を使って引き起こされた犯罪を知ることができます。そして、九条に振り回される平凡な刑事有馬にも秘密がありました。
どこまで行くんだ、この話と思ってしまいました。だんだん論理バトルの様相を呈してきます。
ありえない犯罪とありえない推理のお話です。興味がある人だけどうぞ。
霧の旗
   松本清張
『お姉さん、ぼくは犯人ではありません』---弟の無実を信じ五十年以上も闘い続けて、 八十九歳になった姉ひで子さんの、 あの若々しい満面の笑みを見て、 すごい!と思わず声を出してしまい。
ふと、松本清張氏が描いた、兄の無実を信じた妹を思い出して。
 その妹というのは、 死刑判決を受けた兄のために、 九州から上京し、 著名な弁護士事務所を訪ねた、 柳田桐子(二十歳)のことです。
桐子も裁判のことは分からず、 当然兄が犯人ではない証拠のことを、 知るよしもありません。
桐子に唯一できることは、 信頼できる弁護士にすがることでした。
ところが---忙しい---お金が無ければ---弁護士の大塚は相談に乗らず、 その後の懇願にも応じません。
桐子の願いも叶わず、 兄は控訴後の二審のさなかに獄中で亡くなって。
桐子の恨みの執念は、 冷酷に、卑劣に、大塚弁護士をおとしめていくのです。
 どうにもならない桐子の諦めと恨みを、 松本清張氏が描くと、 全く別の形になって、 ヒロインの悲哀が伝わってきます。
人が生きる中で簡単に起こりそうな出会いが、 二人の運命を大きく変えてしまったこと、 それが『人を裁く』世界の中だっただけに、 怖さが際立ってきます。
愛する兄の無実を信じ、 汚名を晴らしてあげたい、その一途な思い、 消えそうにない無念と哀しみ、 これらはどう昇華されていくのか。
そして、彼は何を感じ、 どんな人生を受け入れる覚悟をするのか。 松本清張さんですから、こんな感じになってしまいましたが、ぜひ再読してみてください。
『霧の旗』の書籍化から六十二年の歳月を経て、 いまも変わらぬこのテーマの重みを感じた読後でした。
「闘病記専門店の店主が、
   がんになって 
   考えたこと」 星野 史雄 著
  (産經新聞出版 平成24年刊)
 高齢化が進み、私の身内や知り合いでもがんに罹患する人が増えていますね。
 がんだけではなく、昔は聞いた事もないような病気と闘っている人の話も耳にするようになっています。
 明らかに誰に改めてとっても病気は“他人事ではない”と思う昨今です。
 著者は、奥さんのがんの闘病中に同じ病気の患者の闘病記が参考になるのではと思い探しますが、なかなか見つかりません。奥さんが亡くなって大きな喪失感にとらわれた著者は、このままでは精神的に危険と、闘病記を探して全国の古書店を巡り、やがて“闘病記専門ネット古書店「パラメディカ」を開店し、病気と闘う人たち(家族も含め)に闘病記を紹介するなど闘病の手助けをしていたが、今度は自分ががんになり自らこの本を書くことになってしまいました。
 本書は、妻の闘病の記録〜闘病記の収集〜専門書店を通じた患者と家族の声〜自分の闘病〜などを闘病記を紹介しつつ、よく整理され読みやすく書かれています。
 また、患者の家族として(また、大切な人を亡くした遺族として)、患者として、それぞれ当事者の視点で書かれています。それに加えて、第三者的な冷静に自分の病気を捉えているように感じます(時にユーモラスでもあります)。数多くの闘病記を読み豊富な知見を持っていた著者ならではの冷静さなのでしょうか?
 私は図書館に行くと闘病記コーナーを眺めるのが習慣になっています。読むと病気を持っていない人でも“励まされる”ものが少なくありませんね。
 「差別」、「格差」、「分断」など多数の人が“生きづらい社会”に向かうような風潮を感じられます。命や健康の大切さと、人への思いやり・・・闘病記って役に立つかも知れません。
【橋のない川:全六巻】『住井すゑ』:原作。
長~い間、手元に第四巻までしかなく「積読」状態になっていた【橋のない川】が何と‼「青梅図書館」の廃棄図書コーナーで、第五巻、第六巻で手に入れることが出来ました。それも第五巻、第六巻だけが残っていたのです‼【橋のない川】は名匠:今井正監督の演出により映画化もされましたが、島崎藤村の【破戒】。高木彬光の【破戒裁判】。松本清張の【眼の壁】。等々の舞台にもなった「被差別部落」を扱った名作です。

読み終わったあと、自室の窓から見えるいつもの山が、ふと得体の知れないものに見えてしまって慌ててカーテンを閉めた。 昭和初期の話がちょくちょく出てきたもので、身近にお年寄りがいなく、古い怪談を聴く機会など無い私としては、とても楽しんで読めた1冊。

《郷愁  ペーター・カーメンチント》
      ヘルマン・ヘッセ 
 豊かな自然に囲まれて育ったペーターは故郷を離れ、文筆家を目指すため都会生活を始める。そこで彼は、多くの人と出会い、学ぶが、心の底では常に虚しさを感じていた。文明に失望し、故郷に戻った彼を待っていたのはシンプルな暮らしと新たな出会いだったが、、。
叙情に溢れた美しい自然描写、青春の苦悩、故郷への思いをみごとに描いた、ヘッセの処女作にして出世作。
【ヒューマン・ファクター】
グレアム・グリーン著
ジョン・ル・カレ著「ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ」のモデルは「キム・フィルビー事件」
英国情報部の幹部がソ連に情報を提供し、
それどころかソ連に亡命した事件です。
ル・カレ氏にとって勤め先の大不祥事ですが
グレアム・グリーン氏にとって裏切り者は直属の上司であり、家族ぐるみの交友があったそうです。
そのグリーン氏による二重スパイの物語。
スパイ小説というより、スパイ組織に勤めている人の物語です。
主人公は、僕と同じような小市民。
ジェイムズ・ボンドのようにタフガイでもなく
ジョージ・スマイリーのように老練でもありません。
まして、愛国心に燃えているわけもなく、
世界平和のために命をかけたりしません。
伏し目がちに望むのは、平凡な日々。
でも、極秘情報がソ連に漏洩したことが判明。
裏切者の嫌疑をかけられた部員たちは…
若い頃に読んだら、おじさんたちのど〜でもいい会話ばかりで放り投げちゃっていたでしょう。
人生にくたびれた今、読むとうんうんと頷き、頁をめくるのが止められなくなりました。
そして、伏線(というより僕がさらっと読み飛ばしたところ)が
後半、意味を持つようになり、再読しないと良さがわからないようです。
裏切者と言うと「卑劣漢」とイメージしますが
やむにやまれぬ事情があり、単純に売国奴と切り捨てらません。
イスカリオテのユダ、明智光秀など史上有名な裏切者たちはみんな、こんな孤独を抱えていたのか、としんみりさせられます。
著者は遠藤周作氏にも影響を与えたそうです。
遠藤周作氏が好きな方は手にしてみてください。
🥰思わずニンマリしちゃうのは
登場人物がジェイムズ・ボンドのことを口にすること。
「僕がジェイムズ・ボンドなら、いまごろ…」
「お父さん、007ってホントにいるの?」と。
ここで言うボンドは、発表年代から言ってロジャー・ムーア。
あんな二枚目にはやっかみも言いたくなりますよ、
ねぇ、そうでしょ、みなさん?
【暇と退屈の倫理学】國分功一郎著
坂本龍一の訃報を耳にしたのは4月3日の朝だった。特別なファンではない。「筑紫哲也のNEWS23」と「戦場のメリークリスマス」と「energy flow」くらいしか知らない。最近たまたまradio sakamotoでの斎藤幸平や國分との対談をyoutubeで聴いた。作曲家としてしか坂本を見ていなかった僕にはとても新鮮だった。「この人はただの音楽家ではなかったんだ」と思った。「この人は広い人なんだ。」と思った。僭越ながらそこに親近感が沸いた。サイズもレベルもまるで異なれど、この5年ほど僕は広い人になりたいと思って狭くではあるが動いてきた。対談を聴いて自分が進みたいと思っている方向にあまりに偉大な先輩がいることを知り、とても喜んだばかりだった。だから訃報を聞いたその日1日、身体も頭も全然動かなかった。数日経った今でもなかなか気持ちが落ち着かない。それでも天上からのenergy flowを浴びながら、今日もこんな不毛な作文をしている。
radio sakamotoの中で坂本龍一は國分の『暇と退屈の倫理学』を「震災後日本の政治状況も驚くように変化している中で、ひとりひとりのこれからどう生きていったらいいのかを考えるヒントが詰め込まれている」と絶賛している。題名からは想像しにくいが、本書は大量消費社会への痛烈な批判を展開している。大量消費社会への批判として「贅沢をさせろ」をスローガンにしようというのだ。大量消費は贅沢の対極にあり、我々は消費から足を洗って贅沢を取り戻さなければならない。なぜなら大量消費社会ではその贅沢が妨げられているからである。贅沢がないから退屈が紛れない。退屈を凌ぐためには消費ではなく贅沢をこそするべきだ。これが國分の主張である。
この結論にいたるまでの國分の論理構成は僕にとっては実に明瞭だった。難解な議論を間に挟みながらも全体としては非常に見通しのよい記述の手順を踏んでいる。この見通しの良さは「実践」を意図してのものだろうと僕は受け取っている。radio sakamotoの別の回で、國分は斎藤幸平とも対談している。その中で國分はこういう。「哲学って、概念の学問なんだよね。哲学を勉強するってことはうまく哲学的な概念を理解して体得して使えるようになっていくっていうことだと思うんですよ。ある種の概念的思考の訓練なんだよね。それを社会との関係ってことでいうと、社会の中に色々こんがらがっていることがあって、理解されていない問題とかがあるわけ。そうすると哲学的思考を専門にしている人間がきちんと概念を整理することはすごく大事なことで、社会にあるたくさんの問題を考える上で、哲学はたくさんのことをしなきゃいけない。」小平市での住民運動から民主主義システムの欠陥を暴いた『来たるべき民主主義』しかり、本書『暇と退屈の倫理学』しかり、哲学は世の中に寄与しなければならないという國分の「実践」への態度は一貫していて、それが著作の明瞭性を担保している。
だからといって帯にあるオードリー若林のコメントのように「哲学書で涙する」のはまた別の話である。実際本書のどこに涙ポイントがあるのか、僕にはわからなかった。
※坂本龍一と國分功一郎の対談はこちら
https://youtu.be/7nGG6J_cOZo
《思い出コロッケ》 諸田玲子
コロッケ 黒豆 パエリア ミートボール すき焼き シチュー ベリーニ  〜あとがき
  昭和を舞台に大人の恋、男女の情愛、そして家族の真実を描いた静謐な短編七編の物語。
諸田玲子ーー静岡市生まれ 上智大学文学部英文科卒  外資系企業勤務の後、翻訳・作家活動に入る
《歴史を紀行する》   司馬遼太郎
 幕末ーー松蔭を筆頭に過激に突っ走った長州。西郷、大久保と大人の知恵を発揮した薩摩。ーー危機の時ほど、その人間の特質が明瞭に現れる時はない。風土と人物の関わりあい、その秘密、そして日本人の原形質を探るため、日本史上に名を留める各地を歴訪し、司馬史観を駆使して語る歴史紀行の名著です。
龍馬と酒と黒潮と〔高知〕
               〜
政権を亡す宿命の都〔大阪〕
『告白』(2010年製作)
原作 : 湊かなえ『告白』
監督 : 中島哲也
キャスト : 松たか子、岡田将生、木村佳乃、西井幸人、藤原薫、橋本愛
2009年本屋大賞に輝いた同名のミステリー小説の映画版。生徒に娘を殺された中学校教師と、事件の関係者たちを独白形式で描く群像サスペンス。
とある中学校の1年B組。終業式の雑然としたホームルームで、担任の森口悠子が静かに語りだす。「わたしの娘は死にました。警察は、事故死と判断しました。でも事故死ではありません。このクラスの生徒に殺されたのです」教室は一瞬にして静まりかえり、この衝撃的な告白から物語が始まっていく・・・。
独自の雰囲気と絶望の連鎖であり、人によってはモヤモヤが残ると思います。
それぞれの視点により次々明らかになっていくのが良い。少年法の問題提起を取り入れながら、人間の本質を恐ろしく描いた作品。
松たか子の鬼気迫る演技に圧巻です。
白と黒のコントラストを強調した独自性の映像が綺麗。様々な挿入歌も世界観を際立たせていますが、歌声と重なって台詞が聞こえづらい場面がありました。
ピスタチオ      梨木香歩
  緑溢れる武蔵野にパートナーと老いた犬と暮らす、主人公の棚(たな)。ライターを生業とする彼女に、ある日アフリカ取材の話がまいこむ……。そこから不思議な符号が起こり始め、何者かに導かれるようにアフリカへ…。内戦の記憶の残る地で、失った片割れを探す ナカト と棚が出会ったものは…
生命と死、水と風が循環する、原初の物語。
  2010 刊行
『ヒカリ文集』 松浦理英子  講談社
二年前、東北大震災のボランティア活動に一人で出かけ、厳寒の夜に泥酔し横死した劇作家兼演出家の破月悠高。妻の久代がその未完成の遺作を発見した。それは、学生時代に夫妻も所属していた劇団NTRをモデルにした戯曲であった。久代は同じく劇団員だった鷹野裕に「裕、あの戯曲の続き書かない?」ともちかけ相談の結果、元劇団員たちがそれぞれ好きな形式で文章を寄せることになった。 ... それは、同じくその劇団員であったヒカリを巡るそれぞれの想いを込めた《ヒカリ文集》となるのである。
劇団NTRの劇団メンバーと、男女を問わずと次々に関係を持ったヒカリの思い出が綴られる。世間の相場からすればネガティブに嫌われるキャラであるヒカリだが、メンバーからはいまだに愛されているという稀有で不思議なキャラクターとして描かれる。二年前にアジアの地と思われる場所で更新されたFaceBook以降の彼女の消息を知るものはいない。メンバーたちの彼女への不思議な回想が錯綜し、重層的に語られてゆく。
非常に趣向を凝らした、巧みな構成でヒカリという今は非在の存在に読む者もそれに魅了され虜にされてゆく。
ヒカリの相手は、男性であったり、女性であったりするが、バイセクシュアルと断定することもできないような気がします。その都度の関係性のなかでセクシュアリティを横断的に変容させるような性の在り方をしている。
優也がヒカリにかけた言葉「一人の人を愛せないんだったら大勢の人を同時に愛すればいい」が、今の時代の恋愛の有り様の一面を鋭く捉えているような気がしました。それにしてもヒカリという存在はミステリアスである。
六人の視点を通しヒカリの解像度は上がっていくようにも感じるが、それに反比例してその実存は虹の彼方にあるようでもある。ともにヒカリに失恋し、今は恋愛関係にある裕と雪実の以下に引用する会話がそれを如実に物語っている。
《先に立ってバイクを走らせるヒカリの、車のヘッドライトを反射する革ジャンパーの背中を見ながら、雪実が言った。
「轢き殺さない?」
「いいね」
ふっと笑いを漏らした後、雪実は問いをよこした。
「まだヒカリが好きでしょ?」
「うん」私は頷いた。
「私も」》
晩婚化であり、非婚化であり、少子化でもある時代の新たな恋愛小説の誕生か?とでも言っておきましょうか?
劇中で語られる劇団NTRの人気作品である『壁越しの恋人』にその片鱗がかいま見えた気がします。第75回野間文芸賞受賞作品でもあります。
名探偵のままでいて
小西マサテル
小学校教諭の楓とその祖父が主人公。
祖父は認知症を患っており、幻視の症状がある。
数々の事件が起こり、楓は祖父に話に行く。そこで祖父は幻視のように、事件を見ることができ、解決していく。
私にとっては新しいタイプのミステリーで楽しく読めました。
終章では感動する話があり、読んだ後にじーんとさせられました。
かなりライトな感じで読みやすく、一気に読んでしまいました。おすすめの一冊です。
「R帝国」
中村 文則 (著)
 近未来の島国・R帝国。人々は人工知能搭載型携帯電話・HP(ヒューマン・フォン)の画面を常に見ながら生活している。ある日、矢崎はR帝国が隣国と戦争を始めたことを知る。だが何かがおかしい。国家を支配する絶対的な存在"党"と、謎の組織「L」。この国の運命の先にあるのは、幸福か絶望か。やがて物語は世界の「真実」にたどり着く。
 佐藤航さんがこちらで同筆者の「教団X」をあげていらっしゃいましたが、そちらは残念ながら自分のテイストに合わなかったので、こちらをオススメとします。
 オーウェル「1984」ディック「高い城の男」といったデストピア名作を背骨に、スマホをはじめとするガジェットや脳の自由意志問題等、現代向けにアップデートしたという印象の一作です。ただ、これらの名作たちは今読むと小説としてこなれていない印象もあるので、このような作品から入るというのは大いにアリと自分は思いました。ディストピア小説入門書としてオススメです。
水野学 「センスは知識からはじまる」
仕事に役立ちそうな書籍を探していて面白そうな本を見つけたので読んでみました。
 
著者は熊本県の公式キャラクター「くまもん」を手掛けた方です。「センス」と聞くと生まれつき、あるいは幼少から英才教育することで身に着くものを想像する人が多いでしょう。そういった分類の「センス」もありますが、「センス」とは本来誰でも持っているものであり、磨くこともできると主張しているのが本書の内容となります。大項目は以下
大項目:
・「センス」の定義とは
・「センス」が必要とされる理由
・「センス」はどのような仕組みで発揮されるのか
・「センス」の磨き方
読んでみると「センス」とはそもそも何なのか?どういった思考をしているのかが論理的に分かりやすく解説されています。「センスとは数値化出来ないものを最適化することである」と定義されていて、その最適化は知識によって行われていると主張していました。例えば製品をどんなカラーリングにするか、を決めるという話になったとして「センス無いから」と才能のせいにするのではなく配色の仕方や製品を置く場所の周りには何がどういったものが置かれるかを知識で知っていれば決められる、ということです。あらためて主張されると確かにその通りだなと納得してしまいました。もしかしたら自分もセンスを磨けるかも!という前向きな気持ちになれましたので、読んでみて良かったかなと思っています。
またセンスと学校教育にまつわる話もありますので、子育てしている親御さんたちであれば将来我が子がセンスの良い子になれるように手助けできそうです。
 
センスへの見方が変わる面白いことがたくさん書かれていたので、気になる方は読んでみてください。
貫井徳郎さん「私に似た人」
この作品、怖い。
何が怖いって、登場人物たちの考え方が「私」つまりぼくの若い頃に「似てる」と感じてしまったからです。
もちろん、年齢を重ねて、「自分」というものを冷静に見れるようになってきて、「そうではない」ことに気付いた今では、良くわかりますが、若い頃は自らの不遇を「周り」のせいだと思ってました。
と言っても、それなりの大学に入って、一応名の通った会社に入ってという人生のどこに不遇があるのかと言われると、その通りなんですが、若い頃は自分がもっと何かが「できる」と信じ込み、それが叶わないのは「周り」のせいだと信じていました。
もちろん、それでも破壊的な行動に出なかったから、今こうして読んだ本の感想などを発信できているわけですが、あの時誰かに背中を押されていたらと感じると、やっぱり怖い気がします。
ま、もしかすると誰しもが多少はこの登場人物たちと、近い所をウロウロしているのかもしれませんし、誰もがこの作品の登場人物たちに「似てる」のかもしれません。
そんなお話なんですが… と言っても未読の方には「何のこっちゃ」という感じかと思いますので、ストーリーの紹介をさせていただきますと。
日本で続発する小規模なテロリズム。
「小口テロ」と呼ばれた事件の実行者たちは、自らを「レジスタンス」と名乗り、社会への不満を前面に打ち出していた。
当初、実行者たちに繋がりはなく、個別の案件と思われたそれぞれの事件に黒幕の存在が明らかになる。
SNSで社会への不満や憎しみをぶちまける若者たちに対して、社会への反抗を呼び掛ける「トベ」という謎の人物。
「トベ」に「背中を押されて」、トラックで群衆に突っ込む者、また、刃物を振り回し無関係な歩行者に切りつける者。
その実行者たちは、事件の直前に「トベ」と関わっていた。さらに「トベ」自体が複数の人物に引き継がれており、その正体が掴み切れない。
就職氷河期、派遣切り、非正規雇用、ブラック企業、引きこもり、他人への無関心…
現代社会の「病巣」が、レジスタンスを生み出していく。
そして、その実行者たちの周辺の人々たちの苦悩が十篇の短編の中に描かれています。
各短編の登場人物たちに多少の関わりはあるものの、基本的には独立したお話(同一の事件を会話の中での話題として取り上げるという関わりも含めてですが、従ってこれ以上は書けません😅)
というわけなんですが、連作として貫井さんの上手いところは、一見何の関係もなさそうな事件について、話を読み進むに連れて、「ああ、あの事件の…」という具合に関連を持たせながら、ある事件の「傍観者」が別のお話ではその事件をきっかけとした「主役」になるという組立ての妙があります。
特に、ラストである人物独白の中で、「トベ」の秘密の一端が語られるのですが、社会生活の中で「よくあるような出来事」が、「トベ」を生み出したということが明らかになります。
それはそれで、哀しい出来事なんですが、全篇を通じて、そんな不満や不条理が周囲に牙を剥くさまが淡々と語られていて、そこにもある種の「恐怖」を感じざるを得ません。
まあ、ぼくの文章力ではこれが限界なんですが、おそらくこの作品をに出てくる十人の登場人物たち、「あっ、この人自分と似てる」と感じる人が、必ずいるのではないのかと思います。
つまり冒頭に書いた「この作品、怖い」というのが、ぼくの感想ですが、みなさんがどう感じるのか…ちょっと興味があります。

村田沙耶香著『コンビニ人間』聴覚と資格を上手に使って、現代社会における同調圧力を上手く描き出した作品。正常と異常なんて線の引き方だよなと改めて思う。自分の常識は他人の非常識と思って生きていきたいと思う。

「母という呪縛 娘という牢獄」齊藤彩
"事実は小説より奇なり"
私がこの本を読み終えた時の一番の感想です!
2018年に滋賀県で起きた、実の娘が母親を殺害した事件。元新聞記者である作者が追いかけ事件の真相を書いたノンフィクション!!!
加害者の手記を元に書いた2人の親子関係は、小説以上に壮絶なものでした。
加害者は母親から、9年にわたる浪人生活を強いられていました。酷い罵声と暴力に耐えながら医学部を目指し続けた末に、どうにか看護師になった彼女ですが、今度は助産師学校を受験させられ落ちてしまい、母親を殺すという選択をとってしまいます。
「学歴信仰」に囚われた母親は、娘の自由を奪い「医学部に入る事」を強要します。自分の思い通りにならない娘を口汚く罵り、時に暴力をふるいながらも自分の理想を押し付ける母親。「なぜそんなに医学部にこだわるのか?」という理由も娘には言わずに。
この本の「母」と「娘」が、30年以上一緒に暮らしながらも、お互いの心が通い合った事がなかったのではと思うと、本当に胸が引き裂かれる思いです。
読んだ人は「彼女が、母親を殺さないですむ方法はなかったのか?」と、一番に考えると思います!
興味が湧いた方は、是非読んでみて下さい!!!
【ダイイング・アイ】
著者:東野圭吾 2007年に光文社から刊行
※画像は文庫版
ストーリーは一人の女性が交通事故で亡くなったことから始まります。
加害者は30代のバーテンダーの男性です。
女性の夫は復讐のためにその男性を殺そうとしますが失敗します。
女性の夫は服毒自殺をし、バーテンダーの男性は一命を取り留めたものの記憶喪失になってしまいました。
その失われた記憶も事故に関する部分だけという実に曖昧な状態でありました。
それから男性の周囲で奇妙な出来事が次々と起こりはじめました。
同棲していた女性が失踪がしたり、「瑠璃子」と名乗る妖艶な雰囲気を持つ美女が近づいて来たり、と。
そして時折事故に関する記憶が部分部分に蘇ってくるのですが、何か違和感を感じるのです。
男性はこの事故には何か秘密があると感じ、失われた記憶を取り戻すべく自身で調査を始めました。
ホラー的な要素を含んだ東野圭吾さんの長編ミステリー小説です。
物語のキーとなるのはバーテンダー男性の失われた記憶です。
そこに全ての真実が隠されていました。
男性の記憶が戻った時、「なるほどそういうことだったのか」と納得がいき、登場人物たちの今までの意味深な言動も理解することができました。
結末はまさしくタイトル通りの「ダイイング・アイ」です。
罪を認めず、互いの保身しか考えない人間たちに、亡き被害者が怨霊となって復讐を果たしたような感じでとても怖かったです。
作品名 告解
著者名 薬丸岳
人は重大な過ちを犯した時、逃げずに真正面から、それに向き合う事ができるのか?客観的に見れば、そうすべきだとわかっていても、いざ当事者になってみれは、事実に目を伏せて逃げてしまうのではないか?心底、謝罪が出来る勇気が持てるのか?そういった事を、この小説で問われていると感じました。中々、奥深い内容です。
薬丸岳氏の小説は、ページ数も多くなくて、文章も分かりやすいので読みやすいと再認識しました。軽度の認知症を患った人物を主観として描かれている場面があるのですが、著者が認知症に患った事が無いにも関わらず、上手く描かれている事に関心しました。
罰を受けても罪は消えない。なら、どう生きていけばいい?
『天使のナイフ』『友罪』『Aではない君と』――
贖罪と向き合い続けた著者だから描けた入魂の傑作長編小説。
「自分は運が悪かっただけだ……」
女性を撥ねるも、逃げてしまった大学生
「やらなければいけないことがあるんだ」
愛する妻を奪われ、犯人の出所を待つ男
ひき逃げ事件の加害者と被害者遺族。両者の運命が交わる先にあるものは――?
深夜、飲酒運転中に何かを撥ねるも、逃げてしまった大学生の籬翔太。翌日、一人の老女の命を奪ってしまったことを知る。罪に怯え、現実を直視できない翔太に下ったのは、懲役四年を超える実刑だった。一方、被害者の夫・法輪二三久は、ある思いを胸に翔太の出所を待ち続けていた。贖罪の在り方を問う傑作。
坂井希久子
若旦那のひざまくら
坂井希久子さんの「妻の終活」を読み、妻としての生活を全うし素晴らしい女性なのに立派すぎて
謂わゆる男勝りというのではなく男前な生き方で甘えられないその性格が少しかわいそうにも思ったものだが、今回の長谷川芹にも同じ匂いを感じさせられる。
京都の西陣という昔ながらの老舗の一人息子の充に惚れてしまうが、義父母には東京の11歳も年上の芹は受け入れられないし街も受け入れてくれない。
しかし斜陽の織屋を芹の奔走で盛り上げる為に一生懸命になる姿に少しづつ周りに受け入れられ最終的には義母をも魅了してしまう一途な生き方は滅茶苦茶素敵でカッコいいが、人の懐に入っていけない不器用な性格なのに正反対の柔らかい11歳も年下の充にふと甘える芹がとても可愛かった😊
『大江戸あにまる』  山本幸久  ★★★__ 
な~~~んと、山本幸久が時代小説。
「何でまた?」と読んでみれば、確かにある意味立派な娯楽時代小説ですね。それにしてもこのキャストは。。。
歴史的人物として若き日の勝海舟、鳥居耀蔵、島津斉彬、岩瀬忠震、講談・浪曲の世界からは平手造酒、国定忠治、鼠小僧(いずれも実在)。これらを互いに絡ませて話を進めちゃうんですからね、ちょっと無謀(笑)。平手造酒とか忠治と若い人は知らないでしょうね。ただ登場人物の絡み合いで笑わせてくれるのは山本さんの得意技ですね。
表紙に描かれる3人の主人公、お人好しで失敗ばかりの幸之進、草花や獣にしか興味のない福助、可愛いけど男勝りの藩主の妻・小桜。そこに駱駝、豆鹿、羊、山鮫(ワニ)、猩々(マントヒヒ):いずれも各章のタイトルやオオカミ、豚、ペリカンまで現れての荒唐無稽のドタバタ騒ぎ。エピローグでしっとりと上手くまとめあげ、とてもユニークな娯楽時代小説でした。
自殺や殺人事件のあった、いわくつきの物件に一時的に住む「影」
何もなかったかのように物件ロンダリングする話し。
不動産業界に興味が有るので、手に取りました~
高齢社会、これからドンドン事故物件が増える事でしょう😥
ルームロンダリングにまつわる様々な人間模様を紡いだ8つの物語です。
不動産の仕事って、ほんと大変なんだ~!
色々と勉強になり良かったです。
そして自分の終の棲家にも…
久しぶりに緊張感のある本を読みました。
傲慢と善良 辻村深月
連絡取れない婚約者は何処へ 購入し半年以上ようやく読了 それはなぜか 婚活の話なんですがセリフが結婚適齢期過ぎた者には相当堪える 心配する親 恋愛結婚者 アプリで会う価値観の違う善人 結婚相談所やらが現実を突き付ける 時代の価値観変わっても周囲は 自分見直し 裏テーマは家族かな
いつもつるんでいる彼は妻子持ち 小遣いで自由な金は少ない しかしいつもラーメンを奢ってくれる 後輩と飲みに行っても一切出させない 普段私は投稿と違い重箱の隅をつつくようなボケ ただツッコミが無いと笑いが 任せられるのは彼だけ 今まで出会った中で一番面白い男 退屈した事無し 一週間話さない事は無かったが最近連絡取れず ようやく来た返信には離婚したと LINEで言うなと超久々の一ヶ月半ぶりに再会 私は新バツイチ様と書いた画用紙を持ち迎える 準備しておいた中島みゆきの時代を流して まわすなまわすなもっと真剣に慰めろと元気な笑顔 私が初めてラーメン奢った日 
#2人はしゃべくりのみ道具も王様ゲームもいらない
『岬』  中上健次  文春文庫
「吹きこぼれるように、物を書きたい。いや、在りたい。ランボーの言う混乱の振幅を広げ、せめて私は、他者の中から、すっくと屹立する自分をさがす。だが、死んだ者、生きている者に、声は届くだろうか? 読んで下さる方に、声は、届くだろうか?」(中上健次『岬』後記より引用)
この小説は、戦後生まれ初の芥川賞を受賞した中上健次のその受賞作品で、後に紀州(路地)サーガとよばれる三部作品の出発点となる記念碑的な作品です。『推し、燃ゆ』で第164回芥川賞を受賞した宇佐美りんさんが大きな影響をうけた作家の作品として新装版の文庫の帯で推薦されています。三十年ぶりの再読です。
文芸批評家の江藤淳は、この作品をして日本の自然主義文学百年の伝統のひとつの到達点であると称賛しています。次の文章にその一端がかいまみえるかもしれません。
《土を掘り起こしておこうと思った。つるはしを打ちつけた。見事に根本まで入った。(中略)土はふくれあがり、めくれる。(中略)腕の筋肉が動き、腹の筋肉が動く。それは男らしかった。(中略)朝、日と共に働きはじめ、夕、日と共に働き止める。》
《なにもかも正直だった。土には、人間の心のように綾というものがない。彼は土方が好きだった。》
中上作品の登場人物は、その錯綜した複雑な家系の人間関係がわかり辛く、紀州弁で語られるその会話文の主体の把握が難しいと言われますがこの作品もそのきらいはあるものの、主人公である秋幸を「彼」と三人称表記されていること、さらに「姉」と「あね」との表記の違いをを理解して読みすすめてゆけば、しだいにその関係が霧が晴れるようにすぅ~っとクリアになります。
主人公である秋幸を中心とした腹違い、種違いの親子親族関係がその地に根づいた土地の宿命と運命に哀しみと、慈しみと、怒りを乗じて描写される。私生児として生まれた秋幸の本当の父親は、「あの男」と表記され、この土地(路地)では、悪名たかい噂で溢れている。
《おれの顔は、あの男の顔だった。世の中で一番みにくくて、不細工で、邪悪なものがいっぱいある顔だ。彼は思った。その男が、遠くからいつもみている。いつもおれの姿を追っている。(中略)あの男は絶えずおれを視みている。その眼を、視線を、焼き尽くしたい。》
ラストシーンで彼=秋幸が、腹違いの妹と媾うときに人称が「おれ」となってこの小説は唐突に終わる。ある批評家によればコンドームを被ったソーセージが豚小屋の脇の測溝からぷかぷか浮いて流れてくる挿話を『古事記』の隠喩との見解には戦慄させられました。
土地の端っこから海に鋭利に突き出して世界から隔絶した「岬」をメタファとして、遠い世界の果てを母系的な神話として著者が名付けた『路地』をその足がかりとして描写する土着的、神話的な自然主義文学と言えるのかもしれません。
アンダークラス / 相場英雄
外国人技能実習生問題を主に描かれています。
老人養護施設で殺人事件が起こり、実習生のベトナム人女性アインが疑われます😫
二人は普段は仲良く、よく話その話の中に山側と言う言葉が出てきます。
神戸で山側といえば高級住宅街、この二人は生まれた時から貧乏を背負い体を張って働いて来ました😥
そんな人達を奴隷のように扱う悪徳業者。
実際でもあるのでしょうね。時々ニュースになってます😤
今の世の中、防犯カメラが発展し絶対捕まりますよね。逃げ切れるものではありません😏
格差社会の世の中、アインの「日本にくるな、酷い所だ」「日本人、とっくにお金持ちじゃなくなった、ずっと給料が下がり続けているよ、後進国になった事受け入れるべき」と言う言葉にある意味納得🤔
推理を楽しめ、今の日本の問題について考えさせられる一冊でした☺️
(二重カバーになって今年(令和5年)2月25日に再版されていました。)
"この小説は、ある女の一生を描いたものである。 
女は「殺人鬼フジコ」と呼ばれた。
少なくとも15人を惨殺した、殺人鬼。"
                                        =はしがきより=
                         
    ー高津区一家惨殺事件ー
「フジコの母親と父親と妹が、残虐な方法で殺害された。
フジコだけが首の切り傷だけで、かろうじて助かる。」と言う事件。
その後、フジコは叔母(フジコの母の妹)
に引き取られ、何不自由なく育てられた…と感じますが…
結果、そこの家を飛び出し、殺人鬼にまでなるくらいだから、フジコにとっては決して居心地が良い場所ではなかったのでしょう…
殺害した15人を知れば、おのずとフジコがたどった人生がわかってきます。
はい、で…❓
フジコの人生がわかって、それで終わりですか❓…
"最後の一行を読んだ時、あなたは諸者が仕掛けたたくらみに戦慄し、その哀しみに働哭する……❗️"      =裏表紙より=
気になって「あとがき」を最初に覗いたりしないで下さい。
ちなみに…
高津区一家惨殺事件の犯人は捕まっていません…
そして、
"この小説を書いたのはある女性だ。
「了」の文字を書き込んだその三日後、果てた"            =はしがきより=
亡くなっているのですね…
(人気作家さんの人気作品なので、もうとっくに読んでいる方が多いと思いますが、未読な方は是非❗️)
「殺人鬼フジコの衝動」
                                           真梨幸子
革命前夜   須賀しのぶ    文春文庫 
政治小説 ベルリンの秋と 音楽小説 蜜蜂と遠雷を 思い出させる ミステリアスな 音楽 歴史エンターテイメント 
冷戦下の東ドイツ ドレスデンの音楽大学 に留学する ピアニスト真山柊史は 父親と親交のあった ドイツ人家族ダイメル一家の世話になる 
そこで 2人の天才的バイオリニスト  ハンガリーからの留学生ラカトシュとドイツ人イエンツに出会う 
個性あふれる才能たちに戸惑いあがく真山は ある時 教会でバッハを演奏する美貌のオルガニストのクリスタに出会うが 彼女は シュタージュの監視対象だった
 ベルリンの壁崩壊直前の 自由を求める東ドイツの 人々と 切磋琢磨する音楽家たちの才能の しのぎ合いが ダイナミックに絡む人間ドラマは ラストに向けて驚くべき苦悩の真実を明らかにする 
重苦しい中にどこか人間の理性と感性の希望を感じさせる瑞瑞しい小説である
2017年の 文庫ベストテン第1位で オリジナル文庫大賞も受賞している
清浄島   河﨑秋子    双葉社
ここ数年世界をパニックに陥れたウイルス感染とは違いますが、包虫を介して感染する恐ろしい病気です。人類の歴史とは、病原微生物ないし病原体との戦いの歴史でもありました。
呪われた島…、かつて最北の島、礼文島はそう呼ばれていました。腹が異様に膨れあがり、為す術もなく死んでいく。患者の肝臓にはこぶし大の腫瘤があり、蜂の巣状の嚢胞と化す。病名はエキノコックス。今でこそ名が知れ渡っているキタキツネなどを中間宿主とした感染症です。北海道の観光客に野生のキタキツネに餌などをあげないよう注意が呼びかけられていまずが、触るのはもちろん、糞などの粉末に触れても感染するし、川の水などもどんなに澄んでいてもそのまま飲むのは危険とされています。礼文島での根絶をよそに、今や北海道全土に渡って感染が広がってしまっています。早期に発見されれば治療も可能ですが、この病気の怖さは発症まで長い年月を要し、発症したときには手遅れになっていることが多いことです。
本作はエキノコックスと人間の戦いの歴史を描いたものです。
土橋義明…、昭和11年に礼文島出身の女性が本症と診断され、その後北海道立衛生研究所から派遣された研究員である。エキノコックス根絶のためにただ一人礼文島に派遣された。エキノコックスは中間宿主を必要とする。ネズミ、猫、犬、キツネである。礼文島にはかつてキツネはいなかったのだが、ネズミの繁殖を抑えるために本当からキツネを持ち込み野に放った。それが今野生化し繁殖している。土橋は、中間宿主を突き止めるために、島内の猫、犬、キツネの捕獲及び殲滅を任務としていた。島民との軋轢、孤独な戦いの末、最後は島内のすべての中間宿主となる動物を薬殺することになる。飼い猫、飼い犬もすべて…。
伝染病と人間の戦い…。土橋という一人の人間の葛藤が克明に描かれています。史実を詳細に研究した作者の描くドラマはドキュメンタリーのように胸に迫ってきます。読み応えがありました。
佐藤亜紀『喜べ、幸いなる魂よ』。
NHK朝の連続テレビ小説、ベルギー18世紀版(しかも主人公は男性)…みたいな感じ(?)。
その時代にも地方にもまったく疎い。下調べもせずに読み始めたが、どんどん引き込まれて毎晩寝るのが遅くなってしまった。
ひとりの天才的な頭脳の持ち主である女性(ヤネケ)と、彼女をずっと慕い続ける主人公(ヤン)の、愛(といっていいのか?)の物語。大きな時代の流れを背景に、何十年にもわたる家族の苦難や喜びを描く。
以前読んだ『スゥイングしなけりゃ意味がない』でも感じたことだが、佐藤亜紀の文体はすごく淡々としている。そしてなにより登場人物の台詞がすごく今風である。そのせいで、歴史小説・家族小説というより、なんとなくファンタジーっぽい雰囲気になってるような気もする。
作中に、ヤネケが入る「ベギン会」なる団体が出てくる。
これは実在した団体(施設)で、キリスト教の信仰を支えとした未婚(非婚)の女性たちが集まって住んでいる。洗濯の請負仕事やレース編みで賃金を稼いで暮らすのだ。その規則は修道院よりも緩く、途中で脱会することもできるし、施設の中庭ぐらいまでなら一般男性が入ることも可能だ。
欧州におけるNPOの発展の下地には、こういう団体の存在の影響も大きいのだろうと強く思った次第である。
最後の方で、ベルギーにもフランス革命の影響が及んでくるのだけれど、当時の混乱した情勢が詳しく描かれていて興味深かった。
まずフランス軍の先遣隊が市役所にやってきて占領を宣言するのだ。むろん彼らが市域に進入する時に戦闘が始まることもあったのだろうと推測するが、それまでの総督府と市(自治体)との関係からして、多くは穏便に占領されたのだろう。
軍の代表は、革命で成り上がった世間知らずの若者なので(というか、革命政権そのものが世間知らず)、海千山千の市長や参事会に懐柔されてしまう。その様子が可笑しくて笑えた。
幕末の日本でも、官軍が進軍する過程で、そんなこともあったんじゃないかと思ったりする。
この作品のテーマは「女性の解放」である。
ヤネケは論文や書物を弟の名で発表する。そうしないと世間に相手にされないからだ。女性は男性と結婚し子供を産むことが役割だと思われていた時代、ヤネケはべギン会に入ることで、自らの興味と才能の趣くまま自由に仕事をすることができたのだ。
男性と結婚し子供を産むことが女性の役割だという思想は、映画『たそがれ清兵衛』で丹波哲郎扮する伯父の台詞にもあるように、わが国でも常識だと思われていた時代があった。(…いや、今もある。)
「すみなれたからだで」by 窪美澄読了。
またまた窪さんにやられました。むちゃくちゃ良くて心に強く残る濃いお話の連続でした。2016年の作品で9つの(文庫は)短編集です。テーマは「生」と「性」でどれも味わい深くリアルで良かったのですが特に印象深かったのを5つご紹介します。
「父を山に棄てにいく」
自殺願望のあるダメな父親を山奥の施設に預けに行くお話。
相変わらず心理描写が秀逸で切なく悲しい。
「すみなれたからだで」タイトル本
1人娘が初のデートに行くとしって母親はあらためて中年となった自分と夫との乾いた性を思うお話。これ短いけど良くできてた☝️
「バイタルサイン」
16歳の娘 作家の母親の恋人、いわゆる義父と出来てしまう昭和の最後の日のお話。現場を母親が見られて泥沼に。そして25年後。。エロティックなフランス映画のような 😎
「銀紙色のアンタレス」
直木賞作品の中にも入ってるのでご存じの方も多いかも。
高一の夏、美人の幼馴染を振って祖母のいる田舎で数日前に会ったばかりの人妻に告白する少年の初恋のお話。解放的な夏の風景と夏の終わりの切なさがキュンキュンします。そして何故かぞわぞわします(笑)
「朧月夜のスーヴェニア」
認知症の老婆が孫娘の世話になりながら昔の記憶を思い起こします。認知症でも昔の記憶は鮮明で戦時中、許嫁がいるのに戦地を拒む医学生と逢瀬を重ねます。人目を忍んで身を焦がすような恋をして性に奔放だったおばあちゃんからみて三十路を越え独身でスマホばかりいじっている孫娘をみて思います「女としては私はこの娘に勝ったわ」 🤪
私も最近の事は全く覚えられませんが、昔の恋はよーく覚えてますよ❣️、えっ聞いてない(笑)
追伸
猫好きな方にも「猫と春」良かったですよ。。
時代背景も様々だし中年夫婦から少年や女子高生から老婆までバラエティにとんだ主人公のお話達。タイトルのセンスも抜群🤗
窪さんファンはもちろん必見ですが、お気に入りの一編がきっと見つかるのでは と思います。
オススメしたい、そしてまだまだ追っかけたい窪作品でした。

田坂広志「運気を磨く」著者の「死は存在しない」が面白かったのでその勢いで購入。ジョセフ・マーフィーやナポレオン・ヒルの成功哲学に代表されるような、潜在意識に働きかけることで運気を拡大させるやり方は多くの人にとってなぜ上手くいかないのか、その理由と著者なりの実践方法を明快な理論で説いている。願望実現のためのノウハウ本っぽく見えるが、読んでいくにつれ、心の有り様を説いた究極のポジティブ人生論へと話は進んでいく。そして最後には壮大な帰結に行き着く。修行僧のように自分自身にムチを打つ必要などなく、少しだけ日常の視点を変え、心の持ち方を見直すことがより拓かれた人生につながるとする氏の考えにはどこか優しさを感じる。いやこれも面白かった。

岩城けいさんの『サウンド・ポスト』
を読みました。温かい涙が止まらない一冊でした😢
 サウンド・ポストとは、バイオリンの内部にある芯のような部品で、それが倒れると上手く音を出すことができません。隠れているので普段は気がつかないものです。表紙の右側の父親:崇が娘のサウンド・ポストです。左のメグはバイオリンをこよなく愛する娘です。メグの母親はフランス人でメグは母親似です。メグが三歳の時に病気で亡くなりました。それから崇は日本人で相棒瑛二の和食店の料理人として働きながらメグを育てていきます。メグが18歳になるまでの様々な出来事が書かれてありました。私も一人の親として共感することばかりで、目頭が熱くなりながら読み進めました。
 メグのバイオリンの先生セルゲイ先生は、「メグの演奏は、沢山の人達の手で育てられたことが分かる❗最上級のブレンド珈琲だ‼️」と言います。
 崇は、料理の仕込みをしながら、メグの奏でる演奏を聴き、メグと会話しているのです。
 困難をいくつも乗り越えながら成長していくメグのことを娘のように感じながら読んだのですが、ラストが余りにも悲しく苦しく美しく温かく・・・。
 いい一冊にまた出逢いました‼️
【一人称単数(村上春樹)】
久しぶりの春樹ワールドを堪能して📚
友人に薦められたことをきっかけに、学生時代から愛読している村上春樹。独特の世界観と文体に惹かれ続ける数少ない存在だ。私小説の雰囲気を纏いつつ、時代の息吹や心情を鋭く描き出す仕掛けや作風にいつの間にか引き込まれてしまう。
これほど長く愛読しているのに、いざ感想をまとめる段になると少なからず困惑する。言葉での表現が難しい思いと読後感を惹起させるのは、自分の中で村上春樹の他にはない。にも関わらず嫌になるどころか、また手に取りたくなる魅力がどの作品にもある。
今の自分に大きな不満はないものの、置き忘れた何かを常に意識の底で引き摺りながら生きる主人公。身近でありうる存在の周りに起こる不可思議な現象が奏でる物語も、時代とともに進化する。最近は綴られる世界も円熟味が増してきた印象。
本作は8つの短編集だが、その世界にはどれも今あげた要素が満載だ。品川猿の告白にはユーモアがあるし、他の作品では音楽への造詣の深さが感じられる。大人だからこそ楽しめる深さが稀少になった時代に、そんなリアルと幻想を綴る騎手を追い続けたい。
書籍「女中がいた昭和」(小泉和子著)
昭和の戦争前までは、女性は事務員やタイピスト等の仕事に就く方もいらっしゃいましたが、「女中」や子守をする方が多かったようです。
しかし、もう「女中」などという言葉はなくなってしまったのでしょうか?
辞書を引けば、「家庭・旅館・料亭などにおいて、住み込みで働く女性の、日本国内における歴史的呼称である。」、もっと無機質的に、「よその家に雇われて家事の手伝いなどをする女性。現在は『お手伝いさん』という」、あるいは「旅館・料理屋で、客への給仕や雑用に当たる女性」などと書かれており、まあ、今の言葉では、「住み込みの家政婦」でもいいのかも知れませんが、やはり「女中」という言葉には、その独特の響き、味わいがあります。
今は令和の時代。平成より以前の昭和、それもかなり古い、前回の東京オリンピックが行われた約60年前の、昭和30年代(1964年以前)までは、今とは違い、掃除機、洗濯機などの電気製品は一般には普及していません。また、ガス、IHだど、とんでもない。薪で煮炊きをしていた時代です。ご飯の支度も大変。主婦の仕事は重労働だったのでしょう。
その中でも、例えば、地主だとか、商家だとか、住み込みで働く従業員を多数抱える家では、それに比例して家事も多く、沢山の「女中」さんが働いていたようです。また、一流企業の重役のご家庭、「中流家庭」なんて言葉もありましたが、そんな家にも普通に「女中」さん(住み込み、通い)がいたように思います。
昭和44年前期の芥川賞受賞作「赤頭巾ちゃん気をつけて」では、こんな中流家庭の「薫君」宅には「よっちゃん」という女中さんがいました。
ところで、この仕事、「行儀見習に入る」、「女中奉公」などという言葉がある通り、花嫁修業的意味合いもありましたが、いい話ばかりではありません。
当時の家は鍵もかからない和室が殆どです。男と女が同じ屋根の下で暮らしていれば、間違いも起こります。
この本の著者の小泉和子さんは昭和8年(1933年)生まれ。登録有形文化財昭和のくらし博物館館長。工学博士。元京都女子大学教授。朝香宮邸等文化財建造物の修復、復元を行う。生活者の視点から昭和のくらしの細部を語る第一人者です。
そんな著者の視点から、「旦那のお手付きだ」、あるいは「若旦那に手籠めにされた」など、あまり語られぬ貞操に関する問題を含め、多角的な視点から女中という職業が考察されているものです。
私は社会風俗を研究するため、4、5回読みました。図書館に行けば、簡単に借りることができます。昭和史の一面を知ることができる貴重な書籍ですので、お時間あれば、図書館で借り出し、ご一読されることをお勧めします。
「リバー」 奥田英朗
群馬県桐生市の河川敷で、若い女性の死体が発見された。その後、栃木県でも同様の事件が。
10年前、群馬と栃木で起きた未解決の連続殺人事件と手口が似ており、緊張が走る。容疑者は逮捕されたが、証拠不十分で不起訴になっていた。10年前と同一犯による犯行なのか…。
かつて容疑者だった男
取り調べをした元刑事
娘を殺され、執念深く犯人探しを続ける父親
若手新聞記者
一風変わった犯罪心理学者
新たな容疑者たち...
奥田英朗さんは、これまでも「罪の轍」や「オリンピックの身代金」など、骨太の作品を執筆していますが、今作はそれ以上に重厚な内容かな、と思いました。
様々な人の視点で語られる群像劇。
ミステリとしてだけでなく、人間の心理を知る小説としても大きな満足感を得られます。
ページのボリューム感もばっちりですが、とてもたくさんの登場人物!それでも混乱せずにすいすい~ッと読み進められるのは、奥田さんのある工夫があるからです。それは何なのか、詳しくは書きませんが、読み進めてしばらくすると … 気づいちゃいます。ヒントは 名前 です。
これ以外にも、事件の詳細や設定の描写が丁寧、かつ、色々な謎は謎のまま。そして、ラストでの清々しい解明!!!
ミステリの醍醐味を思う存分味わえますよ。
ところで、奥田さんと言えば、「伊良部シリーズ」。
「イン・ザ・プール」や「空中ブランコ」はかなりユーモラスでしたね。
今作「リバー」は、重厚感ずっしり!の犯罪小説。
でも、細かく読んでいくと、キャラたちが軽くツッコミを入れる瞬間など、お笑いシーンもありまーす。
さらに、犯罪心理学者が一風変わっていて面白い。なんとなく伊良部に似ているような…。
600頁を超える長編ながら、最後までワクワクわくわく。
続編を期待してしまいました。