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揺れる「パンダ愛」、友好のシンボルから日中関係の指標へ…4頭返還「永明」の代役どうなる

[世界深層]

 

 東京・上野動物園のジャイアントパンダ「シャンシャン」と、和歌山県白浜町の「アドベンチャーワールド」の親子パンダ「 永明エイメイ 」「 桜浜オウヒン 」「 桃浜トウヒン 」の計4頭が、ファンに惜しまれながら中国へ旅立った。日本で生まれ育ち、中国に返還されたパンダはこれで15頭となり、飼育・繁殖を通じた交流が広がる。一方で、両国の「パンダ愛」にはすれ違いもうかがえる。

(田村美穂、中国四川省成都 吉田健一)

白浜生まれパンダの血縁、中国で広がる

 1月中旬、中国広東省の深セン野生動物園。ここには、2007年に白浜から中国に返還された雄の双子「 隆浜リュウヒン 」と「 秋浜シュウヒン 」のうち秋浜が、当初四川省の成都ジャイアントパンダ繁殖研究基地で受け入れられた後、移ってきている。

 「チウバン、チウバン」と来園者が中国語名で呼びかける。7歳の子供と訪れていた女性(42)は「秋浜が日本から来たとは知らなかった。愛らしく、中日友好に役立つ」と目を輝かせた。
「私たちには長年培ってきたノウハウがある」。同基地の袁博・動物飼育管理部主管が自信をみせた。海外から返還されたパンダの飼育経験が豊富で、今回も白浜の3頭を受け入れる。

 帰国に伴う環境の変化はパンダに大きなストレスを与える。袁主管によれば、ストレスが食欲や栄養の吸収に影響することもあり、血液検査でビタミンやミネラルの血中濃度を測定し、栄養状態を分析して食事内容を調整する。

 主食の竹は白浜と四川で異なるが、生活に慣れるまでの間、おやつや果物は白浜で食べていたのと同じものにする。食欲が落ちるなど緊張が見られた際は、わらを詰めた麻袋をおもちゃとして与え、和らげる。

 パンダにとっての大きな変化は呼び名だ。中国語で「チウバン」と呼びかけても、当初は反応がないことがあった。わずかでも反応したら「いいね」と褒め、好物を与えた。呼び名の変化に慣らしていく作戦だ。

 それでも、パンダが生まれ育った日本を忘れることはないようだ。アドベンチャーワールドの飼育担当者の品川友花さん(41)は16年秋、当時成都にいた雌の「 梅浜メイヒン 」に再会した同僚からこんな体験談を聞いた。

白浜と成都の飼育スタッフ間の協力関係は強い。永明が来園した1994年以降、約30年に及び日中ともにパンダを支えてきた。広報担当者は「絆が深い。パンダを繁栄させるという共通の目標に向かって一緒に努力している」と強調した。

 当初は、中国人スタッフが常駐していた。今は2週間に1度、日本にいるパンダの様子を報告書にまとめ、助言をあおぐ。連絡には、中国のSNSアプリ「微信(ウィーチャット)」を利用するという。

 20年に雌のパンダ「 楓浜フウヒン 」が誕生した際は、コロナの影響で来日できない中国人スタッフと白浜の飼育スタッフでグループチャットを作り、翻訳機能などを使ってこまめにやり取りした。

「外交官の先輩」

 「最高の外交官だね」「外交官の先輩です」

 深センでパンダに熱視線を送っていた女性会社員(31)と、雌の「 旦旦タンタン 」を飼育する神戸市の市立王子動物園との交流を進める在大阪総領事館の交流担当者は、くしくも同じ言葉でパンダを言い表した。

 ただ今回は、日中関係の冷え込みが進む中での4頭の返還となった。上野動物園側には連日、「シャンシャンを返さないで」と連絡が入った。SNS上には「耐えられない」「寂しい」という声や「どうしても返さないといけないのか」といった中国への複雑な思いをにじませる訴えもある。

「パンダ外交」中国は否定も、日中関係が誘致に影響

 中国は1940年代以降、米国やソ連など各国へ外交目的としてパンダの貸し出しを始めた。日本について言えば、72年に上野にやってきた「カンカン」「ランラン」は、日中友好のシンボルだった。中国のパンダ政策はその後、さらに外交色を強めはじめる。

 ある中国政府関係者は「パンダを道具のように扱っていると思われたくない」と口にする。中国政府は一貫して「パンダ外交」の指摘には反発してきた。

 日本政府関係者はこれに相反する見解を示す。数年前まで、パンダの貸与に関して北京で中国との交渉窓口となってきたのは、外務省のほか、地域活性化を担う総務省、自然保護の観点から環境省の各担当者だった。しかし日本側は、中国の判断は「結局、外交関係に左右される」との認識を強めたことから、外務省に一本化したという。

 日本で今後焦点となるのは、白浜で唯一の雄パンダだった永明の代役、そしてタンタンの返還を巡る去就だ。パンダ人気を当て込み、宮城県や茨城県、秋田県の動物園などもパンダ誘致に乗り出している。

 宮城県については、2011年の東日本大震災後、訪日した当時の 温家宝ウェンジアバオ 首相が「積極的に検討する」と請け合ったが、その後の沖縄県尖閣諸島を巡る両国関係の悪化に伴い、「事実上の停止状態」(日本政府関係者)となっている。

 著書に「中国パンダ外交史」がある東京女子大学の家永真幸准教授(中国政治外交史)は、パンダが「友好の証しから、日中関係を測るバロメーターとなった」というのが最近の持論だ。

 パンダは最近も、中国が巨大経済圏構想「一帯一路」などを通じて関係性を強めたい国に貸し出されている。

 昨年10月には、天然ガスの調達で関係性を深めたい中東カタールにパンダのつがいが貸与された。サッカー・ワールドカップ(W杯)カタール大会の開催直前で、世界からの注目が集まる時期だった。中国は両国の友好関係をアピールしたとみられる。

 カタールでは、この2頭の様子が頻繁にテレビで放映され、W杯期間中も試合にからめた話題で大会を盛り上げる役割を果たした。