『兄貴の手紙』

『兄貴の手紙』

中学の入学式が終わった2日後、突然母親が蒸発したんだ。
理由は分からない。女手1つで俺と兄貴を育ててたから生活は楽ではなかったんだ。 それは分かるが、それでも俺は楽しかったし、母も兄貴も楽しくやってると思ってた。でも本当に突然、母がいなくなった。 最初は2、3日帰ってこないだけだど思ってた。 兄貴が何も言わずに普通にしていたから。けど1週間2週間たっても

母は帰ってこなかった。 その間俺の食事や家の事は当たり前のように兄貴がやっていた。 何も言わないで、ずっと以前からそれが日常だったみたいに。当時高2だった兄貴には付き合い始めたばっかりの彼女がいたはずだった。 放課後一緒にいたかったはずなのに、スグに学校から帰ってきて、 家の事をして俺の食事を作ってくれて、俺の弁当も毎日作ってくれてたっけ。県内1の進学校に通っていたから、
それから夜遅くまで勉強もしていたみたいだった。 そんな兄貴の苦労も知らずにいた俺は今まで通り学校に行って、 放課後は好きなバスケに打ち込んで、本当に今まで通りだった。 母親がいない寂しさを感じないくらいに兄貴が俺にかまってくれたりしていた。 それでもある日俺は言ってしまった。

「母さんどこ行ったの?もう帰ってこない?そんなんいやだ…なんで帰ってこんの?」一度泣き言言い出すともう止まらなかった。 自分でも気付かなかったけど

やっぱり無理してたんだと思う。 兄貴は俺が泣き止むまでずっとそばにいてくれた。 その後、母親が蒸発したこと、理由は分からないこと、1度だけ母から電話があったことを教えてくれた。 そしてもう帰ってこないことも教えてくれた。俺はまた泣いた。 すると兄貴はこう言った。

「寂しい思いはさせない。兄ちゃんがいるから大丈夫だ。 御飯だっておいしいのを作ってやるさ」本当はもっと違う言葉だったかもしれないけど興奮していた俺は

よく覚えてない。 もちろんガキだった俺はその言葉で泣き止む事はなく、
ずっと泣いていた。 泣き疲れて眠るまで兄貴はずっとそばにいた。

それからの俺は荒れた。 別にタバコとか警察沙汰とかはなかったが、学校で教師と揉めたり同級生と喧嘩になって相手に怪我させたりもした。 そんな時いつも兄貴が
学校に来て謝っていた。同級生の親に謝りに行った事もあった。 本当に迷惑かけたと思う。 そんな感じで1年が過ぎた。 当然の疑問だけど生活費はどうしているんだろうと思っていた。聞いてみると前から貰っていた生活保護金とバイト代を使っているって答えが返ってきた。 どうも母が蒸発した翌月から俺に内緒でバイトをしていたらしい。 何のバイトなのかはどうしても教えてくれなかった。 でも生活保護金とバイト代だけで生活を支えてたんだからホントに大変だったと思う。俺は高校に進学した。 兄貴が勉強教えてくれたから特待生で入学出来て費用は一切掛からなかった。兄貴は進学せずに就職して生活を支えてくれていた。 俺はバイトして少しでも兄貴を助けたいと思った。 でも兄貴がそんな時間があるならバスケと勉強してろって言ってくれた。 俺はそれに甘えた。今思い返してみれば俺はどれだけ

駄目な弟だったんだって思う… そんな俺達の生活を見かねた親戚が
離婚していた親父を連れてきた。「今からでも一緒に暮らそう」

そう言った親父に兄貴はこう言った。

「俺達を1度捨てた人間には頼らない。でも弟には苦労をさせたくない。
 弟だけで良いから一緒に暮らしてやってくれ。」

兄貴は泣いていた。 後で聞いた話だが自分一人で俺の面倒や大学進学費用を支えられないのが悔しくてたまらなかったらしい。 そんな兄貴の気持ちが嬉しかった。
でもこれ以上兄貴に迷惑をかけたくなかった俺は、親父と一緒に暮らし始めた。

それでも兄貴とは手紙で連絡をとってた。 1月に2、3通ぐらい来てたっけ。

でも次第に兄貴からの手紙が少なくなり、最後には来なくなった。

兄貴は最近昇進して忙しいって手紙に書いてあったのと、俺が大学受験2ヶ月前だった事からそんなに気に止めてなかった。晴れて大学に合格して兄貴に報告の手紙を出したら、3週間後知らない女の人が尋ねて来た。 兄の恋人だったと言うその人はこう言った。

「あきおさんね、 もう君には会えないんだ。会えないだけじゃなくて、
 手紙も書けない。ううん、君だけじゃなくて私ももう会えないんだ。」

そう言って3つの封筒を出した。1つは兄貴の遺書だった。

兄貴から手紙が来なくなったのは、兄貴が入院したからだった。
遺書にはこう書いてあった。

「入院なんて書いて大学受験控えてるお前が心配するといけないから
 昇進して忙しいってウソついた。ごめんな。 医者が言うにはもう助からない
 見込みが高いって。 お前の卒業式とか入学式とか見に行けないかな。ごめんな。

 そういえばお前の引退試合も仕事で見に行けなったな。ごめんな。

 お前寂しがりやだから俺がいなくなって大丈夫かな?
 でももうずっと俺がそばにいなくても大丈夫だったから大丈夫か?

 何か文章おかしいな。いざこんな事書こうとしたら中々かけないもんだね。

 もっといっぱい書きたいことがあるはずなのにな。なんでかな、
 言葉が出てこないよ。 今更だけどこの手紙をお前が見てるときは、
 俺はもういないんだよな。 お前の成長をまだまだ見たいし、
 お前が本気で惚れる女の子も見てみたい。

 なんて自分の子供に言う言葉みたいだな。 それなんだ。お前に言いたいのは。

 母さんがいなくなってから俺がお前の親父代わりで
 母親代わりだったつもりだ。 それでもやっぱり
 寂しい思いをさせたよな? 最初の頃は料理も下手くそだったよな?
 全然駄目な兄貴でごめんな。 頼りになんない親父だったな、ごめんな。
 お前の悩みひとつ聞いてやれない母親だった。ごめんな。
 身内自慢になっちゃうけど、こんな俺の弟なのにお前は最高にいい男だよ。 
 お前の兄貴だったこと、親父だったこと、母親だったこと…
 全部がおれの自慢だよ。これから先もっといい男になって、
 立派な父親になってくれ。 あ~何書いてんだろう俺、

 馬鹿みたいだな。 これ以上書くと情けないこと書いちゃいそうだから
 そろそろ終わりにするよ じゃあ元気でな。」

いつもの手紙と違って子供が書いた手紙みたいな兄貴の遺書がとても暖かった。

残り2つの封筒は兄貴の日記と兄貴が恋人に宛てた手紙だった。

手紙を読んでわかったんだけどこの女の人は兄貴が高2の時から
付き合ってる人だった。 その日記や手紙には俺のことがたくさん書いてあった。
俺の事で悩んでる兄貴がそこにいた。 俺の事をとても考えてくれてる
兄貴がいた。 俺の前では決して見せなかった弱い兄貴がいた。
兄貴の苦労が始めて分かった。 兄貴が抱えていた辛さが初めて分かった。
もう兄貴に会えないと思った。 悲しくてたまらなかった。

いままで長々書いてきたけど結局おれは兄貴に「ありがとう」が言いたい。

6年間で兄貴にありがとうなんて言った覚えがないんだ。恥ずかしい話だけど。
ほんとだめだな俺。 なあ兄貴… こんな俺が自慢の弟だなんて
言ってくれてありがとう。 俺を6年間守ってくれてありがとう。
それから兄貴を6年間支えてくれた七音さん… どれだけ感謝しても足りないけど
本当にありがとう。

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このお兄さんは、凄い立派な男ですね。自分のことを全て犠牲にして、

兄弟のために身を粉にして働くという行為は、簡単にできることではないのではないでしょうか。こんな風に兄弟や家族を想えたら
素敵だなと感じました。

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コメント: 1
  • #1

    名無し (火曜日, 25 10月 2016 23:28)

    素直に悲しいけど、兄弟愛に感動