酒井商店【 hot letter 】酒井新

16歳の時、地元の漁港に荷積みに来ていたねじり鉢巻きに長靴姿で、フォークリフトを乗りこなし、

素早く積込、威勢良く話している社長の姿を見て、運転手に憧れ、止まっていたトラックを舐め回す様に見ていた自分に

「こんなの好きなの?」と声を掛けて頂き、「今から貯金しておけばいくらでも飾れるよ」

と言われた言葉が今でも耳に焼き付いています。

それから何度も言葉を掛けて頂き、卒業間際、「そんなに運転手になりたきゃうち来れば?」

と言われた一言で決意し、母親と自分とのつかの間の時間に顔合わせした時に

社長の一言にまた衝撃を受けました。

「最初から出来るのはいねえから・・・・・好きなら努力するし努力しなきゃできねえから」

と言い、面接という名の面接は終わり使って貰う事になりました。

 

入社してびっくりした事は、運送屋が副で、ごみ屋さんが本職だったってこと。

それも全部の従業員が、産廃も古紙も鉄屑も青果・生花・鮮魚の種類や場所、納品先、お客さんの名前全て知り尽くしていると言うこと。

全ての機械も車も乗れて、仕事が出来るのはホントにびっくりの連続でした。

 

右も左もわからない小僧にみんなはひとつひとつ教えてくれました。

ロープの掛け方、結び方、シートの掛け方やゴムの貼り方・・・・・

基礎から全てみんなが教えてくれて。

今思えばなんきん縛りがなかなかできなくて、毎晩ダンプの荷台で練習していました。

なんきんがけが出来ると今度はワイヤーの使い方と・・・・・

 

1年後に社長が初めて買った日野のクルージングレンジャーのウィングを任されました。

そう、地元で初めて見た車・・・・・

最初は2台つるんで、関東中心でした。

高速で先輩と並行走行したり、無線機でやりとりしたり・・・・・

知り合いのトラックが来るとパッシングしたり、ラッパコールをしたり・・・・・

次第に慣れる為に、卸した先で積んで、先輩より一足先に他へ行ったり、昼間の配達に行ったりする様になってからは

1人行動が増えました。

 

楽しくて楽しくて・・・・・

関東から中部・・・・・

中部から関西・・・・・

 

関西から九州と気が付けば沖縄以外は全部行く様になりました。

4年目に付き合っていた彼女との間に子供を授かってからは余計に力が入り、

毎日生き生きと充実していました。

 

もう少しで子供が生まれるか生まれないかの時に社長に呼ばれました。

 

社長「どうだ。仕事は慣れたか?」

自分「慣れたと言われれば慣れましたケド・・・・・」

社長「ケドって何だよ・・・・・」

自分「今の割り当ての青果は完ぺきに近いですけど・・・・・」

  「生花と鮮魚もわかりますけど・・・・・」

  「産廃とかはいまいちわかりません・・・・・」

社長「そりゃそうだろ、運送屋なんだから」

  「ところでお前、そろそろ独り立ちしねえか?嫁も貰って、これから子供も生まれて、嫁とお前だけじゃなくなる」

  「双方の親戚やら何やら大所帯と付き合う事になる。そんときに幽霊みてえな会社に勤めてトラック転がしてるんじゃかっこ付かないだろ。」

  「子供もすぐに大きくなっちまう。そんな時に子供同士が運転手よりも僕のお父さん社長だよ。の方がかっこいいに決まってる」

「だから、自分でやれや」

と言いました。

あまりにもとっさの事にぽか~んとしていると

社長は

  「独り立ちすると言う事はもう1社会社が増えると言う事だ。俺が取ってやり切れなきゃ、お前がやればいい。その反対でもいい。」

  「ものは考えようだ」

と言い、最後に

  「トラックはお前が今乗っている奴を持っていけ。お前の相棒だ。」

と言い残し後にしました。

 

自分は「でも・・・・・」

と呟くと

「俺は男だから一度口にしたら訂正しない。お前が持って行かなきゃ解体に出すからな。」

 

と、言われて半ば強引に独立を決意しました。

 

1か月後、初めての決算の日、びっくりしました。

燃料、高速、保険、修理代、その他もろもろを引き、残った金額を見ると今まで貰っていた給料よりはるかに少なかった事に・・・・・

独立した事を後悔したのではなく、社長が、会社がこんなにも負担していてくれてたんだなと初めて思いました。

 

売り上げを上げる為に努力の毎日。

集荷場にパレットを届けたり、ラップを渡したり、

缶コーヒーをみんなに差し出したり・・・・・・・

あの手この手を使いました。

 

独り立ちした後は、社長から譲り受けたトラックに仕事を貰い、お客さんと仲良くなり、またそこから仕事を貰う。

時には怒られ、怒鳴られ、謝る。

謝る時は膝を付いて、頭を付いて本気で謝る。

そうしなきゃ、本気で怒っている人に失礼にあたる。

反省して行動を見せるとお客さんが評価してくれる。

毎日その繰り返しでした。

 

俺は今でも追っかけと呼ばれる運送屋スタイルを貫いてます。

追っかけ・・・・・

文字の通り、お客さんの決められた場所へ決まった荷物を時間通りに届ける。

いかなる理由も許されない。

産地から市場。

市場から物流センター。

物流センターから店舗。

条件はまちまちだ。

 

一台積みの場合は時間は読めるからまだいい。

問題は混載積み。

産地で複数の生産者の荷物の場合、時間通りに集まらない事もしばしば・・・・・

物流センターで混載の時も地方の車が遅れるのもしばしば・・・・・

渋滞でした・・・・・

通行止めでした・・・・・

理由は理由にならない。

そんなのは全て理由にならない。

 

最終ランナーの俺が時間を間に合わせる。そして正確に、びた一文のミスも無い様に配達しなくてはならない。

それがプロ。

信用と実績になる。

毎日その繰り返し。

でも楽しい。

好きな仕事だから。

 

休みの日にスーパーに行くと、息子が青果を指さしてこう言う。

「パパ運んだやつぅ~」

嫁と笑いながら買い物を楽しむ。

買い物中にもひっきりなしに電話が来る。

有り難い事だ。

 

社長が良く言う。

「電話も来なくなったら終わりだ。」

「勧誘も会社に来なくなったら、はたから貧乏と思われている事だ」と。

 

俺達の仕事は花火みたいなものだ。

ダッシュで走って、届けて。立ち去る。

その後にその食品を手に取り、口にして笑顔がこぼれる。

 

こんな苦労誰も知らない。

花火師さんも泥まみれ、命がけでセットする。

みんなの笑顔の為に・・・・・・

うち上がりの瞬間、感動よりも不安があるだろう。

楽しむ間もなく、次のセットへ。

 

この仕事の醍醐味・・・・・

世間の縁の下の力持ちになっている事が俺の誇り。

そして、社長が買った初めての4トンを譲り受けたのも俺の自慢。

当時の社長に助言をしてくれた人の誕生日のナンバーと共に

250万キロを走破したレンジャーは今宵も関東近郊を走っている。

 

 

 

 

 

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コメント: 5
  • #1

    今井 斉藤 (火曜日, 02 2月 2016 14:30)

    男が男に出す手紙かよ。通じ合える事が次の時代への橋渡しだな。酒井さん。まんざら悪くないね。この世の中。

  • #2

    明るい馬鹿 (火曜日, 02 2月 2016 20:13)

    はじめまして。仕事は大変なんだなぁと思いました。明日会社行きたくないけどな〜。行くかな。

  • #3

    名無しさん@ (火曜日, 02 2月 2016 20:25)

    出逢いで人は決まるんですね。感動しました。皆さんも、良い出逢いを。

  • #4

    さすらいのギャンブラー (火曜日, 02 2月 2016 20:51)

    儲かっていらっしゃるので、金儲けの仕方教えて下さい。
    うらやましいです。俺はどんどん仕事無くなります。従業員にも辞められて焦ってます。助けて下さい。ヒントだけでもお願いします。

  • #5

    ゲスノート (日曜日, 14 2月 2016 06:34)

    ギャンブラー。お前も俺と同じだな。ゲスの極みだ。