よく知られた中国の故事の一つに「鶏鳴狗盗」がある。

よく知られた中国の故事の一つに
「鶏鳴狗盗」がある。

『十八史略』に収められている
 この故事は、おおまか次のような話だ。

 春秋(しゅんじゅう)戦国時代、
 斉の国に孟嘗君(もうしょうくん)
 という優れた人物がいた。

 斉王(せいおう)の腹違いの
 弟の子で、
 多くの食客(しょっかく)を
 抱えていたという。

 その噂を聞きつけた秦(しん)の
 昭王(しょうおう)が、孟嘗君に
 ぜひ会いたいと会見を申し込んだ。

 しかしはるばる秦を訪れた孟嘗君を、
 昭王はあろうことか国に
 帰そうとせずに幽閉(ゆうへい)して
 しまった。

 孟嘗君をそのまま国に帰せば、
 秦の脅威となると恐れを
 なしたからだ。

 囚われの身となった孟嘗君は
 一計を案じる。

 昭王に寵愛されていた幸姫に、
 とりなしを依頼したのだ。

 すると幸姫は、
 孟嘗君が大切に所持していた狐白裘
(こはくきゅう・狐の白毛のコート)を
 くれれば、昭王にとりなしてもよい
 という交換条件を出してきた。

 この申し出に孟嘗君は頭を悩ませる。
 
 なぜならその狐白裘は既に昭王に
 献上してしまっていたからだ。

 この時、昭王の蔵から狐白裘を
 盗んできましょう
 と孟嘗君に進言したのが、
 同行させた食客の一人だった。

 彼は狗(犬)の鳴き真似がうまく、
 盗みに長けた人間だったのである。

 彼の手によって狐白裘が
 見事に盗み出されると、
 孟嘗君はそれを幸姫に
 差し出すことに成功した。

 幸姫のとりなしで昭王から
 帰国の許しを得、
 一目散で秦を離れようとする
 孟嘗君一行が直面した次なる障害は、
 交通の要所、函谷関(かんこくかん)
 だった。

 函谷関は朝に鶏が鳴かないと
 門を開けない規則になっており、
 孟嘗君一行が辿り着いた
 時点でまだ夜半だったために
 足止めされてしまったのだ。

 しかし、うかうかしていては、
 いつ昭王の気が変わり
 追っ手を差し向けられるか
 分からない。

 この時、私が鶏の鳴き声の真似を
 してみましょうと孟嘗君に
 進言したのが、これまた同行させた
 食客の一人だった。

 するとどうだろう。
 彼の見事な鳴き声に
 辺りの鶏もつられて一斉に鳴き出し、
 番兵たちは朝が来た
 と勘違いして門を開いたのだ。

 朝方になると、案の定函谷関には
 昭王から差し向けられた追っ手が
 やってきた。

 しかし、既に時遅しで、
 孟嘗君一行は何とか自国に
 逃れることができたのだった。

 この話には、一見何の
 とりえのなさそうな人物でも、
 何か一つくらいは秀でた特技を
 持っているものだということ
 を示しているが、
 
 どんな才能でも使いよう
 があるという意味も
 込められている。