日本の賃貸住宅ではなぜ保証人を要求されるのか?

山谷は高くて 窓なし1日9百円「押し入れハウス」増加
(2009年3月31日6時7分)
<「押し入れハウス」などと呼ばれる、狭いが格安の宿が首都圏で増えている。先の見えない不況の中、1円でも安く夜露をしのぎたい人たちが身を寄せる。春、夜風はまだ冷たい。狭い寝床で見る夢はいったいどんな夢だろう>。

<家賃は光熱費込みで月2万7千円。1日900円の計算だ。シャワーとトイレ、台所は共同。敷金・礼金はない>。

<一方、東京の日雇い労働者の暮らしを支えてきた簡易宿泊所。山谷の街では、「1泊2200円」「冷暖房完備」「全室カラーテレビ」という古びた看板が目に入る。
 この地区の旅館組合が把握する最も安い宿は相部屋で1泊900円。利用者の約8割が生活保護を受けている。個室を求めれば、1泊2千円台後半から。1カ月暮らせば宿泊料は7万円を超す>。

かつては「ドヤ街」の代名詞だった山谷(さんや)は、いまや安宿を求める外国人旅行者であふれ、1泊2000円以上が相場だという。月にすると7万円以上になる。この記事で紹介されている「押し入れハウス」であれば1日900円、月3万円ということだ。

「保証人の問題さえなければ、この値段でもっといいところを借りれる」という指摘がたくさんある。まったくその通りであり、通常の賃貸契約さえできるなら、月3万円出せば、都心でも風呂なしボロアパートが見つかる。

最近は「ハウジングプア」などとも言われる、この「住居の貧困」問題は、お金の問題という以上に、この「保証人が要る」ということが最大の問題なのだ。安い部屋の家賃くらい払える人であっても、保証人がいないと借りられないのだから。家と住所がなければ仕事にもつけないから、この保証人問題は、雇用問題でもある。

私も以前は、なぜ保証人なるものが要求されるのか不思議だったのだが、解雇規制などのからみで「規制緩和」というテーマに興味を持つようになってから、この保証人の問題も解雇規制と同じく、「消費者保護」から発している「日本的な問題」であることが理解できた。

日本の借地借家法では、賃借人(借りる人)の権利がとても強い。これは、貸す側の大家の立場から見ると、悪質な賃借人(家賃を滞納したり、迷惑行為をする人など)が入ってしまった場合も、なかなか追い出せないということを意味している。

つまり大家にとって、貸す相手を選ぶことに失敗した場合のリスクが大きい。だから「入口審査」がキツくなり、保証人を要求することになるのだ。さらに保証人の問題だけでなく、賃貸住宅は物件自体の質も、売買の物件に比べて一般に低いと言われている。借りる人を「保護」した結果、そのコストが、大部分は善良な賃借人全員に跳ね返ってきているわけだ。

これはまさに、解雇規制の話とそっくりだ。解雇規制でも、会社が社員を解雇できないように規制しているために、会社にとって採用失敗時のリスクが高くなり、「入口審査」がキツくなっている。このために、採用基準で「属性弱者」がはじきだされたり、そもそも正社員採用をせずに、派遣や外注で済ませよう、ということになるわけだ。企業が採用を絞るので、雇用流動性も下がり、転職も難しくなるので、いま正社員の人ですら、いくら会社に不満でも辞められないということになる。

借地借家法も解雇規制も、賃借人や社員の側を「保護」した結果、大家や会社側にとって失敗時のコストが上昇し、「入口審査」をキツくしてしまっている。その結果として、賃借人や社員は、規制が本来意図するある種の「保護」も得ていると同時に、善良な人も含めた全体に対して「不利益」が生じている。特に、入居や採用の「敷居」が高くなってしまっているので、どちらかというと「弱者」のほうがはじきだされてしまうのだ。

この「ゆがみ」は、「保護」のために市場の自然な動きを規制したツケなのだ。何ごともタダでは手に入らないわけだ。「保護」によってむしろ「弱者」がはじき出される、というこの皮肉な結果は、経済学的に見れば当たり前のことなのだが、この種の「見方」をいくらか身につけていないと、直感的には理解しにくいところもある。「善意」をもった一般人からすると、保護や規制が悪いのだという経済学的な見方よりも、市場や競争、資本主義が悪いのだ、という通俗的な見方のほうが共感を呼びやすいのだろう。

もし借地借家法の規制がなくなって、家賃を払わなくなったり、迷惑行為をしたら即日追い出してもいい、ということになったら、大家はもっと気軽に貸せるようになり、保証人を要求する例も減るだろう。この話は、もし解雇規制がなくなり、会社がいつでも社員を解雇できるようになったら、会社はもっと気軽に採用できて、いま無職や非正規雇用の人が正社員になる例が増える、という話とまったくパラレルなのだ。

「善意」がつねに正しいとは限らない。それはしばしば間違っていて、「地獄への道」にすらなりうる。保護や規制が大好きな日本という国は、地獄へ向けて転がっていきやすい傾向をもっている。個人の独立心や自由に対する意識が薄く、「お上」依存型なので、独裁政治やファシズムといった全体主義を生みやすいのだ。この「お上」依存の国民意識が、保護や規制というパターナリズムに疑問を持たず、それを追認してしまっている。保護や規制は「代償」をともなうのに、その「コスト感覚」に欠けているのだ。

「善意」を無条件に信じるのではなく、現状の問題を引き起こしている「構造」、問題が生まれるメカニズムを捉える必要がある。大家や会社を「階級史観」的に敵視して、「強者が弱者を搾取している」という通俗的な見方を強めると、この「構造」の正しい理解から逆に遠ざかってしまう。むしろ「大家や会社の立場で考える」ことで、この問題の「構造」が見えてくるのだ。

多くの大家や会社は、この問題の「構造」をおそらく理解しているのだが、問題を解決するつもりで「規制をなくせ」と主張したところで、「お前がもっと儲けたいからだろう」という「階級史観」的なバッシングを受けることが目に見えている。よって、「わざわざ口を開くのは得策でない」という判断になり、正しい指摘をする人間がほとんどいなくなってしまうのだ。

なお借地借家法については、その問題点をカバーするために、平成11年に「定期借家」制度というものができている(一部の事業用物件などではこの契約方式が使われているが、一般の住居物件ではまだあまり普及していない)。この「定期借家」について調べていくと、このテーマのポイントが見えてくると思う
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モジログ旧「Zopeジャンキー日記」
 
 

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コメント: 2
  • #1

    広島の友人 (火曜日, 12 8月 2014 10:49)

    弱者救済活動 続けて、くださいね。応援しております。素晴らしい。行動力に頭がさがります。

  • #2

    ヤドカリ (水曜日, 13 8月 2014 23:55)

    そうなんです。どうして日本は、書類ばかり。人情無いよ。