Apex product 【 青空と向日葵の会 】 サークル活動!!

 

永遠のヒーロー 桑田佳祐に感謝!! 柳

 

私は、サザンがデビューした年からずっとファンです。

トップテンで、見てから面白いし他に無い。これだ!!と思いました。

衝撃でしたね。ライブは、ほとんど見に行ってます。活動停止の時は

泣きました。しかし復活ライブの時は笑顔でいようと思いましたが、

桑田さんが、ステージに立った時また泣きました。歌って踊って水まいて笑わせて聴かせて泣かせる。色々なアーティストのステージを観てきましたがサザンは違います。お金も掛けますが楽しませます。

ケツまで出しますからね。茅ヶ崎ライブでは、前座にあの

福山雅治さんを出す。福山さんも桑田さんにはかないません。

「はやく歌って、僕もみんなと一緒に桑田さんのステージを見たいよ」

と言って会場を湧かしていました。尊敬しているのがよくわかりました。桑田さんのファンは芸能界にも沢山います。

後、原坊と家族仲良く何にもスキャンダルがなく、

これまで売れているバンドはサザンだけです。

是非、圧倒的な人気と実力を肌で感じましょう。コンサート情報も

配信致します。

青空と向日葵の会-【命をまもり隊】-Apex product 代表 柳 -

東日本大震災から5年が経ちました。

桑田さん・原さんが復興の願いを込めて宮城県のグランディ21に植樹した3本の桜の木。

昨年「おいしい葡萄の旅」ライブで訪れた際、写真のように美しい花を咲かせていました。

震災から半年後に行われた「宮城ライブ ~明日へのマーチ!!~」から昨年の「おいしい葡萄の旅」まで4回この地でライブを行ってきました。

この3本の桜の木は、そこにお集まりいただいたファンの皆さん、そして復興を願っている多くの方々の想いを力に、今年も凛と花を咲かせ、被災地の春を彩ってくれるはずです。

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サザンオールスターズ(桑田佳祐・原由子・関口和之・松田弘・野沢秀行)スタッフ
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本日は桑田佳祐60歳のお誕生日です!

そんな記念すべき日に、なんと桑田佳祐ソロ作品もついに解禁!!


本日、2016年2月26日は桑田佳祐の60回目の誕生日!!
その記念すべき日に!なんと!
sas-fan.net、iTunes Store、レコチョク他主要配信サイトで桑田佳祐ソロ作品の新規配信がスタートしました! 
桑田佳祐が作り上げてきた数々の名曲達を、スマートフォンやパソコン

でも是非ご堪能ください!


また桑田佳祐 HAPPY SIXTIETH BIRTHDAYスペシャルサイトの追加コンテンツも一挙公開!!

★桑田さんの楽曲を味わう動画 SPECIAL MOVIE「俺と桑田庵」が公開!

★ソロ作品の配信を記念してタッチゲームアプリ『KUWATAP』を期間限定で無料配信スタート!

すでに多くの投稿をいただいている桑田さんへのお祝いメッセージ募集は勿論、還暦記念グッズやモザイクアート企画も絶賛募集中です♪
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桑田佳祐スペシャルサイト
http://sas-special-kuwata.net
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サザンオールスターズ(桑田佳祐・原由子・関口和之・松田弘・野沢秀行)スタッフ
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落語家・立川志の輔が「化け物」と言った桑田佳祐のスター性とは

今年の2月26日に60歳の誕生日を迎えるサザンオールスターズの桑田佳祐。その還暦祝いのメッセージとして、各界の著名人の方に話をうかがうこの企画。最初にご登場を願ったのは、落語界から立川志の輔。

2010年の入院時、桑田佳祐が病室で志の輔の落語DVDを熱心に見ていたというのは、退院後に本人によって明かされたエピソードとしてよく知られている。つい先日も、ラジオ番組(『桑田佳祐のやさしい夜遊び』)で桑田佳祐は『立川志の輔独演会「志の輔らくご in PARCO 2016」』にいたく感銘を受けたことを語っていた。いわく、「素晴らしいとか、かっこいいとか、すごいとか、そういう表現を全部取っ払って、落語というのは人間の色気だなとつくづく思います」。

志の輔は桑田佳祐よりも2歳年上。音楽界と落語界、活動のフィールドはまったく違うものの、ほぼ同じ時代の日本を生きてきた表現者同士だ。実は大の音楽好きでもある志の輔に、桑田佳祐との交流、その音楽との初めての出会い、そして音楽と落語の根底で響き合うものについて、じっくりと語っていただいた。

片やミュージシャン、片や落語家として、長いことずーっと繋がっていたような不思議な気持ちがします。

―志の輔さんが桑田さんと交流を持つようになったのは、いつ頃のことなんですか?

志の輔:交流というより、私はずーっと、それこそサザンがデビューした頃から勝手に大ファンだっただけなんですよ。だから、桑田さんが落語をよく聴いているということを知ったときにまず驚いたし、しかも、その中に私の作品もあるということに本当に驚きました。最初は、桑田さんが2010年に手術のために入院されて、退院後、『MUSICMAN』(2011年発売、桑田佳祐のソロアルバム)の中で一番気に入った曲について話すというWOWOWの企画でお声がけいただいて、「え? 私でいいの?」と(笑)。その後、2012年にはNHKの番組(『SONGSスペシャル“桑田佳祐の歌ってガッテン!”』)でご一緒させていただいたのですが、桑田さんならではの本当にバカバカしくて最高の番組でしたね(笑)。

―じゃあ、ご本人と顔を合わされたのはわりと最近なんですね。

志の輔:そうです。あとは、何度かライブを拝見して、その後に楽屋でご挨拶をさせていただいたりしたくらいで。だから、ご本人とお会いして直接お話したのは何回あるのかと言われると、本当に数回しかないんです(笑)。ただ、今になってみると、片やミュージシャン、片や落語家として、長いことずーっと繋がっていたような不思議な気持ちがします。もちろん、自分はずーっと桑田さんの音楽を聴いてきたただのファンなわけですけど。

―志の輔さんも桑田さんも広い意味で「芸の世界」で長年活躍してきた表現者だけに、もっと以前から接点があったのかと思っていたのですが、そういうものなんですね。

志の輔:落語界は芸能界とは違うんですよね。桑田さんがいる音楽界とももちろん違う。桑田さんは鋭い方だから、笑いやサービス精神といった要素だけでなく、落語の中にある音楽性を聴き取ってくださっているような気もしますが、やはり生きている世界は全然違います。

―志の輔さんは桑田さんより2歳年上ですが、サザンオールスターズとして桑田さんがデビューしたとき、自分より年下のバンドがバーッと華々しく活躍しているのをどのような思いで見ていたんですか?

志の輔:いやいや、とにかく大変な人が現れたなと。年下とか年上とか関係なく、完全に圧倒されましたね。これまでの日本の音楽の世界を変えてしまった存在というか、「これは音楽なのかな?」と思ってしまうくらいのインパクトがありました。「歌詞って聴き取れなくていいのか!」と。私は大学で落語研究会にいて、卒業してからも落語家になりたい落語家になりたいと思いながら、演劇をやってみたりしていた時期だったんですが、「こんな言葉の表現があるのか」って、もう目から鱗でしたね。私らの世代の大学生はみんな井上陽水や吉田拓郎のフォークミュージックを聴いていて、そこから海外のLed ZeppelinやPink Floydでロックの世界を知るようになっていったわけですけど、そのどれともまったく違った。

初めて桑田さんのコンサートを見たときは、本当に腰が抜けるくらい驚きましたね。「この歳で、こんなにものすごいライブをやってるんだ!」って。

―志の輔さんの口からLed ZeppelinやPink Floydの名前を聞くのは新鮮です(笑)。

志の輔:音楽はずっと大好きでしたね。それこそ、The Ventures、The Beatlesの時代からずっと洋楽も聴いてきた。大学3年生のときにジャズに出会って、それも大きな衝撃だったんですけど、サザンとの出会いはそれと同じくらいの衝撃でした。下北沢にレディー・ジェーンというジャズバーがあって(現在も営業中)、当時はそこに入り浸っていたんですが、開店直後の夕方5時くらいにサザンのデビューシングルの『勝手にシンドバッド』を持って行って、ビル・エヴァンスやマイルス・デイヴィス、オスカー・ピーターソンなどがかかっている中で、「これをかけてくれない?」と仲の良かった店員さんにお願いして(笑)。自分の部屋で聴いたとき、あまりにもびっくりしたので、お店のいいステレオの大きな音でも聴いてみたくなっちゃったんですよ。それで「店長が来るまでですよ」って約束で、かけてもらったことを覚えていますね。

―筋金入りのファンじゃないですか(笑)。

志の輔:いや、それほどまでにサザンのデビューは衝撃的だったんですよ。The Beatlesがデビューしたときに世界中の大人が眉をひそめたように、サザンがデビューしたときは日本中の大人がみんな眉をひそめていたんじゃないですかね。それが、“いとしのエリー”が出た頃になると、だんだん大人たちもそのすごさに気づくようになるわけですが。でも、当時の自分はお金もなかったし、何よりもまだ人生の行方が全然定まっていない時期だったから、レコードはずっと聴いていましたが、コンサートに行くような余裕はなかったんです。だから、2012年に横浜アリーナで初めて桑田さんのコンサート(『桑田佳祐 LIVE TOUR 2012 I LOVE YOU -now & forever-』)を見たときは、本当に腰が抜けるくらい驚きましたね。「この歳で、こんなにものすごいライブをやってるんだ!」って。

化け物みたいな人だなと。ちょっと、私の師匠の(立川)談志に近いところがありますね。

―落語のライブと音楽のライブの違いは大きいとは思いますが、同じように人前でライブをする立場として、なにか発見のようなものはありましたか?

志の輔:商売柄なんでしょうねえ(笑)。最初のうちはつい、ステージを知っている人間として、いろいろと思うんですよ。桑田さんとお客さんの絡みを見ながら、「こんなにうまく話が転がるってことは、もしかしてこれは仕込みなんじゃないか?」とか(笑)。でも、実際は仕込みでもなんでもないんですよね。見ているうちにどんどん夢中になっていって、そんなことどうでも良くなってしまう。ステージが進むにつれて、何万人といる客が一つになっていくのが、手に取るようにわかるんですよね。落語の世界では、大きな会場でやったから偉いということはまったくないということもあって、横浜アリーナや、あるいはサザンのときの京セラドームのような大きな会場を見ても別になんとも思わないんです。でも、ただ大きな会場でやっているだけではなくて、その大きな会場にいる何万人という客を桑田さんはすべて掌握して、一つにしてしまう。そこは本当に驚きでしたね。「一体これは何なんだろう?」って。

―京セラドームは、昨年のサザンの『LIVE TOUR 2015「おいしい葡萄の旅」』のときですね。

志の輔:はい、昨年も見させてもらいました。そのときも、いつも出囃子をやってもらっている弟子と一緒に行って、スタッフの方にお誘いを受けたので、折角なのでご挨拶しようと、終演後、楽屋裏にお邪魔したんですが、遠くから桑田さんが、ダンサーの方々やスタッフの方々、その一人ひとりを労っている声が聞こえてくる。なんて細やかな心遣いをする方なんだろうと思いながら待っていたら、私に気づいた桑田さんが、私の後ろに立っていた見知らぬ女性を指さしながらいきなりこう言ったんですよ。「この人が携帯落とした人ですか?」。えっ、携帯を落とした? この人って誰? 一瞬、何を聞かれてるのかわからなかったんです。

―……?

志の輔:あ、あなたもですか(笑)。それでちょっと戸惑っていたら、桑田さんが原坊(原由子)さんに向かって「あ、この人じゃないんだ、携帯落としたの(笑)」と言ってるのを聞いて、ようやく気がついたんです……。桑田さんは、このコンサートの2日前にWOWOWで放映されたパルコ劇場でやった落語——その1席目のまくらで披露した、「スタッフが雪の中に携帯を落とした事件」のことを言っているんだって(笑)。それで、またまた感動したといいますか、驚いてしまったんです。だってそうでしょう? これだけのステージを控えているのに、ご夫婦で私の落語を観てくださったばかりか、つい数分前まで何万もの客を前にあれだけすごいステージをして、きっとまだ大変な興奮状態にあるはずなのに、私の顔を見た途端、私がまくらで言ったことを瞬時に思い出して、ありきたりな感想なんか言わず、いきなり質問してきた。その感じって言葉では説明しにくいのですが、桑田さんの記憶力や頭の回転の速さ、機転の利かせ方や表現の仕方というのが、常人じゃない、とてつもないなあって。

―なんとなく、ニュアンスはわかります。

志の輔:言い方は変かもしれませんが、「化け物みたいな人」だなあ。ちょっと、私の師匠談志に近いものがあるなあと。

―あぁー。

志の輔:ただまぁ、うちの師匠の場合は、表現の仕方はさておき、発言の内容がほとんど悪口になっちゃうんですけどね(笑)。

―(笑)。

志の輔:本当にね、桑田さんのあの一分の隙もないサービス精神っていうのがどこから湧いて出てくるのか、不思議でしょうがないですね。

いつの時代に生きていても良かった気もするけれど、やっぱり桑田さんと同じ時代に生きていて良かった。

―大変僭越ながら、桑田さんと志の輔の表現者としての共通点を考えたときに、自身が活動しているフィールドだけでない、他のジャンルまで見渡して精通した、その視野の広さというのが思い浮かんだんですけど。

志の輔:いやいやいや、レベルが違いますよ。まぁ、自分もそうでありたいと思いますけどね。落語の根底にあるものは「日本人」なんですよ。「言わなくたってわかるだろ、なぁ?」の、その西洋人にはわからない「それを言っちゃあ、おしまいよ」っていう感覚。そこの部分で、もしかしたら桑田さんの表現とも繋がっている部分はあるかもしれないと、勝手に思うところはあります。桑田さんやサザンの表現も、もちろん最初の衝動としてはThe Beatlesをはじめとする海外のロックも大きかったと思いますが、歳を重ねていく中で、結局のところ「日本」というものを自分なりに表現しようとしていて、そこで格闘をしているんだろうなというのは伝わってきますし。たとえば、うちの三番弟子は今、落語を英語に訳して、いろんな国で落語をやったりしていますが、「英語で落語をする」というのも、結局は「英語で日本人の感覚、日本人のものの考え方を広めている」ってことなんですよ。

―なるほど。

志の輔:だから、音楽の分野であれだけ長く頂点に立ってきた桑田さんが、たとえば“声に出して歌いたい日本文学”(日本文学の名作10作品の詩や文章を抜粋し、書き下ろしの曲をつけて歌った曲)のような試みで、日本文学の魅力を音楽で伝えようとしている。そういう姿を見て、とても敬服するし、共感するところはありますね。

―志の輔さんは落語という伝統芸能の中で、これまでずっと新しいことにチャレンジしてきたわけですけど、もしかしたら今や、桑田さんがやってきたロックというものも伝統芸能になりつつあるのかもしれません。実際に海外では、もうロックというのは一つの型になっていて、もはやこれまでのような若者文化とは言えない時代になってきていると思うんですよね。

志の輔:いや、私からすると、テレビのCMであれだけサザンの曲がたくさん使われているのを見て、桑田さんの音楽やサザンの音楽というものに、ようやく日本人が追いついたんじゃないかと思うんですよね。もちろん、デビューしてすぐにサザンは人気者になったわけですけど、本当に世代を問わず「みんなの歌」のような存在になったのって、最近なんじゃないかって。だから、伝統芸能という感じは全然しないですね。昔サザンで育ってきた世代が歳をとって、その世代が今も支持しているだけだったらそれは伝統芸能かもしれないけれど、桑田さんの作る歌は今もたくさんの若者に聴かれているじゃないですか。

―確かに、うちの小学生の子どももよく歌ってます。

志の輔:それってやっぱり、すごいことですよ。デビューから40年近くも経っているから気づきにくいけれど、サザンっていうのはこれまで長い時間をかけてゆっくりとこの国の文化の真ん中に近づいてきて、やっとその中心にきたのが今だと思うんですよね。どこから聴いても、誰が聴いても、いい音楽だっていう。それは表現として丸くなったっていう意味ではなくて、まるでこの国の文化の中心にある球体のような存在になったということだと思うんです。音楽の専門家にとっては別の視点もあるんでしょうけれど、それがデビューからずっと桑田さんの音楽を聴いてきた、同年代の一人としての私の実感ですね。

―なるほど。

志の輔:談志の落語を聴いて、よくファンの人が「談志さんが生きている時代に自分も生きていて幸せだった」と言っていたんですけど、桑田さんの音楽をずっと聴いてきたことで、私にもその気持ちがやっとわかるようになりましたね(笑)。いつの時代に生きていても良かった気もするけれど、やっぱり桑田さんと同じ時代に生きていて良かったって。だから、今も過去の功績を振り返るとかそういう気持ちは全然なくて、同じ時代を生きていて、桑田さんの新しい活動を追っていきながら、少しでもそこから何かを吸収できたらいいと思うだけですね。

―それでは最後に、還暦を迎える桑田さんに、2年前に還暦を迎えた先輩として何かメッセージをお願いします(笑)。

志の輔:いやいや、先輩なんてとんでもない。私としては、これまでゆっくりとお話したことがないので、一度じっくりお話を聞かせていただきたい。それだけです。大きな病を克服されたことで、きっと自分なんかよりもずっと、命のありがたさであったり、時間の尊さを知っている方だと思うので、そういう話もこっそりと聞いてみたい。世の中には「60代が最も輝いていた」と言われる表現者もいますし、一方で、「60過ぎたら残りの時間はおまけ」のような「長生きできて儲かった」といった考え方もある。だから逆に、桑田さんに「桑田さんはこれからどういう60代を送りたいと思っているんですか?」と訊いて、それを自分にとっての指針にしたいですね(笑)。

プロフィール

立川志の輔

立川志の輔(たてかわしのすけ)

1954年、富山県射水市(旧新湊市)生まれ。明治大学卒業後、劇団所属、および広告代理店に勤務。83年に立川談志門下入門。90年に立川流真打ち昇進。『文化庁芸術選奨文部科学大臣賞』『スポニチ文化芸術大賞グランプリ』『NHK放送文化賞』『紫綬褒章』など数々の受賞歴を持つ。渋谷・PARCO劇場で1か月同じ演目を行うという『志の輔らくご in PARCO』を96年から新春恒例で開催するなど、現代落語界のパイオニア的存在。

桑田佳祐はなぜ大衆に愛される?ヒットメーカー小山薫堂が語る

今年の2月26日に60歳の誕生日を迎えたサザンオールスターズの桑田佳祐。その還暦祝いのメッセージとして、各界の著名人に話をうかがう特別企画。1回目の立川志の輔に続いて、今回ご登場願ったのは、放送作家にして、映画『おくりびと』の脚本家や「くまモン」の生みの親、そして『考えないヒント』『いのちのかぞえかた』をはじめとする数々の著作でも知られる小山薫堂。

桑田佳祐よりも9歳年下の小山薫堂にとって、その世代の多くの若者がそうであったように、大学生時代からサザンオールスターズ、そして桑田佳祐はあまりにも特別な存在だった。その後、テレビの世界を足がかりに数々の分野で活躍してきた小山は、時代が変化していく中で桑田佳祐の活動をどのような思いで見つめてきたのか? そこには、音楽の世界とはまったく別のフィールドで、しかし同じく大衆に向けて表現を続けてきたクリエイターにしか見えないものがあるのではないか? そんな思いからオファーをさせていただいた今回の取材は、桑田佳祐と小山の(今のところ)人生1回きりの意外な接点の話から始まった。

おそらくは照れからくるんでしょうけど、(桑田さんは)本当はもっとカッコよくできるのに、笑いに振っていって、そのカッコよさをごまかす。そこがカッコいいんですよね。

―小山さんはサザンオールスターズの大ファンであることを公言されていますが、これまでお仕事で桑田さんに関わったことはないですよね?

小山:それが1回だけあるんですよ(笑)。まだ僕は大学の4年生だったんですが、既に放送作家の仕事をしていて。日テレの特番で『メリー・クリスマス・ショー』(1986年と1987年に放送された音楽番組で、桑田佳祐が主導した)という番組があったのをご存知ですか?

―おお、あの伝説の!

小山:あの番組に構成作家の一人として参加していたんですよ。多分、桑田さんは覚えていらっしゃらないと思いますけど、まだアミューズが代官山に小さなオフィスを構えていた頃、そこの会議室でお会いしたのが初めてでしたね。今のテレビ界では考えられないほど時間もお金も贅沢にかけた番組で、いろいろと大変だったことを覚えています(笑)。

―大学生で桑田佳祐と仕事の現場でお会いするって、すごいことですね。

小山:ちょうどその頃、東京の大学生たちが主人公の『ふぞろいの林檎たち』(最初のシリーズは1983年放送、次のシリーズが1985年放送)で大々的にサザンの音楽が使われていて。

―小山さんはまさに、そこで描かれていた世代とドンピシャだったわけですね。

小山:そうなんですよ。だから夢中になって見てて。で、『ふぞろいの林檎たち』をやっていた大山勝美さんという演出家が、自分が通っていた大学で講師をされていたんですよ。その授業も真っ先に履修しました。

―大学では放送学科(日大藝術学部)を専攻されていたんですよね。

小山:そうです。まさに『ふぞろいの林檎たち』に影響されて、当時民生機として出たばかりのベータムービー(ソニー製のビデオカメラ)で大学時代の仲間との生活をビデオに撮って、それを編集する時には当然のようにサザンの曲をつけてましたね(笑)。

―当時のビデオカメラとかビデオデッキとかって、めちゃくちゃ高くなかったですか?

小山:ウチの親父がソニーマニアで、ソニーの新商品だったら買ってもらえたんですよ。ウォークマンも誰よりも早く買ってもらって。

―いいご家庭ですね(笑)。

小山:でも、ビデオデッキ1台だと編集はできないので、当時付き合っていた女の子をうまく言いくるめて、同じビデオデッキをもう1台買わせて(笑)。その子の両親がいない間をぬって、ウチにあるビデオデッキをその子の家に持っていって、そこで2台並べてビデオの編集をしてましたね。

そして、そこではずっとサザンの音楽が流れていた。

小山:本当に、青春時代にはずっとサザンがBGMのように流れていた感じでしたね。

―その後、小山さんはテレビの放送作家の仕事をはじめとして、様々な分野で活躍されていくわけですが。これまで仕事をしてきた上で、サザンの音楽、桑田さんの音楽から受けた影響のようなものがあるとしたら、それはどんなものなのでしょうか?

小山:影響かどうかはわかりませんけど、桑田さんの作品の作り方をずっと見ながら、いつも「カッコいいなぁ」と思ってきましたね。自分はどちらかというとベタなものをやってきたんですけど、桑田さんの表現にはいつもちょっとズラシがあって。おそらくは照れからくるんでしょうけど、やんちゃ坊主的なところがあるじゃないですか。本当はもっとカッコよくできるのに、笑いに振っていって、そのカッコよさをごまかす。そこがカッコいいんですよね。常に人々と同じ目線に立って、同じものを見つめている感じ。普通、あれほど売れているミュージシャンだと、雲の上のような存在になっていって、どんどん近寄りがたくなっていくじゃないですか。でも、桑田さんはそういうところを感じさせないんですよね。

―わかります。

小山:一言で言うと、胡座をかいていないんですよね。過去にすがったようなところがまったくないし、「俺のメッセージを聞いてくれ」みたいなところもまったくない。もちろん、カリスマはカリスマであるんだけど、僕らの上に君臨しているカリスマじゃなくて、横からヒュッと飛んでくるカリスマというか。

還暦から老人の世界に踏み出すみたいなところがあるじゃないですか。桑田さんなら、そのイメージを完全に覆してくれるんじゃないかなって期待してしまいますね。

―小山さんは桑田さんの9歳年下ですが、ちょっと上の世代に、あれだけ巨大な才能がいるというのはどういう感覚だったんでしょう?

小山:そこはもう、大学生の頃に憧れていた気持ちのままずっと変わらないですね。9歳年上とかも意識したことがなくて。だから、今回桑田さんが還暦を迎えると聞いた時も、むしろ「えっ! まだそんなに若かったの?」って感じ。

―あぁ(笑)。

小山:僕にとって桑田さんはあまりにも偉大な存在で、永遠に手が届かない、20歳くらい年上のイメージなんですよ(笑)。だから、還暦になられると聞いて改めて思うのは、「じゃあ、あの時はあんなに若かったんだ」という驚きですね。

―小山さんにとってはまだ9年後なわけですが、今考える自身の60歳のイメージというのはどういうものですか?

小山:普通の人間にとって、60歳までは蓄えのことも考えながら生きていかなきゃいけないのかなって思うんですよ。

―それは経済面のことですか?

小山:経済面もそうだし、それ以外の人との付き合いにおいてもそう。でも、60歳からは、もう蓄えのことは気にしないで、自分の人生を最終的にどう楽しみながら幕を閉じていくかっていう段階に入っていくと思うんです。だから、自分の目標としては、60歳以降になってこれまでで一番脂がのってくるような人生にしたいなって。だから、それまでにいろいろ準備しなきゃって、もう焦ってますね(笑)。ただ、桑田さんくらいの人になると、そんなことまったく考えてなさそうですね。

―というと?

小山:アニバーサリーみたいなものに関心がなさそう。

―このインタビューはまさにアニバーサリー企画なんですけど(笑)、もちろんご本人の発案ではありません。

小山:(笑)。

―でも、桑田さんが60歳になると聞いて改めて思うのは、これまで我々が考えていた60歳という概念とは、あまりにもかけ離れているなってことで。

小山:だから、人生の先輩として、還暦のイメージを変えていってほしいですね。なんとなくこれまでだと、還暦から老人の世界に踏み出すみたいなところがあるじゃないですか。桑田さんなら、そのイメージを完全に覆してくれるんじゃないかなって期待してしまいますね。昨年もサザンのライブに行ったんですけど、あの歳で、あれだけパワフルなステージを、あれだけ長い時間やれること。何よりもまず、その体力に驚かされましたね。そして、やる曲、やる曲、どの曲もみんなが知っている曲という。これだけ多くの「誰もが知っている曲」を作ってきたということに、もちろんわかってはいるんですけど、ライブを見る度に圧倒されてしまいますね。

アーティストって自分のことが大好きな方が多いじゃないですか。でも、桑田さんはきっと自分よりも他人のことの方が好きなんじゃないかな。

―活動のフィールドは違えど、小山さんも大衆というものを常に念頭に置いてものを作ってきた方だと思うんですけど。

小山:いや、僕は、多くの人をどうやって喜ばせるかってことを考えるのが苦手なんですよ。特定の人に向けてものを作っているという意識が強くて、その中から、結果として多くの人にも共感を覚えてもらえるものができることがあるという感じです。だから、桑田さんのように、常に大衆に向かって表現をしている方の、そのエネルギーの質量は想像を絶するものがありますね。

―その「特定の人に向けてものを作っている意識」というのは、どこから生まれたんですか?

小山:きっと、ずっとテレビの世界で仕事をしてきたからだと思います。テレビって、やっぱり視聴率が大切で。個人の意見とかは関係なく、視聴率が高ければ高いほど褒めてもらえる世界なわけです。そういう場所で仕事をやっているうちに、「なんのために自分は仕事をやっているんだろう?」って虚しくなってしまった時期があって。音楽やお芝居の世界だと、自分がやったことに対して直に反響が得られますけど、テレビの世界ではどんなに手応えのある番組を作っても、返ってくるのは数字だけなんですよね。

―『カノッサの屈辱』など、小山さんが初期にやられていた深夜番組になると、なおさら数字では実感が得難いですよね。

小山:今だったらまだSNSがあるから、視聴者の声みたいなものをリアルタイムで知ることもできますけど、僕がテレビを中心にやっていた当時は本当に視聴率しか反響を知る術がなかった。そういう世界にずっといたせいで、もっとリアルにフィードバックを得られるものを作りたいと思うようになっていったんですよね。誰か1人を共感させることができるものだけが、場合によっては100万人を共感させることできると思うんですよ。だから、誰かのためにものを作るという姿勢は大切にしてますね。

―音楽の世界でも、だんだんと目に見えない大衆じゃなくて、自分たちのファンに向けて表現をしていくミュージシャンが増えているように思います。でも、そんな中にあって、桑田さんのすごいところは、常に目に見えない大衆に向き合おうとしているところだと思うんですよ。

小山:あぁ。ただ、これは僕の想像ですけど、今、いろんな世界でキーマンとなっている人の中に、桑田さんのファンがすごく多いと思うんですよね。そして、結果的にそのキーマンたちが、桑田さんやサザンの曲を日本中に広げていく上でも大きな役割を果たしている。大衆に向かって表現をしていて、その大衆から愛されているのは前提として、桑田さんとほぼ同じ時代をずっと歩いてきた人たち、あるいは自分も含めてちょっと下の世代でずっと桑田さんに憧れてきた人たち、そういう人たちに愛され続けているというのもすごく大きい気がしますね。で、そうであり続けている理由の一つには、音楽はもちろんですが、桑田さんの持つ人間的な磁力というものがあるような気がします。

―その磁力の及んでいるのは、桑田さんと直接の交流を持っている方だけでなく、小山さんのように人生において一度しかすれ違ったことのないような人、あるいは一度もすれ違ったことのない人にとっても、ということですね。

小山:そうです。僕も会ったことがないに等しいんですけど、すごくいい人に違いないと思ってますから(笑)。自己の利益を追求していない方のような気がするし、自分に酔っているようなところがまったくない方のような気がします。アーティストって自分のことが大好きな方が多いじゃないですか。でも、桑田さんはきっと自分よりも他人のことの方が好きなんじゃないかな。自分自身も、そうでありたいといつも思っています。

プロフィール

小山薫堂(こやま くんどう)

1964年、熊本県天草市生まれ。放送作家。脚本家。N35inc / (株)オレンジ・アンド・パートナーズ代表。東北芸術工科大学デザイン工学部企画構想学科長。日本大学藝術学部放送学科在籍中に放送作家としての活動を開始。「11PM」にてデビュー。その後「カノッサの屈辱」「料理の鉄人」「東京ワンダーホテル」「ニューデザインパラダイス」など斬新な番組を数多く企画。「料理の鉄人」(1995年)「トリセツ」(2003年)は国際エミー賞に入賞した。2008年公開された「おくりびと」で初めての映画脚本に携わり、第60回読売文学賞戯曲・シナリオ部門賞、第32回日本アカデミー賞最優秀脚本賞、第81回米アカデミー賞外国語部門賞獲得。現在テレビでは、「ZIP!」(日本テレビ)や「小山薫堂 東京会議」(BSフジ)などに携わり、テレビや映画以外でも、ライフスタイル誌のエッセイ連載、小説、絵本翻訳、作詞など、幅広い執筆活動を展開。

【代官山通信 VOl 131 】届きました。

サザン 22年ぶりとなる日本武道館公演決定“『葡萄』を聴いて、武道館へ!”

東京の桜が満開となった本日3月31日、ついに日本中が待ちに待った10年ぶりの新アルバム『葡萄』をリリースしたサザンオールスターズ。そんな記念すべき日に、サザンとしては22年ぶりとなる日本武道館公演が決定した。

 この公演は、来週末4月11日から始まるサザン10年振りの全国ツアー【WOWOW presentsサザンオールスターズLIVE TOUR 2015「おいしい葡萄の旅」】の追加公演として発表されたもので、日程は8月17日、18日の二日間。日本武道館といえば、桑田佳祐の敬愛するビートルズが初来日公演を果たし、ポップミュージックとして初のコンサートを開催した場所であり、以降この地は“音楽の聖地”として格別の意味を持つ特別な場所である。しかし、より多くのお客さんに楽しんでもらう為、ドームやスタジアム、アリーナといった場所での公演が多くなっていたサザンが日本武道館でライブを行うのは、【歌う日本シリーズ1992‐1993】のファイナル、1993年の2月以来22年振りとなる。

 『葡萄』の完全生産限定盤に付属するオフィシャルブック「葡萄白書」で桑田佳祐は、新アルバム制作にあたり、「日本の皆さんに楽しんでもらえる、日本語としてのポップスを作ろうと思った」そして「“音楽人”なのだから何よりも音楽そのもので勝負するべきだと思った」と語っている。そんな、日本人や日本語への愛情や敬意と、そして音楽人としての矜持がたっぷりとこめられた『葡萄』を引っ提げてのライブが、元々日本“武道”の聖地であり、そして音楽の聖地でもある日本武道館で行われることはむしろ必然と言えるだろう。

 この記念すべき武道館公演では、『葡萄』発売記念として、アルバム購入者先行受付も決定した。『葡萄』を聴いて、武道館へ! 今回の全国ツアーは愛媛武道館に始まり、日本武道館で幕を閉じることになる。ツアータイトル通り、まさに「おいしい“ぶどう”の旅」になることは間違いない。



◎ライブ【WOWOW presentsサザンオールスターズLIVE TOUR 2015 「おいしい葡萄の旅」】追加公演
08月17日(月)18(火)日本武道館
OPEN 17:00 / START 18:30
チケット:全席指定9,000円(tax in.)
一般発売日:8月8日(土)
※アルバム購入者先行について
サザンオールスターズ『葡萄』の商品に封入のチラシの一部を切り取り、
往復ハガキに貼付の上応募する形となります。(アナログ盤は対象外となります)

最終更新:3月31日(火)10時30分

Billboard Japan

サザン新曲モデル?桜並木が話題 京都・半木の道 

桜並木で知られる京都府立植物園西側の鴨川沿いの「半木(なからぎ)の道」(京都市左京区)が、人気バンド「サザンオールスターズ」の新曲の歌詞のモデルではないかと地元のファンらの間で話題になっている。
 3月31日発売のアルバムに収録されている「イヤな事だらけの世の中で」で、今冬放送されたドラマ「流星ワゴン」(TBS系)の主題歌。桑田佳祐さん(59)が作詞作曲した。
■歌詞に「鴨川」「紅枝垂」
 歌詞の中に「紅枝垂(しだれ)」「鴨川(かわ)は流れ」といったフレーズがあり、「簾(すだれ)」のような枝越しに川が見えるという情景描写が半木の道を連想させる。「祇園囃子」「嵐山(やま)」なども詞に織り込まれている。
 京都鴨川ライオンズクラブの田端俊三会長(52)=東山区=は30年来のサザンファン。新曲を聴き、歌詞を確認すると「かわ」と歌われている部分に「鴨川」の漢字が当てられていると知り、半木の道だと確信したという。
 半木の道は74本のしだれ桜が連なる花見の名所で、同クラブが長年に渡って植樹を続けている。今年2月、枯れかけた1本を植え替える植樹式があり、田端さんは参加者に歌詞を紹介した。
 「年を重ね、大病も経験した桑田さんが京都の桜並木を訪れ、日本の原風景に思いをはせたのではないでしょうか」
 今年のしだれ桜はすでに満開で、多くの観光客でにぎわっている。見頃は今週いっぱいという。

最終更新:4月10日(金)9時19分

京都新聞

 

サザンオールスターズ 全国ツアー追加公演で22年振りの日本武道館2デイズ決定

本日3月31日(火)、ついに10年振りのニューアルバム『葡萄』が発売となったサザンオールスターズ。そんな記念すべき日に、サザンから、さらにうれしいニュースが届いた。なんと、サザンとしては22年振りとなる日本武道館公演が決定した。

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この公演は、来週末の4月11日から始まる、サザン10年振りの全国ツアー『WOWOW presentsサザンオールスターズLIVE TOUR 2015「おいしい葡萄の旅」』の追加公演として発表されたもので、日程は8月17日(月)18日(火)の2日間。サザンが日本武道館でライヴを行うのは『歌う日本シリーズ1992-1993』のファイナルで1993年の2月以来、実に22年振りのこととなる。

そして、本公演のアルバム購入者先行受付も決定した。

≪ライヴ情報≫
【WOWOW presentsサザンオールスターズLIVE TOUR 2015「おいしい葡萄の旅」追加公演】
公演日:2015年8月17日(月)18日(火)
会場:日本武道館
時間:17:00開場 / 18:30開演
チケット:全席指定¥9,000(税込)
チケット一般発売日:8月8日(土)

【WOWOW presentsサザンオールスターズLIVE TOUR 2015「おいしい葡萄の旅」】
2015年4月11日(土)12日(日)愛媛県武道館
2015年4月18日(土)19日(日)宮城 セキスイハイムスーパーアリーナ
2015年4月25日(土)26(日)広島グリーンアリーナ
2015年5月2日(土)3日(日)朱鷺メッセ・新潟コンベンションセンター
2015年5月16日(土)17日(日)京セラドーム大阪
2015年5月23日(土)24日(日)26日(火)東京ドーム
2015年6月6日(土)7日(日)札幌ドーム
2015年6月13日(土)14日(日)ナゴヤドーム
2015年7月4日(土)5日(日)福岡 ヤフオク!ドーム
2015年7月19日(日)20日(月・祝)沖縄コンベンションセンター

≪リリース情報≫
New Album
『葡萄』
2015.03.31リリース

【完全生産限定盤A】CD+オフィシャルブック+Tシャツ+ボーナスDVD
VIZL-1000 / ¥6,500(税抜)
※特製BOX入り
【完全生産限定盤B】CD+オフィシャルブック+ボーナスDVD
VIZL-1010 / ¥4,500(税抜)
※特製BOX入り
【通常盤】CD
VICL-64400 / ¥3,300(税抜)
【アナログ盤】LP ※4月8日発売
VIJL-61500~501 / ¥4,000(税抜)

[収録曲]
1.アロエ
2.青春番外地
3.はっぴいえんど
4.Missing Persons
5.ピースとハイライト
6.イヤな事だらけの世の中で
7.天井棧敷の怪人
8.彼氏になりたくて
9.東京VICTORY
10.ワイングラスに消えた恋
11.栄光の男
12.平和の鐘が鳴る
13.天国オン・ザ・ビーチ
14.道
15.バラ色の人生
16.蛍


最終更新:3月31日(火)15時30分

エキサイトミュージック

サザン桑田佳祐が明かした「歌うたい」の決意 セルフライナーノーツ『葡萄白書』を読む

本日(3月31日)ついに発売されるサザンオールスターズの新アルバム『葡萄』の楽曲群を、完全生産限定盤に付属するオフィシャルブック『葡萄白書』掲載の桑田佳祐によるセルフライナーノーツを引用しつつ紹介する短期集中連載。最終回となる今回は、NHK放送90周年イメージソングに選ばれたバラード曲「平和の鐘が鳴る」、シンプルながらも強い印象を残すミディアム曲「道」の2曲を取り上げたい。

・「平和の鐘が鳴る」

 アルバム中でも最も切ないメロディラインをもつバラード曲。金原千恵子ストリングスによる滑らかな弦の響きも印象的であるが、桑田自身は過去のサザンの名曲を引きながら、サウンド面の狙いを次のように綴っている。

「私にはこれまで実行してきたことがひとつある。それはサザンのアルバムの中に必ずハチロク(8分の6拍子)の曲を入れるという小さな計画だった。3連符のロッカバラードと言えばいいのか。『熱い胸さわぎ』なら「恋はお熱く」、『ステレオ太陽族』なら「栞(しおり)のテーマ」、『キラーストリート』なら「ひき潮~Ebb Tide~」がそうだった。今回もこの曲でそれが実現できて大変満足である。」

「栞のテーマ」「恋はお熱く」がそうであるように、これまでの同種のサザンナンバーといえば、シンプルなラブソングという印象が強かった。一方、本曲はタイトルが示唆するように、現代社会へのメッセージを歌った楽曲である。

 ライナーノーツによると、桑田がたまたまNHKスペシャル『カラーでよみがえる東京~不死鳥都市の100年~』を観たことが曲を書くきっかけとなったという(なお、これはライナーノーツで初めて明かされた事実であり、NHK90周年イメージソングに選ばれたことは偶然の出来事だったようだ)。同番組では、昔の東京の街並みを写した白黒写真に色彩を施し、当時の雰囲気をできるだけ復元するという試みが紹介された。明治・大正期のモダンな街並み、東京駅の前を走る大八車、そして関東大震災……さまざまな歴史的場面の中でも、桑田は終戦直後の東京の街並みや人々の姿にインパクトを受けたという。

「番組では焼け野原から徐々に立ち直っていく人々の笑顔が映し出される場面があった。配給を待つ人々も、皆一様にニコニコしている。それを当時の米駐日大使が“ジャパニーズ・スマイル”と呼ぶ。私は彼らの笑顔に、日本人の品格を感じた。
 日本人は様々な悲しい時代を必死に生きてきた。空襲、震災と、何度となく焼け野原を体験しては立ち上がってきた。正直、よくこれほどまでに立ち上がってこられたものだと思う。きっとあの青空に侘びや寂びを込め、笑顔を絶やさずに生きてきたのだろう。」

 楽曲では平和への願いとともに、「この世に生かされて 悪いことも良いことも どんな時代だろうと 人間(ひと)が見る夢は同じさ」とも歌われている。こうした重いフレーズが、「栞のテーマ」にも通じる甘美な切なさを伴って歌われるところに、本作の得がたい魅力があるのではないだろうか。

・「道」

 70年代のボブ・ディランやデヴィッド・ボウイの弾き語り曲を連想させる、硬質なギター伴奏と歌声を持つ「道」。パーソナルな心情を歌った楽曲の多い『葡萄』の中でも、“桑田佳祐の肉声”をひときわ感じさせる楽曲だ。

 音作りにおいては、ブリティッシュ・ロックを念頭に置いたという。

「曽我(淳一)君がメロトロンやシンセ・チェロ、原さんがピアノや、間奏で鍵盤ハーモニカの音を、それぞれシンセで弾いている。またここでも原さんが、単音のみでカウンターメロディを作って、サビを美しく広げている。「ピースとハイライト」、「栄光の男」と同様、いつもの原坊マジックが炸裂しているのだ。スライドギターは私。昔から好きなアメリカン・スタイルのスライドではなく、ピンクフロイドみたいな方向性を意識して弾いてみた。」

 どこか幻想的なサウンドで歌われるのは、ひとりの「歌うたい」の独白。桑田はここで、〈イケない恋に溺れたり 危ない相手口説いたり〉しながらも、〈愛したのはあなただけ〉とつぶやく“自虐的なシャンソン歌手”を演じ切っている。

「かつてイヴ・モンタンにセルジュ・ゲーンズブールや美輪明宏さんが歌ったような、一人称の自虐的な歌うたいの歌が出来上がった。
 フェリーニの映画『道』ではないが、仮に人生を道と例えるならば、一見すると勝手気ままそうに見える男でも、その実、自分のこれまでがどこか腑に落ちず、矛盾を抱えたまま人生を歩んできたと感じている人は、決して少なくないのではなかろうか? 私自身、これまでの出会いで忘れられない人々がいる。そんな人生の道半ばにしての独白である。」

 さらにライナーノーツでは、「歌うたい」というフレーズに寄せて、表現者としてのスタンスを率直に綴っている。

「「歌うたい」という言葉には、結局自分は生まれながらにして只の歌手で在りたいという、アイデンティティとロマンチシズムが含まれている。ちょっとカッコ良すぎるだろうか? それがたとえ辛くて悲しい気持ちであっても、歌で自分の気持ちを表明することが許されるのは、音楽人として何より幸せだ。いま私が憧れるのはただの「歌うたい」。ちょっとバランスが悪くて、辻褄が合わなくて、言い訳がましい、そんなひとりの「歌うたい」なのだ。」
 
 誰もが口ずさめるポップミュージックでありつつ、現代社会や音楽文化、さらには人生についての洞察に満ちたアルバム『葡萄』。桑田佳祐の歌世界をより深く味わいたいという方は、ぜひ『葡萄白書』に収められたライナーノーツ全文を読んでいただきたい。

神谷弘一

最終更新:3月31日(火)12時23分

リアルサウンド

サザンオールスターズ10年ぶりのNewアルバム  『葡萄』3月31日(火)リリース!!

おまたせ
なかなかわからなかったサザンオールスターズのニューアルバムの全貌が届いたぞーっ!タイトルは
┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨
\ドン!/

🍇 ✨ 🍇 ✨ 🍇 ✨ 🍇 ✨

🍇 🍇 『葡萄』 🍇 🍇
🍇 ✨ 🍇 ✨ 🍇 ✨ 🍇 ✨

イイナ〜( '́⌣'̀)/♫•*¨*•.¸¸♪
アルバム『葡萄』スペシャルトレーラーも公開になったぞ~(๑˃̵ᴗ˂̵)و ヨシ!
https://www.youtube.com/watch?v=AIbgys4hSSs

初回限定盤の特典とか、ツアーの日程とか、詳しくは公式サイト http://sas-fan.net/ まで~ε=٩(●❛ö❛)۶

桑田佳祐 - 100万年の幸せ!!

Special Best Album「I LOVE YOU -now & forever-」収録楽曲
「100万年の幸せ !! 」MUSIC VIDEO <作詞: さくらももこ 作曲:桑田佳祐> 

桑田佳祐が紫綬褒章受章「身に余る光栄」

桑田佳祐が2014年秋の紫綬褒章を受章したことが明らかになった。

紫綬褒章は、学術、芸術、スポーツなどの分野で功労があった者に授与される褒章の1つで、春と秋に発表。2013年春には松任谷由実が同賞を受章して話題を集めた。2014年秋の褒章は明日11月3日に発令される。

桑田は受章に際してコメントを発表。「デビュー以来ずっと目立ちたい一心で、下劣極まりない音楽をやり続けてきた私が、このような高貴な章をいただけるとするならば、そんな音楽を喜んでくださったたくさんのファンの方々と、大衆芸能を導いて来られた数多の偉大なる先達たちのおかげであると、心から感謝いたしております」と感謝の思いを丁寧につづっている。

桑田佳祐コメント
この度はこのような由緒正しい章をいただきまして、身に余る光栄であるのはもちろんのこと、私のような者が本当にいただいてしまってよいものかと、非常に驚いております。デビュー以来ずっと目立ちたい一心で、下劣極まりない音楽をやり続けてきた私が、このような高貴な章をいただけるとするならば、そんな音楽を喜んでくださったたくさんのファンの方々と、大衆芸能を導いて来られた数多の偉大なる先達たちのおかげであると、心から感謝いたしております。
これからも、みなさまに喜んでいただける音楽を創り続けていけるよう、日々励んでいく所存です。
日本が、そして世界が平和でありますように。
この度は誠にありがとうございました。

 

※ 当然ですが、桑田は凄い奴だ!!謙虚だ!!桑田節!!

 おめでとうございます

 青空と向日葵の会-【命をまもり隊】-Apex product 代表 やなぎ -

ナタリー 11月2日(日)10時47分配信 転載

 

秋の褒章伝達式 紫綬褒章に選ばれた桑田佳祐さんなどが出席(14/11/14)  

秋の褒章の伝達式に、紫綬褒章に選ばれたサザンオールスターズの桑田佳祐さん(58)などが出席した。
文部科学省による伝達式には、紫綬褒章に選ばれた桑田佳祐さんや、女優の高畑淳子さん(60)、将棋棋士の谷川浩二さん(52)らが出席し、下村文科相から褒章などを手渡された。
桑田さんは「(おめでとうございます)ありがとうございます。(感想を一言)大変ありがたいと思っております」と語った。
高畑さんは「いろいろなところに首を突っ込んだのが、よかったのかなと。何か困難だなと思われることは、果敢に、より困難な方を選んでいきたい」と語った。
伝達式のあと、受章者らは褒章を胸に着け、天皇陛下に拝謁(はいえつ)するため、皇居に向かった。

35周年での活動再開!!

2013年6月25日、デビュー35周年を迎えることを機として活動再開を発表。同年8月7日に54thシングル「ピースとハイライト」をリリースし、8月10日から全国コンサート・ツアーを開始することとなった。

この活動再開に際して、桑田佳祐が以下のコメントを発表した。

サザンの活動再開をここに御報告申し上げます。5年間お待たせして、本当に申し訳ありませんでした。また皆さんには、勝手ながらビッグサプライズをと思い、この数ヵ月間事実を黙していたことを心よりおわび申し上げます。
そして活動休止中も、メンバーひとりひとりに温かいご声援をいただき、本当にありがとうございました。デビュー以来35年もの間、こうしてやって来られたことは全て皆さんのお蔭です。
これからもどうぞ宜しくお願い致します。再会を祝してオッパイ!……じゃなくてカンパイ!

— 桑田佳祐、

また、活動再開と同時にYouTubeにサザンオールスターズ公式チャンネルが開設され、スポットビデオや一部の曲のミュージックビデオが公開されている(ただし、ミュージックビデオは大森脱退後の作品のみであり、ショートバージョンでの公開となっている)。

なお、桑田は5年後の2018年にサザン復活を考えていたようであるが、2010年に自らが食道がんを発症したことでその心境を変えたと週刊誌で報じられているが、桑田本人は否定しており、「『とある音楽関係者』とわざとらしく書いてある記事の大半は嘘」とも述べている。

サザンオールスターズがついにiTunesへ。しかも全世界111カ国同時配信開始

サザンオールスターズが、12月17日、全楽曲をiTunes Storeで配信スタートさせた。

サザンオールスターズのデビューシングル。

サザンのデビュー当時、私は「何だかおちゃらけたコミックバンドが出て来たぞ。どうせ一発屋だろう」と正直思っていた。しかし、その後現在に至る迄の40年近くに渡る、世代を超えての第一線での活躍は、今更ここで言う迄も無く、私にミュージシャンを見る目が全くなかったという証拠である。

また音楽性だけでなく、桑田佳祐の「下ネタ好き」も福山雅治等、影響を受けた者も多い(笑)。

この曲のタイトルは、前年にヒットした沢田研二の「勝手にしやがれ」とピンクレディーの「渚のシンドバット」を単にくっ付けただけのものである。

今年、桑田佳祐は50代の若さでROCK歌手としては異例の「紫綬褒章」を受章。歌手なのに「レコード大賞」ではなく「紫綬褒章」と言うところは、さすが桑田佳祐、他のアーティストとの格の違いを見せつけたか。
昭和53年6月25日リリース。

いとしのエリー サザンオールスターズ 1979年3月発売 オリコンシングル最高2位 ザベストテン7週連続1位 73万枚売上。昭和のサザンオールスターズの代表曲。前2作から一転バラード コミックバンド的に思われていたが、この曲で凄いバンドと実感。

サザン桑田、年越しライブ演出を謝罪「深く反省」

 サザンオールスターズの桑田佳祐と所属事務所のアミューズは15日、昨年大みそかに横浜アリーナで行った年越しライブ『ひつじだよ!全員集合!』の一部演出について、書面で謝罪した。桑田が昨年11月に受章した紫綬褒章をライブ中に披露したが、その表現方法や演出に対し、一部で物議をかもしていた。以下、発表コメント全文。


サザンオールスターズ年越しライブ2014に関するお詫び

いつもサザンオールスターズを応援いただき、誠にありがとうございます。

この度、2014年12月に横浜アリーナにて行われた、サザンオールスターズ年越しライブ2014「ひつじだよ!全員集合!」の一部内容について、お詫びとご説明を申し上げます。

このライブに関しましては、メンバー、スタッフ一同一丸となって、お客様に満足していただける最高のエンタテインメントを作り上げるべく、全力を尽くしてまいりました。そして、その中に、世の中に起きている様々な問題を憂慮し、平和を願う純粋な気持ちを込めました。また昨年秋、桑田佳祐が、紫綬褒章を賜るという栄誉に浴することができましたことから、ファンの方々に多数お集まりいただけるライブの場をお借りして、紫綬褒章をお披露目させていただき、いつも応援して下さっている皆様への感謝の気持ちをお伝えする場面も作らせていただきました。その際、感謝の表現方法に充分な配慮が足りず、ジョークを折り込み、紫綬褒章の取り扱いにも不備があったため、不快な思いをされた方もいらっしゃいました。深く反省すると共に、ここに謹んでお詫び申し上げます。

また、紅白歌合戦に出演させて頂いた折のつけ髭は、お客様に楽しんで頂ければという意図であり、他意は全くございません。

また、一昨年のライブで演出の為に使用されたデモなどのニュース映像の内容は、緊張が高まる世界の現状を憂い、平和を希望する意図で使用したものです。

以上、ライブの内容に関しまして、特定の団体や思想等に賛同、反対、あるいは貶めるなどといった意図は全くございません。

毎回、最高のライブを作るよう全力を尽くしておりますが、時として内容や運営に不備もあるかと思います。すべてのお客様にご満足いただき、楽しんでいただけるエンタテインメントを目指して、今後もメンバー、スタッフ一同、たゆまぬ努力をして参る所存です。

今後ともサザンオールスターズを何卒よろしくお願い申し上げます。

株式会社アミューズ
桑田佳祐(サザンオールスターズ)


紅白歌合戦でサザンが歌った「ピースとハイライト」の歌詞の意味は?

当初の出場歌手には入っていなかったのが、きゅうきょ紅白に出場することになったサザンオールスターズ。

横浜からの中継で登場したサザンオールスターズの桑田圭祐が歌った「ピースとハイライト」が目を引いた。

強いメッセージ性を持った「ピースとハイライト」の歌詞。

現在のどこかキナ臭い時代への批判精神に満ちたものだった。

著作権の問題があるので歌詞のすべてを掲載することができないが、以下のHPで読むことができる。

http://www.uta-net.com/movie/150317/   

「教科書」「歴史を照らし合わせる」など、今の時代を表す言葉が次々に出てくる。

「都合のいい大義名分」という歌詞では、「大義名分」を「かいしゃく」と歌った。

まるで2014年に起きた「ある出来事」とも符号する。

「癒合のいい解釈」で憲法が事実上変更された、とされた出来事だ。

もっともこの歌が発表されたのは2013年6月。

発表後には「歌詞に政治色が強い」などと一部から批判も出ていた。

「硬い拳を振り上げても」というフレーズは、日本た周辺国の指導者たちをたしなめる言葉に聞こえている。

「裸の王様牛じる世」という言葉も、各国の指導者たちの顔が浮かんでくるではないか。

国同士がいがみ合ったり、拳を振り上げるでのはなく、お互いに理解し合えばいい。

そんな歌詞が大晦日の全国のお茶の間に届けられた。

現在、日本は近隣諸国との間で領土をめぐって緊張が高まっている。

歴史認識でも近くの国同士が批判し合っている。

そんななかで日本も武器輸出が容認され、アメリカ軍との連携がますます進み、軍事色は一気に強まっている。

「愛の力」で現状を変えていこうと訴えるこの歌の歌詞。

ジョン・レノンの「イマジン」を思い起こさせる曲だ。

日本では珍しい平和へのメッセージソング。

その歌詞の意味を改めて噛み締めたい。

歌ったサザン、そして放送したNHKの勇気が伝わってきた。

そういう意味では2014年大晦日の紅白歌合戦は、歴史的な一瞬があった。

水島宏明

法政大学教授・元日本テレビ「NNNドキュメント」ディレクター

1957年生まれ。東大卒。札幌テレビで生活保護の矛盾を突くドキュメンタリー 『母さんが死んだ』や准看護婦制度の問題点を問う『天使の矛盾』を制作。ロン ドン、ベルリン特派員を歴任。日本テレビで「NNNドキュメント」ディレク ターと「ズームイン!」解説キャスターを兼務。『ネットカフェ難民』の名づけ 親として貧困問題や環境・原子力のドキュメンタリーを制作。芸術選奨・文部科 学大臣賞受賞。2012年から法政大学社会学部教授。

【サザン桑田佳祐~ピースとハイライト@2014年紅白歌合戦 】
2014年大晦日、NHK紅白歌合戦にて、サザンオールスターズ桑田佳祐が横浜アリーナから中継生出演して、「ピースとハイライト 」「東京VICTORY」を歌った。 フルバージョン動画⇒
http://vlog.xuite.net/play/TVpySGhjL...TIxMDUwMDk1LmZsdg==

ピースとハイライト歌詞⇒ http://j-lyric.net/artist/a000623/l02dd55.html
東京VICTORY歌詞⇒ http://goo.gl/BSvSrw
ピースとハイライトウィキペディア⇒ http://goo.gl/ZQI7tm

〇桑田佳祐が紅白歌合戦でヒトラー姿? 安倍晋三首相を揶揄か
http://news.livedoor.com/article/detail/9642667/

31年ぶりに紅白に出演した人気バンド「サザンオールスターズ」の突飛なパフォーマンスが、ネット上で論議になっている。

サザンについては、NHK紅白歌合戦に出演するかが直前まで伏せられ話題になった。結局、年越しライブの中継という形でサプライズ出演を果たし、会場の横浜アリーナは大いに盛り上がった。

・紫綬褒章をライブ中にファンらに披露
そこで、リーダーの桑田佳祐さん(58)は、冒頭から別のサプライズを持ち出した。「ピースとハイライト」の曲を披露する前のパフォーマンスとして、ちょびヒゲを付けた姿で登場したのだ。

さらに、紅白には中継されなかったものの、ネット上に投稿された写真によると、桑田さんは、2014年11月に授与された紫綬褒章をライブ中にファンらに披露した。真偽ははっきりしないものの、桑田さんはそこで、お尻のポケットから褒章を取り出したうえ、何かつぶやいたともされている。

サザンを巡っては、13年8月のライブで新曲「ピースとハイライト」を披露したとき、後方の大画面で「在日特権を許さない市民の会」と「レイシストをしばき隊」が小競り合いをする映像を流して物議を醸した。根拠はなかったものの、サザンがしばき隊の肩を持っているのではとの憶測が飛んでいた。

こうした経緯もあって、ちょびヒゲは、ヒトラーに扮して、安倍晋三首相を揶揄しているのではないかとの憶測もネット上で出た。実際、「ピースとハイライト」の歌詞には、「都合のいい大義名分(かいしゃく)」というフレーズがあり、これが安倍内閣による「解釈改憲」を指しているのではという声もある。さらに、「ピース=平和」と「ハイライト=極右」と対比させている、といった指摘もあった。

紫綬褒章をライブ中に持ち出すなどしたことに対しても、批判の声が上がっている。

・「『サザンは反日』 全く意味が分かりません...」
「反日サザンかよ」「おちゃらけて軽く扱っていいものと悪いものぐらいの区別つかないのか」といったもので、ライブを中継したNHKにも批判が出ている。

中には、「サザンは湘南茅ヶ崎のイメージダウン」などとして、「サザンビーチちがさき」の呼称を改めるよう神奈川県茅ヶ崎市に働きかけることを呼びかける向きもあった。

もっとも、こうした批判には、疑問を呈す声も多い。

「明らかに単なる平和を歌った歌だったのになんで怒ってるんだ?」「『サザンは反日』 全く意味が分かりません...」「サザン最高!茅ヶ崎、湘南がまた好きになった」
元日テレディレクターで法政大教授の水島宏明さんは、ハフィントンポストへの1月1日付寄稿で、「ピースとハイライト」の曲について「日本では珍しい平和へのメッセージソング。その歌詞の意味を改めて噛み締めたい。歌ったサザン、そして放送したNHKの勇気が伝わってきた」と評価した。

サザンに揶揄されたとも言われた安倍晋三首相も、年越しライブの前ではあるものの、14年12月28日に昭恵夫人とともに横浜アリーナでのライブを鑑賞している。報道によると、「爆笑アイランド」の曲で桑田佳祐さんが「衆院解散なんてむちゃを言う」などと替え歌を披露し、安倍首相も身をのけぞらせて驚いたというが、ライブ後には「楽しみましたよ」と報道陣に感想を話していた。

〇アベーロードA⇒
https://www.youtube.com/watch…

〇アベローB01
サザン桑田佳祐には忌野清志郎みたいな毒はない。初笑いじゃ
アベローB01.mpg⇒ http://goo.gl/NsPibU

〇アベローB02.mpg⇒
https://www.youtube.com/watch?v=QM646h-5OJc

【紅白 残るサプライズはサザン桑田】

31年ぶりに紅白に復帰!「第65回NHK紅白歌合戦」への出場する。83年の「東京シャッフル」を歌って以来、4度目。横浜アリーナからの中継出演となる。

サザンオールスターズ 31年ぶり紅白!オファー快諾 特別枠で年越しライブ中継   

 大みそかのNHK紅白歌合戦の見どころは、紅組司会の女優・吉高由里子(26)と紅組3組、白組2組の初出場アーティストだ。

 初出場組には、アイドルグループHKT48とV6のほか、4人組バンド「SEKAI NO OWARI」、大ヒット映画「アナと雪の女王」の日本語版主題歌「Let It Go~ありのままで~」のMay J.(26)に薬師丸ひろ子(50)が名を連ねた。大人気アニメ「妖怪ウォッチ」の企画コーナーも設けられ、キング・クリームソーダ、Dream5が登場。朝の連続テレビ小説「マッサン」の主題歌「麦の唄」を歌う中島みゆき(62)も12年ぶりに出場する。

 発表はされていないものの、サプライズ出演が期待されているのは桑田佳祐(58)率いる「サザンオールスターズ」だ。

「今年の紅白のキーワードは刷新とか、制作スタッフを一新して旧態依然の番組作りから脱し、独自色を濃く出すなどとNHK側は強調していますが、今のままだと旧態依然、好き嫌いで出演者を決めていると言われかねない。薬師丸は新部長が大ファンだから決まったと言われているほどですから、サプライズでそんな噂を吹き飛ばし、視聴率でも高い数字を残したいでしょうね」(芸能プロ関係者)

 ちなみに、昨年の紅白の視聴率は第1部(午後7時15分~8時55分)が36・9%、第2部(午後9時~11時45分)が44・5%だった(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。

2015年1月スタート 日曜劇場『流星ワゴン』の主題歌がサザンオールスターズ「イヤな事だらけの世の中で」に決定!

12月9日(火)14時59分

TBSで2015年1月からスタートする日曜劇場『流星ワゴン』の主題歌が、サザンオールスターズの「イヤな事だらけの世の中で」に決定した。

9月にリリースした約1年ぶりのシングル「東京VICTORY」が堂々のオリコンチャート1位を記録したサザンオールスターズ。現在は9年ぶりとなる年越しライブの開催に向けリハーサルに入っており“進撃のサザン”と銘打った2014年、まさに快進撃の活動を繰り広げている。そんなサザンオールスターズの新曲「イヤな事だらけの世の中で」は、2004年リリースのシングル曲「愛と欲望の日々」以来のドラマ主題歌となる。

『流星ワゴン』は、直木賞作家・重松清の同名ベストセラー小説が原作。西島秀俊、香川照之、井川遥、吉岡秀隆といった豪華かつ多彩なキャスト陣でお送りする、切なくも魅力的な家族愛の物語だ。家庭崩壊により絶望の淵に追い込まれた永田一雄(西島秀俊)の目の前に、突如ワインカラーのワゴンカーと不思議な親子が現われ、彼を、過去を巡る旅へと連れ出す。なぜか現在の一雄と同い年の姿で現われた一雄の父・忠雄(香川照之)も連れ立って、不思議な親子の、後悔の人生をやり直すためのドライブが始まる--。

主題歌となる「イヤな事だらけの世の中で」は、ミディアムテンポのせつないバラード。タイトル通り、日々の生活に疲れた者たちの悲哀を歌い、聴く者の心に染み渡る曲だ。リストラ寸前、妻からは離婚を切り出され、子どもは引きこもりというサラリーマンが主人公である『流星ワゴン』を大いに盛り上げるだろう。

【主題歌決定に至る経緯】
ドラマの原作である「流星ワゴン」に、実際にサザンオールスターズの楽曲が実名で登場しており、主人公の一雄(西島秀俊)のキャラクターを表現するのにとても重要になっている。今回の映像化にあたり、ドラマ制作陣は原作が持つ魅力を最大限に引き出し、さらにドラマ『流星ワゴン』の世界観を牽引できるアーティストはサザンオールスターズしかいないとなり、書き下ろしのオリジナル曲を熱望。新曲の主題歌決定へと至った。

【プロデューサー・伊與田英徳コメント】
憧れのサザンオールスターズさんに主題歌を書き下ろしていただけるなんて夢のようです。
この日曜劇場『流星ワゴン』は、原作を読んで感動し、この世界観を映像化したいと思ったのが始まりです。そして、原作にはサザンオールスターズさんの楽曲が登場して主人公・一雄の心情が表現されています。
正直難しいのではと思いつつ、清水の舞台から飛び降りるような気持ちでオファーしたら、素晴らしい楽曲を書き下ろしていただけることになりました。初めて聞いたときには鳥肌が立ちました。最高の主題歌に負けないように、素晴らしい映像をお届け出来るようにキャスト・スタッフ一丸となって撮影に臨んでいきたいと思います。

TBSでは2015年1月期の日曜劇場で『流星ワゴン』を放送することが決定した。
原作は、「ナイフ」で第14回坪田譲治文学賞(1999年)、「エイジ」で第12回山本周五郎賞(1999年)、「ビタミンF」で第124回直木賞(2001年)を受賞した重松清の人気小説「流星ワゴン」。同作は発売から増刷を重ね、累計発行部数が100万部に達するベストセラー小説だ。
真面目でしっかりした性格で、何よりも妻と息子を大切にし、日々を正直に生きるが妻子の心の闇を見過ごしてしまったことで家庭が破綻してしまう会社員・永田一雄(ながた・かずお)役を演じるのは、数々のドラマや映画で活躍目覚ましい西島秀俊。そんな一雄とは対照的に、破天荒で血気盛ん、数々の事業を興して成功させた一雄の父・永田忠雄(ながた・ただお)役を香川照之が演じる。
更に、一雄の妻で家庭では良き妻・良き母親を演じているが、一方で完璧過ぎる夫から逃れたいと感じ、ふとしたきっかけから心のバランスを崩してしまう永田美代子(ながた・みよこ)役を井川遥が、一雄が駅前で一人佇んでいた時に突如目の前に現れたワゴンを運転する橋本義明(はしもと・よしあき)役を吉岡秀隆が演じる。
加えて、一雄の母・永田澄江(ながた・すみえ)役に倍賞美津子、妹・永田智子(ながた・ともこ)役に市川実和子の出演が決定、豪華かつ多彩なキャストでお送りする。
 
突如目の前に現れたワゴンカー。行き先は、一雄の人生にとって大切な分岐点。決して分かち合えないと思っていた父親・忠雄とともに、後悔の人生をやり直すためのドライブが、いま始まる。
日曜劇場『流星ワゴン』に是非、ご期待下さい! 

<サザンオールスターズ>9年ぶり年越しライブ 初日にファン熱狂

 5年の活動休止期間をへて2013年に復活したロックバンド「サザンオールスターズ」の9年ぶりとなる年越しライブ「ひつじだよ! 全員集合!」が27日に横浜アリーナ(横浜市港北区)でスタートした。最新曲「東京VICTORY」をバックにメンバーがステージに現れると約1万5000人のファンは大歓声で迎えた。

【写真特集】「ひつじだよ! 全員集合!」のほかのショット

 サザンオールスターズのライブは約1年半ぶり。舞台後方にも観客席が用意された。桑田佳祐さんをはじめとするメンバーは、後方の観客に手を振ったり、声をかけたりするなどサービス精神を発揮し、「LOVE AFFAIR~秘密のデート~」で後方の観客をステージに呼び込んで肩を組んで歌う一幕もあった。この日は、最新シングルに収録された「天国オン・ザ・ビーチ」、昨年の「ピースとハイライト」など近年の楽曲のほか、70~80年代に発表された楽曲などアンコールを含め、34曲を披露した。

 同ライブは、31日まで開催。31日は「生中継!サザンオールスターズ 年越しライブ 2014『ひつじだよ!全員集合!』」と題し、同日午後9時半からWOWOWプライムで生放送される。

「サザンオールスターズ」の年越しライブの会場で、撤収作業中の男性が倒れているのが見つかり、重傷となっている。転落事故とみられている。 
1日午前1時すぎ、サザンオールスターズの年越しライブが行われていた、神奈川・横浜市の横浜アリーナで、男性作業員が、客席を収納する地下部分に倒れているのが見つかった。 
男性は、頭などを打ち、重傷となっている。

9年越しの年越しライブ開催!!

2005年以来9年ぶりとなるサザンオールスターズの年越しライブが12月31日に横浜アリーナで開催される。
サザンといえば、「進撃のサザン」と銘打ち、今年も精力的に活動中。
待望のNewシングル「東京VICTORY」が先日発売され、ぶっちぎりでオリコンウィークリーチャート1位を獲得。
この夏から秋にかけて、三井住友銀行のCMソング、そしてTBS系列「2014 アジア大会&世界バレー」のテーマ曲としてオンエアされ、大いに日本中を盛り上げた。

そんなサザンが9年ぶりに年越しライブを開催!
WOWOWでは、その模様を完全生中継する。チケット争奪戦必至のこのライブをじっくりとご覧いただきたい。
久々のサザンオールスターズの年越しライブ、ぜひお楽しみに!

収録日:2014年12月31日~2015年1月1日 収録場所:神奈川 横浜アリーナ

【 代官山通信 】ファクラブ会報誌

すべての歌に 懺悔しな!!

歌:桑田佳祐 作詞:桑田佳祐 作曲:桑田佳祐

ゆうべもゆうべ脳ミソ垂らして女に媚びを売る
街中みんなのお笑い草だぜ バカヤロ様がいる
歌が得意な猿なのに 高級外車がお出迎え
スーパー・スターになれたのは
世渡り上手と金まかせ
冗談美談でふんぞり返って ケジメも無しとする
言い寄る女と愚かな客とが それでも良しとする
大学出たって馬鹿だから 常識なんかは通じねェ
濡れた花弁にサオ立てて
口説きの文句はお手のモノ

今は君のために飲もう 僕も風と共に行こう
すべての人に 恋をしな!!

道化も道化 ウンザリするような生き様シャウトすりゃ
小粋な仮面でどこかでパクった
小言を連呼する
子供の頃から貧乏で そのうえ気さくな努力家で
実はすべてが嘘なのに 芝居のセンスにゃたけている
天才奇才とおだてりゃ エテ公はいつでも木に登る
儲かる話とクスリにゃ目が無い バカヤロ様がいる
チンチン電車は走るけど 青春時代は帰らない
TVにゃ出ないと言ったのに
ドラマの主役にゃ燃えている

今は君のために飲もう 僕も風と共に行こう
すべての歌に 懺悔しな!!

今は君のために飲もう 僕も風と共に行こう
憐れ君のために泣こう 僕も同じ夢を見よう
すべての人に 恋をしな!!

【どん底のブルース】

歌詞

僕は学校で泣かされた
寄ってたかってシカトされ
先生の前でもイジメを受けていた
よくある話と他人は言う
事実と違うと笑われる
弱き立場の叫びが聴こえるか?

嗚呼 ひとりぼっちの路地裏で
涙を拭きながら
生きてこれたのは
夕焼け空があったから

嗚呼 人間なんて嫌だ
歌おうどん底のブルース
嗚呼 人生なんてショーだ
君に語ろう

もう人間なんて嫌だ
踊ろう暗黒のステージ
あてなどなく今日も行く

いつもドンパチやる前に
聖書に手を置く大統領がいる
神の名におき正義に酔いしれて
隣のあの娘が輪姦されて
綺麗なサンゴが汚れても
戦争に赴く基地は安保られる

嗚呼 みんな見て見ぬフリをして
本当は知っている
この平和の裏に
愚かな過去があったのを

嗚呼 人間なんて嫌だ
歌おうどん底のブルース
嗚呼 人生なんてショーだ
誰に捧ごう

もう人間なんて嫌だ
笑おう奈落の底で
愚痴肴に今日も飲もう

街の裏手にゃ汚泥の河川
ビルの谷間にゃゴミの山
"都会のオアシス"の外は"灼熱の島"
どうせ死ぬのさこの俺も
現在が良ければそれでいい
他人や地球がどうなろうと構わない

嗚呼 コンクリートで塞がれた
故郷も泣いている
鋼鉄の斧を持って
政治家が森林をブッタ斬っている

嗚呼 人間なんて嫌だ
歌おうどん底のブルース
嗚呼人生なんてショーだ
君に語ろう

もう人間なんて嫌だ
踊ろう暗黒のステージ
それでも陽は今日も昇る

桑田 佳祐(くわた けいすけ、1956年2月26日)名言集!!

桑田 佳祐の名言集

・クワタ・バンドを、というか、サザン以外のバンドをやってみたいなぁと思い始めたのは1985年の暮れ、だっけな……アレを見てたんですよ、アーケイディアとかパワー・ステーションを、MTVでね。こういう方法がメジャーで出来るんだったらっていう、ほんの一瞬の閃き

・でも、ほんと大人にならなくちゃいけねぇなあというふうに思うときはありますよね。そうなんだよね。難しいけどさ。鼻クソほじらないとか、あと、歯は毎日磨くとかいうのも社会人の一歩だと思うんだ。煙草すうなよとかっていうの。

・合格発表は青学が最初でね、青学から「受かったよ」って家に電話したら、うちのオフクロなんて畳の上にのたうち回って泣いてさ、「なんておまえは運のいい奴だ」だって(笑)。

・TV局なんかで「アーティストの皆さん、こちらへお願いします」とか言われると、俺はヘソ曲がりなんであんまり席を立ちたくない。「歌手の皆さん」って呼ばれれば喜んで立つ。そう呼ばれて立つのは俺と北島三郎さんと村田英雄さんしかいないにしてもさ(笑)。

・江の島→それこそ、あれが勘違いのもとだったんですよ。あそこの駐車場を暴走族がたまり場にしちゃったという、あそこが暴力とセックスの温床になっちゃったということがね。あの横たわった小さな島に、悲劇も喜劇もすべてのみこまれている。

・コンビニでも、見てない一角があったりすると気になって仕方がない。で、その一角を見に行ってみると、小豆とかかたくり粉が置いてあったりして、この乾物モノの地味さもなかなか捨て難い(笑)。

・遙かなる幻想としての母性を生唾をのみながらオッパイに感じてるんじゃないかと(笑)。だから男が女のオッパイをしゃぶるっていうのは、大いなるテレ隠しではないかと(中略)前戯はセックスのための誘導ではなくて、大いなるテレ隠し。で、後戯は積年の罪に対する贖罪。

・だから解散ってのはどうしたって毎日その可能性はあるでしょ。それはお互いがいつもわきまえてるわけだよ。バンドが続いて行く以上、そういうことって多いと思うしね。表と裏って言うか、グループのね。解散という言葉を一番身近に感じたのは随分前だったけど。

・鎌学に入ったのが良かったね。推薦しちゃうね、俺は、あの辺の人に。いい学校ですよ、あそこは。なんて言うか、いい意味での中流意識が芽生えた。男子校っていってもまあ、ほんの一握りしか変なのいないしさ、友達集めようと思えばちゃんとノーマルな奴がいるしさ。

・小学生のときの遠足のバスには悩まされたねぇ。(中略)日光のいろは坂では、みんなでゲロ袋持ってた記憶がある。(中略)こっちは妙なプライドがあるもんだから、ギリギリまで手を挙げないでね。で、「先生!」って手を挙げた瞬間に、ゲロ袋までたどり着かずに吐いちゃう。

・音楽や音ってすごい強いよ。冬空の下でミゼット走らせて撮るでしょう? でもそこに蝉の声をかぶせると、どんなに絵が枯れてても“夏のシーン”になるからね、スゴイよ。

・車の免許は19歳で取った。茅ヶ崎の教習所で。当時は教官のガラがむちゃくちゃ悪くてね。「止めろ! 早くしろ!」って怒鳴りながら、教官ブレーキで急停車させたかと思ったら、「オマエさぁ、鼻の下に目ぇついてんのか!」だもん。もう泣きたくなったよ、あのときは。

・女のコがパンティをたたんでタンスの中の格子みたいなスペースに入れて収納が終わる一連の流れがあるでしょ? あの“パンテー”の状態が好きなんだなぁ(笑)。(中略)パンティはその女性の体調を含めいろいろなことを知っているわけですよ。

・俺ひとりフラッとどこかに出かけてしまうなんてことは近所の散歩以外はまずない。でも、これからはそういうこともやってみようかな、なんて思ってるんだ。家族になにも告げずにフラッと出て行ったら3日後に国際電話があった……そんな行動もしてみたいんだ(笑)。

・野球選手、特に巨人の選手のなかには“テレビに出るのが大好き”みたいな“自称宴会屋”が多いでしょ?(中略)本当に恥ずかしいなァと思うの。なにかオイシイことを言う人として要求されている、みたいな勘違いが若手選手に感じられる。

・みんな、評論家がどこかのメディアでしゃべったり書いたりしたことを無意識に日常に持ち込んでいるのかもしれないね。その意味では“解説の時代”なんじゃないの? スポーツでも映画でも、なんで解説が必要なんだ? って思うときがあるけど、やっぱり必要なんだよね。

・自分が単純に客として観てみたいバンドのボーカリストは、グレッグ・オールマン。読者にわからない? じゃあレイ・チャールズでどうだ!! で、ドラムはレッドツェッペリンのジョン・ボーナム。どうなっちゃうんだろう?

・20世紀まででポップミュージックの“分母”はほぼ出来てしまったと言っていいと思う。あと、21世紀の分子は当たり前だがとてもバリエーションに富んでいく。神が創った人間の美的感覚を電脳による作意が乗り越えていくんだろうか? う~んさっぱりわからん(笑)。

・勝手にシンドバッド→新宿ロフトでやった時、もう一つバンドが出たの。それが、もんたよしのりのバンドでね(中略)例の神戸弁でやたら誉めたの、“シンドバッド”を。「あれは最高にいい曲やぁ」なんて言って。いま考えると、部外者で最初に誉めてくれたのはあの人ね。

・いろんなバンド作ってやってるやついるけど、みんな今、軟弱すぎるよね。バンドがなんかひとつの単位になっちゃってて、管理されたみたいになってるじゃない? でも、バンドってそうじゃないよね。(中略)ジョン・レノンのトロントでのライブ盤の、あの刺激を知らなすぎる。

・クワタ・バンド→ホントに不倫だったみたい(笑)。一緒にいると幸せだけど、どっちかと別れるとか言うとすべてオシャカになっちゃうから、それは言わないでとりあえず取っといて走れるだけ走ってみよう、みたいな。(中略)それぐらいサザンていう家庭は大きいから。

・それにしても、パーカッションを選んだ輩は、一部をのぞいてドラムを選んだやつ以上におっちょこちょいだね。でなければ単なる頑固者。なにせ、素手で叩いてるからダイレクトにその人の人生観すらも出るような気がする。

・二度目の紅白歌合戦の時の話はもう百編ぐらい喋ったんで、あまりしたくもないんだけど(笑)。(中略)1982年はノッてただけだから、浮かれてたね。やることデタラメですべてが当たってるという。(中略)演ったあの場では楽しかった。

・ミュージシャンがスポーツ選手と違うところは、必ずしも実力がチャートの数字になっているわけではないからね。曲に打率はないもん。そのへんをわかってないと、老後がすぐやって来る感覚に見舞われてしまう。

・たまたまその時、青学の後輩が差し入れ持って20人くらい来てたの。それが大里さんの目には「こいつ人間的に尊敬されるような奴なんじゃないか」みたいに見えたらしいんだ。それでまあアミューズに決まったんだけどね。まあ、大里という奴も結構運のいい野郎だな(笑)。

・曲を創る時に映画がモトになってできた曲もあるし、曲をモトにしてシーンを考えるケースもあったから。

・バンドっていうのは、まったく違った個性を持ったヤツが集まってきて、葛藤とか縄張りの取り合いするみたいなのが本当の姿だと思うんだけどなぁ。

・とにかく……原坊には嫌われたくなかったんだ、カッコ良く言うと。他の女だったら、すぐふてくされときゃいいんだけどね。(中略)だけど、原坊には「この子にマジで嫌われちゃいかん」と思ったの。やっぱそうなったら、俺は生きていく値打ちはないみたいな。

・おふくろと親父ってのは水商売だから夜は仕事でいないから、家庭ってものをどんどん拒絶しているあねきにとっては、そういう親父とおふくろがいない夜の時間帯というのは安堵できる瞬間だったんじゃないかと思うんだよね。

・原由子→炊事洗濯しながら音楽もやってるんだから。たとえば、朝10時に食器洗って、夜の9時にはコンサートやってるわけでしょ。それを全部やっちゃうわけだから凄いよね。ホントに彼女って人は。内心辛いこともあるんだろうけどすべてを自然に見せてしまうから偉いよ。

・でもコンサートって、やっぱり演芸の一種だと思うし、オレは好きだな。落語、漫才、手品、ヴォードビル――早野凡平とかね。やっぱりその延長線上にないと、日本人同士のコミュニケーションは楽しくない気がする。喜んでもらってなんぼ的な部分が根っこにないとさ。

・『ヌードマン』の半年前、『チャコの海岸物語』を出してからは、本当にスリルが出てきた。それまでずっとシングルが売れなかったんですよ、ヒットチャートで45位とか。その前はベスト10に入ってたわけだからね。

・ウチはね、楽器というものがなかったのよ。もちろん、ハーモニカとか縦笛みたいな学校から供給されるものは別にしてね。洋モノ文化としての楽器、要するにピアノやギターといったものはなかった。

・自分自身を含めて日本人の男は甘いよね。本当になにか一点に関して秀でていなくても就職できたりするし、先達が作ったものを引き継いで多少それをアレンジして生業とすれば、社会人男性という一般的な名刺をもらえちゃうもんね。

・新宿の某女子大のグループと仲良くなって(中略)まあ、それで、その中のひとりの子はもの凄く言い寄りやすかった。で……そこで出来た、と。もうあっけないもんだった、それは。(中略)「ああ、こんなもんか」って(中略)ちょっとかわいそうな、さらば童貞でしたね。

・音楽界でもそれは言えるよ。なんでもかんでも新譜至上主義でね、とりあえず新譜じゃなきゃ売れないっていうのは、とりあえず新装開店しないと新しい客がつかない飲み屋と一緒で、商品の賞味期限は日ごとに短くなっていく。

・ラーメン嫌いな人を探すのって難しいよね、もちろん俺も大好きですよ。でも、漫画『美味しんぼ』に書いてあったけど、人がラーメン食べるときって、皆一様に下を向き話しもせずどんぶりに向かっている……

・ジャズ・バンドのバンマスのハナ肇が出てきて、いきなりあれでしょ。“あっと驚くタメゴロー”とかさ。ミュージシャンの知性というかなんというか、しっかり表われていたよね。(中略)日本のミュージシャンも守ることばっかではなく、攻撃的な部分も大切だと思うんだ。

・岩崎良美の「恋ほどステキなショーはない」こそ名曲である。なあんて偉そうに言いきってしまうが、ワシはこれが好きなのだ。なんつったってアレンジ見事にメロ最高、(中略)良美選手のヴォーカルも含めるとホンマ見事なポップスに仕上がっとるなと思うんだ。

・エンターテイメントというのは、こうしたマヤカシとかイカサマ性を約束事として認め合っている上に成立するものなんじゃないかな。お互い阿吽の呼吸とでも言うか……。(中略)そんなことみんな分かりきってやってることじゃないか、とね。

・15年前にテレビに出ていたときは、もう少し番組にすき間があったし、視聴者も巻き戻しなんかしないで“とばし気味”に観てたことが何だか今では懐かしいような気がするね。

・曲って不思議なもんでさ。たとえば「東京シャッフル」なんか真剣に作ったんだよね。死ぬほど真剣に。だけど、今考えてみると、どうも新鮮味がない曲だなって気がするの。「シャララ」なんてのは三分ぐらいで作ってるのね。ものすごくいいかげんに。

・おふくろの夢を見たときは、楽しいっていったらヘンだけど、なにか救われた気分になるね。失った家族に対して、どこかでやっぱり未練があるんだろうね。どんなに年を重ねても心の奥底にある弱みみたいなものがやはり夢として出てくる。

・『稲村ジェーン』って映画は匿名性っていうか、匿名の映画なんですよ。お互いに名前を呼ばないし、誰がヒロインであって誰がヒーローであってというのははっきりしているし、(中略)あんまり事件とか出来事は要らないんですよ。

・アルバム出した!さあツアーやって盛り上がろう!っていうのは逆のような気がします。俺もやってるけどね。ホントはライブやってて、そうした日々の中で作品がこぼれ出る折がある。これが本当かもしれませんね。

・花火もね、ここ数年は見るとちょっぴり興醒めしちゃうんだ、心打たれるものはあるんだけど、享楽的ななにかに結び付いていかない。正しい見方じゃないね。浴衣のオネーチャンと浜辺ででかい花火を見ることなんて最近はないからなぁ。

・大森はね、あいつ原坊と同じ年に大学入ってきて。で、夜間だったからね、夜になると急に顔を現わすって感じだった。やっぱり、なんか、こぎたねえ格好してて。人間の体が三人分ぐらい入りそうなオーバーオールのジーンズはいて。ほら、いるじゃない、よく。ケツの軽いヤツが。

・ボクなんかビートルズとか外国の文化にもろに影響を受けてるけど、やっぱり日本の“ワビ”“サビ”の感覚っていうのを、もっと音楽に出していきたいね。みんな日本人であることをもっと懐かしむべきだよ。(79年)

・レコーディングの進行具合がはかばかしくないと、道順を変えてみたりするね。事態が好転する場合もあるからさ。そういうことも含めて、俺は毎日音楽の神様に手を合わせている。それがいちばん手っ取り早い縁起かつぎかもしれないね。

・責任感強い人は、頭を切り換える時にいろいろ考えちゃってパニック起こしちゃうんだろうけど、オレは責任感弱い。芽生えない。そこら辺はジャマイカ人(笑)。音楽も映画も娯楽だから、娯楽を追求するのになんで責任感持たなきゃいけねぇんだ!って思うよ。

・俺は醤油が飲みたいから大義名分として寿司屋に行くんだもん。醤油にワサビをたっぷりと溶かしてさ、ドロドロの“自家製ソース”を作って、そこにネタを浸して食べたいんだよね。

・もしかしたら英語よりもスペイン語のほうが発音しやすいしね。食い物なんかも似てるし。それとかアジア系というものがヨーロッパとかの接点でしょう、なんかアメリカなんかよりももっと似たところを感じたりとか、音楽なんか似てたりしてるもん。

・メロディーはすでにみんなデジャ・ヴじゃないかと思うんです。これだけ大量の情報が流れ続ければ、誰がしかが新しいメロディーを試みても、それはすでに人々の膨大な記憶のどこかにもうあるわけで、(中略)今のヒット曲じゃないかと思いますね。

・恵まれすぎてるとさあ、恐いじゃない。幸せすぎて退屈みたいな。夫はいいとこの商社に勤めてて子供も大きくなって、いいお家に住んで、リモコンでカーテンが開けられて、私全然動かなくていいみたいな、(中略)なんか不倫の第一歩っていう気がするでしょ(笑)。

・「C調言葉に御用心」なんかは演るんだけど、もう○年○月のヒット曲だから取り込まなくちゃみたいな一種の呪縛から解き放たれて、これはたかが歌なんだ、ギター一本持って歌う世界なんだってふんぎりがついた、やっと。(中略)ちょうど学生の頃とか想い出して。

・やっぱり俺としても“勝手にシンドバッド”に執着があったんだ。自分で聴いて新鮮というか、オリジナルの中では一番受けがいいだろうと思ったね。漠然と。ただあそこまで売れるとは夢々思わなかった。(中略)そこそこいけばっていうイメージしか当然なかった。

・俺たちの世代は“四無主義”(無気力、無関心、無責任、無感動)って言われてたんだけど、やっぱり若者は悶々としつつも疲れてるんですよ。髪の毛を伸ばしてシンナー吸ってなじられる若者は、いわゆる当時の一般的な若者の象徴的な姿であるとは思わないけど。

・で、俺、ゴダイゴってすごいなあって思って見てたんだよね。どこがいいのかわかんなかったけどさ、人気があったからすごいグループだと思ってたの。ところが、研ナオコがね、言うわけ。(中略)「あたしゃ嫌いだね。どこがいいんだ。ルックスもよくないし」とか。

・音楽を表現する場所・娯楽として見せる手段が映画ってカタチを借りてもいいんじゃないかなぁ。だってお芝居を演出するのって、僕らがコンサートを演るのと通じ合う。役者に芝居をつけるのにも似た何かが……だからほんとうはすごく密接な関係があるなと。

・カメラをのぞいてて、あるアングルの中で“野イチゴ欲しいなぁ”と思うと山行って取ってきて並べてみたりね。(中略)そういうのって手鏡で自分のケツを見るような、自分の考えてることが意図せずに映し出される感じなんだよね。

・実際にアイドルとふたりになったら萎縮しちゃって話もできなくなるのが、俺も含めたオトコの悲しさなのに、今のアイドルはそういう悲しさすらも引き受けてくれる度量がありそうにも思えるよね。それでいて、このかわいさ、この身体。

・すぐ煮詰まっちゃったけどね。テレビばっか出てさ、毎回毎回同じ歌を歌ってりゃさ。だって、そうでしょ。何か他の曲もあって、で、「勝手にシンドバッド」があるならいいよ。芸人の顔もできるから。でも、まるっきりあれしかやんねーんだもん。芸人の顔がすべてだもんね。

・サンバなんてたまたま愛嬌でやったのがヒットしたおかげで、サザンオールスターズと称しながらサンバやってるとか、好きなアーティストはクレージー・キャッツって言ってるとか、もう周辺が勝手にふくらんじゃってた。

・綺麗→ファンの楽しませ方、お客への意識のしかたが違ってきたね。歌詞の世界でも、一つの物語を一曲の中で完結させるみたいな、単なる情景ではない、一つの詞を通して新聞の記事を見てるような、映画の筋を追うような、そんな雰囲気がほしくなってきた。

・中学二年の時、野球部の友達がビートルズの『アビーロード』と『Let It Be』のシングルを持って泊まりに来た。あれで人生が変わったな。『Let It Be』なんか一日で覚えちゃった。とにかく素晴らしかった。

・10ナンバーズ・からっと→あの頃は変なタレントでしたよね。取材が一日に何本も入ってて、裸になったり、東京中あっちこっちかけずり回ったり、あげくにテレビ局二~三局まわって。みんなでその度に楽器降ししたりして頑張ってるんだけど、全然なじめなかった。

・ウチの子どもは、休日でもゲームばっかりやってるから、昭和30年代生まれの親としては不健康に見えてしょうがないのよ。だから、ついつい連れ出してしまう。

・強い力を持ったプロダクションのタレントはあんまりワイドショーのネタにされないし、写真週刊誌を出してる出版社に貢献してる人の私事は暴露されないらしい。結局、利害関係が歴然として存在してる。

・その同窓会の女にはフラれちゃったんだよね。で、やっぱ音楽しかねえやと思ったの。その勢いがパワーになった(中略)あれがもしうまくいってて、結婚なんかしてたら、ホント人生違ってたんじゃないかって気がするねー。サラリーマンでもなんでもやっちゃうんじゃないかって感じ。

・ステージでは俺が常に新しい情報をお届けする“サザンという番組のホストであり顔”なんだよね。そういう意味での別の人格のよるところの“演技”かもしれない。だから、サザンのライブビデオを俺は観る気にならないし、観ることができない。

・私が勝手ながら思うに、トーキング・ヘッズとプリテンダーズ、そしてもうひとつサザンオールスターズというのが現在最も「名は体をあらわす」という格言にふさわしいグループである。

・原坊の計算の速さっていったらないからね。日本円をドルに換算する速さね。あと、たとえば『クイズ100人に聞きました』をふたりで見てて、彼女の解答率の高さには参る。(中略)考え方がひどく平坦なの、あいつに比べると俺は。

・シンディ・ローパーみたいなニオイったらしいサセガキには、足の親指かなんか肛門に突っ込んでポラロイドを撮ってそいつをネタにゆすってやろうじゃないかとか――フオントーな発言、深くお詫びいたしますが、(中略)“オメエら、ちゃんとカーリー・サイモンに学べ!!”

・「そんなにレコーディングが好きなら、レコーディングの現場を見せてくれ」というファンもいるんだけど、それとこれとは話が別だし、言い訳してる場合じゃない。ただ、音楽小僧としてある種、等身大でいられるのはレコーディング・スタジオなんだ。

・前作でスケールが小さくなったと感じたのを、『ステレオ太陽族』で(中略)自分達のアルバムが初めてできたっていう気がした。時間もそれなりに取ったし、トラックダウンもこれまで以上にみっちりやってる。すべての作業を比較的満足できたっていうかな……。

・目に見えないライバルのようなものを意識することはあったりする。あえて同世代で同じ職種の人間ということに的を絞って考えてみると、世良(公則)クンかなぁ。デビューした時期が一緒だし、デビュー後テレビ局で居合わせたときに“浮いてる”感じが似ていたしね。

・【勝手にシンドブック】演歌→あんまり好きじゃない。好きな演歌もないですね。昔はクールファイブやロス・プリモスなんて凝った時期もあったけど、今、どう見ても演歌は好きになれないですね

・でも、今って境目がないからさ。ボクは芸能界の人間で、松田聖子も芸能界の人間でしょ。あと、ゴールデンウィークで大挙してディズニーランドへ行ってる若者もどっか、芸能界じゃないけど、芸能界も含めて、娯楽産業っていうところに加担してるじゃん、絶対。

・ママ母との確執とかさ、やっぱりいろいろあったと思うんだ。(中略)俺が中学生になり、あねきが高校になり、だんだん物事の前後関係が見えるようになるにつれて、あねきを通じてうちの家庭の事情までだんだんと分かってくるというドラマ展開だったわけですな。

・「ロックの概念」なんてそれ自体どうでもいいことだし、人それぞれというか幅があるんだろうけど、80年代初頭の日本は「ロックの概念」をそれこそナタを振り回しながら探していたんだね。いまは、“これはロックか否か?”的議論をしないでしょ。賢明だよ。

・レコーディングってのは、瞬間瞬間をどう生かすかが特に大切で、集中力っていうか、それがないとやっぱりダメなの。歌を作る、歌詞を作る、ってことにしても瞬間をいかにとらえるかということがあるしね。

・やっぱり音楽やっててよかったなと思いたいですよ、ボクは。音楽やってるから映画が撮れたんだとは当然、思っているし。だったら、そういった音楽っていうのかな、やっぱりノリですかね、そういったものがうまくその中に出ていればいいかなぁという気がするんだけどね。

・振り返ってみると、俺は長嶋さんが引退したあとの巨人軍がすごく好きだったね。王さんや張本さん、レジー・スミス選手とかがいたころね。問答無用の野球のプロがいっぱいいる感じでよかったなぁ。

・日本人であるかぎり、何としても日本語は最大のよりどころだもの。たくさんいる音楽評論家さんたちも、ほとんどは音楽をサウンドで語ることなく、歌詞がどうのこうのになるのは、そう考えれば仕方ないかもしれませんね。

・ウチの親父はカネもないのにクルマを買うのだけは早くて、昭和30年ころかな、「茅ヶ崎じゃいちばん早かった」って、いまだに威張ってる。無理してクルマを買っちゃったもんだから、ほかの“ゆとり機器”にまで手が回らない。

・『ザ・ベストテン』で『いとしのエリー』が7週連続第1位になった。あのときは恍惚感を味わいましたね。だって、俺は勉強もできなかったしさ、街で火消しをやって表彰されたこともないからね。そこで生まれて初めて表彰されたようなものですよ。

・水商売やってたでしょ、親父もおふくろも。だから、親に遊んでもらったって記憶、そんなにないのね。湘南だったけど、親父やおふくろと一緒に海でワイワイとか、ほとんどない。ほとんど放ったらかしにされてた。

・たしかに一般の43歳男性がTシャツばかり着ていていいはずはないんだけど、逆にハクをつけるためにいい年して形から入る人間もいるでしょ? ヴェルサーチのスーツを着てロレックスの時計をするみたいなさ。それは俺にとって心の底から大笑いなのよ。

・京都→好きなんです。たとえばニューヨークにいて、自分の中の京都チックな部分を思い出す。自分自身の先祖が住んでいるような、自身と他人を錯覚するような……、京都って錯覚シティーだね。

・オレが目指すのは、酔っぱらい(笑)。酔っぱらいしかないでしょう。観てて気持ちがいいでしょ。やってて楽しい、観てて楽しいのはやっぱり酔っぱらい。日本人は酔っぱらうから、ふだん抑えてる分だけ。だから、上機嫌な酔っぱらいほど楽しいもんはないよね。

・大阪のギャグのスピード感は、それこそ子どものころから環境に鍛えられたものがあると思う。おもしろいヤツがモテる土壌がある。俺たち関東人があのスピード感についていけないのは、どうしても斜に構えてモノや人を見てしまう感性があるからだよ。

・で、免許が取れて、大学には親父の車で2時間かけて通ってました。カセットやFENを聴いては大声で歌ってみたり、これはぜったいナイショの話だけど、特殊な空間だからオナニーもした。ネタは、“突然感じたこと”とか“ちょっと見たこと”(笑)。

・初恋って曖昧なものだと思うんだ。(中略)小学6年生のSさんの太ももなんかにこっちも少しクラっときててさ、ほんとはそばにいたいのに意味もなく「こいつ、きたねぇ!」とか言って、幼稚な愛情表現を彼女の前ではしてた。

・精神的本籍が田舎で、その場の“居合わせ方”がどうにも不自然なやつね。代官山の歩道にテーブル出して、カフェテラス感覚で昼間からイタメシ食ってるやつ。テーブルの数十センチ先は渋滞してるのよ。本人は化けたつもりなんだろうけど、ああいうやつらも薄っぺらいね。

・ジョン・レノンは良くも悪くも壊れた人でしょ? ポールはジョンほどには理不尽な人物ではないからある種のカリスマ性が出ないのよ。ポールは「俺の曲のほうがビートルズに対しての貢献度は高いじゃん!」と言いたかったと思うよ。

・俺はサザンでリハーサルをしていると、必ず1回くらいはメンバーやスタッフにキレるんだけど、それで事態が好転していくことが多いよ。たまにはエネルギーも使うけど怒りを表現しなくちゃ(笑)。

・初恋はあんまり記憶にないんだけど……、俺は材木屋と呼ばれていてね、気(木)が多いという(笑)。小学校の頃からそう呼ばれてた。断えず誰かに惚れてたのね。この子かわいい、あの子かわいいって感じで、惚れっぽかった。いまでも結構そうなんだよね。

・『ELLIE MY LOVE』をレイ・チャールズさんがブラウン管の中で、タキシードに身を包みピアノ弾きつつ唄ってくれました。(中略)まだアメリカでは発売されてないけど、うん、それはもう嬉しかったね。嬉しいを超えてますよね。

・俺は、10代の後半から22~23歳のころ“自分が若者である”みたいな意識はまったくなかった。だから当然、若者らしいバネとか筋肉、あるいは感性が自分にあると思ったことはない。

・河口湖の変なロッジに連れてかれて、二日間カンヅメで曲書いたりね。“気分しだいで責めないで”の時かな。いまでこそ、そういうこと器用にこなすようになったけど、だましだまし(笑)(中略)適当にデッチ上げたけど、史上最低の曲だと思うしね。

・『KAMAKURA』を作った時点では、まだサザンを休止して、別のことやろうみたいな考えはまったくなかった。あのアルバムは、あの後ライブをあんまりやんなかったでしょ。(中略)未消化だし、自分の中ではね。たぶん他のメンバーの中でも。

・以前、ウチの近所にミョーチクリンな家族がいて、家の窓にエアガン撃ってきたりしたことがあるんだけど、そこで俺がその家のオヤジの首根っこつかんで張り倒しでもしたら、たぶん“暴力歌手”とかなんとか世間から言われるだろうし(中略)ある種の泣き寝入りをするしかない

・やっぱり俺の場合、金の無い苦しみといったら、学生時代、デートする時にホテルに泊まる金が無いとか(笑)、その程度のもんだったから、日本の中産階級のド真ん中で。まあいまから矢沢にはなれないわね(笑)。

・ジョン・レノンが死んで、私が可哀そうだと思ったのは、誰よりもあのマッカートニーです。私は、あの解放運動の最中にさえ、ジョンを最も愛していたのはポール、ポールを最も頼りにしていたのはジョンだと信じています。今、4人が揃ったあの頃の写真を見ると、とても辛い。

・しかし私、いつしかB面の最後まで聞かないうちにあきてしまい、眠ったくなっちまったので、妻のいる寝室に戻ったのは午前3時を回っていました。そして私がむりやり股をおしひろげると、すでに妻の花びらはグッチョリと……馬鹿野郎! 何いわせんだコノヤロー!! かしこ。

・中学とか高校ぐらいのときにね、ちょっと自閉症になったの。気持が。気持が自閉症ぎみに。あ、俺、ちょっとこのままじゃヤバイなっていうか、ね。今まで友だちづきあいしてくれてた女のコがどんどん大人になってくな、みたいな感じで。

・粋な江戸っ子だって、「死ぬ前に一度はザルそばをビシャビシャにそばツユをつけて食べてみたかった」というくらいでね、多くの日本人は醤油をたくさん摂りたいんだよ。そのくせ、醤油を遠ざける発言をしたりするからね。もっと素直になりなさいと。

・NUDE MAN→この頃から、いよいよ色ものがつまらなくなってきたな。「抱きたいよォ~」で始まって「Hold me tight」で終るようなパターンにあきてきた、(中略)客も別のものを求めてくれるようになったのね、色ものじゃないサザンを。

・矢野顕子→矢野さんは天才だと思う。あの人はリトル・フィートと一緒にやった時点で感動したもん、俺、それだけで。あの人は唯一すごいと思う、全然、方法論が違うでしょ。あれが天才だと思うね。

・俺は、中学のとき勉強できなくて、だいたい250人中215番くらいだったけれど、当時29番だったやつといま会っても、社会的知的レベルはたいして変わらないもん(笑)。

・姉貴に対抗しようって気はあるのだけど、心はいつしかビートルズに引っぱられている。ビートルズって面白いんですよ、やっぱり。あげく、姉貴に言わせると「ストーンズはビートルズの真似をしてる!」。

・形の整った1本70センチ級のウンコもしたことあるしね。(中略)その後、配偶者に報告しに行く。「今日はこんなすごいのが出たよ」って。で、すぐに流すのはもったいないんでしばらくながめていて、いざ流そうとすると詰まっちゃったりして。

・結局“休養宣言”ですっかり裸になって、(中略)二千人の会場に千六百人しか入らなくなったのは事実。やっぱり淋しかった。(中略)だけどまだ何かが足りない。何が足りないかって言うと、スリルなんだよね。結局はシングル・ヒットが出したいわけ。

・尊敬できる親父がいなかったんだよな、俺たち。親父にあたる世代のミュージシャンが。今でもそう。尊敬できる兄貴くらいがいたのかもしれないけど。だから、親父っていうとき、俺なんかはどっちかっていうと音楽じゃなくなっちゃったりして、植木等です、なんてことになっちゃうわけ。

・やっぱり『熱い胸さわぎ』は、いま思うと俺個人は凄く緊張感のある、一曲一曲がはっきしりしたアルバムだと思うのね。あれがデビュー作でほんと良かった(笑)。『ヌード・マン』は頭デッカチのおっつけアルバムなの。ダビングでごまかしたという。

・こないだ大滝詠一さんと会ってね、で、話きいてみたら、すげえ似てるとこあるんだよね、俺と。(中略)岩手で三沢のFEN聴きながら、太平洋沿いに自分の青春を勝手に作りあげちゃったと。そういう中で、音感とか情操観念とかをきたえてきたわけでしょ。わかるんだよね。

・洋楽を聴いたヤサグレ感や嫉妬心、憧れがあるのは俺の世代くらいまでなのかなぁ。そうか、俺は“3丁目の夕日”の住人なんだね。鎖国してるのは俺のほうか(笑)?

・やっぱりステレオ買ったのが結構早かったと思うんだ、茅ヶ崎では。それは、うちが店をやってたでしょ。で、スピーカーのことをラッパ、ラッパなんて呼んでたんだけど、店に新しいのが入ったんで、家庭にバーで使ってたものが、払い下げになってきたわけ。

・斎藤誠とかさ、そいつらが「桑田さん、ぼくにも曲作って下さいよ」とか「今度のもいいですね」とか、なんとなく支持してくれたし。どんどん曲作るようになったね。(中略)今のメンバーに近くなっていったっていうか。俺も、だんだんバンドに自信持つようになっていったんだよね。

・俺がボーカリストだもんで、まずドラマーを選んでしまうね。やっぱり歌い手はドラマーとヘソの緒でつながっていると思うんだ。ステージを観ても、ボーカリストってドラムを背負って歌うじゃない? ウチの弘のフィルひとつで、音楽はどうにでも変わるんだよ。

・下世話ってすごく好きなのね。結果として下世話になったってのは。でも意識して下世話にやろうとしているバンドとかってあるでしょ。あれはダメだね。ボクらにもそういう時期があったけど……。

・俺の場合は極めて前向きな、痛々しいほどに純粋な精神によって貫かれた音楽性を背景とし(中略)まあ要するに良く言えば、“マジメな男”、悪く言えば“単なる偽善者”、というのがあの文学書本『ケースケランド』を通して見られる音楽人としての俺の人物像なわけである。

・勉強もできない、運動神経も大してよくない高校生の俺を心配して、夜中に親父に諭されたことが当時よくあった。「佳祐オマエね、音楽をやりたいとか言ってるけど、無理なんだから」って。普通の親ならそう言うよね。

・『KAMAKURA』を作る時に、『ホワイト・アルバム』ってのはね、絶対憧れてたからね。二枚組にしようって決めた時点でね(中略)一つのサザン・オールスターズとかってカラーじゃなくて、なんか自由さと不自由さをはらんだバランスってのを狙ったのかもしれない

・本当は1枚1枚役割が違うであろうに、白や黄色やピンクの1枚1枚が整然と収納されている。もうパンティの罪作り。だからもしも、女性のタンスを開ける機会があったら、思わず「チョウだい、チョウだい」ってつぶやいてしまうと思う(笑)。

・俺としては挿入よりもキスのほうが断じて好き(笑)。セックスなんて面倒くさいでしょ? 挿入することに喜びやありがたみを感じているうちはまだセックス界のしろうと(笑)。それよりも、たとえば親子でキス、恋人・夫婦、他人とキスのほうが夢があっていいじゃん。

・ラジオ→やっぱりFENが好き。ラジオも、あのAM・中波のサウンドってすごく好き。あのサウンドがロックンロール。

・『稲村ジェーン』で監督をやったのが10年前。(中略)“平成の冗談”とは思えないような冗談を交わしていて、こんなセンスのやつらと映画を作るのかぁと思った憶えがあるよ。彼らは本当は繊細というか打たれ弱い部分があるのに、表面上は徹底的にクールなんだよね。

・タイニイ・バブルス→俺達の音楽はこんなのじゃないんだよ、テレビに映る姿はちと違うんだよっていう、あがいているようなところがあった。で、とにかく五カ月間休んだ。でも“思いきり”みたいなことはそう大してなかった。

・やっぱり女っていいこと言うもん。俺以上に俺のこと見てるもん。それはすごいと思うね。男って、女を通して世の中を見たり、自分自身を見たりするわけでさ。女ってそういう才能あるからね。うん、だから恋愛をたくさんこなしたヤツは強いよ。

・今、あんまり歴然とした歌謡曲ってないよね。でも、昭和40年代頃の歌謡曲はぜったいスペイン歌謡と同じでしょ? 全くのコピーだからさ。内山田洋とクールファイブの「二人の御堂筋」とか、あの辺の音楽は完全にラテン系のもんだと思うんですね。

・記憶に残ってるのはね……。小学校の時に転校しちゃった女の子がいたの。松本小雪に似てる子でね、いま思うと。(中略)太モモの太い色白の子だったね。太ってるんじゃなくて、ちょっと肉感的な感じね。(中略)エキセントリックな感じの子だったね。

・今がいかにすぐれた時代なのかということを手に取るように分からせてくれるのもあのビートルズの偉大さだね。一度でもいいからビートルズの物真似ギグをやりたい。夢なんだ。

・駄菓子屋の店内には、たかだか四畳半くらいのスペースに菓子類をはじめとしてものすごく細かいものがたくさんあって、子どもながらに果てしない小宇宙を感じていたんだよね。(中略)それが、いまの俺の身近にはなくなってしまったんで、コンビニはその代わりかもね。

・まだ学生だったころ、「あの歌手はもと“特殊浴場”嬢(もちろんもっと直接的な言葉がありますが)だった」なんて聞くと、夜も眠れずドキドキしたよ俺は。最近の歌謡曲にはそういうドキドキが失われたような気がしますね。

・でも、親父のようにはなりたくないなあってのはあったな。なんかね、けっこう女好きだったり、わりと調子よかったり、やだなあって思うところが……自分の中にすごく同じ部分があるのね。そういう意味で、親父のような大人にはなりたくないって、ずっと思ってたね。

・うまいタイミングで口説き文句を発して“してやったり”みたいなことって、人生ではまったくと言っていいほどないね。その女性との距離を保てずに、こっちが尻尾を振ってることがバレバレになっちゃって。

・俺が思っている関西=大阪のお笑いの質は、“捨て身”っていうか、ウケなかったら最後にはパンツまで脱いじゃうようなエゲつなさというか力わざがすごい。それでいてものすごく庶民的。(中略)東京のほうがシニカルなんだよね、気質的に。

・いざ休みになると庭に水をまいてから近所の商店街に買い物に行ってる。そういう小市民的な休日がほんとに性に合ってるみたい。だって、商店街の花屋の主人は俺のこと「先生」って呼ぶんだよ。「よっ、先生、最近忙しそうだね」って。

・オレたちはフリーターの走りだしさ、おたくの走りだからね。いわゆる社会に出ていって、公の一部分として認知されるっていうような部分を避けてきちゃったでしょう。それで30歳、40歳になってるんだから、おたくはクライとかフリーターはヘンだなんて言う資格ないよ。

・高校生になってまで古文と化学を横一線に並べて、できるかできないかを競わせるのは実にくだらないよ。中2から高2くらいまでは身体も大きくなる時期だけど、夢もいろいろふくらんでいく時期だと思うんだ。そこを強引に縛ってみても、いい結果は生まれないよ。

・だから『11PM』も割と自然に入ってきたんだ。まさか競馬は好きにならなかったけど、オッパイが見えちゃったとかそういうのはもちろんあったから……。できるだけ早く大人になってあの気持ち良さそうな二つの突起物を自由にしてみたいと思ったね、うん(笑)。

・クラシックだってもともとはヨーロッパの娯楽なのに、いろんなコンプレックスが入り交じって“クラシック道”になっちゃってる。日本人はどうしても“道”にしないと気が済まないというね。

・でもやっぱりいちばん快適なのは自分の家のトイレ。肛門にピタリと当たるお湯の吹き出口の位置から湯温、水勢まで全部メモリーされてるんだもん。トイレという個室は本当に落ち着くね。ステージの前の緊張してるときでもトイレに行くと平常心を取り戻せる。

・俺にとって休日とはなんにもしない日のことであってね、「今度の休みには○○をしよう!」みたいな計画は間違っても立てない。『東京ウォーカー』に目を通して家族でドライブに行ったとしたら、それはもう休日ではなくなってしまう。

・チューブ入りになってからちょっと情緒に欠けるけど、死ぬ前に腹いっぱいコンデンスミルクを飲んでみたい。

・ラブ・ソング作ってるというのも、やっぱり自分のために作ってるというより、結局はその女本人に聴かせたいんだろうと思う。まあ、それで偉大な収穫があったとか、そういうことはないけど(笑)。なんかこう、悩んでる方が出来るでしょう、曲っていうのは。

・俺が一万人以上の前で唄うとき、このまま空中を飛べるのじゃないかという感じ。あのとき、俺は人間の意識の陰にかくれた本能に目覚めているのではないかと思いますね。あれはたしかに幻想ではあるけど、嘘ではない。

・で、まずその資生堂のCMソングだっていうのを意識して、よしじゃあメジャー展開を考えていいんだなという部分で、“スキップ・ビート”と“バン・バン・バン”を作ったの。ちゃんとした形として一番最初に出来たのがその二曲と“メリー・クリスマス・イン・サマー”。

・別に小学生ですから実際に付き合ってどうだこうだとかそういうことはなかったけど。いわゆる人が言うようなお医者さんごっこしたとかそういう経験もないし(笑)。お医者さんごっこなんて、大学に入ってからだから。

・オレ、スタジオで過ごす時間って好きですよ。基本的には、ライヴよりスタジオの方が好きだから(笑)。(中略)まさに“人知れず”が好きだしモノを創るのも好き。

・“儚”って漢字は“にんべん”に“ゆめ”と書くわけで、まさに人の夢のもろさと切なさを言い表していると思うよ。儚いと書いて『真夏の夜の夢』と読んでもいいくらいだよね。

・松田弘→サザンの原辰徳。すごく人間的だけどもエリート。三割と百打点は必ずキープするし、ホームラン四十本は打ってくれるだろうって男。本人にしてみればいろいろと悩みもあるだろうけど、自分のプロとしての生き方の中で克服しちゃうんでしょうね。

・プロポーズというのはですね……、(中略)原坊を送ってって、「じゃあね」ってあいつが降りる間際にロックしちゃって、「あれ?」とか向こうが言ってる間に、新潟の件を誠実なかたちで表そうと、告白しました。恥しい話ですけど。

・でもね、いかに20年分の経験があろうともちょっとしたことで緊張は増幅される。もうそれはしょうがないことで、そうなったら、ステージから非常口のランプ、あのグリーンの部分をじっと見るんだ。非常ランプを見てると、だんだんなんにも気にならなくなってくるね。

・デビューの頃→俺たちには、『シャボン玉ホリデー』をもう一回見たい……っていうような気持があったわけ。で、楽しんでやりたい、積極的にやりたい、と。それと、テレビ局側が、あ、面白いってんで要求するものとがさ、変なところで合致してたりしたんだよね、あのころ。

・日本のロック・バンドってこれから何やっていいのか分かんないもんね。(中略)いまは武道館やってる奴はウヨウヨいるからさ。松本伊代だってやってるんだもん。その価値観ってものが完璧にデノミしちゃってるんだ。それはいいことだと思うしね。

・『勝手にシンドバッド』――あの曲はザ・ピーナッツみたいなものをやりたかった。ボク達のバンドはアメリカン・ロックみたいなかたいものばかりやってたでしょ。だからそんなロックバンドがザ・ピーナッツみたいな雰囲気でやれば面白いんじゃないか。

・ジョン・レノンは40歳で亡くなった。つまり、俺は俺より若いジョン・レノンしか知らなくなっちゃった。今後は道しるべ無き道を頑張って行かなくちゃ(笑)。それにしても幸せな枯れ方に対する憧れはあるなぁ。

・みんなで呑んで酔っ払ってくると、最初はエロ話で盛り上がって、次は仕事の話「あれは違うんじゃないのー」とか言って、行き着く先は絶対に怪談が出るよね。サザンもデビュー当時はツアーに出ると、みんなで誰かの部屋に集まっては霊の話をしてた。

・茅ヶ崎→母親なんだ、やっぱり。自分がかつて放出したエネルギーがいまだに漂ってるような気がする。夜、車で海岸ぞいを走るとそれを感じる。自分の歩いたエネルギーの轍がくっきり見える。

・歌を作るってことも、“なにかが降りてくる”って表現する人もいるように、どこかで先祖が憑依してる部分もあるんじゃないのかな? 音楽やアートのような思いつき系の仕事は特に、なにかあったときに先祖が守ってくれてることが多いのでは? と思うようになった。

・当時の親父はレストランやバーをやっていたんで、俺も大学なんかには行かずバーテンダーになるための学校に行く道もあるぞと。親父が入学の手続きをしてきていついつから行け! と。そしたら、青学(青山学院大学)に受かっちゃった。

・胸さわぎの腰つき……ってとこあるじゃない。あれがさ、「そんな言葉ないからダメだ」ってみんなに言われたりとか。みんな勝手なこと言うんだ。“胸さわぎのムラサキ”にしようとか、いや“胸さわぎのアカツキ”のほうがロックっぽいな、とかさあ。ホーント、話になんないの。

・自分でエレキ買ったのが(中略)やっぱ高三くらいかな。たしか三万円でさ。(中略)グレコのSGモデル。(中略)そのギター買ったらさ、なんか『成毛滋のロック・ギター・メゾット』みたいなテープがついてて、かなりそれが役立ったね。あいつがいろいろ練習曲とか弾いてるわけ。

・うちのあねきは、「あんた、やったわね!」とか「ヒットしてるじゃない」とか言う人じゃないんだよね。感想言われたことはまったくないな。興味が全然ないんじゃないかな。要するに日本のグループ・サウンズには昔から興味なかったのよ、うちのあねきは。

・キスしたというのは事件だった。中学の一年だったかな。俺は男になったの遅いですから、大学に入ってからだから。しかし、なんで俺こんなこと告白してなきゃいけないんだろう。佐野元春の本だったらこんなのあり得ないよ、ホントに。

・フォークソングだめ。(中略)歌としては興味ないし、聴いたことなかったけどね。まして岡林とかさあ。大ッ嫌いだった。(中略)なんかこんな魚屋の隣のあんちゃんみたいな顔したやつがさあ、ジャケットに載ってるわけ。こういう顔がジャケットになるべきじゃねえ、と思ったんだよね。

・忘れもしない37歳の10月ですよ、俺がサーフィンを始めたのは。もちろん茅ヶ崎生まれだから、それまでに何度もチャンスはあったはずなんだけど……。

・もう情けないもん。たまに彼女(原由子)にネックレスとか買って行くじゃない。それにしたって彼女名義のカードで買ってるんだからありがたくもなんともない(中略)喜ぶだろうなとか思いながら「ほら、買って来たよ」って言うと、「領収書は?」だもん。ダメだよね。

・タイニイ・バブルス→この頃に五カ月間“休養”してるんだけど、その理由にはもちろん“疲れ”があった。もう少し言うと“怨念”かな。当時のスケジュール、特にテレビ――たった数分間のために何時間も、俺達は何をやってるんだ、みたいな状況。

・デビューした当時を思い出せば、皆でバンドやろうぜと気分が乗って、皆が集まったから曲を作ったわけだし、(中略)ライブやりつつ練習しつつ曲も増やしたわけですよね。それがいつしか逆転してしまった。しょうがなかったとは思いますけどね。

・レコード屋行くとポピュラーってコーナーがある(中略)好きなんだよね。一番いやなのはロックてコーナーで、変なミュージシャンが身体よじってカッコつけてる(中略)おしゃれなポピュラー・ミュージックの範囲内におけるロックでいたいの、俺は。分かります?(笑)

・歌ってやつは(中略)歌詞でしか判断できない部分、歌詞によってポピュラーになる部分があって、それは無視しようがありませんしね。たとえば言葉として響く短いフレーズが、一つの歌のイメージをそこはかとなく彩ることがあるし

・オレ、ボーカリストとしてちょっと問題あるなって思ったのね、自分で。去年だってせっかくジャパン・ジャムとか出てるのに、“ハート”のボーカル聞いてショック受けたし。ボーカリストとして何とかならないかと思うのね。(80年)

・そして、あるときに自分の体形・容姿にまったく興味と希望がなくなったんだ(笑)。で、こんな体形の俺でも、Tシャツとジーンズだったら身のほど知らずではなく着てられるってことに気付き始めたんだよ。

・原(由子)さんをひとりのミュージシャンとしてリスペクトしてますね。彼女、小さいころからクラシックピアノを習っていたでしょ? 当然、譜面が読めるとか、音楽を学問的な側面から知っている。(中略)彼女は基本的に耳がすごくいいんですよ。

サザンオールスターズ ファンクラブ!!

桑田さんの歌は、最高だ。みんなで、歌いまくりましょう。代表 柳

【あなたは、一人じゃない。一人で悩まないで!!】命のメール受付 代表 柳より。

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