Apex product 【 親父のこだわり ③】total Coordinate

 中高年男性のファッション離れ!!

 

Apex product の staff にお任せ下さい!!

 私共は、40代50代 一般人向けにファッション相談・ショッピング同行・コーディネート相談・クローゼット整理などをサービス提供しており、必要最低限のファッションの基本を伝えることでリバウンドしないファッション改善を提案しています。ファションに全く興味がない。センスがない。ファションが古い。と旦那様に不満を抱いている奥様方。必見です。

ファッションは自己満足だけではありません。周りに気を使うからお洒落なんです。私の叔父夫婦が洋服店を経営していたのもあり、子供のころから興味があったので、学校を出て直ぐに、大手百貨店のバイヤーになりました。その経験をいかしてアドバイスさせて頂きますが、men's雑誌で、難しい業界用語でファッションを語られても現実味がありません。モデルが着ているのと自身で着るのではギャブがあるし過大評価してあるから買ってから悩みますよね。それなら私と一緒に低予算で分かりやすく人生を楽しみましょう。

 お洒落は粋な男だから出来るのです。粋に行きましょう。こだわりの有る昭和の侍が、頑張ってこその日本じゃないですか!!仕事にも私生活にも全てに一流であれ。俺には無理だと諦める前に、前に進みましょう。つねに成長している人間は、いつもなにかしらの困難に直面しています。これは不運だからではなく、その人がいつでも新しい事に挑戦しているからなんです。特技なんてなくて良い。失敗だらけでも良い。学歴がなくったって良い。挑戦できる心と笑顔があればそれで良い。何でも挑戦することが大切なんです。今、一番元気な中高年の代表より。

 

一流に触れれば一流になる。二流に触れれば二流になる。値段が高くても、持つ物は一流にするべき!値段が高くても、一流の接客を受けるべき!必ず自分にとってイイ刺激になるから!

Apex Product   代表 柳 (50代)

【men's jacket・coat・cardigan 】通販

現在、在庫を切らしており、皆様には、大変ご迷惑をお掛けしております。新品・古着に関わらず、こだわった商品が揃わず申し訳ございません。今暫くお待ち下さい。

Apex Product  fashion 事業部担当 SATO(40代) 

【通販予定 在庫一覧】 新品・未使用・古着

【こだわり親父 お薦めブランド!!】

私も下記にあげたブランドが好きで着ています。下記のブランドの商品を中心に集めて販売しております。当然、全て個人的にも購入して着ているので自信をもってお薦めする事が出来ます。若い時代から今まで愛したブランドばかりです。好きな部分は異なりますが、全部共通して言える事は、着てみてください。「着やすい。価格が手ごろ。シルエットがカッコイイ! 何より目立つ。長く着れる。」自分の気分で着て見てください。ご家族で着れるブランドも有ります。ユニクロ・GU・Gapも悪くはないですが、騙されたと思ってショップを覗いて下さい。何かが変われば、こだわり親父としても嬉しいので是非時間を作って探してみて下さい。自分に合ったブランドが、きっと見つかります。ネットでも直接購入出来ますし、私共のルートからも購入可能です。色々、アドバイスさせて頂きます。お気軽にご連絡下さい。

 Apex product 代表 柳

 

■MEN'S BIGI | メンズビギ

 

■MEN'S MELROSE|メンズ メルローズ

 

■D.him(ディーヒム)

 

■DOWBL|ダブル

 

■EDIFICE|エディフィス

 

■TOMMY HILFIGER|トミーヒルフィガー

 

■MK MICHEL KLEIN homme(エムケー ミッシェルクラン オム)

 

■バーバリー ブラック レーベル(BURBERRY BLACK LABEL ...

 

nano・universe|ナノユニバース

 

■TAKEO KIKUCHI|タケオキクチ

■THE SHOP TK MIXPICE

 

zara man ザラマン

 

エイチ&エム : H&M

 

ヘリーハンセン [HELLY HANSEN]

 

hiromichi nakano(ヒロミチナカノ) 

HAREハレ

■メンズティノラス:MEN'S TENORAS

 

UNITED ARROWS/ユナイテッドアローズ

 

HIGH STREET / ハイストリート

 

■ETONNE(エトネ)

 

■DIVINER(ディバイナー)

 

■アーバンリサーチ メンズ(URBAN RESEARCH)

 

■CavariA(キャバリア)

 

 

CavariA(キャバリア)

メンズブランドCavariA(キャバリア)

今メンズに人気急上昇ブランドCavariA(キャバリア)、最新のファッションを追求、BITTERでも掲載のハイセンスと大人の色気を追求したブランド、エグザイル系のファッションを目指してる方にもオススメ、セレブレティ&リッチな感じなので、女性ウケもバッチリ!モテるなら一つ上の男に、CavariA(キャバリア)を着こなそう、最新アウターから鉄板ニット、話題のスキニー、ブーツやシューズなど流行りのアイテムを続々入荷中!

 

メンズ雑誌『BITTER』掲載中のファッション

今売れているメンズファッション雑誌のBITTERでも絶大な人気をほこっているブランドで、主にモデルのARATAが着用しています。
パーカーやオペラシューズなどのサーフテイストなコーデから、冬はユルフワ、モコフワなリッチなテイストで人気がでてます!また夏に向けてはリゾカジ(リゾートカジュアル)、セレカジ(セレブカジュアル)が去年以上に人気になるとおもいます、一度雑誌BITTERのような服装にチャレンジするならキャバリアがオススメです♪

 

アーバンリサーチ メンズ(URBAN RESEARCH)

アーバンリサーチは、ストリートファッションと高級ファッションがミックスされたような魅力を持つブランドです。セレクトショップとして世界中の素敵な輸入物のファッションアイテムたちも取り扱っています。

1974年に、アーバンリサーチのブランドは創設されました。垢抜けて磨きあげられたセンスで、毎日の生活を楽しくできる洋服が多く取り扱われています。つまり、自分らしさを大切にしながら都会で過ごす人たちの生活を支えてくれる洋服となっています。2002年には、関西だけでなく東京の渋谷にもお店をオープンしてそのシェアを次第に広げました。今では、素敵なセレクトショップとして全国各地で知られています。このアーバンリサーチの特徴は、定番的でカジュアルな装いのウェアなのに、上手に今の流行りが取り入れられているアイテムが多いことです。そして、都会に住む人々にぴったりな素敵なセンスを持つファッションアイテムとなっています。ブランドコンセプトとして、「すごいをシェアする」という言葉を掲げているのも特徴です。単にオリジナリティを持つだけでなく、高い品質も併せ持つアイテムたちをたくさん取り扱っています。そしてアーバンリサーチの魅力といえば、素敵な個性を感じさせてくれるデザインが多いことです。基本的にベーシックなファッションアイテムが多いので、いろんなシーンで着られます。それに、独特の雰囲気を持つセンスがあり、他のブランドとは異なる個性も前面に出せます。それから、仕事の時にもオフの時にも着られるような素晴らしいアイテムが多くあります。クオリティが高くてデザインが素朴な感じで、遊び心も少し感じられて使い勝手がいい、と良い点が多くあるアイテムたちが目白押しです。そのうえ、素敵なスタイリングまで提案してくれたりします。つまり、全身をとてもカッコよくコーディネートできるファッションが楽しめるため、思わずはまってしまいます。そんなアーバンリサーチの人気アイテムといえば、Tシャツやポロシャツ、パンツ、ベルト、シューズやサンダルなどが挙げられます。Tシャツであれば、流行りとなっているカラー切り換えデザインのものも人気があります。また、ジャケットやカーディガンなどもよく売れています。ジーンズやミリタリーなどのファッションアイテムも多く販売されています。

ディバイナー(DIVINER) 半袖Tシャツ メンズ Tシャツ おしゃれ 黒 半袖 Vネック プリントTシャツ ブランド

DIVINERより新作【ツートーンロゴプリント半袖Tシャツ】の登場です。

フロントにDIVINERオリジナルロゴを配置したシンプルなデザインTシャツ。

ロゴ部分をツートーンで表現したのも◎

爽やかな印象にまとめた半袖Tシャツ。

バックプリントのメッセージプリントもこなれ感を演出してくれる。

伸縮性のあるサラッとした生地感なので、快適な着心地。

程良く開いたVネックが首元にも爽やかさをプラスしてくれる大人の一着。 

「ETONNE(エトネ)」は、“驚いた!”という意味を持つフランス語。

【ショップインブランド】 ETONNE
「ETONNE(エトネ)」は、“驚いた!”という意味を持つフランス語。イタリアン・クラシックをベースに現代的な解釈を加え、トレンドをうまくミックスしながら常にフレッシュで柔軟に変化していくスタイルこそ『ETONNE』の真骨頂です。

ノーダーツながら、若々しい印象のスマートシルエットを形成しています。すっきりとした着丈により、ボムスイン・アウトともにカッコ良く決まるミディアム丈を採用。ホリゾンタルカラーの襟先にカラーキーパーをプラスすると、シャキッとした印象に。

「JAPAN FABRIC」タグは、国産の素材にこだわって作り上げた安心の品質である証です! 巧妙な糸づかいを用いて、立体的な柄を表現する“カットドビー”。自然な色ムラが、インディゴならではの味出しになっています。

■HIGH STREET / ハイストリート

ハイストリートは、
本来のクロージングが
もつ伝統と歴史へのこだわりに、
時代のトレンドを鋭敏に織り込んだ
独自のデザイニングで提案する
カジュアルをあわせ持つ、
奥行きの深い
トータルコーディネートブランドです。 

BONOTTOジャージージャケット
ハイストリート(HIGH STREET)

34,560円(税込)

 

UNITED ARROWS/ユナイテッドアローズ

浴衣でも有名な老舗「三勝」の生地を使用したジャケット。
背面にはマルチビジュアルアーティスト「カリ・ソーンヒル・デウィット」のアートワークがプリントされ、視線をひきつけます。
涼しげで着心地の良い素材感が軽めの羽織りとして、春夏シーズンに活躍する一着。
UNITED ARROWS & SONSならではの新しい浴衣の提案をお楽しみいただけます。

 

UNITED ARROWS & SONS(ユナイテッドアローズ&サンズ)DRX CALI YUKATA 3B JACKET

¥70,200矢印

¥42,120(tax in)

40%OFF

メンズティノラス:MEN'S TENORAS

イタリアンショートカラーシャツ  
品 番 TS-6016
価 格 ¥13,800
サイズ M L
カラー ホワイト ネイビー ブラック

・日本のファッションブランド。
・取扱会社は株式会社ティノラス。
・エレガントでセクシーなスタイリングで独自なイメージを提案。
・飽くなき探究心により構築されるこだわりのテキスタイルとジャパンメイドによる縫製仕様が織り成すドレスアイテム等、着る人の個性を演出するアイテムを展開。

 

HARE|ハレ

ハレ

MENS
衣食住があるようにHAREではシロ/クロ/グレージュがある。生活において遊びや刺激が大切なように、HAREでは色や柄、その時代のブームを表現する。生活の一部であることをコンセプトに“ベーシックライン”と“自分達感覚”で提案するブランド。

LADIES
Active Girl
自分の気分、年齢にあわせていろんな服を着てきた好奇心が旺盛な女性に向けてラブリーではない「シャープな女らしさ」を表現し、少しデザインを加えた今着たい服と使える定番服を提案するブランド。

hiromichi nakano(ヒロミチナカノ)

ブランドのはじまり

1984年、中野裕通が自身のブランド「ヒロミチナカノ」をスタート。

ヒロミチナカノについて

「ヒロミチナカノ(hiromichi nakano)」は日本のファッションブランド。1984年に、中野裕通が自身のブランドとしてスタートする。

中野裕通は1951年宮城県生まれ。1972年にニコル(NICOLE)に入社し、その後1976年にビギ(BIGI)に入社。

1981年、サンエー・インターナショナルに入社し、同社ヤングレディースブランド「ビバユー(VIVA YOU)」のチーフデザイナーに就任。DCブランドブームもあり中野のデザインでビバユーは人気ブランドとなる。中野はビバユー以外にも同社ブランド「ボッシュ(BOSCH)」や「ピンキー&ダイアン(Pinky&Dianne)」のデザイナーも務める。

1984年、自身のブランド「ヒロミチナカノ(hiromichi nakano)」をスタート。1986年には東京ファッションデザイナー協議会(CFD)に加入。1989年には毎日ファッション大賞新人賞・資生堂奨励賞を受賞する。

1991年に独立し、ヒロミチ・ナカノデザインオフィス設立。

1994年にはメンズライン「ヒロミチ バイ ヒロミチナカノ(hiromichi BY HIROMICHI NAKANO)」をスタート。

1998年 パリコレクション参加。翌1999年、第42回FEC特別賞受賞。

TAKEO KIKUCHI (タケオキクチ)

コンフォータブルスプリングジャケット

¥33,000(本体)+税 ¥35,640(税込)
ネクタイスタイルからTシャツなどを合わせるカジュアルスタイルまでを1着で実現できる”ユーティリティの高さ”と、機能性を融合させて生まれた、タケオキクチならではのこだわりがつまったジャケットです。ポリエステル素材ながら、ウールのホップサックのような立体的な表面感が特徴。
防シワ性も備えているため、軽量、イージーケア性により出張時や旅行時にも対応可能。家庭洗濯が可能なイージーケア仕様です。また動きにストレスを与えない生地の織りによるナチュラルストレッチ性を備えています。
また生活撥水処理をしているので、急な雨にも対応可能。
タケオキクチの高度なパターンメイキングによる立体感と着心地の両立を実現しています。

「親父の成功術!!」 Apex product 代表 柳

【初めは「外見」がモノをいう】

人の心を掌握するーその第一歩は、味方をつくること、援助を受けることです。しかし、人は、タダでは援助してくれません。ここに、「どんな見返りがあるか」というギブ・アンド・テークの法則があります。ただし、ナウ・アンド・ヒア(いま、ここ)だけでなく、未来における約束も加わります。

すなわち、信頼性と「将来性に賭ける」ということです。もし、あなたが、若輩のだれかに借金を頼まれたとき、もちろん、貸せる金には限度があります。そのとき、どのような基準で、「貸せる人」と「貸せない人」とを分け、「いくらなら貸せるか」を計るのでしょう。

親戚だの義理人情などの「しがらみ」を別にすれば、「本当に金を返してくれるか。投資すれば、本当に金を増やしてくれるか」という「信用」をまず第一に考えるはずです。その時、ポイントになるのが、「これから事業を興すための元手を持っているか」でしょう。「元手」とは、つまりタネ銭になるもの、いま、あなたが経営者の側ではなく、まだペイペイであり、しかし、成功を望むのであれば、タネ銭づくりこそが、第一歩でしょう。

あるいは、タネ銭をつくりつつある状態でなくてはなりません。金がなくても、金を貯めよう、儲けようとしているプロセスは、相手の信頼を引きつける力があるのです。倹約に努め、三度の食事を二度にしても、ひたすら金を貯めろ・・というのではありません。もちろん、初めは、堅実に金を蓄える姿勢も必要ですが。

講談社を興した野間清治は、「将来、野心を持つなら、最初の給料で、まずよい背広をつくれ」と、若い者に語っています。背広の次は、家。「安普請ではなく、目で見て、人が信頼するような家を建てなければならない。気張って、よい家を建てろ。そして、その家には、桐の火鉢をおけ」。これは、借金をして、「タネ銭」をつくるノウハウです。

相手を判断するとき、人はまず、身なりや家を見るものです。出資者に信頼されるために、野間は、身分不相応ともいえるほどの立派な身なりをして、立派な家に住めといっています。桐の火鉢というのは唐突ですが、桐は年月がたつほで立派になってくるとかで、そんな高級趣味で、相手を「おや」と思わせろということでしょう。桐の箪笥ではなく、火鉢というところも心憎い。

ホラやハッタリを勧めているわけではありません。しかし、質素な暮らしをして、貯金に励むだけでは、小金を貯めただけで終わります。「蟹は自分の甲羅に似せて、穴を掘る」同じ収入でも、家賃10万の家に住む人間より、20万の家に住む人間のほうが、信頼され、将来性を感じさせます。

風呂にも入らず、着替えもせず、家はボロボロ、そうして「こんなにがんばっているんです」と訴える人に、金を貸したがる人はあまりいません。その人が、「未来のエジソン」だとしても。初めに少々の無理はしても、自分の「ランク」を持ち上げる。そうしていると、不思議なことにお金が吸い寄せられてくるのです。

【初めに「欲望」を持て】

ほとんどの人は、成功したいと思っているし、物質的に豊かになりたいと願っています。そのためには、人の力と人の金を使えなければならない。では、最初に何が必要か。人でしょうか、金でしょうか。あるいは、何かの才能でしょうか。

成功者に必要な資質、それは「欲望」です。すると、あなたはいうでしょう。「もちろん、私にだって欲望はありますよ。いや、欲望だらけなんですから」と。しかし、単に金持ちになりたい、事業がやりたい、社長になりたいというのは、成功につながる「欲望」ではありません。

なじみのスナックで、私がよく会う会社員がいました。彼は、ゴルフの会員権を売る仕事をしています。酒が入ると、彼は必ず、自分の会社の社長を不平たらたら、批判します。「あんなやり方じゃ、よくないよ。経営がなってないんだから」そして、「もしおれに二千万の金があれば、自分で会社を興して、必ず成功してみせる」のだそうです。「そんな考えじゃ、ダメだね。成功なんかするもんか」と、私はいいました。たとえ二千万の金が都合できたところで、彼は必ず会社をつぶす人間だと思ったのです。

まず、彼は「金の力」しか考えていない。二千万の金があれば、人が動くと思っています。彼には、社長の持っている「人を使う器量」がみえていません。「金さえあればなんとかなる」と考えているような人間は、金を持っても、使い方を誤ります。その上、彼には、「どうしても自分でゴルフ会員権売買の会社を興し、なんとしても大発展させなければ」という、ムラムラするような欲望がありません。あとの章でお話しますが、「どうしても成功したい。金持ちになりたい。」という欲望があれば、熱望があれば、不思議なことに、人も金も自然に集まってくるものなのです。

しかし、彼にはそれがありません。「だれか金を与えてくれれば・・」の他力本願で、欲望のエネルギーがわいていない。このような状態では、金をつかんだとしても、彼はそれを握りしめて、歯を食いしばりながら欲望の階段を上っていくようなことはないでしょう。繰り返しますが、成功を望む者にまず必要なのは、「どうしても成功したい。社長になりたい」という欲望です。それが第一段階。金はあとからついてきます。「金があればいいなあ」だけの人は、成功レースのスタートラインにもつけません。

【時間・約束を守らないということ】

金次郎の報徳社もそうであったように、「信用」は、あらゆる商売の根幹です。特に、「時間に遅れるな。約束を破るな」は、原理以前の問題です。時間に遅れたり、約束を破ったりすることをさほど「重大事」だと思っていない人は、最初から金を儲けようなどとは考えないことです。

「5分や10分、人を待たせたところで、どうってことはない」などと考えるのは,思い違いもはなはだしい。そもそも、なぜ時間に遅れてはいけないのか。それは、単に「時間にルーズだから、信用を失う」ということではありません。ある経営者は、「時間を守らない」ことで有名な人物でした。会談の約束をしても、いつも15〜20分ほど遅れます。「遅れても仕事はできる」というのです。

私は、彼に「待つ身のつらさを考えたことがあるのか」といったことがあります。「相手はイライラするだけでなく、あなたに軽んじられているという怒りを覚えるだろう。相手は重要な人物だと思えば、遅れないはずだ。時間に遅れるのは、相手をバカにしているという証拠だ。それで、相手から利益をもらえるはずはない。いずれ処罰を受けるだろう」と。

結局、彼は事業に失敗し、家屋敷まで売ってしまうようなハメになりました。また、別のある経営者からは、こんな言葉を聞きました。「取引先のセールスマンなんだけど、もちろん、初めは約束の時間に遅れるようなことはなかったよ。が、つき合いが長くなって、慣れてくると、5分ぐらい遅れるようになってね。そのとき『あっ、こいつ、おれを甘く見るようになってきたな』と感じたね。」「軽んじられている」「甘く見られている」と感じながら、相手を信用し、力を貸そうとする人間はいません。人の機嫌を損ね、好意を失うのは、人の力を失う最大の原因です。

人の力を得ようと思うのなら、人の持っているプライドや自己重要感を押し下げてはいけません。時間に遅れれば、相手のプライドを傷つけます。もちろん、約束を破ることなど、論外です。無意識のうちに人を軽視し、人をバカにする人間は、人の力を得ることはできません。「徳」が「徳」で報われるように、「不徳」もまた「不徳」によって報われます。

人を待たせること、約束を破ることは、悲しい金や不幸の金をもたらすのと同様、人に悩みを与えることです。「申し訳ありません。しかし、遅れたのには訳がありまして」「お約束を守れなかったのは、実はこういうわけでして・・」と、「すみません」をいい続ける経営者、言い訳の多い経営者は、決して大きくはなれません。「私の不徳のいたすところで・・」をいう必要があるような事態にたびたび陥るのは、経営者としての資質に欠けるということです。これをしっかりと肝に銘じてほしいものです。

 

【論で人は動かぬ。利で動く】

金などなくても、人の力だけでなんとかなる。力を合わせれば、どんな大きなことも成し遂げられる。ひとりの力は小さくても、皆が集まれば・・・。何やら募金か選挙運動の宣伝文句のようですが、このように「人の力」を過大に評価し、結局、挫折していく人が多いのではないでしょうか。

昨今の「自然環境保護ブーム」で、「地球にやさしい・・」「・・のリサイクル」といった商品の開発、建築計画、市民運動が盛んです。しかし、どれだけ、素晴らしい計画を立てても、賛同者が集まらなければ、投資してくれる人がいなければ、成功は得られません。「この計画に間違いはないのに、どうしてわかってくれないのか」と嘆く人は、人間がわかっていないのです。「正しいことをしていれば、必ず人はついてくる」ものではないということを。

それで思い起こされるのが、坂本龍馬の逸話です。

龍馬が脱藩してまもなくのころだと思われますが、当時、京都に集まった浪士たちは、連夜、酒を飲んでは、「攘夷」だの「討幕」だのと喧々囂々の議論に明け暮れていました。そんなとき、龍馬だけは、その輪に加わらず、ひとり黙々と酒を飲んでいた。そこである者が、「貴公、なぜ論に加わらぬ」と問うたところ、

龍馬はひと言、論で人は動かぬ。利で動く

人間は、事の善し悪しで動くのではない、損得で動くというのです。ここが、正論をもって人を動かそう、国を動かそうと考えていた浪士たちと、龍馬の違うところです。それだけ「人間」を見通していた龍馬だからこそ、「薩長連合」「大政奉還」という二大事業を成し遂げられたのではないでしょうか。

 

【世の中の常識について】

過去において決まりきった一つの常識、先人によって与えられたものが、絶対ではないことの一つのケースを寓話で紹介します。

野原があった。そこへ一匹の子牛がやってきた。子牛は気まぐれに、くねくね曲がりながらその野原を通って行った。

その翌日、狩人に追われた鹿がやってきた。鹿は子牛の通った、草がねているあとを逃げていった。(緊急の時は、創造しているひまはない。人の通ったあとを通るものだ。)狩人もそこを通って追って行った。草はますますふみつけられ、はっきりと曲がった道ができた。

その次の日は羊が来た。羊は、その曲がりくねっていると不平を言いながら通っていった。

しばらくたって、こんどは旅人が来た。旅人もその曲がった道を通っていった。こうして、草はとれ、土面が顔を出し、曲がりくねった小道が出来上がった。こうなると、村人も、旅人も、馬車も、犬も、そこを通る。

月日は矢のように過ぎ、その曲がりくねった小道は大通りになった。村の家々は、その大通りに沿って曲がりくねって建てられていった。またたくうちに、そこは大都会の中心街になった。

鉄道も敷かれたが、その線路も道に沿って曲がっていった。

何十万人もの人々が、今もなお、三百年も昔に通った、あの子牛に導かれて、くねくね曲がりながら通っていく。

確固たる前例なるものは、こんなにまでも尊ばれるのだ。

解説:つまり何百年もの間大勢の人間が、まっすぐ行けばいいものを、もともとここは曲がっているなどということで曲がった道を通ってきた。どうして曲がったのかと思ってよくよく昔をたずねたら、何の事はない、一匹の子牛がヒョコヒョコいいかげんに歩いたに過ぎたかったと、そういう話です。

引用:「非まじめ」のすすめ(森 政弘)

常識は正しいものとは限らず。現在、常識とされている事柄は、先人の何らかの気まぐれの結果ということもあります。偏見なしに物事を判断する目を養いたいものです。※「非まじめ」のすすめ、非常に面白い内容でした。

 

【人の二倍は働いている人が報われないわけ】

私は、人の二倍は働いているのに、なぜか金とは縁がなくて・・」などと嘆く人がいます。「働き者」や「努力家」が、すべてそれ相応に報われるわけではありません。むしろ、朝はだれよりも早くから、夜はだれよりも遅くまで、一生、額に汗して、働いたとて、せいぜい先祖伝来の田畑を守りきれるか、「うさぎ小屋」の家一軒も残せるかどうか・・というところでしょう。虚しくなります。

しかし、一方に、「成功者」といわれる人たちがいるのも、また事実です。文字どおり「裸一貫でスタートし、トントン拍子で莫大な財産を築き上げ・・」という人を、私は大勢知っています。彼らは、一般に賞賛されるような、「働き者」とは違います。確かに、働き者、努力家でもあったでしょう。しかし、「人の二倍は働いて」も、自分の力、自らの持てるものには、限界があります。

ほとんどの成功者(物質的に成功を遂げた人)は人の力と、人のお金を生かして、富と名声を築き上げたのです。いかに人のふんどしで相撲がとれるか。他人の財力と能力を使いこなす、それだけの器量がなければ、「成功者」とはなれません。

「金の力」と「人の力」、このどちらが欠けても、成功は得られない。金を集める力はあるが、人心を集める魅力がない。逆に、人望は厚いものの、金銭的苦労がつきまとう。これでは、一時的な発展はあっても、最後は、金にも人にも見放されます。「新進気鋭の経営者」「時代の寵児」などとスポットライトを浴びながら、「金の力」と「人の力」のアンバランスから、失敗、失脚していった人たちの名を何人もあげることができるでしょう。

歴史上の人物を思い起こしてください。あとでまたお話しますが、天下をとった豊臣秀吉、徳川家康などは、現代でいえば、経営者として「成功」した人物です。織田信長や石田三成などは、人心をつかみきれずに、志なかばで失脚しています。また、「立派な人物」としてあがめられながら、財を得られずに消えていった無数の人々がいるはずです。人の力と金の力をバランスよく活用してその相互作用ではじめて成功者になれるのです。

【成功をもたらす「報徳」の心】

人に悩みや不幸をもたらせば、自分も悩み、不幸になる。まさに「因果応報」です。逆に、人に喜びや幸福をもたらせば、まわり回って、自分に喜びや幸福が訪れる・・ということになるでしょう。二宮金次郎(尊徳)というと、その業績はほとんど忘れられ、昔はどこの小学校の校庭にもあった、たきぎをしょって、本を読んでという銅像の記憶から、いまや多くの人には、「勤勉な子ども」というイメージしかないようです。が、彼は優れた農民指導者であり、小田原藩再興の立役者であり、今日の信用組合の生みの親でもありました。

その二宮金次郎の思想の根本にあったのは、報徳の心です。それには、こんなエピソードが添えられます。ある日、金次郎は、十分にわいていない風呂に入ってしまいました。上のほうは熱いのだけれど、下のほうは水なのです。しかたなく、熱い湯を身体のほうにかき寄せようとしましたが、指の間からもれてしまって、少しも温まりません。そこで今度は、手前から湯を押し出すようにしてみます。すると、まわり回って、背中のほうから熱い湯がめぐってきたのです。このとき「報徳」の哲学を発見したというわけです。

およそ世の中に喜びを押し出していれば、金もまわり回って、後ろのほうから戻ってくる。そう考えた金次郎は、疲弊した農村を立て直すために、「報徳社」を組織しました。そのシステムはこうです。まず金次郎が金貸しから金を借りる。それを困っている農民に低利で貸しつけ、月賦で返還させる。それをまた資金にして回転させるのですから、一種の「農民信用金庫」といえるでしょう。

この報徳社は、だれに金を貸すかという決め方もまたユニークで、「いちばんまじめに働いているのに、いちばん金に困っているのはだれか」をメンバーに投票させ、その票の多かった者を選ぶのです。そして、その票を入れた者は、その人物の保証人となる。つまり、金を借りたい者は、まじめに働いて信用を得ねばならないし、借りた者は、仲間の信用を裏切らないように、また必死に働く。これで荒廃した農村にも活気が戻ったのです。

世の人々に悩みを与えれば、必ず、悩みはなんらかの形で自分に返ってくるし、喜びを与えれば、喜びが帰ってくる。金の流通過程において、人に悩みを与えると、どこで報復を受けるかもしれません。とんでもない大病にかかるかもしれない。会社そのものが傾くかもしれない。脱税その他で投獄されるかもしれない・・。

それは、以前において、「苦しいお金、悲しいお金」を取り扱っていたからです。「報徳」とは、こういうことです。「ぜひとも、買って喜び、売って喜ぶような商売をやっていかなくてはいけない」と、金次郎はいっています。「借りてしまえば、売ってしまえば、こっちのもの」では、必ず処罰を受けるでしょう。自分がそのタネをまいているのですから。

【欲している人のところに集まる「おもしろい金」】

悲しい金、楽しい金があるならば、「おもしろい金」というのも、あるのでしょうか。実際、「おもしろいように金が儲かる」などということはあるでしょう。「人間のインサイドにおける思考(考えていること)とアウトサイドにおける物質とは、本来同じものである」という考え方があります。

精神世界にも、物理法則は働きます。深層意識の奥に押し込んだものは、アウトサイドに押し返される。よいイメージを思い描いて、しきりに願うなら、そのイメージは深層意識に育てられ、いずれ外に出て、欲していたものを得ることになります。悪いイメージを思い描き、しきりに恐れるなら、それも実現してしまうでしょう。

前の章で、「初めに欲望を持て」とお話ししたように、「どうしても金が欲しい。成功したい。いい女をモノにしたい」と願い、「金持ちになった自分、成功した自分、いい女を手に入れた自分」をイメージしている人は、それが実現します。逆に、いつもいつも「この財産を失ったらどうしよう」「いつかはひどい目にあうのではないか」と恐れている人には、その不幸が訪れます。

インサイドに押し込んだことはアウトサイドに出て、アウトサイドに出したものはインサイドに押し返される。反動の法則です。自分はリッチだ、リッチになれると思っている人には、なぜかおもしろいように金が集まるものです。これが、「おもしろい金」といえるかもしれません。

たとえば、百人の人間の集団に百万円の金を投げ込めば、それぞれが一万円ずつ手にする勘定です。しかし、実際にはそうはならずに、「自分のモノになる」と思っている人間だけが手に入れます。これは、「善人」「悪人」には関係ありません。「自分には金が入る」という想念が、金をもたらすのです。潜在意識には、願いや夢をかなえる力がある、この潜在意識のことを、仏教では「アラヤ(阿頼耶)識」といいます。

自分は金持ちになれる、金を得るに値する人間だと思っていれば、あらや識に富の保有想念、保有力が蓄えられ、金銭的な成功に一歩近づくものなのです。「濡れ手で粟」という言葉がありますが、せっかく粟をつかんだところで、その手が十分に濡れていなければ、粟はまた、すぐボロボロとこぼれ落ちてしまうでしょう。富の保有想念がない人、もともと「金がほしい」と念じていなかった人は、たとえ粟の山をつかむチャンスに恵まれたとしても、乾いた手を出すしかありません。

宝くじで一千万円を当てた中学生がいました。少年は、有頂天になって、まず、母親に200万の「こずかい」を渡したそうです。そして半年後には、彼には100万の借金ができていました。中学生には衣食住の心配がなく、飢えに対する恐怖感がなく、富の保有観念がなかったのです。「悪銭身につかず」、たまたま競馬で儲けても、それで商売を始めて成功した人はいないでしょう。

【無形の財産が物質的な財産を生む】

「生きていたい、飢えたくない」という生存本能を満たしてやる方法は、ひとつです。それは金を与えること、あるいは、金に代わるもの、場合によっては食べものを与えること。あなたが経営者であれば従業員には遅滞なく十分な給料を支払い、取引はスムーズに行なう。つまり「楽しい金」を扱えばいいのです。悲しい金は、相手の生存本能を脅かします。

そして、あなたにはどんな見返りがあるでしょう。楽しい金を扱っていれば、従業員はあなたを慕い、取引先はあなたとあなたの会社を信頼します。あなたは、相手の生存本能を満たすことによって、自分の群居衝動や自己重要感 を高めることができるのです。どこでも、気前よく金をばらまけば、人は寄ってきます。酒場でもデパートでもホテルでも、「金ばなれのいい上客」になれば、扱いが変わるというものです。あなたの自己重要感は満たされます。

金という物質的な財産を与えることによって、あなたは無形の財産を得ました。しかし、あなたが相手に与えられる物質的な財産には限度があります。金で女の、あるいは男の歓心を買っていても、「金の切れ目が縁の切れ目」になるように。つまり、金を与えることによって相手が満たされたのは、生存本能だけなのです。

しかし、金がなくても、相手の群居衝動や自己重要感 、性欲、好奇心を満たすことはできます。そして、この四つの、いわば無形の財産には限度がありません。これを交換条件にして、金を得ることができるでしょう。そして、この四つの欲求も、世の中には無限に存在しています。風呂桶の中の水のように、押し出したものは、いずれ返ってくる。無限の財産を与え続けることによって、金や人の力は無限に集まってくるはずです。

【なぜ外に救いを求めるのか?】

チルチル、ミチルの話は、誰もが知っている有名な童話です。幸福の青い鳥を求めて、さんざん各地を探して歩きましたが見つかりません。とうとう諦めて、家に帰ると、なんとその青い鳥は、自分の家に居たのです。これに類した寓話は、世界各地にあります。幸福は他人に求めるものではなく、それは自分の内にすでにある、という教えです。にもかかわらず、多くの人々は、この教えを生かせないでいるのです。

これはまた、宗教的な救いに関しても、同様なことが言えます。悩みからの脱却と、心の救いを求めて、多くの人が新興宗教の教団に入信し、大きな社会問題に巻き込まれております。これは、、依頼すべき他者を求めて、さまよい歩いている姿です。なぜ、人は、自分の内に、救いの主を見いださないのでしょうか?なぜ、「救いの主は他人の教祖である」と信じ、それに全面依存しようと願うのでしょうか?

数千年の昔、すでに、釈迦は、自分の中に、神性たるそれを見いだし、それを仏陀(ほとけ)と称しました。すなわち、それが「悟り」です。私たちは、誰でも、釈迦のように、自分の中に神性を見いだし、その神性をもって、自分の救い主とすることが出来るのです。これは、言ってみれば、我々は、一人一人が自分の教祖になり、自分を救い導くということになります。

【完全主義と清濁のバランス】

古い友人たち数人が、都心で会合した時の話です。そこは日本料理屋だったのですが、友人の一人が、酒は飲むのですが、料理にはほとんど手をつけないのです。ただ、お新香程度のものしか食べていない。

聞けば、彼は玄米菜食主義者で、彼の家族全員が毎日、玄米食であり、子供も学校では給食をとらず、家から玄米菜食と野菜だけの弁当を持っていくという徹底ぶりです。その料亭で、彼はこう言ったのです。「外食はしないようにしているんだ」その理由というのが、ふるっているのです。「外で旨いものを食っちゃうと、玄米菜食がまずくて、食えなくなっちゃうんだ」と言うのです。だから、我慢して、外では食わないでいる、というわけです。

友人たちは驚きましたが、そこは昔からの悪友のこと、「いいじゃないか、今日一日だけのことだ。明日から、それをまた始めればいいだろう」と、よってたかって勧めて、とうとう彼は、マグロの刺身を食べてしまったのです。一時間ほどした時、彼の顔を見て、友人の一人がびっくりしたように叫びました。「あれっ、あんたの顔、まっかにふくれているよ!」

彼の顔いっぱいにジンマシンが吹き出ていたのです。これは大変とばかり、彼はその場からすぐ医者に行ったのですが、治るまで五日間もかかったとのことです。もちろん、この時に、このマグロを食べて、体の具合が悪くなった者は一人もいませんでした。マグロに罪はなく、ただ、彼の免疫力が低下していたに過ぎないのです。

古語に「水清ければ魚棲まず」とあります。これは、人の人格性について語られた警句ですが、これはまた、他の自然界の法則にも案外あてはまるのです。すなわち、自然環境でも人間環境でも、「清濁」があまり極端になるのは、好ましいこととは言えないのです。

そこで望ましいのは、「清濁のバランス」がとれていることです。そのためには貴方は、ある環境から遠ざからねばならない時もありましょうし、また、貴方自身で、その環境を作り変えなければならないこともありましょう。

いずれにしても、貴方は自分自身で、貴方自身の環境を選択し、また、築いていかなければなりません。ということは、「他の人の教え」に、唯々諾々として従っていてばかりは駄目だということなのです。それが、どんなに高邁な教えであろうとも、です。要は、貴方は貴方の人生の主人公だということです。

【努力しただけでは願いは叶わないわけ】

今、あなたの周囲を見回してごらんなさい。このような人々がいませんか?あるいは、あなた自身がそのような人の一人ではないでしょうか?「いつもまじめに一所懸命働いているのに、さっぱりうだつが上がらない人」「他人からいい人といわれ、自分でも親切だと思っているのに、いつまでたっても貧乏な人」「常に神仏をあがめ、信心深いのに、なかなか病気が治らないという人」「有名大学を卒業して、自分でも頭が良いと信じているのになぜか出世をしない人」「美人なのに男性運が悪く、縁遠い人」「人に好かれる明るい性格なのだが、やることなすことうまく行かず、お金に困ってばかりいるという人」ここにあげたいくつかの例は、日常、世間でよく見聞きすることです。

ところで、あなたは子供の頃、両親や周囲の大人たちから、次のような教訓めいたことをいわれませんでしたか?曰く「努力する者はいつか必ず報われる」「心正しく生きれば、きっと運は拓けてくる」など・・。

ところが、その通りに生きてきたのに一向に思う通りにならない。この世の中には、いかに不合理なことが多いことか。そこで、その不合理さに気づいた人々のなかには、こんなことをいう人もいました。「正直者はバカを見る」「悪い奴ほどよく眠る」そして、「善人は若死にする」などと。なぜ、このような不合理な現象が起こるのでしょうか?それに対する答えはいくつかありますが、私はその最大の原因は貴方自身の中にあると私は言いたいのです。

しかし、もしあなたが、「私はお金は欲しくない」「私は異性にもてたくない」「私は昇進したくない」「私は健康でいたくない」と、このように思っていらっしゃるのでしたら、これは話が別になります。私がこれからお話する内容は、このような考え方をしている人々には不要のものです。

また、よく世のとりすました宗教家や道徳を唱える人格者たちが、老人のような声音で、「欲を捨てよ」とか、「無に徹せよ」とか説いています。そんな言葉に耳を貸してしまう人もこれを読む必要はありません。その反対に、あなたが「私はお金が欲しい」「私は異性に対して魅力的でありたい」「私は成功したい」「私は健康でありたい」と願っているのでしたら、ぜひこれをじっくり読んでいただきたい。なぜなら、これは「多くの人々は、何かを望みながらなぜそれが得られないのか?」という疑問の解明と、「どうしたら望みのものを手に入れて行くことができるか?」という方法についてのノウハウが、解り易く説かれているからです。

【一休和尚の遺言】

一休さんの説話の一つに、遺言の話があります。一休さんは亡くなるときに一通の封書を寺の弟子たちに残しました。 「この先、ほんとうに困ることがあったら、これを開けなさい」と言い遺しました。

何年かたって、寺に大変な難問題が持ち上り、どうしようもないので、弟子たちが集まって、その封書を開いてみると、そこには「しんぱいするな、なんとかなる」と書いてありました。とたんに弟子たち一同、大笑いの内に落ちつきと勇気と明るさを取戻し、難しい問題を解決できた、という話です。

緊張しすぎや、不安感や、心配で心の中がいっぱいの状態では、良い答も行動する勇気も湧いていきません。「大丈夫、しんぱいするな、なんとかなる」という、楽観主義に支えられた積極性を心に常駐させる工夫が、成功、健康、富、愛情などを手にする黄金のカギであるのはまちがいないようです。

小坊主の一休さんは大人たちが次々と突きつけてくる難問を、少しも騒がず抜群の集中力とトンチですーっと切り抜けます。彼は今から約600年前に生まれ、88歳という当時としては、けた外れの長生きをしました。

さすがの一休も、「平常心でいられない」、「楽しめない」、「ばく然とした不安がある」、「焦りを感じる」、「なんとなく無気力で元気がない」等々、人生の苦しみ、悩みにさいなまれた時期がありました。けれども『不思善悪(ふしぜんなく)』、もの事の善し悪しに、あまり厳しくこだわり過ぎない、ありのままをありのままに見てしまう、常に気を楽にするという事を悟ったようです。

気分を楽にすると、必ず同時に元気が湧いて来ます。気分を楽にすると、勇気が湧いてきます。積極心が湧いて来ます。不安やしんぱいや、焦りの中では決して生れない知恵や創造力が気分を楽にした時に湧き出て来ます。難問が難問に見えなくなります。しんぱいをやめたとたんに健康がもたらされます。その後の一休和尚はリラックスした心で、楽々とした気分で、やっかいな問題を料理し、自由自在な行動や、とんちを終生、発揮し続けたと言われます。

【一休と良寛の悟り】

良寛禅師と一休禅師。偉大な二人は、まったく生き方が違う。良寛は人里離れた野の果てに一人無欲にひっそり暮らし、一休はといえば酒場や女郎宿に入り浸り、放蕩無頼な暮らしぶり。ところがこの二人、ある点ではまったく共通していたという。

それは二人が「他人の自分に対する思惑」についてまるで考慮していないということ。つまり「周りの人から立派な人物であると尊敬されたい」という自己重要感ともいうべき人間の最も大きな欲望からまったく開放されていたのである。彼らには「極めて楽に生きている」という共通した悟りがあったのだ。

ものぐさ和尚の秘訣

  • 昨日のことは過ぎたこと、明日のことはわしゃ知らん
    極楽往生どうでもいいし、精進功徳わしゃ要らん
    腹がへったら飯を食い、眠くなったら寝るだけさ
    こんな楽しみあることを、わかる奴にはわかるけど
    おそらくお前にゃわかるまい

無能唱元の過ちに乾杯!

  • 私には失敗する自由がある
    間違いをおかす権利があるのだ 
    人に後ろ指さされることを恐れることなく
    これからも繰り返すであろう数々の私の過ちに乾杯!
  • 【浮浪者から実業家に】

    1929年に始まるアメリカの大恐慌時代、いくつもの銀行がつぶれました。そのなかのひとつの銀行の頭取は、世をはかなんで蒸発してしまいました。頭取から一転し、浮浪者となって、公園にたむろする身となったのです。「乞食は三日やったらやめられない」といいますが、彼は「二度とあくせく競争するのは嫌だ」と、ブラブラ暮らしていました。この自由な生活に、真の安らぎをおぼえたのでしょう。

    ある雨の日のこと、ひとりのルンペンが、彼に「どこか雨露をしのいで寝られるところはないか」と尋ねてきました。ガードの下か廃屋か、とにかく彼がその場所を教えると、ルンペンは彼の手のひらに五セント玉をおいたのです。そのとき、彼の身体のなかに、事業家の血が再び流れはじめました。

    雨をしのげる場所を教えたら、五セントもらえる

    いくら浮浪者でも、お金は必要です。自分は何ヶ所、そんな場所を知っているか・・。彼はノートを出して、知っている場所を書き出しました。しばらくすると、公園にたむろしている連中の間に、「寝るのに困ったら、彼のところに行けばいい場所を教えてもらえるよ。ただし、五セント必要だがね」という評判が立ちました。

    おかげで、彼は金を稼いだだけでなく、いろいろな人に会うことになって、さまざまな情報を持つようになったのです。そして、この情報も売る。「ケンタッキーから来た、ジョンってやつを知ってるか」と聞かれたら、「そいつだったら、セントラルパークの西のほうにいるよ」という「情報産業」を始めたのです。一年後、彼は公園の近くに店を出し、不動産屋を始めました。十年後、彼の会社は以前の銀行より大きくなっていたそうです。

    保有力がある人は、たとえ一敗地にまみれても、そのままでは終わりません。だれでもひとつやふたつ、「雨露をしのいで寝られる場所」は知っていたはずです。しかし、知識や情報の力を商売にしようとする人間はほかにいませんでした。「情報を金に変える」というインスピレーションは、右脳からわき出てくるものです。富の保有力のない人には、このようなインスピレーションはわき出ません。

    アラヤ識論によれば、日常的にそれを願っている人に、「富の保有力」が深層意識に蓄えられます。彼のように、一度は金持ちになった人、あるいは、もともとの金持ちで、「富の保有力」のある親に育てられた人のほうが、「金を得る」ということに関しては、有利です。生まれながらの金持ちは、ますます金持ちになり、貧しい者は、ますます貧しくなる・・。しかし、金持ちには、社会的な制裁もあり、相続税に押しつぶされたり、金に対する欲望が希薄なために、没落したりする危険もありますが。

  • 【自己重要感】

    ある雨の日、背中を丸めたおばあさんが、杖をつきながら、ひとりでワンマンバスに乗ってきました。二〜三段のステップを上がるのに、けっこうな時間がかかります。やっと運転席のところまで上がってきて、ふところの「何か」をチラリと運転席に見せ、そうしてまたヨロヨロと歩き出そうとしたとき、運転手がマイクを通して叫んだのです。「そんなんじゃ、見えねえよ!」。どうやら、おばあさんが見せたのは、都が支給する無料バスで、運転手はそれが確認できなかったということのようです。

    おばあさんが、すまなそうに何度もお辞儀をしながら、もう一度ふところからパスを出すと、運転手の「ああ」というぞんざいな声が聞こえました。そして、「待ちきれない」とでもいうふうに、おばあさんが座席に着く前に発進したのです。いかにも、「タダで乗せてやってるのに」という態度、口ぶりで、当のおばあさんだけでなく、乗り合わせていた人は皆不快な思いをしたでしょう。「タダで乗せてもらう」おばあさんは、運転手に抵抗することができません。しかし、「タダで乗せてやる」のは、この運転手の力ではないはずです。なぜ、こんな尊大な態度をとってしまうのか。

    うっとうしい雨の日に、うっとうしい年寄りの客。運転手のイライラは高まっていました。職場か家庭で、何か嫌なことでもあったのかもしれません。とにかく、このとき、「どうしておれはこんな仕事をしなきゃならないのか」と思っていたことは確かです。つまり、自分の自己重要感 が満たされていない。「こんな仕事をさせやがって」という被害者意識や「こんな仕事をしなきゃならないなんて、情けない」と、劣等感にさいなまれているのではないでしょうか。

    劣等感や被害者意識を持っていると、たいていの人は、無意識に、相手の自己重要感を傷つけて、自分の自己重要感 を高めようとするようです。役所に何か手続きをとりに行って、横柄な役人の態度に閉口した、という経験を持つ人は多いでしょう。また、販売や営業、旅行の添乗などに携わっている人は、毎日のように、非常識で傲慢な客にウンザリさせられているはずです。

    自己重要感を高める」のが人間の本能のひとつだとすれば、その自己重要感が満たされていない人は、自分のポストと相手のポストの力関係を利用して、自分の優位性を保とうとやっきになります。相手の 自己重要感 を高めるどころか、相手に助けを求めてしまうのです。相手の自己重要感を高めるには、まず、自分の自己重要感 を満たしておかねばなりません。自分に財産がなければ、相手に分け与えることはできないのです。

  • 【ひと声で相手を感激させる人】

    なかには、限りなく生存本能の充足のみを求める人もいるようです。金を貯めても貯めても、なお金を貯めたがる人、たとえば「死後に枕もとから二億円」の先生などは、「人に好かれたい」という群居衝動や自己重要感 、性欲などはいっさい求めず、ひたすら生存本能のみに生きていたように見えます。金を貯めれば貯めるほど、ますます貧乏や飢えへの恐怖がつのっていったのかもしれません。恐怖に支配されていただけで、「人生の成功」を望んでいたわけではないようです。しかし、たいていの人は「金」だけでなく、「成功」を望みます。「金がほしい、金持ちになりたい」のは、地位や名誉、称賛、尊敬を手に入れたいからなのです。それは、より群居衝動や自己重要感 、性欲、好奇心を満たしたいという欲求からでしょう。あなたが望むものは、相手も望んでいるはずです。しかし、ほとんどの人は、自分が望むばかりで、相手に与えることができません。ほんのひと握りの人だけが、相手の欲求を満たす術を心得、成功者となるのです。

    特に、「いかに相手の自己重要感を高めるか」これがカギとなるでしょう。この 自己重要感 は、群居衝動と密接な関係にあります。「お互いに、自分が相手より少し優れていると思っているかぎり、友情が続く」とはバルザックの言葉ですが、だれでも仲間はほしい。もちろん、それはあくまでも、「自分を認めてくれる」仲間です。また、自分が「重要な人物である」と認めている相手から、自分が認められれば、自分の群居衝動も 自己重要感も満たされます。

    豊臣秀吉は、天下をとってからも、軽輩に「よお、元気でやってるか?」などと、気軽に声をかけることがあったそうです。声をかけられたほうは、「自分のような者も気にかけてくださっているのか」と感激し、いっそう忠義を尽くすようになるでしょう。私の知っている成功者たちにも、「気さくで腰が低い」という共通点があります。そして、「私がこうしてやっていけるのも、あなたのおかげです」などと口にします。大実業家や大政治家に、「あなたのおかげ」といわれて、感激しない人はいません。「この人のために、もっと力を尽くさなければ」と思います。一円の金もかけず、ただ相手の群居衝動や自己重要感を高めるだけで、人の力を得られるのです。

    逆に、自己重要感 を傷つけられると、人は相手を憎み、嫌います。「時間に遅れるな、約束を破るな」というのは、相手の自己重要感を傷つけないための最低のルールです。自己重要感 を傷つけられた相手は、あなたから離れていくでしょう。あなたの群居衝動も傷つけられます。もっとも、秀吉にしても私の知人にしても、すでに「成功者」の地位にあるから、ひと声かけるだけで、簡単に相手の群居衝動や自己重要感 を高めることができるのだ・・・ともいえます。その地位が、大いにモノをいっているわけです。では、特に地位もない人が、十分に相手の群居衝動を満たし、 自己重要感を高めてやるには、どうすればいいでしょう。

  • 【称賛に値する人間になる方法】

    劣等感や被害者意識などまったくない、という人がいるでしょうか。「大企業に勤めている」「有名な大学を出た」などということを再三再四、口にするのは、むしろ劣等感の裏返しにほかなりません。ほかに誇れるものがないから、肩書や学歴にすがっているのです。家柄や職業、財産などで人を差別しようとする人も同様に、人を不当におとしめなければ自分の優位性が保てないほど、劣等感と被害者意識が強いのです。

    自分の自己重要感 を満たすには、肩書その他には頼らずに、真に「自分は称賛に値する優れた人間である」と思わなければなりません。ただし、それはあくまでも、ひそかに、自分の中だけで、うぬぼれていること。もちろん、「称賛に値する」だけの才能や実力があり、それを存分に発揮できれば、それに越したことはありません。しかし、そのような人は、すでに「成功者」となっているはずです。

    それだけの才能や実力がないと考えるなら、人に喜びを与える人間、人の役に立つ人間になること。ボランティア活動でも寄付でも市民運動でも、他人の幸せのために汗を流すのです。「自分は人の役に立っている。世の中のためになっている」という思いは、自分の自己重要感 を高めることになるでしょう。むろん、それを人に自慢したり、語ったりしていては、何にもなりませんが。少なくとも、いままで自分のことばかり考えていた人が、「どうすれば、世のため人のためになる人間になれるか」を考えはじめただけでも、自分の劣等感や被害者意識から解き放たれます。

    「称賛に値する」人間になる方法は、もうひとつあります。それは、自己暗示をかけることです。出来の悪い子どもでも、「お前は、本当は頭のいい子なんだよ」とほめていれば、成績が上がっていくものです。「あなたはキレイだ」といわれていれば、どんな女性でも、次第に磨かれていくように。

    呼吸を整え、肩の力を抜き、心の中で、「私は優れた人間である」といった言葉を、ゆっくり呪文のように、三回以上唱えます。いつ、どこでやってもいいでしょう。自慢話を聞かされたり、けなされたり、傲慢な態度をとられたりと、だれかに自分の自己重要感 を傷つけられているときも、これは有効です。相手をボーッと見ながら、静かに呼吸を整え、心の中でゆっくり、「私は優れた人間である」と三回。すると、あなたの 自己重要感は満たされ、相手が何をいおうと気にならなくなるはずです。

    それどころか、あなたは相手に、「気の毒に・・。劣等感や被害者意識の強いやつなんだ」と哀れみの感情さえ抱くようになるでしょう。こうなれば、あなたは相手の言葉や態度を静かに受け止め、相手の自己重要感を高めてやることさえできるのです。こうして、常に相手の 自己重要感を高めていれば、あなたは真に「称賛に値する人間」となり、あなたの周りに人が集まります。あなたと、あなたを取り巻く人々の群居衝動も満たされます。

 

【誰に遠慮がいるものか!!己の人生、主役は自分】Apex product

これはあなたの人生です。やりたいことをやろう、もっと。
何かが気に入らないのなら、変えよう。仕事が気に入らないのなら、辞めよう。
時間がないのなら、テレビを観るのをやめよう。
運命の人を探しているのなら、やめよう。あなたが好きなことを始めたとき、
運命の人はそこにいるだろう。分析しすぎるのはやめよう。
人生はシンプルだ。全ての感情が美しい。何かを食べるときは、
どんなときも最後の一口まで感謝しよう。新しい事、新しい出会いに対して、
腕をひろげて、心を開こう。私たちはそれぞれの違いの上に成り立っている。
次に会う人に、何に夢中になっているかたずねよう。そしてあなたの感動的な夢を共有しよう。もっと旅をしよう。たとえ道に迷ったとしても、新しい自分を発見できる。チャンスは一度しかおとずれない、しっかりと掴もう。
人生とはあなたが出会う人々によって形成される。彼らとともに作り上げていくものだ。さあ、始めよう。人生は短い。夢に生きよう。情熱を分かち合おう。

【本当の心友】親父のこだわり。柳

友達って、おごってくれんのが友達か?なにしても怒らないのが友達か?まちがってても止めないのが友達か?ちがうんだよ。本当の友達は、金がなくたって、そいつといれば、めちゃくちゃ楽しいんだよ。自分が困ってたら誰よりも早く手を差し伸べてくれんだよ。間違ったことしたら、本気で叱ってくれんだよ。つらいとき1人じゃないって、分からせてくれんだよ。悩んでたら自分の事のように一緒に、悩んでくれんだよ。なにがあったって見捨てたりしないんだよ。親に話せない事も、そいつになら何故か話せんだよ。誰にも見せたくねー涙も、そいつの前では子供のように流せんだよ。今のあなたにそんな人いる?いる人はその人を家族のように大事にして。友情は一生の宝もの。いない人は、自分でみつけるべき。誰にも見つけられない。

見つけられんのはあなただけ。本気でぶち当たって本気で語り合える人。その人だけは、なにがなんでも大事にするべき。その人はぜったい、自分を信じてくれてるはず。だからあなたも、その人を信じぬくべき。そしていつかわかるから。

この世に産まれて、この人に出会えて笑って泣いて怒って本当に自分って幸せなんだって。手放したら後悔どころの騒ぎじゃないよ。

田中角栄が今ブーム!『田中角栄 100の言葉』ほか 宝島社の角栄本が累計34万部突破

終戦から70年。昭和を代表する政治家・角栄が今なぜ見直されているか?

終戦から70年の節目を迎える今年。安倍首相の戦後70年談話の内容に注目が集まっています。また、集団的自衛権の行使容認などを盛り込んだ安全保障関連法案の成立を確実にするために国会が9月27日まで延長されるなど、よりいっそう政治的関心が高まっています。そんな中、安倍政権と比較されるのが、没後20年以上経った今でも、多くの人を惹き付ける田中角栄です。酒、女、カネ、そして、政治力と今では考えられない豪快さで、数々のエピソードを残す角栄。ロッキード事件、金権政治で「巨悪」と指弾されながらも多くの政治家たちが「オヤジ」を慕い、地元でも多くの支持者が最後まで票を投じたほど人望は厚く、利益誘導型の政治と批判はされながらも、「人間の暮らしを楽にする」という政治の原点は 最後まで変わりませんでした。

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 また、現代の政治家に対する不信感、リーダーシップ不足への不満、政治状況に対する閉塞感など日本における政治不信が続く中、列島改造、日中国交正常化など、角栄が成し遂げた功績を再評価する動きも高まっています。現に、今年上半期ですでに14冊もの角栄本が刊行されていて、Amazon.co.jpの「政治家」カテゴリでは、上位10冊中5冊を角栄の関連本が占めているほどです(2015年8月7日現在)。
 そんな角栄本の中でも特に売上を伸ばし、16万部を突破したのが、宝島社から発売中の『田中角栄 100の言葉 日本人に贈る人生と仕事の心得』。世界の要人から雪国の庶民まで、あらゆる人間を魅了し続けた角栄の言葉とふるまい。時代を超えて語り継がれる人間・田中角栄の「人生と仕事の心得」を厳選した100の言葉で伝えています。その中からいくつかの言葉を紹介します。『田中角栄 100の言葉』の中から…

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ー戦争についてー

「戦争を知っている世代が社会の中核にある間はいいが、戦争を知らない世代ばかりになると日本は怖いことになる 」将来、憲法改正があったとしても、9条の改正だけはないと断言していた角栄。対決型の政治を避ける平和主義者として知られる彼が今の状況を見たらどう感じるのだろうか?

ー学生運動についてー

「学生運動を繰り広げる若者たちがいる。経験が浅くて視野が狭いが、まじめに祖国の先行きを考え心配している。若者はあれでいい」

1960年代から70年代にかけて、日本列島に吹き荒れていた学生運動の嵐。彼らに対して、角栄は一定の理解を示していました。いま国会のまわりで活動している「SEALDs」の活動に対する一部政治家の発言と比べると…

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ー政治についてー

「いい政治というのは国民生活の片隅にあるものだ。目立たずつつましく国民の後ろに控えている。吹きすぎて行く風ー 政治はそれで良い」

理想よりも現実を見つめ、国民がメシを食えるようにすることが大事という角栄の政治信条。学歴もなく、カネ持ちでもない、雪国の少年だった角栄一国の宰相にまで上りつめた角栄だからこその発言です。比較して、現在の政治はどうだろう、目立たずつつましく国民の後ろに控えているだろうか…

このように人間的魅力にあふれた角栄の言葉を100個も紹介している『田中角栄 100の言葉 日本人に贈る人生と仕事の心得』。言葉の横には、政治家としての田中角栄だけではなく、ゴルフを楽しんでいたり、笑顔に満ちあふれていたりと様々な写真も掲載され、いままで知らなかった角栄に会うことができます。
こんな時代だからこそ、角栄の言葉から明日への勇気をもらいたい。
日本人ならきっと誰もが心に響く名言が詰まった一冊です。

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『田中角栄100の言葉日本人に送る人生と仕事の心得』
2015年01月24日発売 価格:本体1000円+税

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別冊宝島2381

『田中角栄の一生』2015年8月8日発売 価格:本体700円+税

[画像6: http://prtimes.jp/i/5069/194/resize/d5069-194-633296-4.jpg ]

別冊宝島2183
『田中角栄という生き方』2014年05月19日発売価格:本体900円+税

【 偉大過ぎる!田中角栄の名言 】 まさしく、頼れる親父!!

(1)いやなことは、その日のうちに忘れろ。自分でどうにもならんのにクヨクヨするのは阿呆だ。

(2)念仏を百万遍唱えても実行、実現しなければ意味が無い

(3)寝言を言ったり不満ばかり言っている奴は、人生終わるまで 不満を抱き続ける人間になるぞ。

(4)無理は、しなければ、しないほうがいいんだよ。苦労というものは、いい部分もあるが、悪い部分もある。苦労はしてもいいけど、無駄な苦労はしないほうがいいんだ。

(5)時間の守れん人間は何をやってもダメだ。

(6)どんな境遇におかれて辛い思いをしても、天も地も人も恨まない

(7)約束したら、必ず果たせ。できない約束はするな。ヘビの生殺しはするな。借りた金は忘れるな。貸した金は忘れろ。

(8)人間は、やっぱり出来損ないだ。みんな失敗もする。その出来損ないの人間そのままを 愛せるかどうかなんだ

(9)私が大切にしているのは、何よりも人との接し方だ。戦術や戦略じゃない。会って話をしていて安心感があるとか、自分のためになるとか、そういうことが人と人とを結びつける

(10)私は小学校高等科の卒業である。しかし、いささか仕事のコツはしっている。われと思わん者は、遠慮なく大臣室へ来てくれ。上司の許可は要らない。何でも言ってくれ。できることはやる。できないことはやらない。すべての責任は、この田中角栄がとる。

 「 田中角栄 」

 

人間は、やっぱり出来損ないだ。みんな失敗もする。その出来損ないの人間そのままを愛せるかどうかなんだ。政治家を志す人間は、人を愛さなきゃダメだ。東大を出た頭のいい奴はみんな、あるべき姿を愛そうとするから、現実の人間を軽蔑してしまう。それが大衆軽視につながる。それではダメなんだ。そこの八百屋のおっちゃん、おばちゃん、その人たちをそのままで愛さなきゃならない。そこにしか政治はないんだ。政治の原点はそこにあるんだ。

田中 角栄

『けど…』と言うと、後の言葉は「やれない、やらない、やりたくない」
「難しい、無理、できない」などで「チャレンジはしない」という意味になる。

『ので…』と言うと、後の言葉は「やってみる、言ってみる、行ってみる」

「試してみる、可能性にかけてみる」などで「チャレンジしてみる」という意味になる。「分かっている、けど…なかなかね。」ではなく
「分かっている、ので…やってみる。」「けど…」は我慢。「ので…」にする。

たったそれだけで、人生は変わり始める。

【偉大すぎる!孔子の名言】

【 偉大すぎる!孔子の名言 】
 
 
(1)徳ある人を見たらその人に並ぶことをめざせ。徳なき人を見たら我が身を振り返り自省せよ
 
(2)人間は逆境において人間の真価を試される。人生の達人は逆境を楽しみ、順境もまた楽しむのです
 
(3)好きなことを仕事にすれば、一生働かなくてすむ
 
(4)十人が十人とも悪く言う奴、これは善人であろうはずがない。だからといって十人が十人ともよくいう奴、これも善人とは違う。真の善人とは、十人のうち五人がけなし、五人がほめる人物である
 
 (5)止まりさえしなければ、どんなにゆっくりでも進めばよい
 

(6)二度と帰らぬものは過ぎ去った歳月である。二度と会うことができないのは死んでしまった親である
 
(7)最も賢い者と最も愚かなものだけが、決して変わることがない
 
(8)高貴な人間は自分自身に。平俗な人間は他人に要求を課する
 
(9)言葉は誠実に
 
(10)何ごとも楽しんでやりなさい。楽しんでやることで思わぬ力が発揮されるものなのだ
 
~ 孔子 ~
 
孔子は紀元前552年に生まれとされていますが、この時代の思想や哲学が今だに語り継がれているという事実に驚かされるばかりです。孔子は、この時代の人にしては珍しく平和主義の保守主義者だったようで、革命が繰り返されては王朝が変わる乱世の時代に強い憤りを感じていたようです。乱世という点では今もあまり変わりありませんが、孔子はそうした乱れた世を正そうと、最も平和的な方法(教育)で自ら先頭にたって行動していた点が今の知識人なんかとは大きく異なりますね。

大事を成さんと欲する者は、まず小事を務むべし。

大事を成さんと欲して小事を怠り、その成り難きを憂いて、
成り易きを務めざる者は、小人の常なり。
それ小を積めば大となる。

二宮尊徳
(1787 ~ 1856)
江戸時代後期の農政家・思想家。

「最近10代の子とか自殺したりするでしょ?

そういうのはね、勿体無い。人生はそん時だけじゃないんだよ。

ほんとに。50まではね、面白くないよ。人生は。50から相当面白いよ。

10代で悩んでる方たくさんいるでしょ?20代でも悩んでる方。30でもまだ悩んでるよ。50なってみろよ。」「良い事も悪い事も自分のせい!他人のせいにしてると

そういう自分になっちゃうよ!都合の良い自分にならない。厳しいし辛い時こそもっとそっちの方へ!」「誰の日常にも面白いヒントがたくさんある。」

「遊びがわかってないね。まずは一生懸命暮らすこと。」「星は誰にでもみんなに輝いている。ただ見上げる人と見上げない人の差で云々。」

「遊びに理由なんかないんだよ。」「人間は何のために生きてるのかなって考えてることが生きている意味だ!」「俺が妻と結婚したのは、妻の笑顔を長い時間見たいから。今、妻を笑顔にしてあげられてないなら、笑顔にしてあげれてない俺が全て悪い。」「揚げ足取るのは簡単 文句言うんだったら自分の意見をもってから言えよ。」「「やればできる」ってじゃあやれよ!「昔は凄かった」って、昔なんかどうでもいいんだよ今どうなんだよ?」「経験することが楽しい。だから生きていることが楽しい。だって生きていることが経験だから。死んじゃったら何も経験できない。でもそのうち、死ぬことも経験になる。」

「何でもかんでも規則通りにやらせようとするのは機械の仕事 人間なんだからいろいろな場面で臨機応変に対応しなきゃ!」

「あなたなんて居ても居なくても同じ!って言われたら、
「居てもいいんだ!ラッキー」って思っちゃうもんね。」

「途中で意味を考えない。山に登る­意味を考えていいのは、登り切っ­た人か、
途中であきらめて降りた­人だけ。」「がっかりも度を超えると面白い!」

「メンドクサイことがイヤなら、寝ているのが一番。でも、ずっと寝ているだけじゃ、幸せも、生きてる時間もわかりっこない。メンドクサイことがいっぱいあるから、生きてるんだって実感が持てる。」

【出逢いは一瞬、繋がりは一生】

人生80年として、人が一生で出会う人の数は、
何らかの接点を持つ人  30,000人
学校.職場.近所の人  3,000人
親しく会話する人  300人
友人と呼べる人  30人
親友と呼べる人  3人

これを確立に直すと

何らかの接点を持つ: 24万分の1
学校.職場.近所の人と出会う: 240万分の1
親しく会話する人と出会う: 2400万分の1
友人と呼べる人と出会う: 2.4億分の1
親友と呼べる人と出会う: 24億分の1

人との出会いが奇跡だということは
この天文学的数字を見ても明らか。

すれ違った人、好きな人、嫌いな人、
助けられた人、喧嘩した人、
優しい人、厳しい人

奇跡のように巡り合っているからこそ、
一つ一つの出会いに感謝して、
大切にしていこうと思う。

【妊娠から出産までの子宮内の様子を描いた漫画】

笑えるけど感動。親父かどんなに頑張っても女性にはかなわない。女性から生まれたのだから。肝が据わっている母親にはかなわない。尊敬できるは母であり女性である。駄目親父より

【親子三代 千葉おどり】 盆踊りに、こだわる!!

唄:都はるみ 作詞:大木威、石本美由紀 作曲:市川昭介 編曲:佐伯亮
振付:日本舞踊協会千葉支部

やっさほっさ やっさほっさ よいよいよいやさ×2

1番
春は亥鼻 かすみの桜 花見日和の そよ風に 親子笑顔の郷土館
千葉の名物祭と踊り 祭見に来い よいやさっさ そ~れ踊った よいよいよいやさ!
2番
揺れるボートを 緑の影を映す公園池の水 咲いて 見事な大賀ハス
千葉の名物祭と踊り 祭見に来い よいやさっさ そ~れ踊った よいよいよいやさ!
3番
誰になびくか 夾竹桃の花もみとれて頬そめる 男神輿の意気の良さ
千葉の名物祭と踊り 祭見に来い よいやさっさ そ~れ踊った よいよいよいやさ!
4番
千葉に来たときゃ 世界の船も踊り囃子に聞き惚れる 海にゃカモメの舞扇
千葉の名物祭と踊り 祭見に来い よいやさっさ そ~れ踊った よいよいよいやさ!
5番
親は子を連れ 子は孫を連れ 親子三代踊り好き 踊る平和の晴姿
千葉の名物祭と踊り 祭見に来い よいやさっさ そ~れ踊った よいよいよいやさ!

踊りメモ
①チョチョンがチョン拍手二回
②阿波踊りで4歩前進
③前方輪っか拍手右側輪っか拍手
④右回り拍手左回り拍手
⑤両手をたなびかせながら三歩前進を右側、左側で繰り返す

親孝行とは何でしょうか?一度考えて見てください。駄目親父より。

親孝行とは何でしょうか。親孝行とは、親を敬い、大切にし、真心を持って尽くすことを言います。たとえば、生活に困る親に仕送りをしたり、年老いた親を介護したりなどです。どれも、親孝行として代表的な行動です。しかし、本当の親孝行となると、もっと奥の深い話になります。本当の親孝行は、何でしょうか。これは、あなたが親になったとき、わが子が自分に何をしてほしいかを想像すれば、分かります。おそらく、欲深いことは考えないはずです。「大きく育ったから、これまで費やした養育費を返せ」と言わないでしょう。「年を取ったから、自分を看病しろ」と、強制することもないでしょう。おそらく一番願うことは、立派な社会人として育つことです。わが子が立派に成長して、人と社会に貢献することを、最も願うはずです。自分の産んだ子が、社会の中で立派に生きていることは、親として一番嬉しいことです。

つまり、本当の親孝行とは、人と社会に貢献する生き方をすることです。親が死ねば、もう親孝行できないかというと、そうではありません。親が死んでからも、親孝行ができます。親からいただいた命を、最期の最期まで、人と社会のために最大限生かすことです。立派に仕事をするわが子を見れば、亡くなった親も、天国で誇らしく思うでしょう。一生懸命に生きるのです。だらだら生きるのではなく、人と社会のためになる生き方をすることです。柳。

【お問い合せ先】 Apex product 代表 柳

生きているということは

  作詞:永六輔       作曲:中村八大

生きているということは 誰かに借りをつくること
生きていくということは その借りを返していくこと
誰かに借りたら 誰かに返そう
誰かにそうしてもらったように 誰かにそうしてあげよう

生きていくということは 誰かと手をつなぐこと
つないだ手の温もりを 忘れないでいること
めぐり逢い愛しあい やがて別れの日
その時に悔やまないように 今日を明日を生きよう

人は一人では生きてゆけない
誰も一人では歩いてゆけない

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